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オリジナルの中世ファンタジー小説
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キィチの言葉に嘘は無かった。
少年のような顔立ちからは想像出来ぬほど豪快なマコトの戦斧、長身を生かしたサキィ風を切るような長剣、そして忘れた頃に後方より射出される大男ゲンの大弓。
三重攻撃!
だが、何度攻め入ってもキィチ・ブライ・アンストンズの頑強な剣法の鉄壁は破れなかった。鎧に幾らかの傷をつけることは出来たが、いずれも決定打には達しなかった。サキィの必殺剣『流星閃』を以ってしても、結果は同じであった。
「もう、諦めなさい。所詮、ルーツの修得をしていない君たちでは、私の剣に勝ち得ない」
サキィもマコトも共に息を切らしながら、老剣士の強かさにたじろいでいた。
攻撃を防がれたほんの一瞬の硬直を狙って、大剣による一撃が繰り出される。
前衛の獣人戦士二人は盾や柔軟な関節を用い、致命傷こそなんとか回避していたが、その四肢には幾つもの刀傷が施されていた。
「君達の動きは手に取るように分かるんだよ。私の兵法書に書かれている通りにね」
「こんな相手、初めてだ」マコトは反撃にあって血の滴る額の汗を拭いながら「オレと頭領の二人掛かりでも崩せないなんて…」
単純な破壊力では、マコトの斧も決して引けを取らなかっただろう。
だが、周知の通り、斧という武器は剣よりも扱いが難しい。それをマスターしていたとしても、より戦い慣れた相手では、刀剣よりも容易くかわされてしまう。
「さて、終わりが来たようだな、メインストリートのならずものたち。ならずものは所詮ならずもの。しっかりとした理論の後ろ盾無しに、未熟な武芸を晒すだけ生き恥なのだ」
マコトはその言葉を聞いてハッとなった。
つぶらな、丸い眼を見開く。
頭領はオレとの連携を考えた上で動いている。どこかでオレのことを気遣ってしまっている。そんなんじゃない!
彼の剣はもっと、自由奔放で、亜人さながらに野性に満ち満ちていた筈だ。
「あんたの戦い方をするんだ!サキィ・マチルヤ!」赤髪の少女マコトは、隣に立つ紺の髪の男に呼びかける。
「?」
「頭領!
あんたの戦い方は、もっと、型なんてない、無形のものであったはずだ。いいか、オレのことなんか忘れるんだ。オレがこれからどんな手段を取ろうと、心を無にして、飢えた野獣のように、あいつを切り伏せることだけ考えるんだ!ゲン!」マコトは同じ年上でも格下扱いをしている弓使いに「お前もだ!分ってるな、最高の一発を、敵に向って撃つんだ」
ゲンは少し離れた位置から、仲間の眼を見つめた。
その少女の瞳には炎が宿っていた。
ゲンは無骨な鉱物のような己が目にそれを映した。
その炎を映した。
獣の血の混じった、まだ若い少年風の少女。彼女の中に秘められたものを…「わかった」低い声でそう呟くと、射出の準備に取り掛かる。
「何か、策でも思いついたかね?」老騎士は寧ろ、楽しみにするように、それを待ちうけようとする。彼には自信があるのだ。
サキィは二人の共謀の片鱗を悟り「マコト…まさか!」
「そうだ。心配はいらないよ、頭領、あんたは余計なことなんか考えないで、ただ、切り伏せればいいんだ」
「マコト!」
マコトは再びキィチに挑んでいく!
だが、今までとは違う。
前方から斧を振り下ろしにかかるかと思いきや、手にしたその戦斧を飛ばし、自身は跳躍した。
キィチは一瞬我が眼を疑ったが「武器を捨てるとは、愚かさにも程がある!」飛んできた斧を横様にかわし「ん?なんだ?」私の背後に!?
