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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「どうした?」
大岩のような声で、大岩のような体躯の男ゲンが、怪訝な顔をして獣人族の耳をそばだてているサキィに尋ねた。
「シッ……静かに」
サキィは聴覚を研ぎ澄ます。彼の体に流れる獣の血、それを用いて、聞き取ろうとする。
タイジとマナが、仇敵ハコザを打ち倒したのかも知れない。最初はその音だと思った。ハコザの断末魔が、聞こえただけかもしれないと、思った。
だが、音は止んでいない。とても小さく、連続的に続いている。
これは、何の音だ?あちこちで、まるで火種から火を起こすように……
「ゲン、マコトを起こしてやってくれ」
サキィは判断を下した。きっと、マコトならわかるはず。何が、起こっているのか。この不穏な音の連続は何なのか。
「起きるのか、こいつ…」
ゲンは自分の肩に乗っけたままの狐人戦士を揺すった。
「そんなんじゃダメだろ!」サキィは思いっきり平手で、ゲンに背負われた少女の尻を叩いてやった。「おら!マコト、起きろ!起きろって」
ペシペシペシペシ。
「ん……ふぁ、ふぁぁい」
狐の尻尾が弱々しく動き始めた。まだ、女っぽさの見受けられない少年風少女は、どうやらサキィのおしりぺんぺんで目を覚ましたようだ。
「マコト!起きたか!おい!この音はなんだ?火の匂いがするような気がするが、小さすぎてよくわからん!お前ならわかるだろ!」


タイジはハコザとの死闘を繰り広げた部屋を出て、同じ階の来る途中にあった扉の破れた部屋に入っていった。
ここで間違いないんだ。サキィのことも気になったが、きっと大丈夫だろう。僕は決着を付けなければならない。
部屋の中は無人で、テーブルに飲みかけの酒と前菜が残されていた。
天井に窪みがあって、床にガラスが散っていたが、最早気にも留めなかった。
タイジは奥の机に向った。
きっと、ここにハコザが座っていたんだろう。右から二つ目の引き出しを開ける。その中に手を差し入れて引金を引いた。
カチっというカラクリの作動する音がした。
タイジは壁を押した。
隠し扉が開いて階段が現れた!
知っていたんだ。
マナにもサキィにも話してはいない。だって、これは僕の問題だもの。ごめんな、二人とも。
タイジは隠されていた扉をくぐった。
二度と帰ってくることは出来ない地の底へと続いているような、暗黒の階段へと、一歩を踏み出す。
二度とは帰って来れない場所へと、彼は歩を進めた。

「頭領!こりゃマズイよ、あっちこっちで…急がなきゃ、ああ、でも多すぎる!オレたちだけじゃ止められない」
尻を叩かれて意識を取り戻したつぶらな瞳の狐少女は、サキィと同じように獣の耳をすますと、事態を把握して、慌てて言い放った。
「ま、待て、マコト。要領得てない……一体、何が起こってやがるんだ?」
「えぇ?何って……ゲン、お前も聞こえるだろ?」
促がされて大男は「悪いが、俺には二人がさっきから何の話をしてるのか、さっぱりわからないんだが」無愛想な顔で述べた。
「かーーーーーー!」
「マコト、いいか!」サキィは慌てふためく部下の肩に手を置き、真摯な瞳で「俺の知る限り、お前は誰よりも炎に通じている。火に詳しく、その揺らめきに誰よりも敏感だ。俺はかすかに、何かが燃えているような気がした。だが、それが何なのか全くわからん。今のところ煙も見当たらない。気のせいかもしれないって考える方が妥当な気さえする。でも、お前ならわかるんじゃないか?この、さっきから続いている変な音も…」
「頭領、オレだって、こんなのは初めてで、よくわかんないけど……でも、急いだ方が良い!」


タイジは隠し階段をひたすらに下っていく。狭い細い螺旋階段がようやく終わると、あの独特のかびた匂いが漂ってきた。
壁の蝋燭がわずかに灯りを提供している。
そこは書庫だった。
そしてタイジを呼んだ人物が本を読みながら、彼がやって来るのを待っていた。
「遅かったね」
「でも、ちょっとは、あなたにここにいて欲しくないと思っていました」タイジは息を切らせながら返した。「教えてください。答えを」
