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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「それで、マナは何を仕出かしたんです?」
「まだこっちに移ってきて、それほど経ってない頃だったわ。多分、秋だったかしら…ある日、マナが『悟りを開いたお!今日の晩御飯はボクにおまかせあれ~』なんて、学校から明るい顔で帰るなり言って、私が『どこの神殿に行ってきたつもり?遊び人なのはあんたでしょ』っていったら、手に持ってた瓶を私の前に置いてね。その瓶の中には水と一緒に魚が入っていたんだけど。驚いたわ、ホントに。玄関先でそいつを持ったまま目をつぶって、何かを呟いたと思ったら、ちょっと、あの子、魔術を使ったのよ!私はもう、見ること無いと思っていたわ。夫が死んでからは、もう魔術とか超人とかそんなこととは縁が切れたと思っていた。でも、マナは既に魔術を覚えていて、それで私の目の前で生きた魚を焼いちゃったのよ。はい、今夜のおかずは焼き魚ね、なんて言って。 水に浸かったままの焼き魚を …あの子はとても喜んでいた。最愛の亡き父と同じ 力を使えるようになったことをね。パパと同じ偉大な魔術師になるんだ、があの子の小さい頃の口癖だったし」
「じゃあ、親父さんも魔術師だったんですか?」サキィが尋ねた。先程ユナが注いだ酒は、既に飲み干してしまっている。
「厳密には違うわね。超人ではあったけど…でもマナは魔術師になるんだ、なんて言い始めちゃったのよ。それもこれもあの魔術アカデミーが、より魔術の研究に力を注ぎ出したとかで、精力的に受験生の募集をしだしてた時でね。魔術大学といったら、うちの国で最高峰の学問機関と呼ばれるとこよ。今までは特権階級とか、貴族の中でも特に有力な貴族のおぼっちゃんおじょうさまとか、ほんのわずかの超人の子供でしか入学することが出来ない、正に狭き門。まさか、うちの子には縁の無いとこだと…。ちょっとした国の援助があって、学校は少し良いとこに通わしてたけど、よもや、そんなとこに行くなんてことはないと、私も思っていたわけ。それに何より、あの子がその道を歩むことは、私は賛成出来なかったしね。超人や魔術なんてものに関わって、あの人みたいに、マナも命を落とすことになってしまうんじゃないかって、私は本当に心配した。恐かった。そしたら、あの子は取ってつけたような決まり文句を言ったわ。『ママ、平和な時代は待っていても来ないんだよ。ボクがみんなの平和を守る為に魔術を勉強するんだ』なんてね。そういう言葉は決まって、軽々しいノリの信用置けない人間がいうものよ。大切な娘を、夫の二の舞には出来ないでしょ?だから私は頑として認めなかった。お前はそこそこの成績で高等部を卒業してくれれば良いんだから。そしたら呉服屋にでも勤めて、危ない目に遭わずに働いてくれって。でも、あの子ったら、自分の魔術力を盾に、上の方に自己推薦しちゃったのね。私は完全に負けたわ。しまいにはアカデミーから声が掛かっちゃってね。入試の手順は省くから、何が何でも入学するように、なんて言われてしまったの。私は旦那と暮らしてた時も、超人の力とか能力には干渉しないようにしてたから、実際のところは分からないけど、どうもマナの力は並のものじゃなかったらしいのね。よくわからないけど。大学からお誘いがかかるぐらいだから、よっぽどだったんでしょうね。受験勉強もあっさりパス出来たし、大好きなお父さんが使っていた魔術のことをたくさん学ぶんだーなんて、言って…結局、学校を飛び級して、魔術アカデミーに入っちゃったのよね」
「そうですか~、そんなことが~、ぐ~」
見るとサキィは椅子の上で舟を漕いでいる。
しっかり話を聞いていたと思いきや、突然眠り出す、いかにもサキィらしい。
「あらま、こんなとこで寝ちゃ風邪ひいちゃうわよ」
「大丈夫です。僕が運びます」
タイジは立ち上がって、サキィのしなやかに引き締まった猫族の体を椅子から動かそうとした。
「ほら、サキィ、寝るならベッドで寝ろよ」
「うぉ、俺はあの剣には負けないぜ、むにゃむにゃ」
「お前起きてるだろ!」
タイジはサキィをなんとか寝室に行かせてやり、ユナと一緒にテーブルの片づけをした。
「悪いわね、ありがと」
「いえ…僕もそろそろ寝ます」
「そうね……年寄りの長話につき合わせちゃって、ごめんしてね」
タイジは最愛の少女の母親の、屈託のない笑顔を、蝋燭の火に揺らめく母性的相貌を見つめた。
「とんでもないです。じゃあ、おやすみなさい」
「そうそう、タイジくん…さっきの話…言ってなかったことが…」
だが、こちらに背を向けて部屋に下がろうとしていた少年の背に向って呟かれた言葉は、あまりに小さく、相手を立ち止まらせることは出来なかった。
だから、ユナはもう少し大きな声で言い直した。
「おやすみなさい」
「はい」
タイジはその時、ユナが何を言いかけていたのか、その決して空気には触れなかった単語の連続を、しかし、ぼんやりと、読み取っていたのだ。
おやすみなさい、お義母さん。マナを、危険な目に合わせることになってしまうこと、どうか、お許し下さい。
タイジは声に出さず、暗い夜の闇に向い、心の中で言ってみた。




時は近づいている、いよいよだ。
でも、この実感の無さはなんだろう。
はじまる前から…もう終わっているような……まるで、何度も訪れる季節みたいな…
卒業式が過ぎても、タイジは一人で魔術大学へと足を運んだ。研究室に顔を出しがてら、図書室に寄るために。
もはや、滅びた太古の城のように、大学内はひっそりとしていた。
そして、同じく、彼の精神も、静けさを纏っていた。
大きな戦いを前にして、タイジの心は波立つことなく、ある種の達観の境地にあった。
「タイジくん、これは、よかったら君に差し上げようと思ってる」
図書館でぼんやり本を眺めていたところを、ふいにヤーマ教授に話しかけられた。
「あ、ヤーマ先生。すいません、ちょっと読み疲れてボケっとしてました」
「ははは、なに、勉学に休息は不可欠だよ」
ヤーマの手には真新しい本が一冊あった。タイジはそれを受け取った。
「最近、私が書き上げた新しい論文なのだが…幾つか、君の研究にも役立つ項目があるんじゃないかと思ってね。そいつは私の教え子が複写したものだが、受け取ってくれるかな」まだ印刷技術の発展していないその世界では、本の複製は容易ではなかった
「あ、ありがとうございます」表紙には『超人と異生物』と書かれていた。それはまさに、タイジの個人研究の主題とするところだった。
静かな時が流れた。
タイジは間を挟んでから、おもむろに、こう聞いた。
「先生、超人を異生物に生まれ変わらせることって、できるんですか?」
また、間があった。
そしてヤーマが口を開いた。
「もし出来るとすれば、それは、この世の技術とは思えないな。以前、人の意のままになる虎の話をしたよね。もし人が人の命をそのように操作できるとしたら、それはもはや、人の行いではない。それは人を超えている
「人を…超える……超人…」
