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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「なんだい、マナ。黙って帰ってきて。あんたなんか、どうせどっかの道端でくたばってると思ってたよ」四十を過ぎたばかりであろうか。マナの母親と思しき人物が、アパルトマンの自宅の玄関の扉を開けると、そこにいた。「ちっとも心配なんかしてなかったんだからね!」
「わ!なんだ、このツンデレママは…」
「タイジ、意味不明なこと言わないの!」
マナは玄関のドアを閉め、鍵をかけた。
サキィは姉のリナを送りに行ったきり、戻ってはいない。当然、一昼夜で戻ってこれる距離ではない。
「あら、タイジ君じゃない?」マナの母、ユナ・アンデンは娘の幼馴染の顔を覚えていた。「タイジ君よね?」
「そ、そうです」
タイジも俄かに驚く。親御さんとはそこまで親しくした記憶は無かったのだが…。
「マナがいつも話題にしてたからねぇ。今度、また東南国に行くんだ、なんて言ったときは、決まってタイジ君の話をしてたもんよ」
「ちょ、母ちゃん、変なこと言わないの!」マナは少し照れくさそうにして「そんなことより、ママ、うちら晩飯まだなんだけど、作ってくれてた?」
「え?なに、あんた、外で食べてきたんじゃないの?」母ユナはそんな話は聞いていないといった顔で「私、仕事終わって露店ですましちゃったから、なんにもないわよ!?」
「はぁ~??」マナは大きな非難の声を上げた。「なにそれ?ボクが帰ってきたってのに、なんも用意してくれてなかったの?」
「だって、あんた、帰ってくるなんて、ちーっとも聞いていなかったし」ユナママもケンカ腰だ。
「っていうか、この荷物を見れば、娘が帰ってきたんだなーってことぐらいわかるでしょ?」
「そんな言ったって、飯をうちで食べるかどうかなんてことまでわかりません!」
「ボロボロんなって、長旅から帰ってきた娘を労わろうって気持ちはないの?」
「ま、まあまあ」タイジは親子喧嘩の仲裁に入りだした。「マナ、わがまま言ったって、無いものはしょうがないよ。今からでもそこら辺の食物屋か、酒場にでも行こようよ」
「おやおや、タイジ君、その調子じゃ、道中だいぶこの子が迷惑をかけていたみたいだね」
母は申し訳無さそうに言う。
「かけてないもん」
マナは納得がいかない。
「ちょっと、待ってくれるんだったら、今からでも用意するから、それで良い?もうすっかり夜も夜だし、こんな寒い中出てったら風邪ひいちゃうわよ。今からじゃシチューもパイも作れないけど、卵と簡単な塩漬けとかでよかったら、パンを焼くわ
「わ~い、やったぁ!」とマナ。
「え?いいんですか?」とタイジ。
「もちろんよ」母親は気前の良い笑顔を見せて「なんてったって“我が家の新しい同居人”の為ですもんね」

質素な夕食の後、タイジが遂に愛しい想い人と『一つ屋根の下』の状況になり、しかも邪魔者一名は遠出してしまっているという好条件も重なり、いよいよ有頂天になったかといえば、存外そんなこともなく、気弱な少年は「疲れもヒドイし、年かな~」などといって老婆の真似をふざけて演じ、早々におやすみを言って自室に下がってしまった当のマナの素っ気無さと、なんといっても彼女の母親も一つ屋根の下という緊張状態から、少しも浮ついた気分にはなれなかった。
タイジ達、新同居人に宛がわれたリナの部屋は、彼女が言った以上に遥かに整頓されていて、まるで宿屋の一室のように必要最低限の、無駄無く美しい静物画を思わせる佇まいであった。
サキィがいない空白が、余計に大きく感じてしまうくらいだ。
タイジは旅の荷物を簡単に解き、小さな半ば簡易式の寝台に横たわった。
サキィは居候ではなく、下宿人と発言した。
旅の途中、サキィは何度か、近くに借家を借りて二人で住むことにすると言っていた。
そこをマナの強い要望で、半ば強引にアンデン家に住まわせることとなった。
マナの弁では、うちにはお母さんしかいないから、二人がいてくれると賑やかで助かる、とのことである。本当は母親と二人きりだと小競り合いが絶えないという理由があった。
