オリジナルの中世ファンタジー小説
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コンサートホールの外で待っていたマナとタイジの元へ、堂々とした毛並みの馬に跨った女性が近づいてきた。
「アカネちゃん!やっほ」
「こんばんは、マナ。よいしょっと」アカネと呼ばれた少女は、鞍から颯爽と飛び降りると「待たせちゃって、すまないね」優しく鼻息を鳴らす馬の鼻頭を撫でた。
「そんなことないよん」マナは親友に会えて楽しそうだ。「そうそう、アカネっちに紹介するね、こいつが前から言ってたボクの召使い、タイジだよ」
「誰が召使いだ!」とタイジ。
「まったくよ、マナ。こんばんは、タイジくん」
タイジは相手の顔、アカネ・ソンカ・トーハの瞳を見た。
マナが評していた通り、全体的に身なりの良い、優等生然とした落ち着いた佇まい。あどけないようでも大人びたようにも見える相貌と、飾りっけのない装いに短めの髪。そこまでなら、一見どこにでもいそうな二十歳前後の地味な女性といえるだろう。
だが、瞳の色だけは不釣合いに、煮えたぎるマグマのような、真紅であった。
閉ざされた炎……
「もう一人の方はまだ着てないのかな?」
「あ、すいません、サキィは、もう少しで…」
「そう。うん、まだ時間あるし、この辺で待っている?」
「ひやぁ、ずいぶん立派な一頭ですなぁ、旦那様ぁ」マナがふざけてアカネの馬をしげしげと「さぞお高かったろうに」
「そっか、マナに見せるのは初めてか」アカネは愛しそうに愛馬のたてがみをいじり「なんだかんだ、久しぶりだったもんね」
「そうそう!アカネちゃんたら、手紙の一つもくれないんだもん」
そもそも今回の邂逅は、マナがたまたま大学の帰り道に皇都の大通りで買い食いをしていたところ、骨董品の買い付けの為に街を歩いていたアカネに、偶然鉢合わせ、二人は久方ぶりの再会を喜び合い、アカネはマナが最近まで東南国に行っていたことなど知らず、マナに至ってはアカネが骨董屋に勤めていることなど、露と知らなかったのである。
二人ともかつては切っても切れぬほどの仲であったが、高等部を卒業してからは、自然と疎遠になってしまっていた。
「うちら、学園中の百合や忍者が嫉妬するくらい、ベストフレンドだったんだべ!」
「そうかなぁ…」アカネは苦笑いをしている。確かに、破天荒なマナに比べたら、彼女の存在は見劣りするくらい、平凡で目立たない印象を受ける。瞳の赤を除いて。
「学校を卒業して、最初は私も大学に入ろうかなって、勉強をしていたんだけど…気がついたら、今の骨董屋が気に入ってしまってね。自分で働いてね、それでそのお金でこの子を買ったのよ。ちょっと高かったけど…ディスィプリンって名前なの、よろしくね」アカネはまるで恋人を紹介するように、大きな馬を二人に示した。
「ディスィプリンたん!そっかー、これがアカネっちのイマカレかぁ~ぐふふ」マナもにやにやしながら馬の鼻に手を伸ばすが、呆気なく拒絶の鼻息を吹きかけられる。「ろっとぉ、浄化されてしまうとこだった。ディスィたんは言っている。すまない、私にはボクに興味がないんでね、と。う~~、でも、この子見てると、先代を思い出すね」
「先代?」
「あ~」アカネは馬の首をさすりながら、眉をくもらせて「悲しい事件だったわ、あれは…」
「でも、あの一件があったから、オラとアカネはベストフレンドになったんだべ!」
「そりゃそうだけど…」黒髪の少女は憂鬱そうな顔をして遠くを見ている。
「よし!サキィくんが来る前に、ボクとアカネちゃんの出会いをタイジに話してやろう!わーい、パチパチ」
夜の外灯の炎が揺れる劇場前で、マナは語り始める。
「アンデンさん…」
