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オリジナルの中世ファンタジー小説
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時は来た。
その夜、ハコザの館には王宮の要人、有力貴族、魔術大学の教授、研究生から学生まで様々な招待客が集まっていた。
「見ろ、この盛況っぷりを!暇を持て余した連中が何かを欲して私の館を目指しやって来る」ハコザは館の中庭を見下ろしながら、背後に控えた取り巻きに上気した声で言った。
「それもこれもハコザ様の人望。ますますハコザ様のお力が確固としたものになっていきます」と背後のシンパの一人が答える。
「そうだ、そうだ」ハコザは満足の笑みを浮かべる。「皆が私のもとを訪れる。丁寧にラッピングされた贈り物をもって。そう、私に忠誠を誓う為に訪れる。正しい!それが、正しいんだ!」ハコザのテンションが上昇していく。「私は、人類の未来を担う男だ。私の理論は既にこの世の摂理。私の理論はこの世の理論!私 に従うことで、人間についてまわる数々の謎と苦悩を克服することが出来るし、私に力が集まっていけば、この国はより強い軍事力を手にすることが出来るし、 私の庇護を受けることで人々は一生分の幸せを約束される。んー、なんと素晴しい光景だろうね。皆が私を慕って集まってくる。思う存分、楽しむがいいさ。私 が許そう。お前たちのどんな破廉恥な行いも、あくどい所業も、この私が主催するパーティーの会場内だったら何をしてもいいんだからね」片手にもったグラス には年代物の葡萄酒が満たされている。「何故なら、ここでは私が法なのだから。いや、いずれはこの私が法そのものになるんだ。何も、頭が紙くずで出来てる 王宮の連中が作った幼稚な法律になんか従わなくたっていい。私のように、先々のこと、そう、人間の未来のことを考えることの出来る限られた有能な人間が法 を作り、人々を導き、守り、裁き、そして輝ける新世界を作り上げるのだ。ふふふ、くくく、しゃしゃしゃ」ハコザは悦に浸って笑い声を上げた。
彼の信奉者達は、皆彼の目の届かないところで暗澹とした表情をしていた。必ずしもハコザが正しいと思って従っているわけではない。それは恐怖だった。逆ら えないという恐怖。そして希望だった。このままいくと、この人による独裁体制が始まるだろう。そうなった時に、少しでも立場を危うくないようにしておきた い。だからこうして従順なフリをしている。
「そうだ…このままいけば私が、魔術アカデミーの総長となる日も近い。あの御大はもうろくしちまってるからな。さっさと私に席を譲って、大人しく引退し、貧相なド田舎に引っ込んで、山奥の僻地で湿気た煎餅でもしゃぶりながらマズイお茶でもすすってろ!」
「報告します」
その時、ハコザの従者の一人が大慌てで駆け込んできた。
「魔術大学の正義の使途と名乗る連中が、突然会場にやってきて騒ぎを起こしています」
「ほう…」
ハコザは不敵にほくそ笑んだ。
「連中は『魔術大学の卒業試験において卑劣極まりない殺人を犯したハコザ教授に裁きを下しに来た』などとわめいているみたいなんですが…」
報告者の言を聞いて、シンパ達は揃って顔を青くした。もちろん思い当たる節があったからだ。
「ほうほうほう」ハコザは一層気味の悪い笑い声を上げて「深刻な痴呆に悩まされる老いぼれ学長の教え子達が、その師匠譲りの臆病でチンケな魔術力故に全滅 寸前という惨事を引き起こした卒業試験の結果を、この期に及んで何を血迷ったか、この私にでっち上げた濡れ衣を着させて情けない自己弁解をしようっての か。こざかしい」ハコザはにやけながらグラスを床に叩きつけて割った。すぐに傍らの執事が破片を集める為にかがんだ。「とはいえ、たとえ頭のイっちゃった お馬鹿さんでも、この私に悪口を言うのは頂けないねえ。そういう身の程知らずの素人は、こんな風に」とハコザは右足を蹴り上げた!ハコザの割ったグラスを 片付けようとしていた召使の体が浮き上がり、天井まで叩きつけられ、そして落下した。「痛い目に合わせないといけません。体で教えてあげるんです」ハコザ は教室で生徒に魔術の講義をする時のような演技をした。取り巻きが調子を合わせて笑った。激しく蹴り上げられ、天井に激突した執事はうずくまって、痛む背 と腹を両手で押さえながら苦しみ悶えている。「どれ、そこの吹き抜けからそのお馬鹿さんが見下ろせるかな」