「超人は、人を超えた存在となりうるのだろうか。果たして、本当に人の上に立つ存在か。あるいは、それはただの驕り昂ぶりに過ぎず、人も超人も見下ろしている、更に上の存在がいるのではないだろうか。たとえ、石碑がそんなものはいないと、堅く、禁じていたとしても!」
神の存在は無い。
神的な位置に君臨する不可視の絶対的存在は、誰が残したとも分からない石版の文字によって、断固として否定されていた。

もし、目に見えない奇跡があなたの目の前で起こったとしたら、それは何某かの精霊が為し得た技だ。
これが、世界共通の教義であった。
タイジは半ば釈然としなかったが、ヤーマは立ち去ろうとしていた。「あの…」
「何をするかは、私の与り知るところではないが、くれぐれも命だけは大切にするようにな」中年の教授は背中で忠告を放って、姿を消した。

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時は来た。
その夜、ハコザの館には王宮の要人、有力貴族、魔術大学の教授、研究生から学生まで様々な招待客が集まっていた。
「見ろ、この盛況っぷりを!暇を持て余した連中が何かを欲して私の館を目指しやって来る」ハコザは館の中庭を見下ろしながら、背後に控えた取り巻きに上気した声で言った。
「それもこれもハコザ様の人望。ますますハコザ様のお力が確固としたものになっていきます」と背後のシンパの一人が答える。
「そうだ、そうだ」ハコザは満足の笑みを浮かべる。「皆が私のもとを訪れる。丁寧にラッピングされた贈り物をもって。そう、私に忠誠を誓う為に訪れる。正しい!それが、正しいんだ!」ハコザのテンションが上昇していく。「私は、人類の未来を担う男だ。私の理論は既にこの世の摂理。私の理論はこの世の理論!私 に従うことで、人間についてまわる数々の謎と苦悩を克服することが出来るし、私に力が集まっていけば、この国はより強い軍事力を手にすることが出来るし、 私の庇護を受けることで人々は一生分の幸せを約束される。んー、なんと素晴しい光景だろうね。皆が私を慕って集まってくる。思う存分、楽しむがいいさ。私 が許そう。お前たちのどんな破廉恥な行いも、あくどい所業も、この私が主催するパーティーの会場内だったら何をしてもいいんだからね」片手にもったグラス には年代物の葡萄酒が満たされている。「何故なら、ここでは私が法なのだから。いや、いずれはこの私が法そのものになるんだ。何も、頭が紙くずで出来てる 王宮の連中が作った幼稚な法律になんか従わなくたっていい。私のように、先々のこと、そう、人間の未来のことを考えることの出来る限られた有能な人間が法 を作り、人々を導き、守り、裁き、そして輝ける新世界を作り上げるのだ。ふふふ、くくく、しゃしゃしゃ」ハコザは悦に浸って笑い声を上げた。
彼の信奉者達は、皆彼の目の届かないところで暗澹とした表情をしていた。必ずしもハコザが正しいと思って従っているわけではない。それは恐怖だった。逆ら えないという恐怖。そして希望だった。このままいくと、この人による独裁体制が始まるだろう。そうなった時に、少しでも立場を危うくないようにしておきた い。だからこうして従順なフリをしている。
「そうだ…このままいけば私が、魔術アカデミーの総長となる日も近い。あの御大はもうろくしちまってるからな。さっさと私に席を譲って、大人しく引退し、貧相なド田舎に引っ込んで、山奥の僻地で湿気た煎餅でもしゃぶりながらマズイお茶でもすすってろ!」
「報告します」
その時、ハコザの従者の一人が大慌てで駆け込んできた。
「魔術大学の正義の使途と名乗る連中が、突然会場にやってきて騒ぎを起こしています」
「ほう…」
ハコザは不敵にほくそ笑んだ。
「連中は『魔術大学の卒業試験において卑劣極まりない殺人を犯したハコザ教授に裁きを下しに来た』などとわめいているみたいなんですが…」
報告者の言を聞いて、シンパ達は揃って顔を青くした。もちろん思い当たる節があったからだ。
「ほうほうほう」ハコザは一層気味の悪い笑い声を上げて「深刻な痴呆に悩まされる老いぼれ学長の教え子達が、その師匠譲りの臆病でチンケな魔術力故に全滅 寸前という惨事を引き起こした卒業試験の結果を、この期に及んで何を血迷ったか、この私にでっち上げた濡れ衣を着させて情けない自己弁解をしようっての か。こざかしい」ハコザはにやけながらグラスを床に叩きつけて割った。すぐに傍らの執事が破片を集める為にかがんだ。「とはいえ、たとえ頭のイっちゃった お馬鹿さんでも、この私に悪口を言うのは頂けないねえ。そういう身の程知らずの素人は、こんな風に」とハコザは右足を蹴り上げた!ハコザの割ったグラスを 片付けようとしていた召使の体が浮き上がり、天井まで叩きつけられ、そして落下した。「痛い目に合わせないといけません。体で教えてあげるんです」ハコザ は教室で生徒に魔術の講義をする時のような演技をした。取り巻きが調子を合わせて笑った。激しく蹴り上げられ、天井に激突した執事はうずくまって、痛む背 と腹を両手で押さえながら苦しみ悶えている。「どれ、そこの吹き抜けからそのお馬鹿さんが見下ろせるかな」
ハコザはずかずかと歩いていって部屋の扉の前に立った。
側の従者がそのドアを開けようとするのを待たずに、腕で大きな扉を粉砕して廊下に出ていった。
取り巻きが後に続いた。
「宴会にちょっとした余興はつき物だよね」ハコザは口元をにやつかせている。そうだ、事は計画通りに進んでいる。よく逃げずにやって来た、タイジくん…。そして、マナ・アンデン。お前を今日まで生かしておいたのには、理由があるんだよ。くくく、すべて、思い通りだ…。

「聞け!てめぇら!」
吹き抜けの大ホールの中心に、サキィは仁王立ちになっていた。鋭い野獣の歯を覗かせ、声を張り上げ、今まで隠されていた真実を語っていた。
「て めぇらが一生懸命崇めてるハコザとかいうやつは、とんでもねぇ人殺しだ!俺は隣国のしがない鍛冶屋の息子ぉ!そうだ!てめぇら魔術大学の卒業生達が試練に やってきた!あの!洞窟!俺は、俺もそこで一緒に戦った!そして、ついに真相が明らかになりやがった!いいか!魔術大学の死んだ七人の学生は単なる異生物 にやられたんじゃねぇ!ありゃ陰謀だったんだ!ハコザの罠にかかって、それで死んじまったんだ!」
「威勢は良いんだけど、よく聞くと何を言ってるかいまいちわかんないね」
マナは足早に人の波をかき分けながらタイジに言った。
「サキィはよくやってるよ。あいつの声、頭がガンガンするほどうるさいもん」
タイジも先を行くマナを見失わないように、何事だと集まり始める野次馬の合間を縫って進む。
それにしても凄い人の数だ。
宴はまだ始まって間もないというのに、陽気ななりをした連中が、酒を片手にひしめき合っている。
こいつら皆ハコザの手下なのか?だとしたらサキィもちょっと一苦労かもしれないな。
ハコザがタイジを誘ったことで、これが罠だということは分かっていた。
しかし、それならば敢えて正々堂々と正面から攻め込んでやろうじゃないか、とサキィはいきり立って言った。結果、サキィは陽動役を引き受け、手薄になったところでマナとタイジが悪の親玉の暗殺に向う。
待ってろ、ハコザ。
お前を必ずあの世に送ってやる!

