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オリジナルの中世ファンタジー小説
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人気のない、智恵の迷宮を、タイジは一人歩いていた。
学生たちはもう長期休暇に入った為、あるいは帰省をしたり、あるいは寮棟で静かに時を過ごしたりで、だだっ広い古ぼけた宮殿のような魔術大学は、より一層その広大さを感じるほどに、静けさに包まれている。
気がつけば、マナよりも熱心に足繁く、この魔術大学に通っている。
タイジを中心とした研究チームが結成されて数ヶ月、確実に成果は上がってきている。来春からは、いよいよ超人の傷を癒す特効薬を、製品として売り出すことが出来るかも知れない。
「そうすればオズノール先生の食費も、少しは回収できるかな?」
両生類のようなあどけない顔をにやにやさせ、タイジは肌寒い廊下を、多少の満足感を以って、歩んでいた。
東南国城下町の、寄生虫のように閉じ篭っていたあの家を出た、あの夜に、まさかこんな今になるとは、全く想像もしていなかった。
僕は超人になり、そして、今度は同じ超人の為に、力を貸している。
今までは考えられなかったことだ。今までの自分には……そう、きっと何度か世界が巡ってこないと、こんな能動的な状況にはならなかっただろう。
僕に出来ることなんて、ほとんど何もないと思っていた。自分は、誰の役に立つこともなく、一人、ぬるま湯の子宮の中で、生まれることなく消えていく存在に過ぎないと思っていた。
人の為に、何かをしている。
いつからだろう…それが、楽しいことと思えるようになったのは…
超人になった僕は、超人の為に、薬の開発と技術、そして、隠された謎の解明に、夢中になっている。
といっても、医療研究は、本来僕の関心のあるところではなかった。
それ以前に、僕には知りたい事実があった。
超人とは何か。異生物とは何か。それはどこから来て、どこへ向い、そして、何故変わるのか!
あるいはそれは、たった一人の狂人の頭の中にしかない、妄想に過ぎないのか。
いや、そうではない。そうあってはならない。それは世界のすべての人の関心事。
今やっと、そのこと…つまり僕の本来の関心事に向える時間が出来た。
「超人……か」
今でも時々信じられないと思うことがある。自分がそれに生まれ変わってしまったということ。

超人は人間の向うべき次なる段階なのだ、というのがハコザ博士の言い分だが、果たしてそうだろうか。
超人ではない普通の人間との比重を考えてみると、明らかに少数派だし、こんな力を得てしまった僕達は迷惑な存在なのではないだろうか。
そんな考え事をしていたタイジが、寂しげな廊下ですれ違ったのは、正しくそのハコザ教授だった。
「あっ」
「おお、タイジ君じゃないか」
「こ…こんばんは」
相変わらず射るような鋭い目つきに、タイジは冷や汗をかく。
こんな時期に学内にいるとは…君はずいぶん勉強熱心だと聞いているよ。うん、素晴しいことだ」
「えぇ……そんなことは…」
「それに、例の研究チームの開発品。是非、未完成でもいいから私にも公表してくれないかねぇ。知り合いに蒐集家の男がいるんだが、彼もきっとそれを見たがってるだろうし…」
「そ、そうですね」マズイ、気圧される「でも、それは時期が来たら…」
「そうか?ちょっと残念だな」なんとか抜け出せないか…
いや、違う。
逃げるんじゃない!
そうだ…こいつは……敵だ!