アカネちゃんは最初、とっても真面目で面白みのない優等生の典型みたいに見えた。
ボクはその頃、結構くさっていたと思う。精神的にも、一番酷かった時期で、新しい環境にも馴染めず、友達を作る気力すら無かった。
もうちょっと、自分が何のために生きてるか分らなくって、かなり塞いでた。
「あんまり皆と離れないで。遠くに行ったら…」
ママの言い付けで入学させられた高等部の学園は、東南国にいた頃よりもハイソで、澄ましたお金持ちの子たちばっかりで、ちっとも楽しくなかった。
だから嫌味を言ってやった。
「だってボク、お花摘みなんて退屈なこと、したくないもーん」
「ちょっと…そんな…」
アカネちゃんは学級のリーダーで、まだ転入したての移民者のボクを、なんとかクラスに溶け込まそうとしているような節があった。
だから、最初は、すごく嫌だった。あんなお人形みたいな澄ましたクラスの子たちと、仲良くなんかなりたくなかったし、そいつらのボスみたいに見えたし、何より、学校が女の子だらけってどういうこと?信じられんなーい!って感じだった。
その日、ボク達は学校から離れ、引率の護衛兵と共に、学級で社会科見学に来ていた。都から少し離れた、高原の遺跡。なんでもありがたーい石板だかお墓だか卒塔婆を見るために、わざわざ護衛の超人兵を雇っての、大遠足だ。
小規模な貴族の娘さんも通ってるだけあって、お金に糸目をつけないっていうか、なんとも仰々しくて嫌~なイヴェントだった。
ボクはよっぽど仮病使ってふけようかと思ったけど、家にいたらいたでママとケンカになるだろうから、渋々来てやったのさ。この遠足に。ママからもらった小遣いの半分を、お昼の食費じゃなくて街の小物屋で見つけたお気に入りのブローチを買うために使って。
「もうお目当ての遺跡見学は終わったんだから、後はボクの好きにさせてよ。何も帰るまでキッチリ皆と調子合わせる必要なんてないもん」
ところが、意外にもアカネちゃんは「そうね、私も同感だわ」と、乾いた声で言った。
ボクはその時、初めてマジマジとアカネちゃんを見た。
その不自然に赤い瞳を見て、ボクは悟った。
あ、この子も同じなんだ……
ボクと同じ、ちぐはぐで、はまらないパーツ。パズルの、噛み合わない、はみ出してしまう、ぎこちないパーツ。
でも、ボクは態度を緩めずに言ってやった。
「そうだもん、ボクはママの言いつけでこの学校に放り込まれただけで、好きでこんな監獄みたいなところにいたくないんだもん。大体さ、皆、世間知らずだよ。気取っちゃって…そんなにお約束事とか決まり事とか礼儀作法躾が大事?馬っ鹿みたいだよ!なんでも狭い世界に閉じ込めようとしちゃって!世の中にはもっとおっかないことがいっぱいあるんだから、早いうちにそういうのに慣れとく必要があるのに」
「例えば?」アカネちゃんは表情の読めない声で言った。
「例えば…う~ん……」ボクは辺りをきょろきょろ見渡した。天気が良くて、風が気持ちよかった。アカネちゃんの側には女の子には似つかわしくない、渋い馬がいて、そのお馬ちゃんもボクの答えを待ってるように、クリっとした眼でこっちを見つめていた「そうだな…、あ、あそこあそこ」
ボクは少し遠くの林になってるとこを指差した。そこに見えたのだ。
「ちょっと来てみてって!」
「あ、アンデンさん、勝手に…」
ボクは学校の馬に跨り、木々の方へ向った。
アカネちゃんも立派な自分の馬に乗って着いてきた。
「あ!これって!」
アカネちゃんは驚いていた。そりゃそうだろう。だってボクが彼女に見せたのは、草むらをノロノロ歩いていた、巨大トカゲだったから。
その時は『異生物』っていう言葉とか、意味とか、よく知らなかったけど、学校でも、とてつもなく危険だから絶対に近寄ったり、刺激したりしないように、どんなに小さい怪物でも、すぐに超人の人を呼んで、避難をすること、ってきっつく言われてた。