超人と異生物の存在は表裏一体。どちらも作られた存在だ」本を閉じてタイジを見据えながら言葉を繋げる。「このことをずーっと考えていくとね、ある概念が浮かび上がってくるんだ。君も、もしかしたらどこかで聞いたことがあるかもしれないな。そう…」そこに間を置いて「超越的存在…『神』の存在、をね」
「カミ…」
あの、どんな精霊よりも気高く、そして絶対的であるとされる、しかし決して存在はしないし、信じてはいけないと堅く禁じられている、人間が陥ってしまう心の病気の一つと石版に記されていた、神の存在。
「あなたは神になろうとしたのですか?」タイジは詰め寄った。「人の命を操って!」
「もしかしたらそうかも知れない。あるいは違うかも知れない」俯いて「私はハコザのように、自分の存在をどうにかしたいとかいう野心は持っていない。手を貸したのは、お互いの利益が一致したからに過ぎない。別に、出世や功名心などに興味はない。そんなことはくだらないよ。立場や地位など一時的なものに過ぎない。そんなつまらないことよりも、もっと必死にならなくてはならないことがあるんだ。我々を支配している存在の想起。そう、神は神を禁じたんだ
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「神は禁じられている」
タイジは確認するようにこの世界での原則を呟いた。
「神は禁じられている。神の存在は有り得ない。だとしたら、その禁忌を作った者こそが神なのではないか、とね」
「神は自ら自らを否定したのですか?」
「絶対的な存在。我々の世界を上から眺め下ろしている存在。そいつがいるんじゃないかっていう疑惑。生物や科学の研究を続けていくと、この世界がいかに見事に構築されているかが分かる。偶然にして出来たという定説を疑わざるを得なくなる。ましてや、超人や異生物の存在は特にだ」
「あなたはまたしても答えを言ってませんよ、ヤーマ先生」
「私は!神の存在を疑った!そして、そいつに挑戦をしたかった!神が超人と異生物を同じ原理で生み出したのだとしたら、その壁を越えてやりたかった!神の姿を暴いてやりたかった!」魔術大学の生物学者ヤーマはまくし立てた。「隅々まで調べつくし、解明してやりたかった。そして、神なる者が本当にいるのかどうかをつきとめたかったのだ!」
「だからって!なぜ学生を異生物などにしてしまうんですか!」
タイジは抗議の仕草をした。
「私が実験をする機会をあの男が与えてくれただけだ。善悪など、大いなる真理の前にはあまりにも儚い」
タイジはその言葉に怒りを覚えた。
「それじゃあ、自分の研究課題の為には生徒の命が犠牲になっても構わないというのですか?あんたも、ハコザと同じ、自分のことしか考えない傲慢者だ!」
「そうだとも!」ヤーマ教授は開き直って言った。「私は狂ってしまったよ。それを弁解もしなければ言い訳もしない。私は神に挑戦したかった。神に近づきたかった。もし、異生物と超人の融合が成功するならば、人は人の手で命を操作することが出来る!それは神のなしえるワザ。超人を異生物に変えたのは、ただの一段階に過ぎない。やがては人が超人になるメカニズムや異生物の生態を調べ上げるつもりでいた!それだけのことだ」
「では、あの時…」思うに、最初にこの人に会った時、あの暗黒の地下道の見張り小屋にふいに姿を現した時、その時に気がついておくべきだった。黒幕の存在!「この『祓魔師のチューブ』を使っていたのはあなたなんですね」タイジは金の筒を差し出した。
「そうだ」ヤーマは即答した。「君達は『悲劇の怪人』を倒したが、仮死状態で超級成分を抜き取ると、何故か抜け殻の肉体はあのドロドロの怪人になったのだ。私は自分の欲望を止められなかった。己が手で、超人を異生物に転生できる!その恍惚感に…性に合わないと思いながらも、私は異生物を仕向け、ハコザ君の教え子たちと連携しながら、卒業予定の学生達を葬り、異生物に変えていった。大学の教授なんてものは皆、何かにとりつかれた狂人さ。それでも、君は恐れずにここまでやって来た。私の貸した本に挟んだ栞のメッセージの通りにね」
ヤーマはあの時、急いでまとめたいことがあると言って、僕達の元から早々に立ち去った。そのおぞましい研究成果のことだったのか!?