「!」
タイジは腰に下げた革袋の中身を思った。
今、辺りには誰もいない。
取り出し、ハコザの前に晒す。
副学部長のサインと同じ物が刻まれたそれを!「あの…これ…」
「そ!それを…!」
ハコザは見た。
異国の少年が、紛れもなく自分の署名が掘られている金の筒を手にしているのを。
この動揺!間違いない。
タイジは、あの暗黒の地下道で、マナの級友だったかもしれない異生物を倒した際に手に入れた筒を目にして驚いているハコザを見て、疑惑が確信へと変わるあの高揚感に満たされていた。
こいつだ!こいつがマナの仲間を…!
「ふふふ、くくく、しゃしゃしゃ」だが、ハコザは笑い出した。焦りも驚愕も消えていた。「違うんだな、タイジ君。それは、今、ここで私に見せるべきではない
「え?」
ハコザは指輪のはめられた指で髪をすいて「そうそう、卒業式のある週末に、私の館で宴が開かれる。予定は空いているかな?君と君の仲間達を是非、その宴に招待したい」
証拠を突きつけられて追い詰められた反応をするかと思っていたタイジは、ハコザ教授のこの意外な申し出を聞いて「そ、それは…」
「パーティだよ。学内の掲示板にも告知はしてあるから、是非来てくれたまえ」ハコザは唇を持ち上げながら「その時、忘れずにそいつを持ってきてくれよ」
タイジは動けなかった。
ハコザの突然の不可解な誘いに対する驚きもあったが、それ以上に抗えない命令を下されて、全身が硬直してしまっていた。

その日の夜更け。
タイジは灯りも灯さず、マナの部屋の戸をあけ、暗闇の奥へと呼びかけた。
「マナ…起きてるか?」真っ暗な部屋から返事は返ってこない「今日…ハコザ先生と廊下ですれ違ったんだ」今夜はサキィは戻らない。ユナおばさんはとっくに就寝している。「もう、この話はしないって、約束したけど…」
「聞いてない振りしてるから、黙って続けて」くぐもった少女の声が返ってきた。
タイジは声をひそめ、話を続けた。
学生を罠にはめたのはハコザの仕業。金の筒のことも、そこにあった同じサインも、そして実際本人に会って、確かめた。今、奴は自身が主催する宴に僕達を招待し、更なる罠に陥れようとしていること。
「マナ、僕は医療棟でやるべきことは大体済ませた。薬品はほぼ完成し、新年になれば、それは発表できると思う。図書館での調べ物も、目処がついた。まだ完全じゃないけど…切り上げてもいいぐらいには出来た。僕は、自分の命を失っても、あいつを倒したいと思う」
タイジの、初めての勇ましき宣言を受けた少女は、ただ長い長い沈黙の間を置き、暗闇の寝台から、小さな言葉を紡いだ「こんなにチャンスがあったのに…ようやく来たかと思ったら、そんなつまんないことを言うだなんて…」
「マナ!僕は本気なんだ。お前だって、もうわかってるはずだ。お前の仲間たちを殺したのは、あいつ、ハコザだって!チャンスは今度の宴。その時に…」
「いいよ、もう!なんも分ってないんだから!」怒りを含んだマナの声「ボクはね、タイジがシコシコ学者さんごっこしてる間に、チョーかっこよくて男前紳士の学長から、秘伝のスペシャル魔術の特訓を受けてきたんだ。それさえあれば、どんな奴だってあの世へ送れる、禁断の魔術」
「え…」マナも…既に?
「わかったら、早く部屋を出てって!でないと、もうちょいで完成のその魔術、実験者第一号をタイジにしてやるから!」
タイジはマナが俄かに怒り出した理由も分らず、要領を得ないまま扉を閉めた。そう、扉は閉められた。少年は少女の部屋の扉を閉めた。そして立ち去る。
僕も、こうしてはいられない。