「その者はハコザ様に楯突く愚かな賊ぞ!」
「ハコザ博士を暗殺せんと目論む悪しき男なり!」
「尻尾生やした中途半端獣人め!亜人のクズネコちゃんめ!」
「ニャーっと鳴いてみろ!ニャー!あだ名はくずにゃん!
「生け捕り、もしくは討伐した者にはハコザ様から特別の褒美があるとたった今、ハコザ様からお申し付けがあった!」
「やっちまえ!やっちまえ!」
サキィはパーティーにやって来た連中にぐるりを囲まれ、左手に盾を装備し、右手は抜き放った柄部分に風車を擁した剣を握って、そしてうっすらと笑った。
「おう!どこからでもいいぜ!命が惜しくないやつはかかってこいや!」
無 軌道だった十代の頃を思い出す。まだ超人でもなかった頃、仲間とつるんで夜の街を馬で暴走し、バーの倉庫から酒瓶をしこたま盗んで飲み明かし、酔っ払いや 浮浪者を見つけては集団で襲い掛かって金品をまきあげ、別の不良集団との喧嘩に明け暮れて生傷を全身に作っていたあの頃。
だけど、俺はいつの間にか一人になって、こうして周囲を敵に囲まれた。仲間は皆、俺を裏切った。
これはあの時の俺…孤独の中に置かれ、その孤独と戦い、そして敗れたあの戦へのリヴェンジマッチだ。
俺は仕事仲間の助けを敢えて請わなかった。あいつらには迷惑はかけられねぇ。
これは、俺自身の闘いだと思っている。過去との決着!
「骨までしゃぶっるっれぅぅうぇええいいいぃ!!」
頭の天辺にだけ髪の毛の残った見るからに豪傑といった男が、給仕からぶん取った酒の大瓶を手にして飛び掛ってきた。
「ザコだ、ふざけんな」サキィは剣を素早く一振り!弓なりにカーブして描いた斬撃は男のビンをスッパリと割り、胸元に鮮血の一文字を作ってやり、そしてズ ボンを切り落として下着を丸出しにさせてやった。「言っとくが、超人で、しかも本当に腕に自信のあるやつだけにした方がいいぜ!今はまだ俺も手加減してら れるが、そのうちノってくると、命の保障なんかしてやれないからな!」
そうだ。なるべく手強い奴を俺のとこにひき付けておくんだ。腕自慢や、超人の騎士、貴族、そして魔術師達、俺がここでそいつらを食い止めておく。その間にあの二人がハコザのクソ野郎をやっちまってくれりゃ。
「かかれー!!」一斉攻撃!血気盛んな男達が飛び掛ってくる。
「馬鹿か!おめぇら!」サキィは歯を食いしばった。手加減はいらねぇんだ。昔みたいに、本気で相手を殺してしまうつもりでやっていい。でないとこっちも全く危険が無いとも言い切れない。「それれれれれ!バァァバオライイイレイイイイィイ!!」今と昔…変わらない…いや。
大ホールに怒声と血飛沫が舞い上がる。
「だから言ったろ!知らねぇぞ」サキィは血のりのついた剣を振り払う。ヴィッと赤い液体が線を描いて迸る。そして余裕の笑みをニヤッと見せる。尻尾は上機嫌にくるくるしてる。
「魔術だ!」
屈強な男達があちこちを斬られて倒れ去った後、ハコザの教え子と思しき何人かの魔術学生がサキィから間合いを取った状態で魔術の詠唱を始めた。
四方からの一斉射撃。
それに対しサキィは「へ、来たか。遠くからコソコソと、臆病な魔術師たちめ!ハハハハ、ハハハハ、ハーハッハハハッハアハア ハア!だが、それも今の俺には通用しない!」サキィは苦手なニンジンをバッキバキに刻んでやるぜと言わんばかりに大笑いをし、そして右手で握った剣の刃を 左手で掴み、目を閉じて素早く精神集中をし、その刀身にエネルギーを注いでいく。
「なんだ?この魔術の猛攻は避けられないと観念したか?」愚かな敵の声。
今と昔、変わらないようで、違う。俺はこの国に来て、タイジとは別の、仲間を持った。そいつらと一緒に戦うことで、俺には身についたものがある…
魔術師の詠唱よりも早く、サキィは超人の力を伝導させた剣を横様に振り払った。
剣先は光溢れ、その超スピードの太刀筋は煌く流れ星の如き帯を有している。「流星閃!」
必殺剣、流星閃!
超人の力をもってしか繰り出し得ない剣技。剣術。その剣が間合いの外にいる筈の魔術学生達を次々と薙ぎ払っていく!
「ぎゃあああああああ」
「いでぇぇよおおおかあちゃああん」
そうだ…この技がある限り、俺は仲間の力を借りずとも、勝算がはじきだせた。この宴にゃ国のお偉いさんも来てるみたいだからな。そこで、派手に俺らが暴れて顔と名前が知れ渡っちゃマズイ。汚れるなら、俺一人で良い。あいつらの生活を奪う権利は、俺にはない。
「く…くそ、なんて戦い方するんだ、あの猫野郎」
「おい、こいつ眼をやられたぞ!早く手当てを!」

サキィは吠える「どうだぁ!ゴルァ!これでも、まだ俺の命が欲しいなら、遠慮なくかかってこいってんだ!」名前が知られちゃマズイ?保身とは、俺も年を取っちまったもんだ。

一方、マナとタイジは館の最上階に来ていた。駆け足で大階段を駆け上がり、恐らくハコザいるのではないかと思われる奥の、奥の部屋を目指す。
「あの、大扉!」意外にも館の最上階は人の気が少なく、今一階のホールで起こっている騒ぎは一体なんだろうと当て推量を楽しんでいる呑気者と、飲食物を運んでいる気弱そうな使用人がちらほら散見された程度だった。
タイジが指し示した奥の扉には、いかにもという雰囲気が漂っていた。
この扉の先には探し求めているボスがいるに違いないというあの期待と直感。
「ハコザはあそこか?」言いながら通り過ぎた右手の扉が、斧で斬りつけたように破損していたのも気になりはしたが、恐らく僕たちの倒すべき仇敵は正面の扉の中にいる!