「この祓魔師のチューブを使って、あなたは尊厳ある人間の命を、魔術アカデミーの生徒を、マナの級友たちを、おもちゃにして、醜い怪物の姿に変えさせ、同士討ちをさせた!」
「何とでも言いなさい」老教授は居直っていた「私はハコザ教授の腹心の生徒たち四人と共謀し、マナ君たち第一学科生を襲った。みな、事実だよ。私は否定しない。この計画の実行犯として、私は確かに罪を犯した。タイジくん、君に分るか?私の心は、その罪を少しも悔やんでいないのだよ。この、どす黒く染まってしまった悪の心は……もう、罪の意識もなく、ただ、己の欲望の充足の為にだけ従順になって、どんな非人道的なことでもやってのけてしまう、腐った心なのだ。だが……その道具だけは、私がこしらえたものではない
「え?」
タイジは右手に握った黄金の筒を今一度見た。
「ハコザ教授でもないよ。アカデミーに出入りしていた……ある男が我々の元に持ってきたんだ。
それは元々は、消滅時に分泌される超級成分を採取していたんだが、途中で思わぬ発見をしてしまったらしく、彼は『もし関心がおありでしたら、譲ってさしあげます』と言ってきたのさ」ヤーマはタイジに打ち明ける「思えばあの時から、我々の心はおかしくなっていたのかもしれないね。私もハコザも、あの男の金剛石のごとき瞳に見つめられ、心のどこかに泡沫となって抑え込まれていた邪悪な欲望を、無理矢理引きずり出されたみたいに、罪を犯してでも、己が願望を叶えたいと、悪事へと走らされた。いやいや、今更他人のせいになどするつもりは毛頭ないが、それでも私はアカデミーに現れた彼と共に、極秘裏に実験を積み重ねていき、その筒の利用法と応用法の研究に没頭していった。超級成分を操作することで、可能になることはあまりに多かった。私はもはや、この罪深き研究に、すっかり魅了されきっていた。今はもう、反省する気すらないよ」
「誰なんですか?それは……一体、何者なんです?」
だが、ヤーマはタイジの問いには答えようとしなかった。人が話しかけるのを、唐突に聞いていないかのような素振りをする。しかも、そこに悪気の風情はない。粘着質の糸がプツリと切れるように、不自然な会話の中断を行う、彼と同じ血液の型の人間に多く見られるコミュニケーションの妙「あの男は、その筒の改造の工程を確か、こう呼んでいたか……錬き…」

その時、天井から大きな爆発音が聞こえてきた。
ドォオン、ドオォオンと立て続けに。
「おやおや、始まったみたいだ」
「一体なんです?」
「君達はハコザを殺した。彼が死ぬと、この館も終わりなんだよ」
「どういうことです?」
「火付虫というのを知ってるかな?地方によっては火打虫とか言ったりするけど」その間にも大きな物音が聞こえてくる。「私はあいつの体にそれを仕込ませておいた。こう見えても生物学が専攻でね。ちょいとあの虫の習性を利用して改造したんだ。火付虫は死ぬと発火するだろう。それを連鎖させるようにしてみたんだ。一匹が火を放つと遠くにいる別の一匹がまた火を放つ。ちょっと扱いづらかったけど、蜀台なんかにセットして部屋中をいっぺんに明るくする仕組みも考案してみた。あ、それでハコザの体には数十匹のそいつを、あいつに気付かれない形で飼わせておいたんだ。知ってるかい?人の体の中には無数の小さき命が共存しているのを。あいつが死んだ時に燃え上がらなかったか?そろそろ連鎖が始まって、館全体にいった頃じゃないかな」
やっぱり人を玩具にしてるだけじゃないか!
