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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「やったよ、勝ったんだよ!」
マナの喜ぶ顔がすぐ近くにあって、それを本当にかわいいなって思った瞬間に抱きつかれて「やった!やった!やったー!」ずっとこのままが良いなって思ったんだけど「タイジ!倒した!ひゃっほーい!皆の仇もうてたんだね!」
なんでだろう。
僕にはもう分かっていた。
「グォオオミィがああああ!」
喉を潰されていよいよ怪物みたいな声であいつが叫んでる。
「舐めんなよ!この、私を、よぉおおおおお」ハコザが血走った目でこっちを睨んでいる。喉からドボドボと血を流しながら、片膝をついて起き上がろうとする。「今から、てめぇら二人仲良く、私の魔術でぶっ殺して、やるぅ、からなあ」
「ならもう一回!」
僕の目の前であいつの髪の毛が緑色に変わっていく。
one more red nightmare!!!!!
マナは再び赤い悪夢を放った。
ダメだ。
チャカのサークレットを装備している以上、ハコザに同じ魔術は二度通じない。
さっきと同じように部屋全体が燃え上がる紅蓮の火炎に包まれたけど「通じないよ!通じないよぉ!もう怖くないよ!フヘヘヘヘ!」血まみれになりながら、へっちゃらだって、言ってるみたい。「さぁ、今度はこっちの番だぜぁ」
「ヤバイよ!タイジぃ」
マナは僕に抱きついた。そうだ、それがずっと続けば良いと思っていたんだ。
「そこまでです!」
部屋の入り口から声があった。
そこに立っていたのは、幾分動きやすくなってるとはいえ、それでも派手な衣服に身を包んだアオイ・トーゲンであった。
「お姉さま!一人でいっちゃうなんて反則です。アオイ、お手伝いしたくって参上しました!」
ハコザは血を滴らせながらゆっくりと後ろを振り返る。ギラリと目が光る。
「ハコザ先生は、すっごいエライエライ人だって有名だし、アオイも尊敬してたんですけど、でもお姉さまの敵となってしまったら仕方ないですよね。お姉さまの敵はアオイの敵ですもん。  だから…『呪っちゃいます』
「ゴミがゴミを呼び寄せたか!お前から先に、消してやろうぅうう」
「アオイちゃん、逃げて!そいつには魔術は効かないの!」ハコザは一度受けた魔術に無敵。「そいつは、一度くらったことのある魔術には無敵になっちゃうんだよー!」
「え、そうなんですか?」アオイは案外キョトンとしていた。「じゃあ、これだったら良いんですね」
僕には、この勝負に間もなく決着がつくことが分かっていた。
アオイの登場は決してデウス・エクス・マキナなどでは無い。
機械仕掛けの神ならもうとっくに存在していたからだ。
そして、ハコザの死は既に決定していたんだ。アオイはその死に念を押す為に現れた。
the blue nile!!!!!
水!水!大水流!
マナが使ったレッドナイトメアの炎の記憶を沈下させるかのように、今度は大河を思わせる大洪水が室内に巻き起こった。
「お姉さまとアオイだけが知っている、大切な、大切な魔術です」
アオイは迸る水流を両腕から放ちながら、夢見がちの表情で歌うように言葉を紡いだ。
そうだ。マナは思い出した。
アオイのでん部にあったアザ…タイジの腹部にあったものと色違い。あれを引き出したのは自分。アオイは他の先輩魔術師が誰も知らない水の魔術を会得していたんだ。それをボク以外の誰にも打ち明けなかったのは、この日の為?
ゴボゴボゴボゴボ。
火責めの次は水責め。
ハコザに救いは無かった。「こんな、馬鹿なことが…あるなんて、認めないぞ!私は…私は!」
「うぎゃ、まだ動けるの…」
ハコザは体中に幻影術による致命的損傷を幾つも作りながらも、再び細見の剣を握り、三人の少年少女たちに大鷲のような鋭い眼光を投げ掛けた。
「もう……新魔術の御披露目会は……お、わ、り、だああああああ!」やつれた頬で、窪んだ眼窩で、乱れた衣服で、ハコザは叫んだ。狂気の雄叫びを「覚悟しろよお、クソガキぃどもがぁぁぁあ!殺すからな、お前らを、殺すからなァァァ」
「どどどど、どうしよう、タイジ!ボクのレッドナイトメアも、アオイちゃんの大水流も、きっとあいつには……もう!」
「心配ありません」
雪原に舞う氷の結晶のような、冷酷な声が聞こえた。タイジは、その時だけ、意外そうな顔をして傍らを見やった。そう、ハコザはもう死んでいるはずだった……この時間。だが、何かを終わらせまいとする力か、決して終わらなかった続きを終わらせる為にか、雷と癒しの力を得た少年は、見慣れない光景を、ただぼんやりと俯瞰していた。
アオイがまたしても聞きなれない何かを口走った。いつもの魔術詠唱ではない。素人にも、それはわかった。もっと違う、それは呪いの言葉だった。
「がぁ……ぁ…あ……」
ハコザが動きを止めた。
今、再び剣を携えて殺戮の悪鬼と化すかと思われた宿敵は、何も出来ずに、四肢を引き攣らせ、細かく震えている。まるで、先ほどのレッドナイトメアで味わった悪夢の続きを見ているかのように……
続き……そう、それは続きだった。
そして、続きは、終わるものであった。
「お姉さま、今こそ、終焉を!」
我々は学んだ。たとえ歴然とした力量差のある難敵相手でも、その動きを止めることが出来れば、勝利は見えてくる。
作戦次第で、一見無理と思われる勝負も、容易にひっくり返すことが出来る。
アオイの口から放たれたのは、そうした類の秘術であった。
魔術ではない。彼女が幼少の頃より嗜んでいて、しばしばマナと近しいと感じられたタイジに対しても行われた、それは呪詛のスキルであった。

ドブシュ!
