オリジナルの中世ファンタジー小説
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その日、マナは太陽が昇るより早く起きだし、彼女の母親とともに、盛大な準備を行った。
マナの卒業式だ。
異生物との実戦を踏まえ、本格的に戦力となる魔術師を育成する為に設けられた魔術学部第一魔術学科魔術師学専攻生の、初めてにして、唯一の卒業生。
それがマナ・アンデン。
志半ばで散っていった七人の仲間の無念を乗り越え、彼女は遂に全教育課程を修了した。
対外的に見れば、これはちょっとしたニュースでもあり、式には中央皇国の王宮からも数人、列席し、またこの報せは諸外国へ、抑止力めいて発表もされた。
未だ国交回復の兆しのない東南国へも、皮肉めいたこの報告書が、皇族専用の伝書鳩の足首にくくられた。
もちろん、当の本人にとっては、そんな政治的、社会的、歴史的な意味合いなどどうでもよく、もっぱらお化粧のテクニックに全身全霊を使い、答辞の発表に緊張をし、式典用の豪華な一張羅に袖を通すのにわくわくしている、そんな小市民めいた気分しか持ち得なかった。
魔術大学で開かれた式典には、タイジももちろん出席した。
実をいうと彼は、マナや在校生のアオイらと同じ学生という扱いではなく、客員教授兼超級医薬品開発研究室スタッフという肩書きのもと、賢者の如き教授らと共に式に参列したのだった。
タイジは開発研究室の既婚の研究者オズノール女史らと共に、冗長な式典を、何度も欠伸をこらえながらジッと耐えた。
お偉いさんの退屈な長話を凌ぐために、普段よりも数倍美しく魅惑的な姿となったマナを、遠くから、何度も見つめてしまっていた。
他の学科、学部の生徒の群に交じっても、そこだけは一点、輝かしく崇高な、愛しい領域であった。
その夜。
仕事がどうのとか言い訳をつけて式には姿を現さなかったサキィと共に、アンデン家では遅くまで晩餐が催された。生憎、彼女の第一の心酔者アオイは、お家の都合でマナ宅に来ることは出来なかった。
「おめでとう、マナ」式にも顔を出した親友のアカネ・ソンカ・トーハは「あんた、どんどん立派になってくね」
「そんなことないょ~~ん」マナは酒に酔って真っ赤な顔と真っ緑な髪で「アカニェっちだってさ、むぅっぷ、ボクよりじぇんぜんべんきょーでけるひ」
「はいはい、もうお酒はやめなさいね」アカネはやれやれといった顔をして「それじゃ、夜も遅いし、私は帰るね。タイジくん、サキィさん、マナのこと、頼んだよ」
三人の若者は、親友の母親に慇懃な挨拶をして帰路についた紅の瞳を持つ少女を見送った。
ほどなく、マナは「少し休む」といって自室に引き下がったまま、次の日の出まで決して目を開けないだろう深い眠りに陥った。
「やれやれ、ホントに、どんどん立派になってくな」タイジは蝋燭の灯りを片手に、マナの部屋のドアを閉めながら「どんどん…追い抜かれてる気がするよ」感慨深げに言った。
「まったくだな」とサキィ。
「何言ってんだ、サキィだって、今や立派な実業家じゃないか」
「そういうタイジだって、薬の開発、進んでんだろ?」
「何にせよ、あの子が無事に卒業を迎えて良かったよ」食べ散らかった食卓から、母親ユナの声が届いた。
「ユナ・アンデン殿。今更ながら、此度はおめでとうございます」酔っ払い獣人のサキィは、シャキっと敬礼のような仕草をひょうきんにして言った。
「ええ、ありがとう」ユナはにこやかに笑って返した。ユナは四十代前半で、確かに目皺や肌の衰えは顕著にあるものの、黒い髪には艶があり、よく笑いよく食べるその様、まだまだ充分若々しい御婦人である。「ささ、こっちに来て、もう少し飲んだらどうだい?」
「いただきまっす」サキィは猫族の尻尾をくるくるさせながらテーブルに舞い戻った。
「なーにその明るいキャラ」とタイジ。
「ささ、若者はもっと飲まなくちゃ」杯を勧めるユナ。
「わ、僕はもう、いいです」やんわり拒否するタイジ。
「しっかし……あの子も大きくなったよ、ホント」
「やっぱり、苦労なさったんですかい?奥さん」サキィが酔った声で尋ねる。