「間違いないね、あのドアからはゲロ以下の匂いがぷんぷんするぜぇ!」

扉の付近に護衛の一人もいなかったのは少々不審ではあったが、マナは思い切って扉に体当たりした。緑に変色した髪の毛が美しく舞った。
部屋に飛び込むと闇が二人を迎えた。
廊下の光が差し込んで、薄闇の中に絨毯の豪華な模様だけが浮かび上がる。
窓は閉め切られて、夜空の星が煌いている。
「ここに…ハコザが…」マナが呟く。
すると、部屋の隅に置かれた蝋燭に灯が灯され始める。ヴォシュッ、ヴォシュッっと一つずつ順番に、礼儀正しく。ところで電気も無いこの時代にどうやって?魔 術は生物以外には効果が無いし…という疑問は「マナ…」という薄気味悪い声でかき消される。あの声だ。背筋に何かのっぴきならない不安感を走らせる、威圧 的で悪の香り漂う闇の掛け声。「…アンデン。そしてその恋人であり、魔術学史に名を残す少年、タイジ君」ハコザの声がする。姿は見えずに。明るくなった部 屋に宿敵の声だけこだまする。
「どこだ!ハコザ!姿を見せろ!」
「ふふふ、ククク。姿を見せろって?」ハコザの声は絨毯が敷かれただけの何も無い一室全体から聞こえてくるようだ。「私が姿を見せてやるに足り得る域に、君達の超人水準は 達していると?君達には私の姿を見せてやるほどの価値があるというのか?まず、肝心なのはそこだよ」ハコザの余裕を含んだ前口上が続く「私の首を取りに来 たのだろう?それは結構なことだ。私は逃げも隠れもせず、いつだって身の程知らずの愚か者の挑戦を受けてやるつもりでいる。それが人の上に君臨する者の務 めでもあるし、サガでもあるからな。君たち二人を今日、この瞬間まで生き長らえさせてあげたのも、上に立つ者の大いなる慈悲の心ゆえにだよ、理解できるか?私の器の広さ、このボンディ領の大地よりも大きいよね。だが、そうはいっても、現時点で君達が私と戦うだけの力があると私は見做してはいない。少なくとも今の時点では。私の絶大な力の何万分の一しかないレヴェルでは、せっかく私が出て行っても肩すかしにあってガッカリするだけだろう。この私がね」
こいつは、何がなんでも自分を高めておきたいんだな。
タイジは心底ゾッとした。その醜悪さに。その歪んだ心に。
「だから、私の相手をする前に、果たして私が損をしないかどうか、私が君達と戦ってそのあまりに呆気ない死を二人仲良く迎えることで、私を失望させないか どうかを試させてもらうことにした。せっかく私に名指しで挑戦をしてきたんだ。そのお願いを聞いてあげないほど私もケチじゃない。君達が私のテストさえパ ス出来れば望み通り勝負してあげなくも無い。な、優しいだろ。もちろん、そのテスト段階で君達が全滅しちゃう可能性だって充分あるけどね。いや、そっちの 可能性の方が高そうだな」
「バカヤロー!」マナは怒りの声を上げた。「人を馬鹿にすんのもいい加減にしろってんだ!ボクの友達をつまらないことの為に殺しておきながら!絶対許さないんだからね!」
「ふふーん。じゃあ、やる気なんだね。さしずめ今の話を聞いて怖くなって尻尾巻いて逃げ帰っていくんじゃないかと思ったよ。そうそう、尻尾といえば、下で 暴れている君たちの友達。彼も礼儀を知らない田舎者だね。これだから東南国の出身は…揃いも揃って田舎者ばかり。はぁ~」卑劣で貪欲で醜悪なハコザ博士! 「それじゃ、君達の相手をしてくれる心優しい私の大事な教え子達を紹介するよ。でも、もしかしたらそいつらが君達を片付けちゃうかもしれないがね。せいぜ い、死なないように気を付けな。ま、無理だろうけど」
教え子?
ハコザの生徒と戦うのか?
タイジが疑念を抱いた刹那、足元がズルズルと滑る感覚がした。
いや、絨毯が引きずられているんだ。マナと共に不安な足元から跳躍してみると、絨毯は前方に集められ、もごもごと蠢き、そしてそれを千切って何かが出現した。蝋燭の灯に照らされて一体の異生物がそこにいた。
「まさか!」
熊のような体躯をした異生物。だが、頭部の他に、腹部と両膝に一つずつ、計四つの顔がある。どれも苦悶の表情を浮かべ、理性の抜けた目つきでこちらを睨みつけている。
「こいつは…」
タイジは戦慄した。
一瞬、禍々しくも苦悩に満ちた怪物の四つの顔が、彼が以前、一度だけ出会った事のある人物たちに見えたからだ。
あの奇抜ななりをした魔術師学生達だ…国境を越えるとき、あのはじめの旅籠で遭遇した、粗野なハコザの信奉者たち…僕がこの大学に来てから一度も姿を見せなかった…「なんてこった…まさか、こんなことって…」
「四つの複合」があらわれた!!
卑劣。悪逆。残酷無残。血も涙も無い男、ハコザ。またしてもマナに同じ学生を殺させようとするのか。
「四つの複合」
は二足歩行の魔獣然とした異生物。
鋭い爪を配した両の手、腕は太く筋肉が異常な盛り上がり方をしている。
腹部にも顔があり、股を大開脚して地に立っている。
「間違いない……あいつらだ…」
タイジは奥歯を噛み締める。
はじめの旅籠で卓を共にした、奇抜な風体の四人の魔術師学生たち…こんなにも醜い姿になって!
アナァァァァッァァアキィィィィイイイイイイ
哀れな合体異生物はダバダバと走り出し、マナとタイジ目掛けて性的な弾丸のように突進してきた。
マナは左手に、タイジは右手に跳躍して異生物の攻撃をかわしたが、四つの複合はそのまま向きを変えずに部屋の扉の横の壁にぶち当たり、壁全体にヒビを走らせてうずくまった。
タイジとマナは胸を打たれた。
なんてことだ!