「ど、どうしよう。こんな近くに、こんなのがいたなんて…」アカネちゃんは普通の子がそうするように、普通に恐がっていた。「早く、衛士の人を呼んでこなくっちゃ!」
「必要ないよ」ボクは慌てるアカネちゃんを尻目に、腰の革袋から小型のナイフを取り出した。もちろん、刃物の帯刀なんて、学園の規則じゃ厳禁だったけど、いつ何時、野盗や強姦魔に襲われるかわからないんだから、むしろ武器を所持していない方がおかしいわけで、っていうボク理論から、常にナイフは持ち歩くようにしていたのだ。「とりゃー!」そして、そのナイフで、不意打ちをついてやったのさ。「どや!そりゃ!うりゃ!」何度か暴れて奇声を発するトカゲのバケモンを、ボクはフルボッコにしてやった。「これでトドメ!」
「あ!」アカネちゃんは目を丸くして、驚きの声を上げた。
そりゃそうだろう。
だって、ボクのナイフの猛撃で、大きなトカゲの異生物は粉々に消えちゃったんだもん。
「どんなもんだい」えっへんと、ボクは自慢げなポーズを取った。
ところが…「クリムゾン!」
ヒヒーーーンという馬のいななきと共に、アカネちゃんの馬が暴れだし、そして駆け出した。
「え?…わ!しまった!」
トカゲ化物は仲間を呼んでいたんだ。だから、ボクが夢中になって気付かないうちに、もう一匹が近づいてきて、それを目の当たりにしたアカネちゃんの馬が、ビビって逃げ出しちゃったんだ。
図体は堂々としてるけど、意外と繊細で臆病な子だったらしい。
「クッソー、まだいるのかぁ!」
「あ、ああ、アンデンさん!追いかけなきゃ!」
そうだった。
今は現れたもう一匹より、全速前進で走り去っていったアカネちゃんの馬を捕まえなきゃ。
「ちょっと、この子借りるわよ!」アカネちゃんはやや遠くに置いていたボクの方の馬に飛び乗った。こいつは何食わぬ顔で、呑気に草を食っていた。馬は乗り手に似る、っていうのはどうやら間違いみたいだね。
「待って!ボクも」
ボクはアカネちゃんの後ろに飛び乗った。ブヒヒーン。まるで重いよコラ!とでも言うかのように、不平声を上げる馬。なんというじゃじゃ馬!
構うもんかと、アカネちゃんは馬の腹を蹴り、駆け出していった自分の馬を追いかけた。
ボクは馬上で、必死にアカネちゃんの背にしがみついていた。
もちろん、東南国にいた頃から、乗馬の訓練は受けてたし、馬を走らせることだって、なんなく出来た。イカした男の子の後ろに乗せてもらったことも何度もある。
だけど、そんなボクでも、振り落とされないように必死になっているしかなかったんだ。
アカネちゃんの手綱さばきはとても十代の、お嬢様学校に通う淑女のそれではなかった。まるで、草原の狩人みたいに、猛スピードで、起伏も激しかった。
あんまりに高低差のあるアップダウンで、鞍に何度も打ち付けられるボクの股座が刺激されたのか、スピード狂みたいに脳内快感物質が分泌されてたのか、なんだかよくわかんないけど、目の前にあるアカネちゃんの黒髪が、炎のように燃え上がるような幻を、ボクは見ていた。
「それでね、こっからがスゴい話なんだけど!アカネちゃんのクリムゾンが…」
「もう、マナったら、良いよ…」アカネはマナの饒舌を嗜めようとした。
その時。
「おーい、遅れてすまーん!」
彼方より声があった。
タイジは聞きなれた友の声のした方を振り返った。夕闇の中、今の話の続きよろしく、正に馬に跨った、二人の姿が浮かび上がってくる。
「悪いな、マコト、送ってもらっちゃって。よっと」サキィが鞍から飛び降りた。猫族との亜人である長身長髪の美青年は、似たような姿をした亜人の騎手に礼を言った。