「そりゃぁ苦労の連続だったわよ」ユナ母は横柄に「わがままだし、無鉄砲だし、ちっとも大人気ない。それに男癖の悪さもピカ一でしょ」
「ええ、そうですね」タイジは即座に同意をした。
「あの子はねぇ……死んだお父さんがね、いつも構ってやれなかったから。姉のリナも、妹にはあんまり干渉しなかったし、私は叱ってばっかだったから」
ユナおばさんは、マナの育ての親としての回想を語り始める。
「私と亡くなった夫はもともとこの国の出身でね。マナが生まれてすぐ、東南国に一家で移民したのよ。マナはね、しっかり者の姉リナといつも比べられて、ドジでやんちゃで、すぐに泣きわめいたり怒って癇癪起こしたり、そりゃ子供ん時は大変だったのよ。今もかもしれないけど」
タイジは黙って心の中で「今もです」と言った。
「でも、どんなに機嫌が悪かったり落ち込んでても、パパがうちに帰ってきたら途端に良い子になってね。ホントに父親が大好きだったんだよね。私はあの子とはずーっとケンカばっかりだったし。できれば、あの人がずっとマナの側にいてあげれたら良かったんだけど…けど、超人でもあった夫は仕事が忙しくてね…なかなか家にいられる時がなかったんだよ」
タイジはこのマナの母親、そして姉のリナには会ったことがあるが、彼女の父親には終ぞ顔を合わしたことはなかった。小さな肖像画でその髪の色が娘の興奮時と同じであることを確認したぐらいだ。そういえばあの絵は……
「マナが、そうね…小等部を卒業して、中等部へ入った頃ぐらいからかな。私も時には辛くあたったりしてたな。あの子、案の定悪い方へ走っちゃいそうだったから。家に帰ってくる時間も遅くなってきたし、リナにも叱りつけるように言ったんだけど、反抗期だったのかしらね、私らの話なんかまるで耳を貸さないで、年上の男が集まってるようなとこに遊びに行ったり、そりゃもう心配したわよ」
タイジは兄のことを思い出した。
セイジ兄さん。
マナと次兄がどんな経緯で知り合って、関係を持ち始めたのかははっきりとは分からないが、確実にその綱渡しとして自分はいた。マナのことが好きだったのに、何も出来ないでいた自分が。
そうか、あの時期マナはグレていたのか。不良っぽい感じではなかったけど、家が嫌いで夜遊びばっかりしてるみたいなことを話していた気もするな。
「パパが死んだ時は大変だったわ。ちょっと思い出したくないくらいね。私はなんとかかんとか、二人の娘を引っ張って、こっちの国に帰ってきたわけ。あの時のことを思い出すと……今でも冷や冷やするわ。マナなんか、お父さんが死んじゃったのと、住み慣れた土地を離れるのとで、すっかりダウンしちゃってね。んんん、ダウンて感じじゃなかった。もう…一日中死んだ魚みたいな目をして、まるで叔父から虐待を受ける少女みたいな……ウッディ!そりゃもう、人が変わったみたいに…」
そうか。
マナが高等部の途中で突然姿を消してしまった直接の原因は、親父さんの死だったのか。
家庭の事情。
「なんとかあの子をこっちの新しい学校に転入させて、真面目に勉強するように言って聞かせたの。敬虔な精霊信仰の、お嬢様学校にね……最初は新しい環境に慣れなかったみたいだけど、すぐに仲良しの友達を作ってね…それがあのアカネちゃんよ」
サキィもタイジも、先ほど丁寧な挨拶をして帰っていった、優等生然としていながらも、どこか垢抜けない少女のことを思い浮かべた。
「それで、友達も出来たし、私の見えてる範囲では真面目に勉強してたみたいなの。アカネちゃんと。勉強嫌いのあの子がね、やっぱりお父さんが死んだショックで、少しは心を入れ換えてくれてたのかな。それとも新しい親友が勉強熱心な子だったからか…ともかく、マナは気持ち悪いけど真面目に勉強してるみたいだし、リナは学校の先生になるって進路も決めて、私も昔住んでたこの国で、再就職して、なんとか生活も軌道に乗り出してきた頃だったわ。あの子がね、また、とんでもないことをやらかしてくれたの」
タイジは自分が知らない時代のマナの話が聞けて嬉しかった。
