忍者ブログ
オリジナルの中世ファンタジー小説
[98]  [99]  [100]  [101]  [102]  [103]  [104
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

タイジは大脳がとろけていくような気分だった。
頭に刺さった針から、僕の脳が飛び出していく。僕の意識、無意識が飛び出していく。
光がキレイだ。
ピカーって光って、世界中を照らすようだ。
いけない!考えること総てが外に飛び出していってしまう!僕の意識が拡大する!意識が拡大していく!
明るい!そうだ、明るくなるんだ。夜でも昼のように、明るくなれるんだ。何度も夢に見ていたじゃないか。今よりももっと便利に、楽チンに暮らせる世界を。僕の力で、皆が、もっと幸せになる。電気?電気っていうのか?それが世界中に駆け巡っていって、色んなものを繋いでいく。離れていたものを繋いでいく。一つになる。一つになっていくんだ!
壁が崩れていく。
館の崩壊が本格的に始まっていた。
どこからか炎の爆ぜる音が煙と共に忍びよってきた。ハコザのトラウマ。館を焼き尽くす炎。
「私は、もう自分が助かることを望んでいない」ヤーマは針を脳に突き刺したまま「私にはもう確信が持てた。神はいた!卑劣な神は、今もどこかで笑っている。この光景を見て笑っている。自分の存在など信じてはいけないなどと人々に言っておきながら、確かにそいつはいた。君の意識を暴き出したことでそれが分かった。君こそ作られた人間だった」ヤーマの顔が歪んで見える。「私が消える代わりに、君は思う存分やってしまうがいい。君の肉体は滅びないだろう!卑怯な神によって留められているその力を、思う存分解放するんだ。君こそが未来となるからだ!」ヤーマの体がタイジから放射されている閃光によってみるみる溶けていく。「これも、神に近づこうとした罰か…」
私の力を君に与える。
そして、神に復讐するんだ!
君の中に封じ込まれている、未来へと繋がる力を解き放て!
君が神の戒めをぶち破るんだ!