「僕は、超人の力でもって、あなたを殺します」
タイジは祓魔師のチューブを床に投げ捨て、弓矢を構えた。
「死にたくない奴は早くしろ!だが、走るな!将棋倒しんなっちまうだろが!」
サキィは大声を張り上げ、火の手の上がった館の一階ホールで、人々の避難誘導を行っていた。
出火の出元ははっきりしていない。ただ、気がついたときには屋敷のあちこちから炎が巻き起こり、一つの炎は別の炎と結びつきあい、加速度的に勢いを増していっている。
マコトの火の探知が僅かに早かったのが幸いしたか、館二階以上にいた招待客に、すぐさま避難を呼びかけ、焦げ臭い匂いをかいでいた連中は、我先にと階下を目指した。
「おら!急げ急げ!焼け死にたいかぁ!」
サキィは「走るな」と「急げ」を同時に命じるという無茶振りで、人々を建物の外へと追い出そうとしていた。
ふいに、もくもくと迫ってきた黒い煙を見て半狂乱になった貴族の婦人が、階段で足を滑らし、あえなく階を敷き詰めていた人々を、文字通り将棋倒しにしてしまった。
「ゴルァ!走るな言ってるだろうが!」
幾つもの悲鳴が上がる。
そうこうしている間にも、火炎の勢いは増していく。
「まずい、頭領、あんなにたくさんの人が倒れてちゃ、逃げ遅れてしまう」マコトが言う。
サキィはおしあいへしあい、蠢いている人の群れを見つめ、ヒゲを苛立たしげに動かしながら「しゃぁない、ゲン、お前の出番だ。言っても聞かねぇあいつらを、片っ端から外へ投げろ」命じた。
「ホントにいいのか?」と低く落ち着いた声で言いつつも、巨漢の射撃手は依然倒れて積み重なったままの人々のところまで、ずーん、ずーん、と歩いていき「ちゃんと受身を取れよ」と呟くと、倒れていた人間の足を掴み、一思いにそれを後方へ放り投げた。
「ァァァァアアアアアアああああアアアアアアアアアァァァ」
「げ……ゲンのやつ、なんてことを…」
マコトは呆れてその様を傍観していた。
屈強な大男は、その豪腕でもって宴の招待客の体をひょいと持ち上げ、スイングをつけて館の外へと放り投げる、投げる、投げる!
貴族も、使用人も、学生も、偉丈夫も、投げる投げる分け隔てなく、投げるッ!
どんどんどんどん、ポイポイポイポイと、まるでおはじきを掴んでは投擲する玉拾い競技のように、人間の体をいとも容易く、投げ飛ばしていくゲン。
「見ろ、マコト。あいつのブン投げた奴の、軌道を」
「ええ?」
サキィに促がされ、マコトはゲンの人間射撃の弧を、大きく丸い目で追った。
足を掴まれて飛ばされた宴の招待客は、ゲン自らうがった館の壁の穴を、曲芸師の火縄潜りのように、するりと通り抜け、更に庭園に築かれた池の中へと、水飛沫を上げて適確に着水していっている。
大人の体を軽々と持ち上げて放る彼の腕力もさることながら、やはり射撃の腕前は超一流というべきか、むっつりとした顔のまま摘み投げていくゲンの射出コントロールは、一寸の狂いもない、完璧な軌道を呈していた。
「あの、ウスノロ……こういう時にだけは調子が良いんだから」マコトは苦笑いで戦友の活躍を眺めていた。
その時「サキィくん!」
「お!マナか!」サキィは二階部分の廊下から顔を覗かせた魔術少女を見て「まだ残ってたのか!お前も、早く脱出しろ!煙にまきこまれんぞ!」声を荒げて避難を呼びかけた。
マナは豪奢な服に身を包んだ小柄な少女、アオイと一緒だった。
「ねぇ!タイジは…ッ!」
「なんだ?タイジが…?」サキィは頭上を見上げて大声を上げながら、しかし眼をこらしても親友の姿を見つけることが出来ずに「タイジはどうしたんだァッ?一緒じゃないのか!」
逃げ惑う人々の喧騒で、よく聞こえない「ねぇ!サキィくん、タイジはどk……」
一際、大きな爆発音が聞こえた!
炎の勢いが、猛然と増していく!