卓上に置けれたランタンの炎が、時の螺子を巻き戻すように、揺らめいていた。
マナの卒業式だ。
異生物との実戦を踏まえ、本格的に戦力となる魔術師を育成する為に設けられた魔術学部第一魔術学科魔術師学専攻生の、初めてにして、唯一の卒業生。
それがマナ・アンデン。
志半ばで散っていった七人の仲間の無念を乗り越え、彼女は遂に全教育課程を修了した。
対外的に見れば、これはちょっとしたニュースでもあり、式には中央皇国の王宮からも数人、列席し、またこの報せは諸外国へ、抑止力めいて発表もされた。
未だ国交回復の兆しのない東南国へも、皮肉めいたこの報告書が、皇族専用の伝書鳩の足首にくくられた。
もちろん、当の本人にとっては、そんな政治的、社会的、歴史的な意味合いなどどうでもよく、もっぱらお化粧のテクニックに全身全霊を使い、答辞の発表に緊張をし、式典用の豪華な一張羅に袖を通すのにわくわくしている、そんな小市民めいた気分しか持ち得なかった。
魔術大学で開かれた式典には、タイジももちろん出席した。
実をいうと彼は、マナや在校生のアオイらと同じ学生という扱いではなく、客員教授兼超級医薬品開発研究室スタッフという肩書きのもと、賢者の如き教授らと共に式に参列したのだった。
タイジは開発研究室の既婚の研究者オズノール女史らと共に、冗長な式典を、何度も欠伸をこらえながらジッと耐えた。
お偉いさんの退屈な長話を凌ぐために、普段よりも数倍美しく魅惑的な姿となったマナを、遠くから、何度も見つめてしまっていた。
他の学科、学部の生徒の群に交じっても、そこだけは一点、輝かしく崇高な、愛しい領域であった。
その夜。
仕事がどうのとか言い訳をつけて式には姿を現さなかったサキィと共に、アンデン家では遅くまで晩餐が催された。生憎、彼女の第一の心酔者アオイは、お家の都合でマナ宅に来ることは出来なかった。
「おめでとう、マナ」式にも顔を出した親友のアカネ・ソンカ・トーハは「あんた、どんどん立派になってくね」
「そんなことないょ~~ん」マナは酒に酔って真っ赤な顔と真っ緑な髪で「アカニェっちだってさ、むぅっぷ、ボクよりじぇんぜんべんきょーでけるひ」
「はいはい、もうお酒はやめなさいね」アカネはやれやれといった顔をして「それじゃ、夜も遅いし、私は帰るね。タイジくん、サキィさん、マナのこと、頼んだよ」
三人の若者は、親友の母親に慇懃な挨拶をして帰路についた紅の瞳を持つ少女を見送った。
ほどなく、マナは「少し休む」といって自室に引き下がったまま、次の日の出まで決して目を開けないだろう深い眠りに陥った。
「やれやれ、ホントに、どんどん立派になってくな」タイジは蝋燭の灯りを片手に、マナの部屋のドアを閉めながら「どんどん…追い抜かれてる気がするよ」感慨深げに言った。
「まったくだな」とサキィ。
「何言ってんだ、サキィだって、今や立派な実業家じゃないか」
「そういうタイジだって、薬の開発、進んでんだろ?」
「何にせよ、あの子が無事に卒業を迎えて良かったよ」食べ散らかった食卓から、母親ユナの声が届いた。
「ユナ・アンデン殿。今更ながら、此度はおめでとうございます」酔っ払い獣人のサキィは、シャキっと敬礼のような仕草をひょうきんにして言った。
「ええ、ありがとう」ユナはにこやかに笑って返した。ユナは四十代前半で、確かに目皺や肌の衰えは顕著にあるものの、黒い髪には艶があり、よく笑いよく食べるその様、まだまだ充分若々しい御婦人である。「ささ、こっちに来て、もう少し飲んだらどうだい?」
「いただきまっす」サキィは猫族の尻尾をくるくるさせながらテーブルに舞い戻った。
「なーにその明るいキャラ」とタイジ。
「ささ、若者はもっと飲まなくちゃ」杯を勧めるユナ。
「わ、僕はもう、いいです」やんわり拒否するタイジ。
「しっかし……あの子も大きくなったよ、ホント」
「やっぱり、苦労なさったんですかい?奥さん」サキィが酔った声で尋ねる。
「そりゃぁ苦労の連続だったわよ」ユナ母は横柄に「わがままだし、無鉄砲だし、ちっとも大人気ない。それに男癖の悪さもピカ一でしょ」
