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オリジナルの中世ファンタジー小説
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卑劣。悪逆。残酷無残。血も涙も無い男、ハコザ。またしてもマナに同じ学生を殺させようとするのか。
「四つの複合」
は二足歩行の魔獣然とした異生物。
鋭い爪を配した両の手、腕は太く筋肉が異常な盛り上がり方をしている。
腹部にも顔があり、股を大開脚して地に立っている。
「間違いない……あいつらだ…」
タイジは奥歯を噛み締める。
はじめの旅籠で卓を共にした、奇抜な風体の四人の魔術師学生たち…こんなにも醜い姿になって!
アナァァァァッァァアキィィィィイイイイイイ
哀れな合体異生物はダバダバと走り出し、マナとタイジ目掛けて性的な弾丸のように突進してきた。
マナは左手に、タイジは右手に跳躍して異生物の攻撃をかわしたが、四つの複合はそのまま向きを変えずに部屋の扉の横の壁にぶち当たり、壁全体にヒビを走らせてうずくまった。
タイジとマナは胸を打たれた。
なんてことだ!
こいつには理性が無い。
イノシシのようにただ突進し、そのまま受身を取ることなく自爆して頭を押さえている。
タイジは部屋の対極にいるマナの顔を見た。
マナも、この異生物が元はあいつらだったんじゃないかと考えているようだった。それ故に、悲痛の面持ちで、同じ学生であった者達の変わり果てた無残な姿を哀れんでいる。
同じ釜の飯を食った!
本当にこいつを攻撃していいのかと躊躇っている。髪の色が緑から黒に戻ろうとしている。血の気が引いていってるんだ。
そうか、ハコザ。それが狙いか。
「マナ!こいつとは僕が戦う!」
タイジは意を決した。
今、マナの闘志を落とすわけにはいかない。僕が、こいつを、片付ける。そう、あの魔術大学で実験台になった鼠や虎のように。情けなんてかけてやらない。
「こっちを向け!僕が相手だ!」
四つの複合は振り向いた。
そして手招きをしているタイジを見て、それを標的だと認識した。正に野獣のように低い唸り声を上げ、タイジ一人に照準を絞り込む。
「お前が、元は人間だったかどうかは知らない。たとえ、顔見知りだったとしても…」視界の端でマナが泣き出すのが見えた。「そんなことは関係ない。悪いが、僕は、お前をためらい無く倒させてもらう」マナが泣き崩れる。
関係ないさ。
タイジは革の肩掛けカバンをビリリリと引き裂いて、中に仕込ませてあった弓矢を手にとった。小型だが鋭利な矢が充填された矢筒を背中にセットし、一本取り出して弓を引き絞り、そして矢を異生物目掛けて撃ち放った。「どうした!?」
何本も矢を放つ。顔を狙うんだ。異生物は飛んでくる鉄の矢を太い腕で払いながら、尚も突進を始める。
ユウウウウウゥゥゥゥケェェッェエエエエエエエエエ
そう、突進しか出来ないんだ。
深い情緒も、大切な叡智も完全に欠けている。
かつては豊かだった実りを捨て去り、行き止まりの思考の袋小路に向って一直線に進むことしか出来ない。哀れだ。本当に哀れだ。
スピードはあった。確かに、まともにくらえば骨が粉砕してしまいそうな攻撃力かもしれない。だが「サキィに戦い方を教えてもらうんだな」接近戦となれば不利である筈のタイジはしかし、床に転がっていた絨毯の切れ端を引っ張って持ち上げ、その覆いで以って敵の突進をやり過ごし、更に後方に跳躍して魔術の詠唱に入る。
パープルヘイズだ。
ヘェェェェエエンンンドリィィイイイイイクッッスススススス
雷が魔獣の体を麻痺させる。
スタン効果により、余剰の時間が発生する!
「僕もな、遊んでたわけじゃないんだ」
タイジは背中から矢を四本、取り出した。そして、四本同時に弓を絞る。
右手の親指と人差し指の間、人差し指と中指の間、中指と薬指の間、薬指と小指の間、計四本の矢。
あの構えは!マナは恐るべき想像に顔を強張らせながらも、タイジの指先を見つめる。タイジは矢を四本同時に撃とうとしてる。だが、ただ同時に撃とうとしているだけじゃない。タイジの指に挟まれたそれぞれの矢に光が宿っていく!