最後の一撃はマナが決めた。
アオイの呪詛の効果によって身動きが取れなくなったハコザの剣を奪い、持ち主の心臓目掛けて背後から返してやったのだ。
「あんた、もう類型なんだよ。いかにも悪役って感じの末路、もう終わりだよ」
「アァァアアアアアアアアアアアァ…か、か…」
ハコザの体が薄れていく。やっと、終わるんだ。でも、ここからなんだ。
ヴォっとハコザの体が一瞬燃え上がった。
だが、すぐに炎は消えて、燃えカスの衣服だけになった。
ハコザは消滅した。
身に纏っていたものだけを残して。超人の死は肉体の消滅。衣服はボロボロになって殆ど布切れ状態だったが、チャカのサークレットはカランカランと音を立てて床に転がった。
「終わったよ、カタキ、皆の、取ったんだからね」
マナは剣を握ったまま瞳を潤ませていった。
そこへアオイも抱きつく。
「きゃー!お姉さま、悪を成敗するその姿!アオイをお嫁にしてくらさ~い!」先ほど、凍てつく相貌で呪いの言葉を発した際の面影は微塵も残っていなかった。
二人の少女が喜びに打ちひしがれながら抱き合って涙している。
タイジはそれを少し離れた位置からまるで遠い過去の思い出を見つめるように傍観していた。
「行かなきゃ」
タイジは改めてホワイトライトを詠唱した。
左肩の傷は先程とは打って変わって迅速な回復力を見せた。
すまんな、マナ。お前の傷も塞いでやることが出来なくて。アオイが一緒ならお前はもう大丈夫だよな。僕は行かなきゃならないんだ。マナ、元気でいろよ。
「ちょ、ちょっと、どこ行くんですか?」
呼び止めたのはアオイだった。
それはこのシーンから早々に暇を告げようとしていたタイジにとっては甚だ意外な展開だった。
「あれ?タイジっち、別に遠慮しないで、今はボクとハグハグしても良いんだよ?感動補正でちょっとやそっとのタッチなら許してあげるのに…」
「いや……」タイジは戦場であった部屋の戸口に立ちながら、少し離れた位置にいる二人の少女を眺める。
「アオイも……今だったら、その感動補正で、あなたのこと、少しだけ許しても良いんです」水色の瞳の少女が、こちらを向きながら語る「もちろん!お姉さまを渡すつもりはさらさらありません!いつだって、アオイはお姉さまと一緒なんだから!でも……」小柄な貴族の少女は、初めて見せる表情で「すいません、アオイ、今までかなりヒドイことをしていたと思うんです……お姉さまの、大切って程じゃないけど、そこそこは大事にしてないことも無い、召使いのあなたを、少し、勘違いしていまして……」
「召使いって…」僕はマナの下僕になったつもりはないぞ。
「だから、お許し下さい!」アオイは改造された博士を突き落として敵もろとも殺害する時のような言い方で、タイジに詫びの言葉を述べた。「アオイ、たくさんの呪詛の言葉を、タイジさんに掛けていました!あの日、初めてアカデミーでお会いした時から……本当の黒幕は、さっき倒したハコザ先生だったのに…アオイ、勘違いをしてしまい……」
「いいんだよ……それで」
タイジは翳りのある顔を傾け、別れを告げるように言った。
「僕は呪われてもいい……すでに、そうなんだから」
「待って!タイジ!どこへ行くの?」
マナが駆け出す前に、僕に追いつく前に、ここを去らなければいけない。
「マナ……その子を、大事にしてやれよ」
我ながら、馬鹿みたいだった。
生涯をかけて好きだった女の子に言う、最後の言葉がこんな台詞だったことが。

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