「さぁ!早く!」オレもこんな真似をするなんてね。
「こら!放さんか」
キィチはもがいた。
自身の背後から、身を封じてきている少女を振りほどこうとした。
狐人の剣士は武器を捨て、今やその少ない背丈を目一杯使い、老剣士の四肢を押さえている。彼女の平たい胸が、ごつごつした鎧に押しあたっている。
「マコト!」
迷いは生じた。躊躇いは訪れた。サキィの腕に、戸惑いという呪いが附着した。
この中央国で出会った、彼女との記憶がフラッシュバックする。
性と精神の入れ違った、無邪気で笑顔のよく似合う斧使いの獣人、マコト。いつしかルロイの元にふらりと現れ、剣士として俺の試験を受け、合格をした、逞しい少女。
「ええぃ、こざかしい奴だ!こんな野蛮な真似を……ぐあぁぁぁ!」
キィチは背後の少女を振り放そうとした。
だが、それは敵わなくなった。
いつの間にか、一本の矢が、鎧の継ぎ目に突き刺さり、つまり彼の腹部から貫通してしまっている。
「んがぁあ!」
敵を両腕で押さえ込んだまま、マコトは吐血する。
ゲンの放った矢は、キィチの腹を越え、背から突き出、自分の肉体にも突き刺さっている。
矢はキィチの鎧を打ち破り、その矢尻はマコトの背から少しだけ顔を覗かしている。
だが、これでいい。二人が串刺しになることで、よりこのジジィを留めておくことが出来る。
「さぁ…頭領……早く!」
マコトは己が腹部に食い込んだ焼け付く矢の痛みを耐えながら、視線を送った。ゲンのやつ、マジで容赦がない。本気で打ち込みやがった…
「こんな型破りな!」さすがのキィチも、焦慮を見せ始める。
依然、身の自由は利かない。口もとから鮮血が零れ出す。
サキィは迷ってはいけないと悟った。
今、キィチの体を後方から羽交い絞めにして押さえているマコトを、切り伏せてしまったとしても!

そうだ、そもそも俺の戦い方に型なんて無かった。
俺は、まず疑う。
その既に作られて人々に信仰されているものが、果たして本当に尊いものであるかどうか。
ただ単に、体制に逆らおうとする態度は、崇高であっても危険だ。相手を疑い、大切なのは、自分がどうするか、ということ。
自分ならどうするかということ。
キィチ、お前は自信満々に己が剣を疑っていない。そこに、弱さがある。そこに真実が隠されてしまっている。
サキィは飛び込む!
だが、その剣の構えはかつて無い奇妙さだった!
腕をブンブンと振り回し、刃を旋回させる。
流星閃を繰り出す要領で、回転する刃先に超人の思念を送り込んでいく。
もはや、彼は何も考えなかった。
無我の境地!
マコトの犠牲も、自分の腕のことも。
ただ、目の前の敵を葬ることだけを考えていた!
「そうだ…それでいいんです」
マコトはキィチを掴む腕に力をこめる。腹から血が流れるのを感じる。
「なんだと!?仲間を?」
キィチは身動きを封じている背後の少女を咄嗟に振り返った。
狐の剣士は少年のようにあどけなく、穏やかに、笑っていた。こんな展開は私の辞書に無い!
眼前から迫ってくる、迫ってくる、迫ってくる、長い髪の、長身の、亜人の剣士が!
無茶苦茶に腕を振り回し、剣を振り回し、野蛮と未開と無智の権化となって、迫ってくる!
風車斬!」
否。
それはただの蛮行ではなかった。
愚かさを纏いながらも、同時に築き上げられたマンネリを破壊する為にどうしたらいいか、その点を自覚している、賢き反逆であった!
サキィは体に流れる獣の血を目一杯たぎらせ、渾身の一撃をぶちかます。
そこに迷いは無い。
もし、俺がお前と同じ行動を取ったら、俺はお前と同じことを望むだろう。
己の身を挺してでも、勝利の為に、そいつもろとも斬られることを望むだろう。
躊躇なんてして欲しくないと!