矢に、雷の力を注ぎ込んでいってるんだ!
初めて見る!初めて見る戦術!初めて見る、幼馴染の凌駕的勇姿!

その時、マナはマジで恋する五秒前だった。
四、三、二、一。
「死ねぇぇぇ!バケモノォォオ!!」
タイジの気合と共に、電気を帯びた矢が四本、放たれた。
驚くべきことに、タイジは意識でその矢の軌道を操ったのである。
僕は、雷を、操る。矢に宿した稲妻は、僕の、意のままに、動かせる。
ザックヒル!ザックヒル!ザックヒル!ザックヒル!
四本の電気を帯びた矢は正確に四つの複合のそれぞれの顔部に命中した。
全く信じ難い光景であった。今や、タイジは制御された己の力でもって異生物を撃沈させたのだ。魔術と武具のいずれをも器用に操作し、あっとういう間に勝敗をつけたのである。
「すんごぉおおい、タイジ!」
マナは喜びの声を上げた。喜び。戦闘に勝利したこと以上に、彼女には喜ばしいことがあった。タイジ!強なったなー。
だが。勝負はついても戦闘は終了していなかった。四箇所の急所を同時に潰された異生物は、体を捻りながら、その四つの顔から煙を噴射させたのである。
そう、いわゆる一つの自爆技である。
ハコザによって命を操作された悲しき生ける兵器は、ただで死ぬことすら許されていなかった。
体中から真っ白な煙を放射させながら、ゆっくりと朽ち果てていく。
ピストオオオオオオオオオオルウウウウウウウウズズズズズズウウウウウウウウウゥゥゥ
四和声の断末魔。
「うわっ」
タイジはすかさず更に窓よりに跳躍し、口と鼻を塞いだ。
しかし、マナは異生物の体から突如噴出された煙に巻き込まれてしまった。
「マナ!マナ!大丈夫か?」
タイジは呼びかけた。しかし、煙が充満していてマナの姿は確認できない。これも、狙いだったのか、ハコザ!
もくもくと、あっという間に部屋は淀んだ空気に満たされていった。

その頃、一階ホールは既に血の海と化していた。
サキィは飛び掛ってくる剣や斧や槍などといった武器を握った超人たちを右から左に前から後ろにザックザクと切り刻んでいき、遠くで魔術を唱えようとする者には流星閃で先手を打った。
「てめぇら!そんなに」大きな鉄の棒を振りかぶって襲い掛かる一つ目の大男の二の腕を切り飛ばし「ハコザが好きか!?そんなにあの男を慕っていたいか?」鎧に身を包んだ羽の生えた騎士が槍を突き刺して突進してくると、盾で槍を受け流し身をかがめて脚部を切り払い「あいつは、殺したんだぞ!大学生を、自分の都合の為に!そんなやつの言いなりになっていたいのかってんだ、おめぇらは!」法衣を着た壮年の魔術師が両手を胸の前に合わせて魔術の詠唱を始めると、必殺剣による複数攻撃技を飛ばす。「ハコザがそれでも正しいと思う奴は俺がぶっ殺してやるぜ!」
サキィが剣を振り回すと誰かが床に倒れ、次々にうずくまる負傷者の群と滴る血の流れで、辺りは地獄絵図へとまっしぐら。
「ぅぅ、け、けど」声があった。
サキィは小さな呻き声を上げたその男に近寄って言った。まだ若い。魔術学生のようだ。いつどんな風にこいつを斬ったのかなんて覚えていない。
「なんだ、てめぇ!言って見ろ!」倒れていたところを腕で胸倉を掴んで起こしたそいつの顔は流血で真っ赤に染まり、痛みで苦しみの表情を浮かべている。「おい、なんだ、てめぇ!魔術アカデミーの学生だな?てめぇも、ハコザの陰謀を知ってたんだろ!」サキィはカツアゲでもする時のように激しく問い詰める。
「や…ゃりたくて、ゃったん、じゃ…ない。僕らは、逆らえなかったんだ。ハ…ハコ…ハコザ…」ゲヴォォ。魔術学生は血反吐を吐いた。サキィは汚れた左手を、だが全く意に介さない。「ハコザ先生を、逆らう…こと、なん…て、できない。我々は…し、従うしか、なかった」
そうか。
サキィは掴んだ男をぶんと投げ飛ばすと檄を飛ばした。