ハコザはずかずかと歩いていって部屋の扉の前に立った。
側の従者がそのドアを開けようとするのを待たずに、腕で大きな扉を粉砕して廊下に出ていった。
取り巻きが後に続いた。
「宴会にちょっとした余興はつき物だよね」ハコザは口元をにやつかせている。そうだ、事は計画通りに進んでいる。よく逃げずにやって来た、タイジくん…。そして、マナ・アンデン。お前を今日まで生かしておいたのには、理由があるんだよ。くくく、すべて、思い通りだ…。

「聞け!てめぇら!」
吹き抜けの大ホールの中心に、サキィは仁王立ちになっていた。鋭い野獣の歯を覗かせ、声を張り上げ、今まで隠されていた真実を語っていた。
「て めぇらが一生懸命崇めてるハコザとかいうやつは、とんでもねぇ人殺しだ!俺は隣国のしがない鍛冶屋の息子ぉ!そうだ!てめぇら魔術大学の卒業生達が試練に やってきた!あの!洞窟!俺は、俺もそこで一緒に戦った!そして、ついに真相が明らかになりやがった!いいか!魔術大学の死んだ七人の学生は単なる異生物 にやられたんじゃねぇ!ありゃ陰謀だったんだ!ハコザの罠にかかって、それで死んじまったんだ!」
「威勢は良いんだけど、よく聞くと何を言ってるかいまいちわかんないね」
マナは足早に人の波をかき分けながらタイジに言った。
「サキィはよくやってるよ。あいつの声、頭がガンガンするほどうるさいもん」
タイジも先を行くマナを見失わないように、何事だと集まり始める野次馬の合間を縫って進む。
それにしても凄い人の数だ。
宴はまだ始まって間もないというのに、陽気ななりをした連中が、酒を片手にひしめき合っている。
こいつら皆ハコザの手下なのか?だとしたらサキィもちょっと一苦労かもしれないな。
ハコザがタイジを誘ったことで、これが罠だということは分かっていた。
しかし、それならば敢えて正々堂々と正面から攻め込んでやろうじゃないか、とサキィはいきり立って言った。結果、サキィは陽動役を引き受け、手薄になったところでマナとタイジが悪の親玉の暗殺に向う。
待ってろ、ハコザ。
お前を必ずあの世に送ってやる!

「その者はハコザ様に楯突く愚かな賊ぞ!」
「ハコザ博士を暗殺せんと目論む悪しき男なり!」
「尻尾生やした中途半端獣人め!亜人のクズネコちゃんめ!」
「ニャーっと鳴いてみろ!ニャー!あだ名はくずにゃん!
「生け捕り、もしくは討伐した者にはハコザ様から特別の褒美があるとたった今、ハコザ様からお申し付けがあった!」
「やっちまえ!やっちまえ!」
サキィはパーティーにやって来た連中にぐるりを囲まれ、左手に盾を装備し、右手は抜き放った柄部分に風車を擁した剣を握って、そしてうっすらと笑った。
「おう!どこからでもいいぜ!命が惜しくないやつはかかってこいや!」
無 軌道だった十代の頃を思い出す。まだ超人でもなかった頃、仲間とつるんで夜の街を馬で暴走し、バーの倉庫から酒瓶をしこたま盗んで飲み明かし、酔っ払いや 浮浪者を見つけては集団で襲い掛かって金品をまきあげ、別の不良集団との喧嘩に明け暮れて生傷を全身に作っていたあの頃。
だけど、俺はいつの間にか一人になって、こうして周囲を敵に囲まれた。仲間は皆、俺を裏切った。
これはあの時の俺…孤独の中に置かれ、その孤独と戦い、そして敗れたあの戦へのリヴェンジマッチだ。
俺は仕事仲間の助けを敢えて請わなかった。あいつらには迷惑はかけられねぇ。
これは、俺自身の闘いだと思っている。過去との決着!