似たような、という印象はとりわけアカネ・ソンカ・トーハにとっては強く、一瞬、二人は兄弟のように見えた。
二人とも、獣の血が混じっていて、戦士のような勇ましさと、獣人らしき美しさを備えている。だが、よく見ると、長い髪の男の方はヒョウの特徴を持ち、馬上の人物は、丸い眼をしているが、筆の先のような尻尾があり、狐族であるように窺われた。
「サキィ、遅いよ」タイジは既知の仲であるはずのマコトの方には首を向けず、演奏会を鑑賞しにきた友を迎えた。
「悪ぃ、悪ぃ、ああ、お前も、重かったろう」サキィは爽やかに笑いながら、さっきまで二人分の重量を支えていた馬を労わった
「三十五号は全然、平気だぜ」狐の獣人は言った。
「三十五号…」とアカネ。「馬の名前も、人それぞれね…」
「わぁお、サキィくん!彼は誰?」マナは馬よりも、その上の人物に注目「なかなかかわいらしいイケメンくんじゃん!ちょっと『ちいさい』気はするけど、非実在青少年じゃないから全然平気だお!ねぇねぇ、是非ボクにも紹介してよ!」
美少年と思しき人物を目の当たりにし、焼きたての菓子を前にしているかのようにヨダレを垂らしているマナ。
するとサキィは「だってさ、マコト。どうする?」
それを受けてつぶらな瞳の獣人剣士は「悪いけど、趣味じゃないな……」
「あ~~ん!サキィくんのせいでまたフラれたあああああ!」
「マナ、あんたって、ホントに変わんないのね」アカネはゲンナリ顔で、親友を見つめる。
マコトはそんなアカネ・ソンカ・トーハの横顔を、その紅の瞳を、馬の上から見つめている。吸い込まれるかのように。共鳴するかのように。
タイジは、最初は気を配って黙っていたが、マナの挙動を見て、その静かな憤りから、言ってやった。「マナ、その人は女の子だぞ」と。
「アカネちゃん!やっほ」
「こんばんは、マナ。よいしょっと」アカネと呼ばれた少女は、鞍から颯爽と飛び降りると「待たせちゃって、すまないね」優しく鼻息を鳴らす馬の鼻頭を撫でた。
「そんなことないよん」マナは親友に会えて楽しそうだ。「そうそう、アカネっちに紹介するね、こいつが前から言ってたボクの召使い、タイジだよ」
「誰が召使いだ!」とタイジ。
「まったくよ、マナ。こんばんは、タイジくん」
タイジは相手の顔、アカネ・ソンカ・トーハの瞳を見た。
マナが評していた通り、全体的に身なりの良い、優等生然とした落ち着いた佇まい。あどけないようでも大人びたようにも見える相貌と、飾りっけのない装いに短めの髪。そこまでなら、一見どこにでもいそうな二十歳前後の地味な女性といえるだろう。
だが、瞳の色だけは不釣合いに、煮えたぎるマグマのような、真紅であった。
閉ざされた炎……
「もう一人の方はまだ着てないのかな?」
「あ、すいません、サキィは、もう少しで…」
「そう。うん、まだ時間あるし、この辺で待っている?」
「ひやぁ、ずいぶん立派な一頭ですなぁ、旦那様ぁ」マナがふざけてアカネの馬をしげしげと「さぞお高かったろうに」
「そっか、マナに見せるのは初めてか」アカネは愛しそうに愛馬のたてがみをいじり「なんだかんだ、久しぶりだったもんね」
「そうそう!アカネちゃんたら、手紙の一つもくれないんだもん」
そもそも今回の邂逅は、マナがたまたま大学の帰り道に皇都の大通りで買い食いをしていたところ、骨董品の買い付けの為に街を歩いていたアカネに、偶然鉢合わせ、二人は久方ぶりの再会を喜び合い、アカネはマナが最近まで東南国に行っていたことなど知らず、マナに至ってはアカネが骨董屋に勤めていることなど、露と知らなかったのである。
二人ともかつては切っても切れぬほどの仲であったが、高等部を卒業してからは、自然と疎遠になってしまっていた。
