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オリジナルの中世ファンタジー小説
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タイジはマナの母が作ってくれたお弁当、ハムとレタスのサンドパンを片手に、図書室で文献を読み漁っていた。
ついさっきまで、魔術の実戦使用を研究する一団の前で、雷の秘儀を教示してきたばかり。もう、お昼の時間はとっくに過ぎてしまっている。
この後、夕方からは医学部の研究室へ行かなければならない。あの実家の宿屋の名産品が、どうやらとんでもない注目を集めてしまったらしい。僕のホワイトライトと合わせ、回復技術の研究をする人々から是非にと、お声がかかってしまった。
責任はマナにある。
あいつが勝手に、あの薬のことを話したから……またも、僕の自由な時間が減ってしまったじゃないか!
だから、せめて医学部の方へ行く前に、少しでも『自分の研究』を進めておきたい。

「おお、タイジくん」
ところが、食事をする暇すら惜しいタイジに、話しかけてきた人物がいた。
「あ…」
「どうだね?研究の程は…進んだかい?」
ヤーマ博士である。
あの、暗黒の地下道手前の見張り小屋に、ふらりと現れて即席の講義を披露し、またふらりと姿を消した、朴訥とした中年教授。
「私もね、あの時、君の魔術実験を見ていたんだよ。驚いたよ、君があんな魔術を使えたなんて…」
「いえ、あの技はヤーマ先生と会った後に、ダンジョン内でいきなし使えるようになったんです」
「ほほ。そうか」
本当にこの人は驚いたんだろうか。相変わらずの簡素な感想。
「あ!そうだ…あの、あの時の虎はどうなったか…知りませんか?」
雷撃呪文パープルヘイズを食らわせて瀕死の状態にし、更に治癒呪文ホワイトライトでその傷を塞いだ、何の罪もなかった一匹の虎。
「…」
しかし、ヤーマは上の空でタイジの問いに知らん振りをしていた。
「あ、あの、虎なんですけど、どうなったのか知りません?」
この手の人が、会話の中途で突然離脱してしまうことは良くあることだけど、敢えてタイジは再び尋ねた。
「へあ?ああ、あのトラね。死んでたよ」まるで、調理場の樽に貯蔵しておいた野菜が腐っていたよと言わんばかりに「腹を食いちぎられたみたいに、切り裂かれて」
「え!?どうして?」虎の傷は直したはず「誰かがやったんですか?」
「恐らく、ハコザ君じゃないかな」
「ハコザ…」
「虎の腹は人の手で破られたように、穴が空いていた。ハコザ君には気をつけたまえよ。彼は野生のハゲタカよりも獰猛だ。虎の腹を手刀で切り裂くぐらい彼には訳無い。せっかく一命を取り留めた実験体は、哀れにも口から血反吐を垂らして腐りかけていたよ。あの虎の飼育は私んとこの管轄でもあったしね。ハコザ君は君の魔術を目の当たりにして八つ当たりでもしたくなったのか、それとも虎の腹に何か用事でもあったのか、さっぱり分からんが、私は疲れた虎を優しく裏地の柔らかい土の下に移しておいたんだよ」
「腹の中に、用事?」ハコザは虎の腹を掻っ捌いて「中に誰もいませんよ」とか、一人でやっていたのだろうか?
「人間は随分と偉くなったもんだ。虎の命をまるで木彫りの玩具をそうするように、自由に、思う様扱っている。私はやはり、思うのだよ。人間ばかりが、他の生物の命を意のままに扱って良いのだろうか。それは善悪の問題を言っているのではない。私には善悪なんて、興味ないからね。そうではなく、こういう風に他の生物を征圧的に陵辱しているが、実は、その人間も何かもう一段階上の存在に支配されいるんじゃないか、とね」
「ま、まぁ」
「とかく、わからんことだらけだよ、この世界は」
ヤーマ博士は少し芝居がかってそう言うと、一人で幕を閉めて立ち去る。



月日は流れていく。
ある日、マナの母親が朝食の折に、中央国が東南国との国交を封鎖したよ、と号外を広げながら食卓に差し出した。
そこには『魔術大学の学生を騙し討ちにした卑劣な冷血女王』と掲げられていた。
暗黒の地下道での事件は、今やすっかり噂になり、曖昧な事実には感情的な脚色が施され、いつの間にか歪んだ風聞は王宮の中枢部にまで知れ渡り、宰相の口車に乗せられた若き中央国王子は、一方的に東南国との国交断絶を宣言した。
今や、中央国中が被害妄想に駆られていた。
一方、事件の渦中にあった本人達はというと、タイジはしばらく魔術大学からは離れられず、サキィは中央国での新ビジネスを軌道に乗せていたし、マナは間違った事実の伝播に憤然としてはいたが、これといって行動を起こそうとは思わなかった。
「魚が食えないのは、ちょっと辛いけどな」とは猫族亜人サキィの言。
東南国との国交封鎖のせいで、山国には海の幸が届かなくなっていた。中央国の食料自給率は高くない。国土の豊かな東南国とのケンカは、自国の首を締め上げる一方だ。
「あ~あ、本当に国際問題になっちゃった」マナはあの日、東南国の王宮で女王陛下と話した言葉を思い出した。
「でも、東南国がやったなんて、考えられないよ」タイジには未だに事件の黒幕を探ろうという意志がある。
一体誰が……
マナの仲間を殺し、そして、七人を変えたのか!