マナは舞い起こる煙でむせてしまい、サキィにタイジの所在を尋ねることも、また階下にいる彼の方に眼をやることも出来ない。
「ゴホッゴホッゴホ、うう……苦しい」
「お、おおお姉さま、危険です。アオイたちも、早く逃げましょう」
アオイは慕う先輩少女の服の裾を引いて、促がした。
「でも、まだタイジがどっかに…」
「きっともう、先に逃げていますよ!だからアオイたちも……ケホッ、ケホッ」
アオイも煙を吸い込んでむせる。
火災にあった時、何よりも恐ろしいのは炎そのものではない。煙を吸い込むことによって生じる一酸化炭素中毒だ。
火事で命を落とす人の死の原因は、往々にして酸素欠乏による意識の消失が故。
マナはアオイの苦しそうな様子を見て、ようやく危機意識を持ち始めた。
先ほどから、忽然と姿を消したタイジを見つける為、屋敷のあちこちを探し回っていた。その間に、炎の手はもはや取り返しのつかないほど、大きくなってしまっていた。
タイジを見つけ出す前に、自分達が焼け死んでしまう!
そう思った時、誰かが、音もなく、まるで天井から壁を伝って降りてくるかのように、現れた。
「お嬢様、お待たせいたしました」
誰?
マナは、その流暢な声とピシリと整った身のこなしに、どこぞのイケメン貴公子でも現れたかと錯覚したが、側にいたのはアオイの従者、男装の麗人、トーゲン家執事のヤムーであった。
「さあ、マナ様も、ここは危険です。私に掴まって下さい」


「来なさい。その為に私は君をここに呼んだ」
ヤーマ教授は恐ろしく落ち着いた様子で言った。
「この隠し書庫には私の研究成果の総てが詰まっている。ハコザが死んだら総ての証拠は消すつもりでいた。面倒は嫌いだからね」
傲慢!「行きます!」タイジは指先に雷の力を込めていった。
「だがね」
一瞬だった。
ヤーマ教授は素早くタイジの目の前に移動していた。
「私は君と戦うつもりは無い。私は勝負なんてものに興味はない。あるのは君のその潜在能力だけだ」
「!」
タイジは為す術がなかった!
ハコザの比ではない。
このヤーマという人が真の黒幕だということを身を以って実感した。
おっとりした普段の彼からはとても想像出来ない身のこなし。レヴェルが違いすぎる。
気がついたときには頭に刃物を突き刺されていた。
「良いから、そのまま唱えなさい、魔術を!」ヤーマはタイジの額に針のようなものを深く差し込みながら言った。「君はこんなことでは死なない。いや、死なない体になっている筈だ」針は大脳に達している。
この位置から…ま、魔術を!
タイジは脳に針を埋め込まれたまま無我夢中で詠唱した。
purple haze all in my brain!!!!!
「それでいい」
光が、溢れ出す。
紫の閃光が。
脳に突き刺さった針から、眩い閃光が溢れていく。
「君こそ、神に近づく存在なのだから」ヤーマは針を握る手に力を入れる。稲光が、どんどん溢れていく。眩しい!「君の力、あの日に見せてもらった。皆は雷だ雷だって騒いでいたが、私は密かに知っていたのだよ。それは神の存在と共に封印された概念、禁断の物質『電気』というやつだ」
秘密の書庫はまばゆい光に包まれていく。
「雷の研究は古来から少しずつされてきていた。私はある泡沫の書物で、雷の性質を知っていた。それは電気と呼ばれるもの。だが、誰もそれ以上は知り得なかった」目もくらむような明るさが辺りに溢れている。「君は、大きな運命を背負っている。そしてこの光は未来へと続いている。さぁ、解き放てよ!」
タイジは大脳がとろけていくような気分だった。
頭に刺さった針から、僕の脳が飛び出していく。僕の意識、無意識が飛び出していく。
光がキレイだ。
ピカーって光って、世界中を照らすようだ。
いけない!考えること総てが外に飛び出していってしまう!僕の意識が拡大する!意識が拡大していく!
明るい!そうだ、明るくなるんだ。夜でも昼のように、明るくなれるんだ。何度も夢に見ていたじゃないか。今よりももっと便利に、楽チンに暮らせる世界を。僕の力で、皆が、もっと幸せになる。電気?電気っていうのか?それが世界中に駆け巡っていって、色んなものを繋いでいく。離れていたものを繋いでいく。一つになる。一つになっていくんだ!