「うちら、学園中の百合や忍者が嫉妬するくらい、ベストフレンドだったんだべ!」
「そうかなぁ…」アカネは苦笑いをしている。確かに、破天荒なマナに比べたら、彼女の存在は見劣りするくらい、平凡で目立たない印象を受ける。瞳の赤を除いて。
「学校を卒業して、最初は私も大学に入ろうかなって、勉強をしていたんだけど…気がついたら、今の骨董屋が気に入ってしまってね。自分で働いてね、それでそのお金でこの子を買ったのよ。ちょっと高かったけど…ディスィプリンって名前なの、よろしくね」アカネはまるで恋人を紹介するように、大きな馬を二人に示した。
「ディスィプリンたん!そっかー、これがアカネっちのイマカレかぁ~ぐふふ」マナもにやにやしながら馬の鼻に手を伸ばすが、呆気なく拒絶の鼻息を吹きかけられる。「ろっとぉ、浄化されてしまうとこだった。ディスィたんは言っている。すまない、私にはボクに興味がないんでね、と。う~~、でも、この子見てると、先代を思い出すね」
「先代?」
「あ~」アカネは馬の首をさすりながら、眉をくもらせて「悲しい事件だったわ、あれは…」
「でも、あの一件があったから、オラとアカネはベストフレンドになったんだべ!」
「そりゃそうだけど…」黒髪の少女は憂鬱そうな顔をして遠くを見ている。
「よし!サキィくんが来る前に、ボクとアカネちゃんの出会いをタイジに話してやろう!わーい、パチパチ」
夜の外灯の炎が揺れる劇場前で、マナは語り始める。
「アンデンさん…」
アカネちゃんは最初、とっても真面目で面白みのない優等生の典型みたいに見えた。
ボクはその頃、結構くさっていたと思う。精神的にも、一番酷かった時期で、新しい環境にも馴染めず、友達を作る気力すら無かった。
もうちょっと、自分が何のために生きてるか分らなくって、かなり塞いでた。
「あんまり皆と離れないで。遠くに行ったら…」
ママの言い付けで入学させられた高等部の学園は、東南国にいた頃よりもハイソで、澄ましたお金持ちの子たちばっかりで、ちっとも楽しくなかった。
だから嫌味を言ってやった。
「だってボク、お花摘みなんて退屈なこと、したくないもーん」
「ちょっと…そんな…」
アカネちゃんは学級のリーダーで、まだ転入したての移民者のボクを、なんとかクラスに溶け込まそうとしているような節があった。
だから、最初は、すごく嫌だった。あんなお人形みたいな澄ましたクラスの子たちと、仲良くなんかなりたくなかったし、そいつらのボスみたいに見えたし、何より、学校が女の子だらけってどういうこと?信じられんなーい!って感じだった。
その日、ボク達は学校から離れ、引率の護衛兵と共に、学級で社会科見学に来ていた。都から少し離れた、高原の遺跡。なんでもありがたーい石板だかお墓だか卒塔婆を見るために、わざわざ護衛の超人兵を雇っての、大遠足だ。
小規模な貴族の娘さんも通ってるだけあって、お金に糸目をつけないっていうか、なんとも仰々しくて嫌~なイヴェントだった。
ボクはよっぽど仮病使ってふけようかと思ったけど、家にいたらいたでママとケンカになるだろうから、渋々来てやったのさ。この遠足に。ママからもらった小遣いの半分を、お昼の食費じゃなくて街の小物屋で見つけたお気に入りのブローチを買うために使って。
「もうお目当ての遺跡見学は終わったんだから、後はボクの好きにさせてよ。何も帰るまでキッチリ皆と調子合わせる必要なんてないもん」
ところが、意外にもアカネちゃんは「そうね、私も同感だわ」と、乾いた声で言った。
ボクはその時、初めてマジマジとアカネちゃんを見た。
その不自然に赤い瞳を見て、ボクは悟った。
あ、この子も同じなんだ……
ボクと同じ、ちぐはぐで、はまらないパーツ。パズルの、噛み合わない、はみ出してしまう、ぎこちないパーツ。