「いいか!よく聞きやがれ!この臆病者ども!従うしか出来ねぇカス野郎ども!俺は昔、てめぇらみたいに徒党を組んでツルんでいた時があった。だが、いつしか仲間のやり方に納得がいかなくなった俺は、連中とそりが合わなくなっていき、やがて連中の罠にはまって袋叩きにされた!それでも、俺は自分の信念を曲げなかった!」サキィの声に誰しもが動きを止めた。「てめぇらは敗者だ!とんでもねぇ負け犬だ!だが、それは俺の剣に負けたからじゃねぇ!真の敗者とは、他人に調子を合わせようとして、自分を偽ろうとする臆病者のことをいうんだ!お前達のことだ!ハコザを正しいとは、本当には思っていないんだろ!それでも奴が恐いから従っている!それが負けているっていう意味だ!そうするしかなかっただと?ハコザに従わざるを得なかったからやっただと?ふざけるな!お前らは自分の人生に負けてやがんだ!」
誰も反論はしなかった。サキィの無防備な言葉に、誰しもが思い当たる節があったからだ。
その時。
「さわがしいな」
階段の上から落ち着き払った声が響き、豪華な鎧に身を包んだ騎士が一人、現れた。
静まり返っていた群衆がまた俄かにどよめき始める。「おお、あの方は」
「ここにいらっしゃっておいでだったのか!」
「あの方は、間違いない。キィチ様!伝説の聖騎士キィチ様!」
キィチ・ブライ・アンストンズ。
中央国一の剣の使い手として名高い王宮騎士。
数多くの戦で功績を挙げており、王族からの信頼も厚く、彼を慕って弟子入りを願う剣士が後を絶たない。その磨かれた剣法は古来からの伝統にのっとったもので、彼と剣を交えた者はまるで数百年の剣の歴史そのものと対峙したかのような絶対的な時の重みを感じるという。
そして相手に応じて無数に用意されている型の豊富さには、いかなる挑戦者からの一撃も通用しなかった。
非常な保守派としても知られ、現王権を担うのが頼りない若王子であっても、王宮がその権力を絶大なままに保ち続けていられるのは彼の武勲があってこそと言われていた。騎士団の統率力にも優れ、王宮騎士団長よりも遥かに剣の腕と実質的な権威を有していた。騎士団長が王族であることを疎みこそすれ、それを逆に利用して己の立場を安定したものにしていく政略は見事の一言につきた。
六十を過ぎてもその性欲は未だ盛んで、彼が十七歳の頃には既に二人の子供がいたという逸話や、彼の後宮には百を越す美女が出入りしているとか。更に無類の酒好きである上に、酒癖も悪く、酔った時には政敵への痛烈な悪口を叩いたり、ある時は自宅のプールの底に沈んでいたのを妾が発見したとか、正に伝説の名を冠するに相応しい男である。
他にも武芸全般にわたって心得があり、剣や槍の他に弓矢や異国の銃器、特殊武具も使いこなす。博学の王としても知られ、その膨大な剣法理論を体系化して記述された書物は王宮騎士を目指す若者の必須の書とされ、また定型詩を好んで詠むことでも知られている。
そのような大人物が、今宵、ハコザによって招聘され、この場に居合わせていたのである。

「皆の衆、!下がりなさい!愚かな蛮族は我が剣で一撃の下に仕留めてみせよう!」
人々は胸を撫で下ろし、期待を総てキィチ・ブライ・アンストンズに注いだ。
「反逆こそが美徳、そのようなことを宣言していたな、若き獣人よ」キィチは大振りの剣を召使いの一人から受け取り、その大剣を鞘から抜きながら階段を下っていった。「だが、闇雲に反抗心をたぎらせるは愚か者のすること。従うことは敗北ではない。そは策略なり。すなわち、知恵だよ。さぁ、悪魔を憐れむ歌を歌ってやろう」自信たっぷりのキィチ。
人々はキィチの剣を見て感嘆の溜め息をついた。
なんと豪華で趣き深い輝き。きっと世界に一つしか無い伝説の一振りに違いない。
キィチはサキィを真っ直ぐに見据えると構えをとった。
そう、大切なのは構え。
それは同時に積み重ねられてきた剣の歴史の結晶。
何事も温故知新が肝要である。デタラメな発想では何も生み出せまい。基本に忠実であること、ルーツに執着してこそ、真の武芸は成り立ちうる。お前のような非常識者なぞ、見ているだけで虫唾が走る!