壁が崩れていく。
館の崩壊が本格的に始まっていた。
どこからか炎の爆ぜる音が煙と共に忍びよってきた。ハコザのトラウマ。館を焼き尽くす炎。
「私は、もう自分が助かることを望んでいない」ヤーマは針を脳に突き刺したまま「私にはもう確信が持てた。神はいた!卑劣な神は、今もどこかで笑っている。この光景を見て笑っている。自分の存在など信じてはいけないなどと人々に言っておきながら、確かにそいつはいた。君の意識を暴き出したことでそれが分かった。君こそ作られた人間だった」ヤーマの顔が歪んで見える。「私が消える代わりに、君は思う存分やってしまうがいい。君の肉体は滅びないだろう!卑怯な神によって留められているその力を、思う存分解放するんだ。君こそが未来となるからだ!」ヤーマの体がタイジから放射されている閃光によってみるみる溶けていく。「これも、神に近づこうとした罰か…」
私の力を君に与える。
そして、神に復讐するんだ!
君の中に封じ込まれている、未来へと繋がる力を解き放て!
君が神の戒めをぶち破るんだ!



「ごめんなさい!ごめんなさい!」アオイの水晶のような瞳から、涙が溢れ始める。「アオイのせいで……きっと、アオイのせいで……」
既に館は猛る業火の赤へと、完全に包まれていた。
庭園に避難した人々は、皆、瞳に炎の照り返しを映し、崩壊していく、一人の男の禍々しい理想と夢の終末を眺めていた。ハコザという、罪深くも哀れな男の、これは盛大な火葬であるように思われた。
だが、数人の男女は、まだ中に残っている友のことを想い、決断を迫られていた。
タイジ。
彼の姿だけが、この雄々しく燃え盛る炎の屋敷を前にした庭先に存在していなかった。
「きっと……もう外にいて、どっかに隠れてるんだよ…」マナはアオイを慰める為に、希望的観測の域を出ていない、無力な言葉をかけた。
アオイは、この時、初めて自分を責めていた。
占いや夢物語が好きそうな女の子の部屋に飾ってある人形のような格好をした、それこそ占いや夢物語が好きそうな少女、アオイ。
いつも思い込みが激しく、自分の発想力は絶対だと信じきっていて、一度こうだと決めたらその妄念にとことん突っ走ってしまう、幼い少女。
彼女が呪いの分野に傾倒し、それを行ってきたのは、ある意味必然な流れであったかも知れない。
この世に許すことの出来ない存在がたくさんあって、だけども、華奢な乙女の体で出来ることは限られてしまう。
ならば、せめてその私怨を、怨嗟を、怨念を、呪いに変えて、自分を守ろうとした。自分に害をなすもの、気に入らないものを、すべて闇色に染めさせ、呪いをかけようとした。
すべては無力な己の弱さからであった。
両親の課した禁欲の暮らしが、彼女をそうさせたのだ。貴族の家訓を頑なに押し付けたせいで、アオイはマナへ異常なまでの愛を求めたし、それを阻もうとする者には、徹底した敵意と憎悪と殺意をたぎらせた。
「アオイの……呪いのせいで……」
マナの反対側から、トーゲン家の女執事が主君の肩を抱いている。彼女もアオイにかけてやるべき言葉を持ち合わせない。
「大丈夫だよ、タイジは……」マナの瞳が、まるでアオイの涙に誘われるように、潤みを帯びていく「タイジは……しぶといやつだから…こ、こんな、ボヤなんて」
崩壊する館から、再び大きな炸裂音が響く。
人々の間から喚声がわきおこる。柱や壁が崩れていくのを見る。
「クソ……ッ」サキィ・マチルヤは獣の爪をたてて、自身の体を必死に抑えようとしていた。今、自分が駆け出すべきではない。頭ではわかっている、だが!刻一刻と、友の生還の可能性は薄れていく。「クソ!クソ……おい、魔術師たち、消してくれよ……この炎を」
「無理だよ、サキィくん……」マナの声は震えていた。無力さに、絶望に、どうしたらいいかわからず「魔術では消せない……炎は生きていない、ボクらの魔術は、命のあるものにしか効かないんだ」
「役立たずがァ!」
サキィは思わず激昂してしまった。
「ボクだって!そうしたいよ!でも、前にも言ったでしょ!」マナも悲鳴のような声を上げる「たとえアオイちゃんの水流を使っても、消せないんだよ!」
近代以前の火消し。
それは現代社会とは比べものにならないほど、原始的で非力で、もはや人は炎の暴虐の前に為すすべもない、赤子のような技術しか持ち合わせていなかった。
ポンプなどない!消防車も無ければ、消火器も大水流も無い!