でも、ボクは態度を緩めずに言ってやった。
「そうだもん、ボクはママの言いつけでこの学校に放り込まれただけで、好きでこんな監獄みたいなところにいたくないんだもん。大体さ、皆、世間知らずだよ。気取っちゃって…そんなにお約束事とか決まり事とか礼儀作法躾が大事?馬っ鹿みたいだよ!なんでも狭い世界に閉じ込めようとしちゃって!世の中にはもっとおっかないことがいっぱいあるんだから、早いうちにそういうのに慣れとく必要があるのに」
「例えば?」アカネちゃんは表情の読めない声で言った。
「例えば…う~ん……」ボクは辺りをきょろきょろ見渡した。天気が良くて、風が気持ちよかった。アカネちゃんの側には女の子には似つかわしくない、渋い馬がいて、そのお馬ちゃんもボクの答えを待ってるように、クリっとした眼でこっちを見つめていた「そうだな…、あ、あそこあそこ」
ボクは少し遠くの林になってるとこを指差した。そこに見えたのだ。
「ちょっと来てみてって!」
「あ、アンデンさん、勝手に…」
ボクは学校の馬に跨り、木々の方へ向った。
アカネちゃんも立派な自分の馬に乗って着いてきた。
「あ!これって!」
アカネちゃんは驚いていた。そりゃそうだろう。だってボクが彼女に見せたのは、草むらをノロノロ歩いていた、巨大トカゲだったから。
その時は『異生物』っていう言葉とか、意味とか、よく知らなかったけど、学校でも、とてつもなく危険だから絶対に近寄ったり、刺激したりしないように、どんなに小さい怪物でも、すぐに超人の人を呼んで、避難をすること、ってきっつく言われてた。
「ど、どうしよう。こんな近くに、こんなのがいたなんて…」アカネちゃんは普通の子がそうするように、普通に恐がっていた。「早く、衛士の人を呼んでこなくっちゃ!」
「必要ないよ」ボクは慌てるアカネちゃんを尻目に、腰の革袋から小型のナイフを取り出した。もちろん、刃物の帯刀なんて、学園の規則じゃ厳禁だったけど、いつ何時、野盗や強姦魔に襲われるかわからないんだから、むしろ武器を所持していない方がおかしいわけで、っていうボク理論から、常にナイフは持ち歩くようにしていたのだ。「とりゃー!」そして、そのナイフで、不意打ちをついてやったのさ。「どや!そりゃ!うりゃ!」何度か暴れて奇声を発するトカゲのバケモンを、ボクはフルボッコにしてやった。「これでトドメ!」
「あ!」アカネちゃんは目を丸くして、驚きの声を上げた。
そりゃそうだろう。
だって、ボクのナイフの猛撃で、大きなトカゲの異生物は粉々に消えちゃったんだもん。
「どんなもんだい」えっへんと、ボクは自慢げなポーズを取った。
ところが…「クリムゾン!」
ヒヒーーーンという馬のいななきと共に、アカネちゃんの馬が暴れだし、そして駆け出した。
「え?…わ!しまった!」
トカゲ化物は仲間を呼んでいたんだ。だから、ボクが夢中になって気付かないうちに、もう一匹が近づいてきて、それを目の当たりにしたアカネちゃんの馬が、ビビって逃げ出しちゃったんだ。
図体は堂々としてるけど、意外と繊細で臆病な子だったらしい。
「クッソー、まだいるのかぁ!」
「あ、ああ、アンデンさん!追いかけなきゃ!」
そうだった。
今は現れたもう一匹より、全速前進で走り去っていったアカネちゃんの馬を捕まえなきゃ。
「ちょっと、この子借りるわよ!」アカネちゃんはやや遠くに置いていたボクの方の馬に飛び乗った。こいつは何食わぬ顔で、呑気に草を食っていた。馬は乗り手に似る、っていうのはどうやら間違いみたいだね。
「待って!ボクも」
ボクはアカネちゃんの後ろに飛び乗った。ブヒヒーン。まるで重いよコラ!とでも言うかのように、不平声を上げる馬。なんというじゃじゃ馬!