「説教は嫌いだね、昔から…」
サキィは剣を果敢にも大上段に、一息に飛び掛る!
野生の跳躍!しなやかな獣の筋力を用い、サキィの剣が稀代の老騎士に襲い掛かる。
「おお!」
「アンストンズ公!」激しいつばぜり合いに歓声が沸く。声援が上がる。
サキィの剣筋はまるで、
予め動きを読まれているかのように、キィチに阻まれる。上からも、右からも、キィチは素早く対応し、相手の剣を己が剣で受け止める。まるで手玉に取るように!これこそがキィチの誇る万能の構え!
「どうかな?理解頂けたかな?私はあらゆる型をマスターしている。君の剣は私には通用しない」
「ぐぐ…」
サキィの剣法は基礎こそ、
幼少の頃に厳しい父親より教わったものだが、基本的には我流であり、彼の師はほとんど、その命を絶ってきた異生物たちであった。異生物の多くは武器を持たぬ獣と同様。その兵法は野蛮で原始的なもの。
サキィの剣筋は化物相手のそれにシフトされすぎていた!
「君の太刀筋など、まるで初心者のそれと同じだ。基礎が滅茶苦茶。乱暴で、私のような熟練者には、すぐに見破られてしまう稚拙な代物…」キィチは笑みをこぼしながら「若さは罪だ。ついつい、思い上がってしまう、この程度で」サキィの攻撃をかわし、払い、追い詰める。
「クッソ!……まずいっ」
獣人の剣士は遂に体勢を崩す。キィチの巨大な剣がサキィの頭上にあった!やられる!
ファーーーーーーーーーーーーイ
「それは相手が複数でも、いいのかな?」
赤毛が舞った。
けたたましい破裂音と共に、援軍が到着した。「マコト!」
猫族美男子サキィの体を押しのけ、戦線に躍り出たは狐族美少年もとい少女のマコト。
サキィは弾き飛ばされたことでキィチの一撃を避け、受身を取って床に屈む。彼方を見ると、館の壁に大きな穴が空いている。あそこから入ってきたのだろう。無茶しやがって。
「なるほど、仲間がいたか。だが、二対一でも三対一でも、私にはそれに対応した構えがある。さぁ、かかってきなさい」と、老剣士は甘いほほえみを見せる。
「言ったな、コイツ!」とマコトもにやけた顔を作り、愛用の戦斧を構えると、後方を振り向き、威勢良く言い放った「聞こえたか!ゲン!お前も参加していいってよ!」
サキィはキィチから受けた傷の手当てを、タイジから渡されていた軟膏を用い簡単に済ませながら、ほくそ笑んだ。「そうか、ゲンも来てくれたのか。あの壁のどてっぱらはあいつが…」のっそりと、巨漢の弓使いが姿を現す。
「ああ、頭領!」若き狐の女剣士は「あんたはオレたちを巻き込みたくないようだったが、オレには、あんたへの借りがある。だから、ホントはオレ一人だけ、こっそり来るつもりだったんだ。けど、あのウスノロ、肝心な時だけカンが良いから、ついてきちゃったんだ」と自らの上司に侘びを入れ「ということだから、ジジィ、多勢に無勢で、あんたを殺しても、恨みっこなしだぜ!」相手の重騎士を見据えて言う。
「もちろん。素人の集団が増えたところで、私の勝利は揺るぎない。好きな攻め方で、私に挑んできなさい。如何なる戦術も、我が鉄壁の兵法の前には無力ということを痛感させてやろう。無情の世界というものを味わわせてやろう」
サキィは再び剣を構えて立ち上がった。俺は何て幸せもんなんだ。頼みもせず、断ったのに、こいつらはやって来た。俺を助ける為に…
今、俺にも仲間がいる。こんな俺にも…

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