「骨までしゃぶっるっれぅぅうぇええいいいぃ!!」
頭の天辺にだけ髪の毛の残った見るからに豪傑といった男が、給仕からぶん取った酒の大瓶を手にして飛び掛ってきた。
「ザコだ、ふざけんな」サキィは剣を素早く一振り!弓なりにカーブして描いた斬撃は男のビンをスッパリと割り、胸元に鮮血の一文字を作ってやり、そしてズ ボンを切り落として下着を丸出しにさせてやった。「言っとくが、超人で、しかも本当に腕に自信のあるやつだけにした方がいいぜ!今はまだ俺も手加減してら れるが、そのうちノってくると、命の保障なんかしてやれないからな!」
そうだ。なるべく手強い奴を俺のとこにひき付けておくんだ。腕自慢や、超人の騎士、貴族、そして魔術師達、俺がここでそいつらを食い止めておく。その間にあの二人がハコザのクソ野郎をやっちまってくれりゃ。
「かかれー!!」一斉攻撃!血気盛んな男達が飛び掛ってくる。
「馬鹿か!おめぇら!」サキィは歯を食いしばった。手加減はいらねぇんだ。昔みたいに、本気で相手を殺してしまうつもりでやっていい。でないとこっちも全く危険が無いとも言い切れない。「それれれれれ!バァァバオライイイレイイイイィイ!!」今と昔…変わらない…いや。
大ホールに怒声と血飛沫が舞い上がる。
「だから言ったろ!知らねぇぞ」サキィは血のりのついた剣を振り払う。ヴィッと赤い液体が線を描いて迸る。そして余裕の笑みをニヤッと見せる。尻尾は上機嫌にくるくるしてる。
「魔術だ!」
屈強な男達があちこちを斬られて倒れ去った後、ハコザの教え子と思しき何人かの魔術学生がサキィから間合いを取った状態で魔術の詠唱を始めた。
四方からの一斉射撃。
それに対しサキィは「へ、来たか。遠くからコソコソと、臆病な魔術師たちめ!ハハハハ、ハハハハ、ハーハッハハハッハアハア ハア!だが、それも今の俺には通用しない!」サキィは苦手なニンジンをバッキバキに刻んでやるぜと言わんばかりに大笑いをし、そして右手で握った剣の刃を 左手で掴み、目を閉じて素早く精神集中をし、その刀身にエネルギーを注いでいく。
「なんだ?この魔術の猛攻は避けられないと観念したか?」愚かな敵の声。
今と昔、変わらないようで、違う。俺はこの国に来て、タイジとは別の、仲間を持った。そいつらと一緒に戦うことで、俺には身についたものがある…
魔術師の詠唱よりも早く、サキィは超人の力を伝導させた剣を横様に振り払った。
剣先は光溢れ、その超スピードの太刀筋は煌く流れ星の如き帯を有している。「流星閃!」
必殺剣、流星閃!
超人の力をもってしか繰り出し得ない剣技。剣術。その剣が間合いの外にいる筈の魔術学生達を次々と薙ぎ払っていく!
「ぎゃあああああああ」
「いでぇぇよおおおかあちゃああん」
そうだ…この技がある限り、俺は仲間の力を借りずとも、勝算がはじきだせた。この宴にゃ国のお偉いさんも来てるみたいだからな。そこで、派手に俺らが暴れて顔と名前が知れ渡っちゃマズイ。汚れるなら、俺一人で良い。あいつらの生活を奪う権利は、俺にはない。
「く…くそ、なんて戦い方するんだ、あの猫野郎」
「おい、こいつ眼をやられたぞ!早く手当てを!」

サキィは吠える「どうだぁ!ゴルァ!これでも、まだ俺の命が欲しいなら、遠慮なくかかってこいってんだ!」名前が知られちゃマズイ?保身とは、俺も年を取っちまったもんだ。

一方、マナとタイジは館の最上階に来ていた。駆け足で大階段を駆け上がり、恐らくハコザいるのではないかと思われる奥の、奥の部屋を目指す。
「あの、大扉!」意外にも館の最上階は人の気が少なく、今一階のホールで起こっている騒ぎは一体なんだろうと当て推量を楽しんでいる呑気者と、飲食物を運んでいる気弱そうな使用人がちらほら散見された程度だった。
タイジが指し示した奥の扉には、いかにもという雰囲気が漂っていた。
この扉の先には探し求めているボスがいるに違いないというあの期待と直感。
「ハコザはあそこか?」言いながら通り過ぎた右手の扉が、斧で斬りつけたように破損していたのも気になりはしたが、恐らく僕たちの倒すべき仇敵は正面の扉の中にいる!
