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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「どぐさ……だと……?」
ハコザは顔を引きつらせた。
背中に異物感。手を回してみる。
タイジが操っていたのは四本だけではなかった。
最初に放っていた威嚇射撃のそれも密かに帯電させてあったのだ!ハコザの剣で叩き落されては宿した電気の力も消えてしまう。だが、わざとハコザを外して撃ち放っていた幾つかの矢をハコザに気付かれないように彼の背後から再び飛ばしたのである。「くらえよ、みんなの、 怒りだ」タイジは指先に力を篭めていく。ハコザの体がパチパチと爆ぜていく。
「私の…背中に、あの小僧の…?」
信じられない。いや、彼は信じたくなかった。年齢も経験もまだまだ青二才のガキ如きに、このハコザ教授が手傷を負うなんて…。
「冷静にぃ!死ねよぉぉお!」
いつも威張り散らしてる高圧的な人物ほど、傷つけられた時の取り乱しようったらない。
ハコザは一気に頭に血が昇り、即座に自分に楯突いた愚かな相手に対し報復の剣術を放つ。
「死ねぇぇっぇぇええええ!月光衝!」
ハコザは剣を真っ直ぐに相手に照準を合わし、そして猛スピードで突きを放った。
一瞬だった。
ハコザは弾丸のように突進し、タイジは横にかわそうとしたが間に合わず、左の肩に剣が命中した。
「ぅわわぁぁぁぁあああああ」
タイジは大きく吹き飛ばされた。床に転がる。立ち上がれない。左肩が焼けるようだ。肩を押さえてみる。
そこに、ある筈のものがなかった。
肩甲骨が吹き飛んでいる!
「ゎ!ぅわ!」だから、家の中でどこにも出かけずじっとしていた方が良かったんだ。「うわああああああああ」今やタイジの左腕は薄い皮一枚で胴体と繋がれている状態だった。い、痛い!痛すぎる…!そうだ、は、はやく、治療を!た、助けて、肩が…取れちゃう、早く、なんとかして、兄さん、痛いよ、早く!
white light white heat!!!
タイジは右手で負傷した左肩を押さえ、白い光でその部分を急速に活性化させていく。活性化させていく幻を細胞に送り込む。細胞はホワイトライトの力を得て分離した肉と肉を結び付けていく。
「はぁはぁ、まだ、まだまだだよ。タイジ君」ハコザはだらりと剣を手にしたままゆっくりと舐め回すように言った。汗ばんだ髪が垂れている。「まだね、君の肉体が傷ついても、それはまだまだ」手を髪にあてて、ゆっくりと後ろにすいた。「そうだ…今のうちに……ホワイトライトで回復をしておきなさい。さっきの一撃で、君の体力は瀕死の状態になってしまっただろうから、今のうちに、少しでも傷を癒しておきなさい。でないと、これから…堪えられないから、まだまだ、私の怒りの分は、こんなもんじゃ…足りないからさ……そう、まだ、君によって傷つけられた私の心の分が残っているよね」ニヤリとタイジにおぞましい笑みを見せる。「ゴミ同然の君によって傷つけられた、私の心の傷の分が!残っているよね!」
ハコザは倒れていたマナを左手で掴み上げた。
「やめろ!」何をする、とは言わなかった。タイジにはもう分かっていたからだ。ハコザがこれからしようとしていることを。
「物分り良いよね、君って。まるで、最初から諦めているような…君の目。時々、好きになりそうだよ。良いよ、その諦めたいと願ってる冷めた瞳。すべてを投げ出したくてイライラしてる、その目つき。私に、黙って、諦めて従えばいいのに」ハコザは汗で顔中を濡らしながらも楽しそうに言葉を紡ぐ。「君の目の前でこの愛しのガールフレンドを八つ裂きにしようと思うんだ。それってちょっとステキだろ?」
「やめろ!やめろー!」タイジは悶える。まだ肩の傷は癒えない。傷が深すぎるのか、ホワイトライトの進行が遅い!なんだ、超人になったからって、この痛みは!痛いじゃないか!歩けないじゃないか!
左腕の感覚など、とっくの昔に忘れ去られてしまったように消滅していて、裂傷は肩部分なのに、体中がズキズキと痛みで悲鳴を上げている!