こいつには理性が無い。
イノシシのようにただ突進し、そのまま受身を取ることなく自爆して頭を押さえている。
タイジは部屋の対極にいるマナの顔を見た。
マナも、この異生物が元はあいつらだったんじゃないかと考えているようだった。それ故に、悲痛の面持ちで、同じ学生であった者達の変わり果てた無残な姿を哀れんでいる。
同じ釜の飯を食った!
本当にこいつを攻撃していいのかと躊躇っている。髪の色が緑から黒に戻ろうとしている。血の気が引いていってるんだ。
そうか、ハコザ。それが狙いか。
「マナ!こいつとは僕が戦う!」
タイジは意を決した。
今、マナの闘志を落とすわけにはいかない。僕が、こいつを、片付ける。そう、あの魔術大学で実験台になった鼠や虎のように。情けなんてかけてやらない。
「こっちを向け!僕が相手だ!」
四つの複合は振り向いた。
そして手招きをしているタイジを見て、それを標的だと認識した。正に野獣のように低い唸り声を上げ、タイジ一人に照準を絞り込む。
「お前が、元は人間だったかどうかは知らない。たとえ、顔見知りだったとしても…」視界の端でマナが泣き出すのが見えた。「そんなことは関係ない。悪いが、僕は、お前をためらい無く倒させてもらう」マナが泣き崩れる。
関係ないさ。
タイジは革の肩掛けカバンをビリリリと引き裂いて、中に仕込ませてあった弓矢を手にとった。小型だが鋭利な矢が充填された矢筒を背中にセットし、一本取り出して弓を引き絞り、そして矢を異生物目掛けて撃ち放った。「どうした!?」
何本も矢を放つ。顔を狙うんだ。異生物は飛んでくる鉄の矢を太い腕で払いながら、尚も突進を始める。
ユウウウウウゥゥゥゥケェェッェエエエエエエエエエ
そう、突進しか出来ないんだ。
深い情緒も、大切な叡智も完全に欠けている。
かつては豊かだった実りを捨て去り、行き止まりの思考の袋小路に向って一直線に進むことしか出来ない。哀れだ。本当に哀れだ。
スピードはあった。確かに、まともにくらえば骨が粉砕してしまいそうな攻撃力かもしれない。だが「サキィに戦い方を教えてもらうんだな」接近戦となれば不利である筈のタイジはしかし、床に転がっていた絨毯の切れ端を引っ張って持ち上げ、その覆いで以って敵の突進をやり過ごし、更に後方に跳躍して魔術の詠唱に入る。
パープルヘイズだ。
ヘェェェェエエンンンドリィィイイイイイクッッスススススス
雷が魔獣の体を麻痺させる。
スタン効果により、余剰の時間が発生する!
「僕もな、遊んでたわけじゃないんだ」
タイジは背中から矢を四本、取り出した。そして、四本同時に弓を絞る。
右手の親指と人差し指の間、人差し指と中指の間、中指と薬指の間、薬指と小指の間、計四本の矢。
あの構えは!マナは恐るべき想像に顔を強張らせながらも、タイジの指先を見つめる。タイジは矢を四本同時に撃とうとしてる。だが、ただ同時に撃とうとしているだけじゃない。タイジの指に挟まれたそれぞれの矢に光が宿っていく!
矢に、雷の力を注ぎ込んでいってるんだ!
初めて見る!初めて見る戦術!初めて見る、幼馴染の凌駕的勇姿!

その時、マナはマジで恋する五秒前だった。
四、三、二、一。
「死ねぇぇぇ!バケモノォォオ!!」
タイジの気合と共に、電気を帯びた矢が四本、放たれた。
驚くべきことに、タイジは意識でその矢の軌道を操ったのである。
僕は、雷を、操る。矢に宿した稲妻は、僕の、意のままに、動かせる。
ザックヒル!ザックヒル!ザックヒル!ザックヒル!
四本の電気を帯びた矢は正確に四つの複合のそれぞれの顔部に命中した。
全く信じ難い光景であった。今や、タイジは制御された己の力でもって異生物を撃沈させたのだ。魔術と武具のいずれをも器用に操作し、あっとういう間に勝敗をつけたのである。
「すんごぉおおい、タイジ!」
マナは喜びの声を上げた。喜び。戦闘に勝利したこと以上に、彼女には喜ばしいことがあった。タイジ!強なったなー。
だが。勝負はついても戦闘は終了していなかった。四箇所の急所を同時に潰された異生物は、体を捻りながら、その四つの顔から煙を噴射させたのである。
そう、いわゆる一つの自爆技である。
ハコザによって命を操作された悲しき生ける兵器は、ただで死ぬことすら許されていなかった。
体中から真っ白な煙を放射させながら、ゆっくりと朽ち果てていく。
ピストオオオオオオオオオオルウウウウウウウウズズズズズズウウウウウウウウウゥゥゥ
四和声の断末魔。
「うわっ」
タイジはすかさず更に窓よりに跳躍し、口と鼻を塞いだ。
しかし、マナは異生物の体から突如噴出された煙に巻き込まれてしまった。
「マナ!マナ!大丈夫か?」
タイジは呼びかけた。しかし、煙が充満していてマナの姿は確認できない。これも、狙いだったのか、ハコザ!