「お、おはよう、タイジ」
「おはよう…えと、マコト……くん?さん?ちゃん?たん?」
「なんだよそれ、マコトって呼び捨てでいいよ!あとたんだけはない。マジで」
狐族の剣士、溌剌とした少年風の少女は、花火のように明るい笑みを、やって来たタイジに返した。
「なぁ、タイジ。今日は特訓なんだって?覚悟しとけよ、ゲンのやつ、ぶっきらぼうでいけ好かないから」
「ゲン…ていうの?サキィが教えてくれた弓の使い手」
「ああ、まだオレたちの仲間になってから日は浅いんだけど、あいつはやべぇよ。確かに稽古じゃオレやサキィさんの相手じゃないにしろ、あの弓の一撃は、ウチらの刃よりも強力かもしれない」
サキィやマコトの打撃をも上回る弓矢?
「一応、自分は狩人だなんて言い張ってるけど、とんでもない図体してるんだぜ。だからいつも皆で言ってるんだ、狩人っていうのは森の中にいて、木から木へ飛び移ったり、獣の声を聞いたり、もっと身軽で俊敏な奴らのことだろ?お前はなんでそんなに鈍重なんだって!するとあいつはぶちゃむくれた顔で言い返すんだ。『どんなに射出に時間がかかっても、相手を弓矢で倒せれば、狩人だ。しかも俺は一撃で沈められる』ってね。変わった奴だよ。こっちこいるからさ!」
マコトはサキィの事務所裏から出て、路地を歩いていった。
サキィはその日、別件で留守にしていた。
先日、弓矢の修行を受けたいと申し出たタイジに対し、若くして頭領となった親友は「うってつけの奴がいるぜ!」と快活に言い、マコトに頼んで紹介してもらうことにした。
「おーい、ゲン、いるか?」マコトはサキィは『さん付け』でも、他の連中は呼び捨てらしい。彼女の年齢からすれば、皆先輩みたいなもんだが…「なんだあいつ、あんなのっぱらにいるぞ」
それは中央国皇都、ボンディ領の枠の外、異生物徘徊する恐怖の平原ゾーンに突き出たエリア、大きな木の下に、座っていた。まるで巌のように。
マコトが評した通り、ガッシリと大きな肉体。浅黒い肌にゆったりとした衣装を身につけ、縮れた剛毛が草原から吹いてくる風になびいている。
胡坐をかいている男の手の中にある武具を見る。巨大な体躯に一致するように、これまた巨大な射出武器。
「ゲン、連れてきたぜ。彼がタイジだ。頭領の古い友人で、なかなかの弓使いらしい」
タイジは狐の尻尾を揺らす少女の後ろに立って、黙って見下ろしていた。
確かに、腕力は相当ありそうだが、こんな馬鹿でかい図体の彼に、緻密な操作を要する弓具など扱えるのだろうか。マコトみたいに、斧で戦ったほうが性に合っていそうに見えるが。
「なかなかの弓使い」その身に見合った、低い、太い声で、ゲンと呼ばれた大男は呟いた。
「いや、そんなことは…」
タイジが謙遜しようとしたところ、ゲンは木立の下に座ったまま、その巨大な弓具を持ち上げ、何もない平原の遠くを見据え、そして、撃った。
どひゅうううううぅぅぅ
岩をも粉砕する弓矢は真っ直ぐに野原を突き進んでいき、失速することなく、どんどん遠くへ、小さくなり、やがてタイジの眼からは見えなくなった。
なんだろう…自分の弓の飛距離を見せようとしたのだろうか。
確かに、彼が今撃ち放った矢は、まったく衰退することなく、平野の見えなくなる遠くまで飛んでいったが…
すると「うっわー、驚いたな!」マコトが矢の飛んでった先に眼をこらし、感嘆の声を上げた。
「え?マコト…」
「ああ、そうか、タイジの眼には見えなかったか。オレは獣の血が入ってるから、見えたんだ。今、ゲンがなんもない方向へ撃ったと思った矢が、ずーっと遠くにいた異生物に命中したよ、しかも、たった一発でぶっ殺した!この距離から、矢は少しも失速しなかった。ちょっとオレも信じられないよ」
「あんたには、俺の教えを請うだけのスキルがあるのか?」
地の底から響いてくるような声で、座ったままのゲンはタイジを見上げもせずに言った。

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