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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「おはようございます、お嬢様」
シルクのカーテンが開かれ、眩しい太陽の光が、夢の国のような装いをした部屋に満ち溢れていく。
アオイ・トーゲン・ヴァルナパレは眼を開けた。豪奢な真鍮のベッドに横たえた小さき体を持ち上げる。
執事が、いつものように、モーニングティーを用意して、そこに立っていた。
「本日の朝食は、ホーチドサーモンとミントサラダをご用意いたしました。付け合せは、トースト、スコーンとカンパーニュが焼けておりますが、どれになさいますか?」
「ん……ふゎ、……スコーン」
その執事、女性。

アオイは今日も、学内の誰よりも贅沢な衣装に身を包み、男装の女執事が運転する馬車に乗って、魔術大学へと登校した。
今日の午前中の講義は『魔術体系概論』である。
たくさんの魔術師の卵、もしくは魔術学を修めんとする学生達が賢者である教授の話に耳を傾けている。
「……え~~。したがって、古くより定着していた四大属性の分類法において、今回の発見と開発は、既成の体型を大きく揺るがす、革命的事件となったのです。もちろん、四大属性とは…?」
「はいっ!それは火、水、天と地、であります」
「または風と土です!」
元気の良い生徒達が挙手をして発表するのを傍目に、アオイはブスっと不機嫌な顔を作っていた。
また、あいつの話…。
お姉さまにまとわりつく、忌まわしき蛙野郎…。
タイジが先日魔術大学の学者達の面前で披露した魔術、パープルヘイズは、今や一躍大事件となり、学内にその新魔術の噂を知らないものはいないほどまでになった。どこへ行ってもその話題で持ちきりだ。
「そう。もちろん、少数派ながら、万物を五つに分ける一派もいる。こちらは火、水、土、金…さぁ、後の一つはなんだろうか?」
「風だ!」
「違うよ、緑だよ!大自然の…」
「いえ、風を含む、木です」
朝から元気な学生達は、次々に発表をする。
「そうですな。火、水、土、ここまでは一緒だが、金と木を入れ、風の魔術を木に入れるという考え方だ。とはいえ、金は金属で、それは土から産まれいづるもの…土と金は一緒くたではないかという見方が、今では優勢になってしまっているがな」壮年の教授は教壇を行ったりきたりしつつ「問題は、どちらの分類にも、今回の新しい要素は含まれていなかった。すなわち!雷ッ!……雨雲と共にやってきて、大地に鉄槌を下す、あの輝ける紫の火花だよ。これを、どこに含ませるべきか…あるいは、これは新たなエレメンツ足りえるか?どう思います?」
教授はおもむろに生徒に振り、熱心な学生達は各々の意見を言い合う。
「う~ん、稲妻は炎に似てる気がするな」
「いやいや、雨雲と共にやって来るんだ。水の仲間といえよう」
「だがよ、俺っちの田舎で雷が落っこちた時は、木の小屋なんかボーボーに燃えちまったべ。こりゃ、やっぱり火の分類でよくないこれ?よくなくない?よくなくなくなくなくなくない?」
「黙れ、この田舎モノ!ろくに歌を歌おうとせず異人の猿真似ばかり!いいか、雷は風と火のあいのこだ。精霊学ではそのように見做しているッ!」
「何を~?そんなふうになんでも既成のものに納めようとするのが、そもそも間違ってるんだ!やはり新しい概念だろう!」
「そうだ!今までに無いものだ。四大属性にとっては新たな五つ目の属性!もちろん五分類には六つ目の…」
アオイは喧騒が耳をくすぐる度に、苛立ちを募らせていた。あんな厄病男の為に、魔術アカデミーの偉大な学術体系が左右されるなんて、一番それが間違っている!
まったく……なんでみんな、あんな取るに足らない子供だましに、そんなに躍起になっているんだろう?