構うもんかと、アカネちゃんは馬の腹を蹴り、駆け出していった自分の馬を追いかけた。
ボクは馬上で、必死にアカネちゃんの背にしがみついていた。
もちろん、東南国にいた頃から、乗馬の訓練は受けてたし、馬を走らせることだって、なんなく出来た。イカした男の子の後ろに乗せてもらったことも何度もある。
だけど、そんなボクでも、振り落とされないように必死になっているしかなかったんだ。
アカネちゃんの手綱さばきはとても十代の、お嬢様学校に通う淑女のそれではなかった。まるで、草原の狩人みたいに、猛スピードで、起伏も激しかった。
あんまりに高低差のあるアップダウンで、鞍に何度も打ち付けられるボクの股座が刺激されたのか、スピード狂みたいに脳内快感物質が分泌されてたのか、なんだかよくわかんないけど、目の前にあるアカネちゃんの黒髪が、炎のように燃え上がるような幻を、ボクは見ていた。
「それでね、こっからがスゴい話なんだけど!アカネちゃんのクリムゾンが…」
「もう、マナったら、良いよ…」アカネはマナの饒舌を嗜めようとした。
その時。
「おーい、遅れてすまーん!」
彼方より声があった。
タイジは聞きなれた友の声のした方を振り返った。夕闇の中、今の話の続きよろしく、正に馬に跨った、二人の姿が浮かび上がってくる。
「悪いな、マコト、送ってもらっちゃって。よっと」サキィが鞍から飛び降りた。猫族との亜人である長身長髪の美青年は、似たような姿をした亜人の騎手に礼を言った。
似たような、という印象はとりわけアカネ・ソンカ・トーハにとっては強く、一瞬、二人は兄弟のように見えた。
二人とも、獣の血が混じっていて、戦士のような勇ましさと、獣人らしき美しさを備えている。だが、よく見ると、長い髪の男の方はヒョウの特徴を持ち、馬上の人物は、丸い眼をしているが、筆の先のような尻尾があり、狐族であるように窺われた。
「サキィ、遅いよ」タイジは既知の仲であるはずのマコトの方には首を向けず、演奏会を鑑賞しにきた友を迎えた。
「悪ぃ、悪ぃ、ああ、お前も、重かったろう」サキィは爽やかに笑いながら、さっきまで二人分の重量を支えていた馬を労わった
「三十五号は全然、平気だぜ」狐の獣人は言った。
「三十五号…」とアカネ。「馬の名前も、人それぞれね…」
「わぁお、サキィくん!彼は誰?」マナは馬よりも、その上の人物に注目「なかなかかわいらしいイケメンくんじゃん!ちょっと『ちいさい』気はするけど、非実在青少年じゃないから全然平気だお!ねぇねぇ、是非ボクにも紹介してよ!」
美少年と思しき人物を目の当たりにし、焼きたての菓子を前にしているかのようにヨダレを垂らしているマナ。
するとサキィは「だってさ、マコト。どうする?」
それを受けてつぶらな瞳の獣人剣士は「悪いけど、趣味じゃないな……」
「あ~~ん!サキィくんのせいでまたフラれたあああああ!」
「マナ、あんたって、ホントに変わんないのね」アカネはゲンナリ顔で、親友を見つめる。
マコトはそんなアカネ・ソンカ・トーハの横顔を、その紅の瞳を、馬の上から見つめている。吸い込まれるかのように。共鳴するかのように。
タイジは、最初は気を配って黙っていたが、マナの挙動を見て、その静かな憤りから、言ってやった。「マナ、その人は女の子だぞ」と。
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