「ごめんなさい!ごめんなさい!」アオイの水晶のような瞳から、涙が溢れ始める。「アオイのせいで……きっと、アオイのせいで……」
既に館は猛る業火の赤へと、完全に包まれていた。
庭園に避難した人々は、皆、瞳に炎の照り返しを映し、崩壊していく、一人の男の禍々しい理想と夢の終末を眺めていた。ハコザという、罪深くも哀れな男の、これは盛大な火葬であるように思われた。
だが、数人の男女は、まだ中に残っている友のことを想い、決断を迫られていた。
タイジ。
彼の姿だけが、この雄々しく燃え盛る炎の屋敷を前にした庭先に存在していなかった。
「きっと……もう外にいて、どっかに隠れてるんだよ…」マナはアオイを慰める為に、希望的観測の域を出ていない、無力な言葉をかけた。
アオイは、この時、初めて自分を責めていた。
占いや夢物語が好きそうな女の子の部屋に飾ってある人形のような格好をした、それこそ占いや夢物語が好きそうな少女、アオイ。
いつも思い込みが激しく、自分の発想力は絶対だと信じきっていて、一度こうだと決めたらその妄念にとことん突っ走ってしまう、幼い少女。
彼女が呪いの分野に傾倒し、それを行ってきたのは、ある意味必然な流れであったかも知れない。
この世に許すことの出来ない存在がたくさんあって、だけども、華奢な乙女の体で出来ることは限られてしまう。
ならば、せめてその私怨を、怨嗟を、怨念を、呪いに変えて、自分を守ろうとした。自分に害をなすもの、気に入らないものを、すべて闇色に染めさせ、呪いをかけようとした。
すべては無力な己の弱さからであった。
両親の課した禁欲の暮らしが、彼女をそうさせたのだ。貴族の家訓を頑なに押し付けたせいで、アオイはマナへ異常なまでの愛を求めたし、それを阻もうとする者には、徹底した敵意と憎悪と殺意をたぎらせた。
「アオイの……呪いのせいで……」
マナの反対側から、トーゲン家の女執事が主君の肩を抱いている。彼女もアオイにかけてやるべき言葉を持ち合わせない。
「大丈夫だよ、タイジは……」マナの瞳が、まるでアオイの涙に誘われるように、潤みを帯びていく「タイジは……しぶといやつだから…こ、こんな、ボヤなんて」
崩壊する館から、再び大きな炸裂音が響く。
人々の間から喚声がわきおこる。柱や壁が崩れていくのを見る。
「クソ……ッ」サキィ・マチルヤは獣の爪をたてて、自身の体を必死に抑えようとしていた。今、自分が駆け出すべきではない。頭ではわかっている、だが!刻一刻と、友の生還の可能性は薄れていく。「クソ!クソ……おい、魔術師たち、消してくれよ……この炎を」
「無理だよ、サキィくん……」マナの声は震えていた。無力さに、絶望に、どうしたらいいかわからず「魔術では消せない……炎は生きていない、ボクらの魔術は、命のあるものにしか効かないんだ」
「役立たずがァ!」
サキィは思わず激昂してしまった。
「ボクだって!そうしたいよ!でも、前にも言ったでしょ!」マナも悲鳴のような声を上げる「たとえアオイちゃんの水流を使っても、消せないんだよ!」
近代以前の火消し。
それは現代社会とは比べものにならないほど、原始的で非力で、もはや人は炎の暴虐の前に為すすべもない、赤子のような技術しか持ち合わせていなかった。
ポンプなどない!消防車も無ければ、消火器も大水流も無い!
この記述が最後のハイファンタジーとローファンタジーの境となるだろう、中世において、人々の科学技術はあまりに未熟!彼らは炎のゆらめきをただ嘆きながら眺めているか、せめて庭園の池の水を、桶を探してきてふりまくか、その程度の些末な抵抗しか出来ず、再三述べている通り、空間を歪めて突拍子も無くアオイという少女の腕先から、この狂い舞い上がる火炎の坩堝をかき消すような水の放射なども、決して起こり得ない!
あまりに無力!それが中世
夜風は炎の盛りを相乗させる。庭の池の水を全部かき集めてぶっ掛けても、とても鎮火するような勢いではない。
祈ること。最後に、中世の人々に残されたものは、祈り。科学は無力。精神の力にすがるしか、もはや無い!
「頭領!」
「マコト!どうだ!」サキィは赤毛を揺らして自分の元へやって来た部下の少女に「いたか?タイジはいたか!?」
「避難者の中には、いなかった」パチパチと火花が散る中、大きな丸い瞳を真っ直ぐに見上げ、狐族の少女は報告する「彼がいるのは……あの中だ」
「そうか……」サキィはもはやこれまでと、長い髪で目元を隠し「マナ、すまなかった、さっきは、苛立ってて、ついあんなことを…」
「サキィ、くん…」マナは涙で塗れた顔で「まさか……」
「俺が戻った時は、三人でまた、酒を飲もうな。いつかみたいに…お前のマズイ飯も、そん時なら食える気がするぜ」
サキィ・マチルヤは友を取り返すため、一人、炎の権化と化したハコザの館へと、足を踏み入れようとした。
だが、彼の長身の肩を、引き止める者がいた。
「頭領、あんたじゃない」勇敢な少年の姿をした獣人剣士は「ここは、オレ以外の人間が、出る幕じゃない」幼さの残る顔に、決死の覚悟を浮かべて、言い放つ。
「マコト……だが、俺は」
「あんたとタイジの仲は、そりゃ深いものだろう。付き合いは、オレなんかより、全然長い。だけど」マコトの相貌はとても冷静だった「感情で流されて、すべてを台無しにするようなことは絶対するなって、あんたはいつも言ってただろ?それが、オレたちのカンパニーの鉄則ってさ」若き獣人の少女剣士は「今のあんたは、自分があいつを救わなくちゃいけないって、そういう眼をしている。だけど、それは間違っている」賢しげに、上司であり恩人である、長い髪の猫族剣士を諭すように「これは、オレの仕事だ。そうだろう?それとも、あんたの役をオレが代わりにするのが、嫌かい?オレには、その資格が無いと、言うつもりか?」
サキィは打ちのめされた。
またしても、自分の半分より少しぐらいしか齢を重ねていない、この若い世代が、正論を叩きつけ、戦場で最も重要な、冷静な思考と決断を突きつけてきた。
サキィは僅かに恥じた。僅かに、自分を責めた。
サキィはマコトの、大きな丸い瞳を見つめた。そこに、どんな炎にも巻き込まれない、決してかき消せはしない、決意の紅蓮があった。
「行ってくれるか?」
「もちろん」マコトは笑みを見せる。「オレはこの程度の炎で焼け死ぬことはない。保証するさ、火事場はオレの独壇場」赤毛を揺らし「タイジは、オレと一緒に仕事をした、オレの仲間の一人だ。絶対に、何があってもあいつをここに連れて来てやる」
狐族の剣士は最高の自信に満ちた笑みを、帰らぬ友を待つ不安げな人々たちの眼にくっきりと焼きつかせ、炎の館へと、駆け出した。
狐の尻尾が、翻って舞った。
「アオイは……アオイは」地面にへたり込んだまま、泣くことしか出来なかった少女は「祈ります。炎の精霊に、あの方に加護を与えることを…そして、全精霊に、二人の無事を……」しゃくり上げて、涙に濡れた声で「そして、もし、祈りが届いたなら……いつかは、呪詛の世界ではなく、天にきらめく星々の元で……」そう、呟いていた。

PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
E-mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
最新コメント
バーコード