「間違いないね、あのドアからはゲロ以下の匂いがぷんぷんするぜぇ!」

扉の付近に護衛の一人もいなかったのは少々不審ではあったが、マナは思い切って扉に体当たりした。緑に変色した髪の毛が美しく舞った。
部屋に飛び込むと闇が二人を迎えた。
廊下の光が差し込んで、薄闇の中に絨毯の豪華な模様だけが浮かび上がる。
窓は閉め切られて、夜空の星が煌いている。
「ここに…ハコザが…」マナが呟く。
すると、部屋の隅に置かれた蝋燭に灯が灯され始める。ヴォシュッ、ヴォシュッっと一つずつ順番に、礼儀正しく。ところで電気も無いこの時代にどうやって?魔 術は生物以外には効果が無いし…という疑問は「マナ…」という薄気味悪い声でかき消される。あの声だ。背筋に何かのっぴきならない不安感を走らせる、威圧 的で悪の香り漂う闇の掛け声。「…アンデン。そしてその恋人であり、魔術学史に名を残す少年、タイジ君」ハコザの声がする。姿は見えずに。明るくなった部 屋に宿敵の声だけこだまする。
「どこだ!ハコザ!姿を見せろ!」
「ふふふ、ククク。姿を見せろって?」ハコザの声は絨毯が敷かれただけの何も無い一室全体から聞こえてくるようだ。「私が姿を見せてやるに足り得る域に、君達の超人水準は 達していると?君達には私の姿を見せてやるほどの価値があるというのか?まず、肝心なのはそこだよ」ハコザの余裕を含んだ前口上が続く「私の首を取りに来 たのだろう?それは結構なことだ。私は逃げも隠れもせず、いつだって身の程知らずの愚か者の挑戦を受けてやるつもりでいる。それが人の上に君臨する者の務 めでもあるし、サガでもあるからな。君たち二人を今日、この瞬間まで生き長らえさせてあげたのも、上に立つ者の大いなる慈悲の心ゆえにだよ、理解できるか?私の器の広さ、このボンディ領の大地よりも大きいよね。だが、そうはいっても、現時点で君達が私と戦うだけの力があると私は見做してはいない。少なくとも今の時点では。私の絶大な力の何万分の一しかないレヴェルでは、せっかく私が出て行っても肩すかしにあってガッカリするだけだろう。この私がね」
こいつは、何がなんでも自分を高めておきたいんだな。
タイジは心底ゾッとした。その醜悪さに。その歪んだ心に。
「だから、私の相手をする前に、果たして私が損をしないかどうか、私が君達と戦ってそのあまりに呆気ない死を二人仲良く迎えることで、私を失望させないか どうかを試させてもらうことにした。せっかく私に名指しで挑戦をしてきたんだ。そのお願いを聞いてあげないほど私もケチじゃない。君達が私のテストさえパ ス出来れば望み通り勝負してあげなくも無い。な、優しいだろ。もちろん、そのテスト段階で君達が全滅しちゃう可能性だって充分あるけどね。いや、そっちの 可能性の方が高そうだな」
「バカヤロー!」マナは怒りの声を上げた。「人を馬鹿にすんのもいい加減にしろってんだ!ボクの友達をつまらないことの為に殺しておきながら!絶対許さないんだからね!」
「ふふーん。じゃあ、やる気なんだね。さしずめ今の話を聞いて怖くなって尻尾巻いて逃げ帰っていくんじゃないかと思ったよ。そうそう、尻尾といえば、下で 暴れている君たちの友達。彼も礼儀を知らない田舎者だね。これだから東南国の出身は…揃いも揃って田舎者ばかり。はぁ~」卑劣で貪欲で醜悪なハコザ博士! 「それじゃ、君達の相手をしてくれる心優しい私の大事な教え子達を紹介するよ。でも、もしかしたらそいつらが君達を片付けちゃうかもしれないがね。せいぜ い、死なないように気を付けな。ま、無理だろうけど」
教え子?
ハコザの生徒と戦うのか?
タイジが疑念を抱いた刹那、足元がズルズルと滑る感覚がした。
いや、絨毯が引きずられているんだ。マナと共に不安な足元から跳躍してみると、絨毯は前方に集められ、もごもごと蠢き、そしてそれを千切って何かが出現した。蝋燭の灯に照らされて一体の異生物がそこにいた。
「まさか!」
熊のような体躯をした異生物。だが、頭部の他に、腹部と両膝に一つずつ、計四つの顔がある。どれも苦悶の表情を浮かべ、理性の抜けた目つきでこちらを睨みつけている。
「こいつは…」
タイジは戦慄した。
一瞬、禍々しくも苦悩に満ちた怪物の四つの顔が、彼が以前、一度だけ出会った事のある人物たちに見えたからだ。
あの奇抜ななりをした魔術師学生達だ…国境を越えるとき、あのはじめの旅籠で遭遇した、粗野なハコザの信奉者たち…僕がこの大学に来てから一度も姿を見せなかった…「なんてこった…まさか、こんなことって…」
「四つの複合」があらわれた!!
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