「この子さ、ちょっと顔は良いけど、わがままに育ったせいか、お世辞にも細いとは言えないよね」ハコザは意識の無いマナの顔をじろじろ眺めながら言う。「私はね、女性はやはり細くスラっとしてる方が美しいと思うんだよ」ハコザの女性論。とある世界では一般的となっている女性論。「足はゴボウのように細く!腰をギューッと引き締めて、だね。うん。そっちの方が良いじゃないか」ハコザは語る。「だって、そうした不健康な姿なら言いなりにし易いだろ?痩せていて美しいというのはつまり、我々男の道具として扱いやすいという意味なんだよ。ポキっと折れてしまいそうな細身の四肢を見れば、男なら誰しもこの女を自分の意のままに出来るだろうと欲望できる。欲情する!己が意のままに、服従させる!逆らえば骨を折ってやればいい。その為には細い手足だ。余計な贅肉などあってはならない。いつでも男の道具になるためにダイエットなのだ!」ハコザは真剣な表情で語る。
「マナを…放せ」魔術を施している筈の肩の痛みはあまりにひどく、意識を集中させていないとふらっと気絶してしまいそうだ。最早大声も出せない。初めて体験した月光衝という剣術から受けた傷が故か。
「それが!この女はなんだ!マナ・アンデン!ぶくぶくと男を小馬鹿にするように太りやがって!どうせ君もこの女の尻にしかれているんだろう」マナは一向に目覚めない。「でも、この女をこの剣で切り刻めば、まるで上等の霜降り肉を包丁でさばいていくように、たっぷりとした肉と血が豊満に溢れて、舌なめずり、舌なめずり、舌なめずり、舌なめずり、ウマーーーー!それはそれは楽しそうだとは思わないか?」
「マナ…目を覚ませ」
こんな時に寝てるなよ!くそ、意識をずらすと傷口の痛みが一気に襲ってくる。死の匂いを漂わせる、何かが閉鎖的に封殺されていくような、超越的な痛みが!
「せっかくだから服を剥いでから始めたほうが良いかな?」ハコザは残酷な笑みを見せびらかす。「新鮮な女の肉というものはなかなか良いもんだぞ?うちの大学でも、以前文学部で修士号もとった西南幕府の留学生が別の留学生を銃器で殺害し、その肉を喰らったことがあった。あの学生の名前、何て言ったかな?確か、サワガ…いや、ワガサ…なんだったけな?君、知らんかな?」誕生日の贈り物を待ち望む無垢な子供のような面持ちで「さ、そろそろ始めようかな。あんまりこいつを持ち上げていると腕が疲れるよ。豚め」
「マナ!起きろ!」
叫ぶほどに痛みは増していく。
治療呪文ホワイトライトの術を止めて下手に動けば左腕がもげてしまう!だが、その前にマナが、あいつの剣でバラバラにされてしまう!
そんなの嫌だ。ずっと、ずっとマナに会いたかったんだ。目を覚ましてくれよ。せめて、歩けなくてもここから何か…出来ないのか?
「そうそう、君は知る由もないだろうが、このマナ・アンデン…アンデン姓は母親のものだが、コイツの本当の出自には、もっと多くの謎と影の歴史が秘められている。そのことを知っているのは、ごくごく少数…」
「なんだって?」タイジは必死の状態で苦渋の表情を作りながらも、ハコザが戯れに語りだしたマナの秘密の件に「どういうことだ?まさか……」
あの日。あの夜。
タイジは卒業式の祝いの席の後、マナの母と長い昔話をし、おやすみを言う間際に、彼女の会話を遮った。ぼんやりと、その中身を悟っていた。だから、敢えて、話を聞くまいと、彼女に話させまいと、彼は無意識にそうしたのかもしれない。
マナの出生の秘密を……!
マナの母親、ユナ・アンデンは、あの時タイジに、こう言おうとしたのだろう。
この女の今の母親は、本当の母親ではない
マナはユナの子ではない!
だが、何故かしら、タイジにはその事実への予感があった。理由は無い、漠然と、どこかで、それを悟っていたのである。
「そして、こいつの実の父親である、死んだあの男は……」だが、ハコザは思い直したように「ふん、まあ、それはどうでもいい。君に話したところで、どうせ君もすぐにこの女と同じ、あの世へと旅立つのだからな。どの道…
この腐った血統は断ち切っておかなければね。来るべき超人達による理想の世界のためにも」
「起きるんだ!マナ!」
「起きないよ。こいつは。だって強烈な眠り薬で眠ってるんだもん。今頃たらふくご馳走でも食べてる夢でも見ているんだろうよ。おっと、夢なんて見れる浅い眠りじゃなかったな。さてさて、まずは一刺し」ハコザは剣をマナの右肩に突き刺した。「君がケガしてるのと反対側の部分だよ
」細身の剣はそのままマナの柔らかい肉の壁を貫通して背中側に顔を出した。
赤い雫が剣身を伝って落ちる。マナはそれでも目を覚まさない。
「くっそ」
なんとか、ならないのか?左腕が千切れてしまいそうだ。だが、そうしないとマナが、殺されてしまう。ここからでも出来ることは?そうだ、魔術。いや、あいつに魔術は効かないんだ。じゃあ…じゃあ…
「どれどれ、じゃあ右腕を切り落としてみようかな」ハコザは下品に笑った。
起きろよ!マナ!