「魔術アカデミー…」タイジは誰にも聞こえない声で、開いた本の隙間に言い聞かせるように「ここにはまだ、僕たちが知らなければならない秘密が隠されている…」一人、今日も巨大な大学図書館の片隅で。
新魔術は既に正規のものとして登録が済まされた。
後はタイジの指南した通りに訓練し、修得者が生まれれば良いが、どちらも難航しているらしく、パープルヘイズホワイトライトも、未だ会得できた者は登場しなかった。
とまれ一息ついたかに思われたタイジに、今度は医療機関からの本格的なオファーがかかった。まだまだ、落ち着いて自分の勉強をする時間は持てないようである。
そこへ…

「あなたとお姉さまの相性は最悪です!」
机にしがみついて一心不乱に本を読み耽っていたタイジの横から、突然、アオイが現れて言った。
「え?なんか言った?」こいつ、いつの間に?
「アオイ、心配になって本で調べたんです。こないだ聞いた誕生日を占星術で占ってみると、あなたは世界中の人を不幸に陥れる運命を背負ってしまっています。仮に、もしそれが暗喩的な意味に過ぎないとしたら、少なくともあなたは、お姉様に災厄を与える宿命になっています。非常に危険です。今すぐ国に帰られて、生まれた家の自分の部屋に鍵をかけて、どこにも出ずに、じっとしていた方が良いんです」
タイジは怒りを通り越して、呆れ果てていた。
アオイは、今日は紫の髪に黒と白のカチューシャをし、お揃いのフリフリしたドレスを着込んでいる。
どうして、こういう妄想少女は占いとか、そういった信憑性のカケラもないようなものを、頭ごなしに信じ込んでしまうんだろうか。
彼女たちは、そのファニーな妄念に浸ることで幸せを感じているんだから、勝手にしろという話だが、こうして自分の幼稚な妄想癖を、他人にまで押し付けてこないでもらいたい。
タイジは各地で信仰されている各種精霊を、大して有り難いとは思っていなかった。
毎年決まった季節に、精霊を讃えたお祭があったり、祭壇に行って日常の幸せを祈る人達、何か悲しいことや嬉しいことがあると、すぐに何某の精霊様の思し召しと舞い上がる風潮、それをどこか斜に見ていた。
「あー、そうですか、ご忠告をどうもありがとうね、アオイ先生」誕生日なんて、教えるんじゃなかった。
「いーえいえ、これもお姉さまの為を思ってです」アオイはツンとして「それで、何か分かったんですか?」
「なんかって…そりゃ、色々分かったことはあるさ」
「ふーん」アオイは机に広げられたタイジの書物を眺め渡した。「何が分かったのか、アオイに言ってくださいよ。聞いてあげないこともないんです」
タイジはアオイを追っ払おうとも思ったが、折角だからと書き溜めていたノートを広げ「そもそも超人の定義。超人は普通の人間以上の身体能力を持つ。そして人体を傷つけられても、ある程度の睡眠、もしくは食事などをとることで、体を回復させることが出来る。睡眠の量や食事の量が、普通の人間より過度に多いということは無い。この原理は異生物も大体同じらしいが、異生物は捕食をしないっぽい。これは少々曖昧で、異生物が野鹿の死骸を貪り食っていたという報告はあるにはあるらしい。だが、異生物が同じ異生物を捕食するという事例はないらしい。超人も異生物も、肉体的にはかなりタフだが、決定的なダメージを受けて命が尽きると、体は蒸発してしまうように跡形もなく無くなってしまう。超人になるきっかけはまちまちで、特定の条件というものはないようだ。よくある例としては、その人の人生に大きく関わるような事件に出くわした際の、感情の昂ぶりによるものというのが代表的だが、他にも難病からの復活や、生まれついての超人という例もあるらしい。逆に、超人になりたいと願ったところで、なれるものでもないようだ。そういや」とタイジは話を切って、アオイの顔を見やり「アオイはどうやって、超人になったの?」
「はい?そんなの、決まってるじゃないですか」
「何さ」
するとアオイは目を閉じて、両手を頬っぺたに合わせ、うっとりした表情をしながら「お姉さまの愛です」
「あ、そ」聞くんじゃなかった。「もう、良いかな」もう面倒臭くなってきた。
アオイはタイジのノートを指差して「まだ残ってるじゃないですか」
タイジは溜め息を一つついてから「超人と異生物は共通して、普通の人間や生物には無いある物質を持っている。それを超級成分と呼んでいる。超級成分は、血液中に含まれていて、体内のあちこちにあるらしい。超人が並の人間では到底出来ないような能力を発揮する時に、どうも体中のその超級成分が分泌しているらしい」
「じゃ、その超級成分の成分はなんなんですか?」アオイが横槍を入れた。
「そんなの知らないよ!んで、超人は魔術剣を用いた剣術、弓を用いた弓術、 素手による体術などを使用できる。それらの使用には共通して精神力、俗にいうEPを消費する。EPの保有量は個人差があり、人によってまちまちだが、EPが無くなったからといって立っていられなくなるということはないらしい。そしてそれらは体力と同じく、睡眠などで回復する。その回復の作用にも超級成分が働くらしい」
「なぁんだ、たったそれだけですか?」アオイは見下すように言った。「そんなの、大学の入学試験に出てくるレヴェルですよぉ」それはアオイの意地悪である。
「うるさいなー、もう!」
タイジはアオイを振り払った。
例の如く忽然と姿を消すアオイ。
タイジはアオイが行ってからもう一度、自分のノートを見つめた。
残念なことに、超人が異生物に生まれ変わることの証拠はまだ突き止められていない。
僕の予想だと、超人と異生物の体内に共通して存在するその超級成分が、キーになってる気がする。なんらかの方法で?異生物の?体内に?送り込ませる??
窓の外には夜の帳が降りていた。最近陽の落ちる時間がどんどん早くなってきている。秋から冬に向っている。
おっと、遅れてしまった。
今日は僕を中心にして結成された、超級医薬品開発研究チームの初日じゃないか。
それもまた、迷惑な話だけど…

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