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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「それで、マナは何を仕出かしたんです?」
「まだこっちに移ってきて、それほど経ってない頃だったわ。多分、秋だったかしら…ある日、マナが『悟りを開いたお!今日の晩御飯はボクにおまかせあれ~』なんて、学校から明るい顔で帰るなり言って、私が『どこの神殿に行ってきたつもり?遊び人なのはあんたでしょ』っていったら、手に持ってた瓶を私の前に置いてね。その瓶の中には水と一緒に魚が入っていたんだけど。驚いたわ、ホントに。玄関先でそいつを持ったまま目をつぶって、何かを呟いたと思ったら、ちょっと、あの子、魔術を使ったのよ!私はもう、見ること無いと思っていたわ。夫が死んでからは、もう魔術とか超人とかそんなこととは縁が切れたと思っていた。でも、マナは既に魔術を覚えていて、それで私の目の前で生きた魚を焼いちゃったのよ。はい、今夜のおかずは焼き魚ね、なんて言って。 水に浸かったままの焼き魚を …あの子はとても喜んでいた。最愛の亡き父と同じ 力を使えるようになったことをね。パパと同じ偉大な魔術師になるんだ、があの子の小さい頃の口癖だったし」
「じゃあ、親父さんも魔術師だったんですか?」サキィが尋ねた。先程ユナが注いだ酒は、既に飲み干してしまっている。
「厳密には違うわね。超人ではあったけど…でもマナは魔術師になるんだ、なんて言い始めちゃったのよ。それもこれもあの魔術アカデミーが、より魔術の研究に力を注ぎ出したとかで、精力的に受験生の募集をしだしてた時でね。魔術大学といったら、うちの国で最高峰の学問機関と呼ばれるとこよ。今までは特権階級とか、貴族の中でも特に有力な貴族のおぼっちゃんおじょうさまとか、ほんのわずかの超人の子供でしか入学することが出来ない、正に狭き門。まさか、うちの子には縁の無いとこだと…。ちょっとした国の援助があって、学校は少し良いとこに通わしてたけど、よもや、そんなとこに行くなんてことはないと、私も思っていたわけ。それに何より、あの子がその道を歩むことは、私は賛成出来なかったしね。超人や魔術なんてものに関わって、あの人みたいに、マナも命を落とすことになってしまうんじゃないかって、私は本当に心配した。恐かった。そしたら、あの子は取ってつけたような決まり文句を言ったわ。『ママ、平和な時代は待っていても来ないんだよ。ボクがみんなの平和を守る為に魔術を勉強するんだ』なんてね。そういう言葉は決まって、軽々しいノリの信用置けない人間がいうものよ。大切な娘を、夫の二の舞には出来ないでしょ?だから私は頑として認めなかった。お前はそこそこの成績で高等部を卒業してくれれば良いんだから。そしたら呉服屋にでも勤めて、危ない目に遭わずに働いてくれって。でも、あの子ったら、自分の魔術力を盾に、上の方に自己推薦しちゃったのね。私は完全に負けたわ。しまいにはアカデミーから声が掛かっちゃってね。入試の手順は省くから、何が何でも入学するように、なんて言われてしまったの。私は旦那と暮らしてた時も、超人の力とか能力には干渉しないようにしてたから、実際のところは分からないけど、どうもマナの力は並のものじゃなかったらしいのね。よくわからないけど。大学からお誘いがかかるぐらいだから、よっぽどだったんでしょうね。受験勉強もあっさりパス出来たし、大好きなお父さんが使っていた魔術のことをたくさん学ぶんだーなんて、言って…結局、学校を飛び級して、魔術アカデミーに入っちゃったのよね」
「そうですか~、そんなことが~、ぐ~」
見るとサキィは椅子の上で舟を漕いでいる。
しっかり話を聞いていたと思いきや、突然眠り出す、いかにもサキィらしい。
「あらま、こんなとこで寝ちゃ風邪ひいちゃうわよ」
「大丈夫です。僕が運びます」
タイジは立ち上がって、サキィのしなやかに引き締まった猫族の体を椅子から動かそうとした。
「ほら、サキィ、寝るならベッドで寝ろよ」
「うぉ、俺はあの剣には負けないぜ、むにゃむにゃ」
「お前起きてるだろ!」
タイジはサキィをなんとか寝室に行かせてやり、ユナと一緒にテーブルの片づけをした。
「悪いわね、ありがと」
「いえ…僕もそろそろ寝ます」
「そうね……年寄りの長話につき合わせちゃって、ごめんしてね」
タイジは最愛の少女の母親の、屈託のない笑顔を、蝋燭の火に揺らめく母性的相貌を見つめた。
「とんでもないです。じゃあ、おやすみなさい」
「そうそう、タイジくん…さっきの話…言ってなかったことが…」
だが、こちらに背を向けて部屋に下がろうとしていた少年の背に向って呟かれた言葉は、あまりに小さく、相手を立ち止まらせることは出来なかった。
だから、ユナはもう少し大きな声で言い直した。
「おやすみなさい」
「はい」
タイジはその時、ユナが何を言いかけていたのか、その決して空気には触れなかった単語の連続を、しかし、ぼんやりと、読み取っていたのだ。
おやすみなさい、お義母さん。マナを、危険な目に合わせることになってしまうこと、どうか、お許し下さい。
タイジは声に出さず、暗い夜の闇に向い、心の中で言ってみた。