瞬間、タイジの頭の中でまた旋律と文字が浮かび上がった。マナ、起きろ!そう言ったつもりだった。
in the purple rain!!!
プリリィィイイイイィィンンンンスっと、鋭く電磁波が駆け巡った。
マナの体が一瞬弾いて光ったように見えた?
「なんだ?」
ハコザも怪訝な顔をしている。まさか、またしても新魔術か?だが、私にダメージはないようだぞ?一体なんだ、不発の稲妻か何かか?
「ありがとうタイジ」
マナが目を覚ましていた!
「そして香水臭いキザなおっさん。何してんの?あんた?」
マナは寝込みに痴漢をされたような面持ちで言った。肩に剣が突き刺さっている。至近距離にハコザの角ばった顔がある。
「な」起きるはずが無い!何故だ!自然に…いや、違う。あの小僧がさっき一瞬、何かをしたように見えた。それか?「だが、私にお前の魔術など効かないぞ!」ハコザは動転していた。
「知ってるもん」マナはまだちょっと半開きの目で告げた。「ハコザ教授は大学で教えてるすべての魔術に対し無敵…噂好きの学生だったらそんぐらい皆知ってる」
「そうだ!その通りだ!私は魔術を凌駕している!魔術を統べる者だからだ!この、チャカのサークレットがある限り」
あの時、虎の腹に仕込ませておいた金の環。
それを装備した状態で受けた魔術に対し、絶対的な免疫力を獲得することが出来る、精霊の力が宿った装飾具。
「そんなん知らないけど…でもね、ボクの魔術じゃないんだよねー」マナは詠唱を始める。左手で剣を掴みながら。まるでハコザを放さないように。「確実に、お前に当たるように、やってやるさ」
ボクは、学長直々の指導の下、血の滲むような思いをしてハコザを倒す為の切り札ともいえる魔術を習得した。
「魔術なんぞ、私には効かないんだぞ!」
ハコザは剣を更に押し込めた。マナの肩から血が吹きだす。
「効くさ。だって、お前はこの魔術、知るわけがないんだから」
そう。
学長だけが会得している禁断の魔術。あの人はそれをボクに教えてくれた。とても危険な代物だと何度も言った。それでもいい。仇を討つ為に、ボクはそれを覚えなければならなかった。そして何度も失敗しながら、ボクはこの秘密の魔術を覚えた。
マナは体に突き刺さったままのハコザの剣を掴みながら一気に力を集束させていく。思い描くんだ。友達がいっぺんに死んでいった光景を。こいつに殺されていったクラスメイトのことを。死んでいく人々を。お父さんの死を!黒く塗りつぶされた未来を!悪夢を、見せてやる。消えうせることのない永遠の業火で大切なものが何もかも燃やされていく様を!髪は燃えるような緑!
one more red nightmare!!!!!
タイジは左肩をおさえて床にうずくまりながら、マナの体から鬼火が吹きだしていくのを見た。
レッドホットとは全く違う!
同じ炎といえど、あまりにもおどろおどろしく、地獄の精霊が現れたように物々しく気味の悪い燃え上がり方。
人は火を見て想うことがある。人類がその進化の功績として生み出した、炎。恋人同士の語り合いを彩ることもあれば、清らかな祈りの道具として用いられることもある。命を全うした人の亡骸を灰にする為に灯されることもある。だが、時に凶悪で残忍な破壊者にもそれはなる。
燃やされていく。
気がつけば戦場となっている部屋は赤一色に染まっていた。部屋が歪んでいく。壁が、ドロドロに溶けていく。熱い、熱い、煙が巻き起こって息が詰まる。メラメラと揺らめく業火は罪人を火刑にする時の炎のよう。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁああ」
魔術の攻撃対象では無いタイジですら、現実のものと錯覚したほどの強迫力に包まれていたのだから、ハコザが体験した苦しみは並大抵のものではなかった。
彼は剣を手放し、両手で頭を押さえた。
「うわああ!うわあああ!!!ぎゃああああ!!!」
サークレット、何故力を発揮しない!苦しい!燃えていく!私の体が、燃えて、跡形もなく、灰に!
「最高にイカした学長だけが知っているもう一つの炎の魔術。レッドナイトメア」マナは肩に刺さった剣を引き抜きながら「優しい火の玉ボールとはわけが違うんだよ。火遊びをしてて、間違って何かを燃やしちゃったことってある?大切なものが燃えていってしまうあの時の感じ。なんか、火ってすごい人間の側にあって、色々考えさせられるよね。放火魔とかさ、きっとすんごい原始的なとこからくる欲望なんじゃないかな。物が燃えるのって、なんか恐いよね。燃えていくのって、ただ壊したり、千切ったりするよりも、もっと、恐いよね。あんたも、地獄を味わいな」
燃えていく!燃えていってしまう!私の!私の積み上げてきた総てが!!

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