もくもくと、あっという間に部屋は淀んだ空気に満たされていった。

その頃、一階ホールは既に血の海と化していた。
サキィは飛び掛ってくる剣や斧や槍などといった武器を握った超人たちを右から左に前から後ろにザックザクと切り刻んでいき、遠くで魔術を唱えようとする者には流星閃で先手を打った。
「てめぇら!そんなに」大きな鉄の棒を振りかぶって襲い掛かる一つ目の大男の二の腕を切り飛ばし「ハコザが好きか!?そんなにあの男を慕っていたいか?」鎧に身を包んだ羽の生えた騎士が槍を突き刺して突進してくると、盾で槍を受け流し身をかがめて脚部を切り払い「あいつは、殺したんだぞ!大学生を、自分の都合の為に!そんなやつの言いなりになっていたいのかってんだ、おめぇらは!」法衣を着た壮年の魔術師が両手を胸の前に合わせて魔術の詠唱を始めると、必殺剣による複数攻撃技を飛ばす。「ハコザがそれでも正しいと思う奴は俺がぶっ殺してやるぜ!」
サキィが剣を振り回すと誰かが床に倒れ、次々にうずくまる負傷者の群と滴る血の流れで、辺りは地獄絵図へとまっしぐら。
「ぅぅ、け、けど」声があった。
サキィは小さな呻き声を上げたその男に近寄って言った。まだ若い。魔術学生のようだ。いつどんな風にこいつを斬ったのかなんて覚えていない。
「なんだ、てめぇ!言って見ろ!」倒れていたところを腕で胸倉を掴んで起こしたそいつの顔は流血で真っ赤に染まり、痛みで苦しみの表情を浮かべている。「おい、なんだ、てめぇ!魔術アカデミーの学生だな?てめぇも、ハコザの陰謀を知ってたんだろ!」サキィはカツアゲでもする時のように激しく問い詰める。
「や…ゃりたくて、ゃったん、じゃ…ない。僕らは、逆らえなかったんだ。ハ…ハコ…ハコザ…」ゲヴォォ。魔術学生は血反吐を吐いた。サキィは汚れた左手を、だが全く意に介さない。「ハコザ先生を、逆らう…こと、なん…て、できない。我々は…し、従うしか、なかった」
そうか。
サキィは掴んだ男をぶんと投げ飛ばすと檄を飛ばした。
「いいか!よく聞きやがれ!この臆病者ども!従うしか出来ねぇカス野郎ども!俺は昔、てめぇらみたいに徒党を組んでツルんでいた時があった。だが、いつしか仲間のやり方に納得がいかなくなった俺は、連中とそりが合わなくなっていき、やがて連中の罠にはまって袋叩きにされた!それでも、俺は自分の信念を曲げなかった!」サキィの声に誰しもが動きを止めた。「てめぇらは敗者だ!とんでもねぇ負け犬だ!だが、それは俺の剣に負けたからじゃねぇ!真の敗者とは、他人に調子を合わせようとして、自分を偽ろうとする臆病者のことをいうんだ!お前達のことだ!ハコザを正しいとは、本当には思っていないんだろ!それでも奴が恐いから従っている!それが負けているっていう意味だ!そうするしかなかっただと?ハコザに従わざるを得なかったからやっただと?ふざけるな!お前らは自分の人生に負けてやがんだ!」
誰も反論はしなかった。サキィの無防備な言葉に、誰しもが思い当たる節があったからだ。
その時。
「さわがしいな」
階段の上から落ち着き払った声が響き、豪華な鎧に身を包んだ騎士が一人、現れた。
静まり返っていた群衆がまた俄かにどよめき始める。「おお、あの方は」
「ここにいらっしゃっておいでだったのか!」
「あの方は、間違いない。キィチ様!伝説の聖騎士キィチ様!」
キィチ・ブライ・アンストンズ。
中央国一の剣の使い手として名高い王宮騎士。
数多くの戦で功績を挙げており、王族からの信頼も厚く、彼を慕って弟子入りを願う剣士が後を絶たない。その磨かれた剣法は古来からの伝統にのっとったもので、彼と剣を交えた者はまるで数百年の剣の歴史そのものと対峙したかのような絶対的な時の重みを感じるという。
そして相手に応じて無数に用意されている型の豊富さには、いかなる挑戦者からの一撃も通用しなかった。
非常な保守派としても知られ、現王権を担うのが頼りない若王子であっても、王宮がその権力を絶大なままに保ち続けていられるのは彼の武勲があってこそと言われていた。騎士団の統率力にも優れ、王宮騎士団長よりも遥かに剣の腕と実質的な権威を有していた。騎士団長が王族であることを疎みこそすれ、それを逆に利用して己の立場を安定したものにしていく政略は見事の一言につきた。
六十を過ぎてもその性欲は未だ盛んで、彼が十七歳の頃には既に二人の子供がいたという逸話や、彼の後宮には百を越す美女が出入りしているとか。更に無類の酒好きである上に、酒癖も悪く、酔った時には政敵への痛烈な悪口を叩いたり、ある時は自宅のプールの底に沈んでいたのを妾が発見したとか、正に伝説の名を冠するに相応しい男である。
他にも武芸全般にわたって心得があり、剣や槍の他に弓矢や異国の銃器、特殊武具も使いこなす。博学の王としても知られ、その膨大な剣法理論を体系化して記述された書物は王宮騎士を目指す若者の必須の書とされ、また定型詩を好んで詠むことでも知られている。
そのような大人物が、今宵、ハコザによって招聘され、この場に居合わせていたのである。

「皆の衆、!下がりなさい!愚かな蛮族は我が剣で一撃の下に仕留めてみせよう!」
人々は胸を撫で下ろし、期待を総てキィチ・ブライ・アンストンズに注いだ。
「反逆こそが美徳、そのようなことを宣言していたな、若き獣人よ」キィチは大振りの剣を召使いの一人から受け取り、その大剣を鞘から抜きながら階段を下っていった。「だが、闇雲に反抗心をたぎらせるは愚か者のすること。従うことは敗北ではない。そは策略なり。すなわち、知恵だよ。さぁ、悪魔を憐れむ歌を歌ってやろう」自信たっぷりのキィチ。
人々はキィチの剣を見て感嘆の溜め息をついた。
なんと豪華で趣き深い輝き。きっと世界に一つしか無い伝説の一振りに違いない。
キィチはサキィを真っ直ぐに見据えると構えをとった。
そう、大切なのは構え。
それは同時に積み重ねられてきた剣の歴史の結晶。
何事も温故知新が肝要である。デタラメな発想では何も生み出せまい。基本に忠実であること、ルーツに執着してこそ、真の武芸は成り立ちうる。お前のような非常識者なぞ、見ているだけで虫唾が走る!
「説教は嫌いだね、昔から…」
サキィは剣を果敢にも大上段に、一息に飛び掛る!
野生の跳躍!しなやかな獣の筋力を用い、サキィの剣が稀代の老騎士に襲い掛かる。
「おお!」
「アンストンズ公!」激しいつばぜり合いに歓声が沸く。声援が上がる。
サキィの剣筋はまるで、
予め動きを読まれているかのように、キィチに阻まれる。上からも、右からも、キィチは素早く対応し、相手の剣を己が剣で受け止める。まるで手玉に取るように!これこそがキィチの誇る万能の構え!
「どうかな?理解頂けたかな?私はあらゆる型をマスターしている。君の剣は私には通用しない」
「ぐぐ…」
サキィの剣法は基礎こそ、
幼少の頃に厳しい父親より教わったものだが、基本的には我流であり、彼の師はほとんど、その命を絶ってきた異生物たちであった。異生物の多くは武器を持たぬ獣と同様。その兵法は野蛮で原始的なもの。
サキィの剣筋は化物相手のそれにシフトされすぎていた!
「君の太刀筋など、まるで初心者のそれと同じだ。基礎が滅茶苦茶。乱暴で、私のような熟練者には、すぐに見破られてしまう稚拙な代物…」キィチは笑みをこぼしながら「若さは罪だ。ついつい、思い上がってしまう、この程度で」サキィの攻撃をかわし、払い、追い詰める。
「クッソ!……まずいっ」
獣人の剣士は遂に体勢を崩す。キィチの巨大な剣がサキィの頭上にあった!やられる!