「ふ~む、やはり、新しい体系の編みなおしが必要かの…今、我々学者達の中でも、かの新魔術についての意見が交錯している。誰しもが初めて眼にするものだったからな。それに…もう一つの件もある…即ち、彼が披露した二番目の魔術…これも新魔術となってしまった。いや、噂にはあったのだ。ただ、あの光は、他者を攻撃するものではなかった。そう、回復の術。ほんとに、驚くべきことの連続だ、ここにきて、我々が長い間培ってきた学問の体系が、きしんできている。これは、一体どうすべきか、是非、君たち学生の意見も取り入れてみたいと、私たちは思っているんだよ」
「はい」アオイは静かに手を挙げた。熱く煮え立つ鍋に、冷水を垂らすかのように。
「おお、数多の水の寵愛を受けたる者、アオイよ。是非、君の意見を聞かせてくれ。件の少年が披露せし、新魔術、こはいかなる分類法によって扱うべきか?さきほど、雷を生む雨雲は、水から生まれるものという意見があった。水の属性に、そは近いのか、否か?」
アオイ・トーゲン・ヴァルナパレは席から立ち上がり、険しい顔で、厳しい声で、教室の皆に届くような冷徹な声で、述べた。
「新しい枠など必要ありません。いずれ、それは廃れて消えていくものです。皆さん、たった一つや二つの例外に、惑わされてはいけません。ましてや、あんな下賤で型破りで汚らわしい代物が、大いなる水の国に属すなどと、天地がひっくり返っても有り得ません」アオイはサファイアの瞳を見開き、念を押すように告げる「取るに足らない、不必要なものです」

「お、ね、え、さまァァァあ♪」
アオイにとって、一日で一番の幸せ時間。
それがお昼休み。もちろん、マナ・アンデンと共に昼食をとることが出来るからである。
何度でも云うが、アオイの挙動がとある世界の風紀委員と類似していたとしても、彼女が誰かの受け売りや影響を受けて、それを行っているということは断じてない。偶然の一致という悲劇はいつも残酷なものだ。先に考えついていたとしても、先に構想を練りそれを描いていたとしても、大いなる財力の隔たりだけで、迫害され、糾弾され、踏みにじられる。僅かな差で、今は負けるしかない時がある。それは耐え忍ばねばならない、苦渋と忍耐の期間ということ。つまり、彼女は本心と本能から、マナを慕い、崖っぷちのオリジナリティで愛のアプローチをしているだけなのである。
「アオイはアオイは、お姉さまと会える時間をこんなに楽しみにしてた日はなかったですよ!って言ってみたり」
「もうアオイちゃん、なんだかよくわかんない前フリと共に出てきて、自虐的なネタとかしないの」マナはポテトをほおばりながらアオイの髪をなでた。
「だって、今日はまた一つ、呪詛のネタが増えたんですのよ!聞いてください、お姉さま!また、あいつの話を、先生が講義のネタにしたんです。もう、アオイ、耐えられません!毎日毎日、どこにいても、あのカエル野郎の話ばっか!アオイとお姉さまの永遠の愛を引き裂こうとする、あの忌まわしきゲコタ…じゃなかった、なんでしたっけ?タイ…タイ…」
「あーはいはい、タイジっちね」マナはやれやれといった顔をした。
当の本人タイジは、すっかりご多忙らしく、アオイが言っているほど共にいる時間もなく、朝の登校時以外では魔術大学内で捕まえることはできないほどだ。
午前も午後も、幾つもの教室を梯子で渡り歩き、僅かな時間を見つけて図書館でマイレボリューションするタイジさん。
彼の偉大性をもっと多くの人に知ってもらおうと、マナが東南国の彼の宿で作られていた治療薬の件をリークしたら、今度は医学部からも求愛されてしまった。マナのせいでますますタイジの時間は切迫してしまったのだ。
試験も終わり、あとは卒業を控えるのみのマナの方が、よっぽどゆとりがある。
「ねぇねぇお姉さま。午後の予定はいかがです?もし良かったら、アオイといっしょに占術のレクチャーに行きません?今、公開授業をやっていて、あの有名な太陽の天女のお弟子さんらしい占い師が来てて、話題なんですよ!」
アオイは朝の授業態度とは打って変わって、楽しそうに弾む笑顔でマナに語りかける。
「太陽の般若?う~ん、ボクよくわかんないなー」マナは適当に興味無さそうな返答をする。
「だったら是非、占ってもらいましょうよ!開運してもらいましょ!そうです!お姉さまの最近の運気は、あの厄病蛙のせいで、一気に落ち込んでいるはずですから!このままじゃ厳冬を乗り切るのもままなりませんよ?ここらで新しい精霊石の一つでもゲットしておきませんと、破滅を迎えるだけですよ!」
「そうだね~、誰かボクを四六時中守ってくれる超イケメンの騎士でもゲットしておかないと……はっ!」