仲間を守って死ねるなら、本望だと!

マママママママママィイジェジェジェジェネレイショォォオオオン
誰も予想しなかった。
獣人の剣士サキィは、伝説の老騎士をたった一撃で破ってしまった!
風車のように旋回させた彼の剣から巻き起こった突風が、竜巻となって辺りに荒れ狂い、激しい衝撃音と共に、キィチの鎧は粉々に飛び散り、館の二階部分を陥没させるほどの凄まじい破壊力でもって、宿敵を仕留めた。
振り回したサキィの剣から生じた暴風が、辺りを掻き乱し、遠巻きに死闘の行方を見守っていた人々をも薙ぎ倒していった。
サキィの剣…生家の鍛冶屋を捨て去る時、託された特注の剣は、その時、初めて誕生したのである。
柄に施された風車は、産声を上げるように、旋回していた。
荒れ狂う嵐が、剣から生まれ、戦場を混沌の坩堝と変えた。
「どぅおおおおおおおおおおおおおでぃあどくたあああああ」
キィチ・ブライ・アンストンズの体は弾き飛ばされ、転がる石のように四方にその欠片が舞った。
そして消滅する。
戦いは終わった。
後は巻き起こった風の精霊が、まるで鎮魂歌を奏でるように、しばしの間、大広間に吹き荒れていたが、それも徐々に弱まっていく。
風は弱まり、そしてまき散らした大小のものを再び地面に降ろし、辺りを静けさの妖精に明け渡す。
しかし、マコトの姿は無い。
「マコトーーーーーーーーーーーーーー!!!」
塵と埃が細かく舞う中、サキィは涙を流していた。
床に膝を着いて、鋭い獣の牙を覗かせる口を大きく開けて、むせび泣いていた。
お前を斬ってしまった!
殺してしまった!
まだ俺よりも全然若い、お前を……俺は…
「残念だが……」地の底から響いてくるかのような声で「こいつは生き残っちまったぜ」大男のゲンが近づいてきた。
マコトは生きていた!
ゲンの大きな肩に担がれ、意識を失っているが、その身は消滅してはいない。
尻から伸びた狐の尻尾がしなだれている。
「さすがだよ。あそこで躊躇いなく斬れるなんて…あんたはホントに立派な騎士だ」
サキィはぐしゃぐしゃの顔を拭いながら「マコトだから…出来たん…だ」
「それで良い。こいつの行動が無駄にならなくて済んだ」ゲンは仏頂面のまま、男泣きを見せた上司に向って「それが正しい。戦いとは非情なものということをちゃんとわきまえてる。だから俺も、この仕事を続けていられる。ここにいたいと思う」
「ゲン…」
サキィは感無量だった。
共に腕を磨き、共に目的を同じくし、共に助け合い、成長しあう。
仲間ッ!そう、かけがえの無い、信頼の絆で結ばれた仲間
あそこで少しでもマコトの身を案じて剣を緩めたら、それは信頼ではなかっただろう。お互いが、お互いの技量を信じていたから、ああした行動が取れた。
俺にはもう、立派な仲間がいる
「すまなかった……お前たちに黙って、俺一人がこんな勝手な戦を……無責任だった……」
サキィの懺悔の言葉を、獣人の少女を肩にしょったまま、ゲンは黙って聞き入れた。沈黙こそ、彼の赦しであった。ふと、彼が館の壁に開けた大穴から夜風が吹き込み、彼の剛毛を揺らした。
「なぁ、ゲン、俺、この戦いが終わったら、ルロイの言ってた通り、ちゃんと名前を決めようと思うんだ。俺らのカンパニーのさ」
狐族の少女を担いだままの大男は、僅かな笑みを作って返した。
「そういうのは、ちゃんと戦いが済んでから、言うもんだ」

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