ファーーーーーーーーーーーーイ
「それは相手が複数でも、いいのかな?」
赤毛が舞った。
けたたましい破裂音と共に、援軍が到着した。「マコト!」
猫族美男子サキィの体を押しのけ、戦線に躍り出たは狐族美少年もとい少女のマコト。
サキィは弾き飛ばされたことでキィチの一撃を避け、受身を取って床に屈む。彼方を見ると、館の壁に大きな穴が空いている。あそこから入ってきたのだろう。無茶しやがって。
「なるほど、仲間がいたか。だが、二対一でも三対一でも、私にはそれに対応した構えがある。さぁ、かかってきなさい」と、老剣士は甘いほほえみを見せる。
「言ったな、コイツ!」とマコトもにやけた顔を作り、愛用の戦斧を構えると、後方を振り向き、威勢良く言い放った「聞こえたか!ゲン!お前も参加していいってよ!」
サキィはキィチから受けた傷の手当てを、タイジから渡されていた軟膏を用い簡単に済ませながら、ほくそ笑んだ。「そうか、ゲンも来てくれたのか。あの壁のどてっぱらはあいつが…」のっそりと、巨漢の弓使いが姿を現す。
「ああ、頭領!」若き狐の女剣士は「あんたはオレたちを巻き込みたくないようだったが、オレには、あんたへの借りがある。だから、ホントはオレ一人だけ、こっそり来るつもりだったんだ。けど、あのウスノロ、肝心な時だけカンが良いから、ついてきちゃったんだ」と自らの上司に侘びを入れ「ということだから、ジジィ、多勢に無勢で、あんたを殺しても、恨みっこなしだぜ!」相手の重騎士を見据えて言う。
「もちろん。素人の集団が増えたところで、私の勝利は揺るぎない。好きな攻め方で、私に挑んできなさい。如何なる戦術も、我が鉄壁の兵法の前には無力ということを痛感させてやろう。無情の世界というものを味わわせてやろう」
サキィは再び剣を構えて立ち上がった。俺は何て幸せもんなんだ。頼みもせず、断ったのに、こいつらはやって来た。俺を助ける為に…
今、俺にも仲間がいる。こんな俺にも…

タイジは煙に包まれたマナを案じた。
毒ガスか?怪しげな術の一つなのか?この煙は一体…。
危険かも知れない。
もうあの異生物の気配は完全に消えたと思われるが、迂闊にこの中に入っていくのも憚れる。でも、助けに行かなければ!幾ら呼びかけても返事が返ってこないことに業を煮やしたタイジが、一歩を思い切って踏み出そうとしたその矢先。
バリィィイインと窓が割れた!
国立魔術大学魔術学部副学部長、ハコザ博士の登場である!
窓の外、夜の帳の彼方から、ガラスを破って!タイジのすぐ目の前に、飛び込んで来た。「くゎ!」まずい!間合いが近すぎる。
「お見事だよ、タイジ君」
ハコザがそこにいた。
鴉を思わせる黒装束と狡猾な顔立ち。頭には金のサークレットをはめており、額の位置に埋め込まれた銀色の宝玉が陰険な光を放った。ハコザに近づくと僅かに香水の香りがした。それを感知するよりも早く、抜き放った細身の剣の刃が迫ってきた。
タイジは上体を逸らして剣をかわした。間合いを、取らなければ!ハコザと戦う覚悟は出来ていたとはいえ、まさか魔術ではなく剣で攻めてくるとは!
「ほれ!どうした!ん?」
ハコザはニヤつきながら細身の剣で突いてくる。
昔、針のお化けに襲われる夢を見た。何本もの太い針に串刺しにされる。体が穴だらけになって…とても恐い夢だった。今がそれだ!タイジはなんとしても距離を取ろうと攻撃をかわし続ける。
「ホレ!ホレ!どうした、どうしたー?ん?」ハコザは楽しんでいる。格好の獲物を見つけて、時間を掛けたっぷりといたぶってやろうという魂胆。「魔術学史に名前を残す偉大な魔術師のタイジ君?医学の歴史に革命的な発明者の名を点じたタイジ君?どうした?遠くからじゃないと戦えないのかね?あーん?」
防戦一方では不利になるばかり。
タイジは背に装着していた盾を手にとって、ハコザの剣を受け流そうとした。しかし、それは叶わず、ハコザの剣はタイジの軽量の盾を突き抜けて彼の腕に赤い筋を作った。
痛い!血が!
だが、一瞬のチャンスでもあった。ハコザの細身の剣は盾に突き刺さっている。ハコザの動きが、ほんの僅かだが、止まっている。
タイジは弓の籐をハコザの顔面目掛けて打ち付けると、盾を手放して後方に大きく跳躍した。
マズイよ、完全にピンチじゃないか。接近戦であんなに攻められたら…切り裂かれた腕から血がポタポタと垂れている。
「やっと私から離れることが出来たね」ハコザは楽しそうに言った。「さ、どうする?お得意の魔術でも試みてみるかい?」圧倒的余裕。
やるしかないか。ふと、タイジは煙が晴れつつあるのに気がついた。そして、発見した。床に倒れているマナの姿を。
「マナ!どうした!大丈夫か!?大丈夫か!?」タイジは駆け寄る。倒れた仲間に。愛しき女に。「まさか、死んじゃったんじゃ」
「タイジ君。そんなんじゃ君は落第生だよ。試験だったら赤点。単位は上げられないからもう一年やってもらうことになるよ」ハコザは告げた。「なに、よく観察してごらんなさい。ただね、眠ってるだけなんだよ」
タイジはマナの顔に自分の顔を近づけた。呼吸はしている。大きな瞳を閉じて、無邪気な口元を閉じて、こいつは眠っているのか?