この記述が最後のハイファンタジーとローファンタジーの境となるだろう、中世において、人々の科学技術はあまりに未熟!彼らは炎のゆらめきをただ嘆きながら眺めているか、せめて庭園の池の水を、桶を探してきてふりまくか、その程度の些末な抵抗しか出来ず、再三述べている通り、空間を歪めて突拍子も無くアオイという少女の腕先から、この狂い舞い上がる火炎の坩堝をかき消すような水の放射なども、決して起こり得ない!
あまりに無力!それが中世
夜風は炎の盛りを相乗させる。庭の池の水を全部かき集めてぶっ掛けても、とても鎮火するような勢いではない。
祈ること。最後に、中世の人々に残されたものは、祈り。科学は無力。精神の力にすがるしか、もはや無い!
「頭領!」
「マコト!どうだ!」サキィは赤毛を揺らして自分の元へやって来た部下の少女に「いたか?タイジはいたか!?」
「避難者の中には、いなかった」パチパチと火花が散る中、大きな丸い瞳を真っ直ぐに見上げ、狐族の少女は報告する「彼がいるのは……あの中だ」
「そうか……」サキィはもはやこれまでと、長い髪で目元を隠し「マナ、すまなかった、さっきは、苛立ってて、ついあんなことを…」
「サキィ、くん…」マナは涙で塗れた顔で「まさか……」
「俺が戻った時は、三人でまた、酒を飲もうな。いつかみたいに…お前のマズイ飯も、そん時なら食える気がするぜ」
サキィ・マチルヤは友を取り返すため、一人、炎の権化と化したハコザの館へと、足を踏み入れようとした。
だが、彼の長身の肩を、引き止める者がいた。
「頭領、あんたじゃない」勇敢な少年の姿をした獣人剣士は「ここは、オレ以外の人間が、出る幕じゃない」幼さの残る顔に、決死の覚悟を浮かべて、言い放つ。
「マコト……だが、俺は」
「あんたとタイジの仲は、そりゃ深いものだろう。付き合いは、オレなんかより、全然長い。だけど」マコトの相貌はとても冷静だった「感情で流されて、すべてを台無しにするようなことは絶対するなって、あんたはいつも言ってただろ?それが、オレたちのカンパニーの鉄則ってさ」若き獣人の少女剣士は「今のあんたは、自分があいつを救わなくちゃいけないって、そういう眼をしている。だけど、それは間違っている」賢しげに、上司であり恩人である、長い髪の猫族剣士を諭すように「これは、オレの仕事だ。そうだろう?それとも、あんたの役をオレが代わりにするのが、嫌かい?オレには、その資格が無いと、言うつもりか?」
サキィは打ちのめされた。
またしても、自分の半分より少しぐらいしか齢を重ねていない、この若い世代が、正論を叩きつけ、戦場で最も重要な、冷静な思考と決断を突きつけてきた。
サキィは僅かに恥じた。僅かに、自分を責めた。
サキィはマコトの、大きな丸い瞳を見つめた。そこに、どんな炎にも巻き込まれない、決してかき消せはしない、決意の紅蓮があった。
「行ってくれるか?」
「もちろん」マコトは笑みを見せる。「オレはこの程度の炎で焼け死ぬことはない。保証するさ、火事場はオレの独壇場」赤毛を揺らし「タイジは、オレと一緒に仕事をした、オレの仲間の一人だ。絶対に、何があってもあいつをここに連れて来てやる」
狐族の剣士は最高の自信に満ちた笑みを、帰らぬ友を待つ不安げな人々たちの眼にくっきりと焼きつかせ、炎の館へと、駆け出した。
狐の尻尾が、翻って舞った。
「アオイは……アオイは」地面にへたり込んだまま、泣くことしか出来なかった少女は「祈ります。炎の精霊に、あの方に加護を与えることを…そして、全精霊に、二人の無事を……」しゃくり上げて、涙に濡れた声で「そして、もし、祈りが届いたなら……いつかは、呪詛の世界ではなく、天にきらめく星々の元で……」そう、呟いていた。

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