時は近づいている、いよいよだ。
でも、この実感の無さはなんだろう。
はじまる前から…もう終わっているような……まるで、何度も訪れる季節みたいな…
卒業式が過ぎても、タイジは一人で魔術大学へと足を運んだ。研究室に顔を出しがてら、図書室に寄るために。
もはや、滅びた太古の城のように、大学内はひっそりとしていた。
そして、同じく、彼の精神も、静けさを纏っていた。
大きな戦いを前にして、タイジの心は波立つことなく、ある種の達観の境地にあった。
「タイジくん、これは、よかったら君に差し上げようと思ってる」
図書館でぼんやり本を眺めていたところを、ふいにヤーマ教授に話しかけられた。
「あ、ヤーマ先生。すいません、ちょっと読み疲れてボケっとしてました」
「ははは、なに、勉学に休息は不可欠だよ」
ヤーマの手には真新しい本が一冊あった。タイジはそれを受け取った。
「最近、私が書き上げた新しい論文なのだが…幾つか、君の研究にも役立つ項目があるんじゃないかと思ってね。そいつは私の教え子が複写したものだが、受け取ってくれるかな」まだ印刷技術の発展していないその世界では、本の複製は容易ではなかった
「あ、ありがとうございます」表紙には『超人と異生物』と書かれていた。それはまさに、タイジの個人研究の主題とするところだった。
静かな時が流れた。
タイジは間を挟んでから、おもむろに、こう聞いた。
「先生、超人を異生物に生まれ変わらせることって、できるんですか?」
また、間があった。
そしてヤーマが口を開いた。
「もし出来るとすれば、それは、この世の技術とは思えないな。以前、人の意のままになる虎の話をしたよね。もし人が人の命をそのように操作できるとしたら、それはもはや、人の行いではない。それは人を超えている
「人を…超える……超人…」
「超人は、人を超えた存在となりうるのだろうか。果たして、本当に人の上に立つ存在か。あるいは、それはただの驕り昂ぶりに過ぎず、人も超人も見下ろしている、更に上の存在がいるのではないだろうか。たとえ、石碑がそんなものはいないと、堅く、禁じていたとしても!」
神の存在は無い。
神的な位置に君臨する不可視の絶対的存在は、誰が残したとも分からない石版の文字によって、断固として否定されていた。

もし、目に見えない奇跡があなたの目の前で起こったとしたら、それは何某かの精霊が為し得た技だ。
これが、世界共通の教義であった。
タイジは半ば釈然としなかったが、ヤーマは立ち去ろうとしていた。「あの…」
「何をするかは、私の与り知るところではないが、くれぐれも命だけは大切にするようにな」中年の教授は背中で忠告を放って、姿を消した。

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