「マナ!マナ!おい、しっかりしろ!おい」血の流れる赤い腕で揺すぶってみるが反応は無い。
「ホレ、タイジ君。王子様のキスでお目覚めしてやったらどうだい?」
「ハコザ!お前、一体マナに何をした!」
「なに、私は本当のことしか言わない人間だよ。彼女は深い眠りに陥っているだけさ。ホントだよ」ハコザは指輪をはめた右手で髪をかき上げた。「異生物の研究をしているとね。面白いことが色々分かるもので、その、さっき君が見事打ち負かした『四つの複合』の『ベース』には、強烈な睡魔を催させる煙を吐き出す習性があるんだ。催眠ガスを体内で精製し、それをまき散らす習性がね
確かに外傷は無い。毒物の類でもなさそうだ。
マナは、まるでおやすみを言ってベッドにもぐったようにぐっすりと眠っている。「催眠ガス…?」タイジはハコザに背を向けたまま言う。
「並みの人間がかいだら二三日は起き上がれなくなるぐらいの強力なやつさ。成分はよくわかっていない。しかし睡眠薬の一種として薬学科の連中によって研究もされているらしい。私は異生物オタクじゃないから詳しいことは知らないんだけどね。医療棟に所属してる君なら知ってるんじゃないかと思ったが…あいつを捕獲する時は眠らされないか、大変だったみたいだよ
「あの異生物は…」タイジの怒り。「もとはお前の教え子だったんじゃないのか?もとは人間だったんじゃないのか?」
するとハコザは両手を大きく打ち鳴らし、タイジに拍手を送った。
「おめでとう!タイジ君!君は合格だよ!」
「なんだって?」
「私の言った通り『祓魔師のチューブ』は持ってきてくれたかな?あれは実は一点物でね。さきほどの『四つの複合』はレプリカの筒を使って配合したんだが、やはりいまいちだったよね。でもね、本物の祓魔師のチューブなら、異生物の体から取り出して配合の上書きがいくらでも出来るし、修得していた魔術も継承できる…ブラウンシューとか使ってこなかった?あれは珍しい魔術だからね…そして、オリジナル版は配合させればさせるほど強さも上乗せ出来るんだ。だから君達が魔術師大学卒業試験生ご一行を葬ってしまったと聞いた時は、しまった!っと思ったけど、わざわざ私の元にオリジナルのチューブを持ってきてくれるとは…君には大変感謝をしたいのだよ。だから、君にご褒美を与えないとと私は考えた。そして君の強さはそのご褒美を受けるに充分だと今、確信できた」
「き…きぃさぁまぁぁ」
「祓魔師だなんて、よく言ったものだろ?その筒は北東連邦のある一部族が悪しき精霊のお祓いに用いていたものを、使い方が間違ってると叱責して私がある人物に頼んで調達してきてもらったものさ」ハコザは髪をかきあげ「そう…超人も異生物も、死して肉体が消滅する時、超級成分を分泌する。大気中に発散されたそれを、その筒でなら回収することが出来るんだ。つまり超人の持っていた能力だけを保存することが出来るんだ。それを異生物の体に埋め込めば、融合させることが出来る。簡単だろ?そしたらもう、理性なんていらないんだ…異生物となって生まれ変わり、苦悩も不安もない人生を送ることが出来る。何も、悩むことはない。何も!何故なら私の命令だけを聞いて生きていけばいいのだから!私の手足となって、私に従うだけの生き方!それが!幸せ!その上、好きな女と一緒になれるんなら君も本望だろ?」
殺してやりたい。この男を!今すぐ!
「ハコザぁぁあああ!!」
タイジは全身の力を集中させて詠唱した!
purple haze all in my brain!!!!!
これまでに唱えた中でも特大級の雷撃だった。
部屋は真昼のように明るくなって辺りにパチパチと強力な電磁波が爆ぜた。
たとえ幻とはいえ、普通の人間なら確実に即死、家屋に直撃すれば跡形もなく吹き飛ばしてしまうほどの威力であった。
その致死的落雷幻術は、タイジが今世界で一番抹殺したいと願った男に、確実に命中した!猛る轟きと共に、憎い相手を、紫の稲妻で打ちのめしてやった。

だが「ファーハッハッハッハッハ!」直撃したはずのハコザは無傷だった。
息を切らしながらタイジは「そんな…嘘だろ」こいつに、僕の魔術パープルヘイズが全く効いていない?タイジはすかさず第二撃を放った。
ジミィィィィィィィィィィィィィィィィ
雷光は発生する。
だが、ハコザの体に傷一つつけられない。
「ふふふ、くくく、しゃしゃしゃ!まぁ、あんまり意地悪するのも失礼かと思うから教えてあげよう。私に魔術は通用しない」ハコザは腕を広げて芝居めいて宣言した。何日も欠席していた生徒が久々に学校に登校して、もう風邪は治ったよ!と友人の前でアピールするかのように。満面の笑みで。「魔術大学を代表する者は、あらゆる魔術の上に立っていなければならない。当然私は現行の魔術を総て完璧にマスターしている。その威力は誰よりも上回っている。だが、それだけでは真に魔術を支配したとはいえない。私には…」ハコザは絶好調の狂気を見せる。「私はぁ!あらゆる魔術を!克服している!私に対して放たれる魔術攻撃は総て、無為に帰す!私に幻は通用しない!」
じゃ、じゃあマナの魔術も効かないってのか?
タイジはハコザの言葉を疑いはしなかった。もともと魔術なんてものには縁がなかった人生だ。救いがたいほどの邪悪であるとはいえ、自分よりも計り知れないほど多くの時間を魔術の為に費やしている男がそう言うんだ。きっと、そうなんだろう。「だったら……」とるべき道は一つ。
タイジは弓矢での攻撃を選んだ。それしか無かった。
「やってみなさい!やってみなさい!」幸い、ハコザはまだ悦に浸って半ば狂乱状態だ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンとタイジは矢を放った。まずは威嚇するように何本も、素早く。「なんだ、君…」ハコザは声のトーンを落とし「ふざけているのか?今更威嚇射撃のつもりか?それとももうEPが無くなったのか」片手の動作だけでタイジの矢をかわす。細身の剣で目にも留まらぬ速度で向ってくる矢を払いのける。
ハコザは先程の戦いもちゃんと見物していたんだ。僕のホーミングアロー。あいつに果たして通じるか?「そんなことない」タイジはそして矢を四本、右手に握って力を注入していった。バチ、バチ、と徐々に指と指の狭間にある矢に電気が宿っていく。さあ、行け!「くらえァ!」
水平に、稲妻が走ってゆく。四本の意思を通じさせた矢!
「ふんふん!」
ハコザは今度は構えをとってタイジの矢の撃退にあたった。
タイジは矢の軌道を操作する!
一本目は真正面から狙い、それはなんなく払い落とせたとしても、両サイドから二本目と三本目が向ってくる。ハコザは剣を真っ直ぐに突いて正面の矢をパックリと裂くとすぐに上空に跳躍した。タイジは矢を追尾させる。上に飛んだならその方向へ!軌道を曲げる!
ハコザはそのまま空中で二本の矢を叩き落した。だが、最後の一本がハコザと同じ高さを飛んでいた。「甘いね!」ハコザはそのまま空中で宙返りを決めた。踵で最後の一本を蹴り落とした。なんという格闘技術。
「ハハハ、なかなか面白い技だったよ、タイジ君」ハコザは地面に華麗に着地すると、タイジに賛辞を述べた。「超人になってまだ日も浅いと聞いていたが、よくここまで使いこなせるようになったもんだ。んーん、私は楽しみだ!君が私の道具となるのが!パープルヘイズも私のものになるし…そうそう、君の顔はちょっとカエルっぽいと思ってたんだが、巨大蛙の異生物がいてね。今、第一候補はそいつにしようかと思っているんだが…」
ハコザが勝ち誇ってタイジに語りかけていた最中にであった。
ドグサァァアアア

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