マナは話半分に返した言葉で、アオイの顔色が変わったのに気付いた「そんなの必要ありません…お姉さまは、このアオイが守ります」彼女の瞳が、深い海の、闇を宿した青を湛えている「汚らわしい、野蛮で愚昧なるケダモノたち…おぞましい邪気を放ち、冥界より来たりし死と破滅の悪霊どもを携え、清純なるものへの妬みゆえに、陵辱と姦通の欲望にまみれた闇の奴隷ども。それら負の領海に住む眷族たちから、その身を守ってさしあげられるのは、このアオイ一人だけ!他には何者も、必要ないのです!去れ!そして呪われよ、堕天した獣の慟哭!」
「うわ、ちゅうに……」マナは椅子から立ち上がってこちらを見下ろしている紫髪の少女を、たじたじになって見つめたが「あ、いや、ちゅうにくちゅうぜでも、別にいっか……じゃなくって、アオイちゃん、ありがとね、ボクもとっても嬉しいアルよ。アオイちゃんがいてくれると、ボクもとっても安心ですタイ」
「お姉さまぁ!」
アオイはまたも顔色を豹変させ、お昼時で周囲に学生の群がいるにも関わらず、マナの大きな胸元へと身を沈めるのであった。

だが結局、いっしょに占い師の講義を受けることはなかった。
例によってマナが適当な作り話を並べ上げ、アオイを煙に巻いたからである。
アオイはつまらなそうな顔をして、魔術大学正門で待つ、見慣れたトーゲン家の馬車前までやってきた。
「いかがなさいました、お嬢様。お加減が優れませんか?」
「なんでもない、ヤムー。今日は寄り道しないで、まっすぐ帰って頂戴」
「御意」
ヤムーと呼ばれた男装の女執事は、手際よく主の搭乗を介錯し、馬車のドアを閉め、御車台に移るとしなやかに鞭を振り上げ、馬を歩ませた。
アオイの家は中流貴族。一つの領を持つ大貴族ほどの力はない。
といっても、中流とはいえ、その総資産はアンデン家のような、市街地の集合住宅に住む小市民の比ではない。諸侯ではないにしろ、平凡な市民とはまるで住む世界が違うのである。
狭苦しい町から離れた位置に、巨大な敷地を有す。大きな庭園と大きな屋敷を構え、時にサロンを開いたり、時に王宮の要人を招いたりする。
そして貴族が何人もの使用人を抱えるという莫大な財力がその特徴の一つであるとすれば、その雇い人の中に必ず超人の存在があるのも、特徴であった。
短髪の麗人、肌理細やかにしなやかな作法、主人のために命を賭ける女、ヤムーもまた超人であり、アオイ自身がそうでありながら、大学の送迎中になんら異生物や野盗の心配をしなくていいのは、つまり彼女への信頼ゆえにであった。
年に数回は、その立派な馬車の佇まいを見て、或はヒトの血に飢えて、邪まな賊や怪物が襲来することもあったが、いずれも即座に執事のヤムーが対処した。鮮やかに、適確に、身の程をわきまえない野蛮で無知な相手を屠った。
アオイは馬車の中で、日進月歩の成長を続けているその魔術の腕を披露することもなく、悠々と行き帰りの退屈と戯れていればよかったのである。
安心はあった。しかし、アオイの心は晴れなかった。
あまり、家へは帰りたくなかった。

「お疲れ様でした」
ヤムーが馬車の扉を開けた。
「お帰りなさいませ、アオイお嬢様」
「お帰りなさいませ、アオイお嬢様」「お帰りなさいませ、アオイお嬢様」
屋敷に入れば、たくさんの使用人たちが彼女を迎える。
掃除は行き届き、炎を点じた燭台はいずれも金の輝きを放つ。高い天井と上質な獣の皮をふんだんに使用した絨毯。壁には著名な芸術家の作品を飾り、階段の前には彫像が立つ。
だけど、今日もアオイの両親はいない。
仕事とか、付き合いとか、旅行中とか、色んな理由をつけて、彼女の両親は娘の帰宅を出迎えようとはしなかった。
アオイは泥の川に足をはめたような重たい歩みで、自分の部屋へと下がっていった。
「アオイが、ウチの家の財産を自由に出来るようになったら、すぐにでもお姉さまの為に、大邸宅を作るんだ…」扉の鍵を閉め、上着を脱ぎ、ふかふかのベッドに倒れこむ。「こんな家なんか潰して、もっとアオイプロデュース、お姉さまとの愛の館を、誰も入ってこれない、永遠の離宮を、作り上げるんだ。アンデン家にはトーゲン家の資産の半分を分け与え、アオイはお姉さまといっしょに、ずーっと、ずーっと、お屋敷の中で暮らすんだ。誰にも会わせない、誰にも見つからない、お屋敷にいていいのは、お姉さまのお母様と使用人だけ。ヤムーには外の見張りをやらせ、イムーには毎日、ご馳走を作ってもらう。アオイは毎日、お姉さまとの閉ざされた時間を過ごす。そうして、二人がお婆ちゃんになるまでずーっと、ずーっと、アオイとお姉さまの幸せな生活を続けるんだ。だから…」
アオイはベッドに身を沈め、荒んだ心のままに、呼び寄せた。
小さな光が、部屋を漂い、やがて虚ろな瞳をした小柄な少女のもとへと、吸い寄せられていった。
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