「ええ、そうですね」タイジは即座に同意をした。
「あの子はねぇ……死んだお父さんがね、いつも構ってやれなかったから。姉のリナも、妹にはあんまり干渉しなかったし、私は叱ってばっかだったから」
ユナおばさんは、マナの育ての親としての回想を語り始める。
「私と亡くなった夫はもともとこの国の出身でね。マナが生まれてすぐ、東南国に一家で移民したのよ。マナはね、しっかり者の姉リナといつも比べられて、ドジでやんちゃで、すぐに泣きわめいたり怒って癇癪起こしたり、そりゃ子供ん時は大変だったのよ。今もかもしれないけど」
タイジは黙って心の中で「今もです」と言った。
「でも、どんなに機嫌が悪かったり落ち込んでても、パパがうちに帰ってきたら途端に良い子になってね。ホントに父親が大好きだったんだよね。私はあの子とはずーっとケンカばっかりだったし。できれば、あの人がずっとマナの側にいてあげれたら良かったんだけど…けど、超人でもあった夫は仕事が忙しくてね…なかなか家にいられる時がなかったんだよ」
タイジはこのマナの母親、そして姉のリナには会ったことがあるが、彼女の父親には終ぞ顔を合わしたことはなかった。小さな肖像画でその髪の色が娘の興奮時と同じであることを確認したぐらいだ。そういえばあの絵は……
「マナが、そうね…小等部を卒業して、中等部へ入った頃ぐらいからかな。私も時には辛くあたったりしてたな。あの子、案の定悪い方へ走っちゃいそうだったから。家に帰ってくる時間も遅くなってきたし、リナにも叱りつけるように言ったんだけど、反抗期だったのかしらね、私らの話なんかまるで耳を貸さないで、年上の男が集まってるようなとこに遊びに行ったり、そりゃもう心配したわよ」
タイジは兄のことを思い出した。
セイジ兄さん。
マナと次兄がどんな経緯で知り合って、関係を持ち始めたのかははっきりとは分からないが、確実にその綱渡しとして自分はいた。マナのことが好きだったのに、何も出来ないでいた自分が。
そうか、あの時期マナはグレていたのか。不良っぽい感じではなかったけど、家が嫌いで夜遊びばっかりしてるみたいなことを話していた気もするな。
「パパが死んだ時は大変だったわ。ちょっと思い出したくないくらいね。私はなんとかかんとか、二人の娘を引っ張って、こっちの国に帰ってきたわけ。あの時のことを思い出すと……今でも冷や冷やするわ。マナなんか、お父さんが死んじゃったのと、住み慣れた土地を離れるのとで、すっかりダウンしちゃってね。んんん、ダウンて感じじゃなかった。もう…一日中死んだ魚みたいな目をして、まるで叔父から虐待を受ける少女みたいな……ウッディ!そりゃもう、人が変わったみたいに…」
そうか。
マナが高等部の途中で突然姿を消してしまった直接の原因は、親父さんの死だったのか。
家庭の事情。
「なんとかあの子をこっちの新しい学校に転入させて、真面目に勉強するように言って聞かせたの。敬虔な精霊信仰の、お嬢様学校にね……最初は新しい環境に慣れなかったみたいだけど、すぐに仲良しの友達を作ってね…それがあのアカネちゃんよ」
サキィもタイジも、先ほど丁寧な挨拶をして帰っていった、優等生然としていながらも、どこか垢抜けない少女のことを思い浮かべた。
「それで、友達も出来たし、私の見えてる範囲では真面目に勉強してたみたいなの。アカネちゃんと。勉強嫌いのあの子がね、やっぱりお父さんが死んだショックで、少しは心を入れ換えてくれてたのかな。それとも新しい親友が勉強熱心な子だったからか…ともかく、マナは気持ち悪いけど真面目に勉強してるみたいだし、リナは学校の先生になるって進路も決めて、私も昔住んでたこの国で、再就職して、なんとか生活も軌道に乗り出してきた頃だったわ。あの子がね、また、とんでもないことをやらかしてくれたの」
タイジは自分が知らない時代のマナの話が聞けて嬉しかった。
卓上に置けれたランタンの炎が、時の螺子を巻き戻すように、揺らめいていた。
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