サキィは東南国にいた時は、実家の鍛冶屋の手伝いをたまにするか、知人の仕事の手伝いをしていた。
金属を溶接する仕事をしたり、税の取立てをしたり、タイジはそんなことを聞かされていたが、役所に就職した友人に頼まれてとはいえ、泣く子も黙る天下の元悪党サキィに徴集にこられては、どんな脱税貴族も適わなかっただろう。しかも超人だ。前科持ちを取立人に使うとは、東南国の考えることは全く理解に苦しむというか、穏便な政策を掲げておきながら、あの女王陛下は容赦がない。
しかし、そんなサキィでも働き口があったのに、タイジは全く労働をするという意志がなかった。
今も昔も。
「ここで暮らすのか」
タイジは何とはなしにしみじみとこぼした。
白い漆喰の壁、小さな窓が一つ。
その窓の側に小机があり、机の上には紙が数枚と羽ペンが置かれている。他に中身が空の洋服ダンスが一本、丸い鏡が一面あるだけで余計なものは何も無かった。
タイジは不意に、親友のサキィが早く帰ってきてくれないかと願った。



更に夜もふけ、真夜中の刻。
場所は魔術大学。
蝋燭の光が虎を照らしている。
タイジの好意で一命を取り留めた檻の中の虎は、役目を終えて今はしなだれてぐったりしている。
虎に施された新進気鋭の回復の魔術ホワイトライト
通常、あらゆる生物は自然治癒力というものを有している。
肉体に損傷を受けた場合、自己再生機能が働き、体内から修復プログラムとも呼ぶべき分泌物が生成される。我々生きとし生けるものの肉体は、自動的に体を健康な状態に戻そうとするシステムを備えているのである。
例えば、人を超えた存在である超人は、その修復の目盛りが常人よりも遥かに高く、故に瀕死の状態からでも、ぐっすり休息を取り、栄養を摂取すれば、瞬く間に健常な状態へと肉体を修復することが出来る。
たとえ、体の一部分を欠損したとしても、だ。
自然治癒力の超越的数値故に。
そしてこの治癒のメカニズムは人間だけの特権ではなく、獣も同じであり、野生の本能は超人ほどではないにしろ、並の人間よりは高い治癒力を備えている。
ホワイトライトはその自己修復の働きを、一気に活性化させる術式である。
だから、タイジが普段、同じ超人戦士であるマナやサキィにそれを使用した際、瞬時に目覚ましい回復の効果が表れるが、昼間、自らの雷術パープルヘイズで痛めつけた虎に施した場合は、そこまでの画期的な効果ではなかった。
もちろん、秘術を目にした学者達の賞賛を浴びるには充分であったが…。
虎は既に、檻の中で雄々しき獣の肉体が、雪解けの土の下から春の芽吹きを感じるように、みるみる体調が回復していくのを感じていた。
あの人間は、恐ろしい幻術でもって己の肉体を焼いた。
鋼鉄の板で叩きつけられるような、激しい痺れと焼けるような衝撃の後、だが、すぐさまに優しい光り…まるで陽光のような…ああ、あの大平原を思い出す、自分はかつて王者だった…たくさんの小さき獣達、兎や鹿が、自分を恐れていた、王者だった、あの頃に、よく晴れた日、空の高いところからすべてを照らしていた、優しき太陽…懐かしき輝き……その光によって獣の肉体は照射され、そして癒しの効果が高められた。
自然治癒力の超促進が行われたのだ。
獣の頭脳では何が起こっているのか、すべてを悟ることは出来なかったが、小賢しい人の子に掴まって以来、屈辱に満ちた服従の日々を送っていたが、これほど満たされた気分を思い出したのは久しぶりだった。
痺れはまだ残っている。
疲弊もまだ感じている。
人間に食わされた変な物が、腹の中で引っ掛かってもどかしいのも続いている。
だが、それらが加速度的に消え去っていく、快感にも似た蘇生の感覚を、存分に味わっている。蘇る。蘇るぞ!
あの人間が自分に施した光の術は、なんだかとても、幸福な気分になるものだった。
そんな風に虎は、檻の中とはいえ、いつもより上機嫌で、血脈は活発に脈動し、ぽかぽかと、まるで仲の悪い親子を食事会でくっつけたくなるような愛の気分を味わっていた。
だが、起動実験中に必ず事故が起こるように、幸せな時間は長くは続かず、夜の闇に誘われるように靴音が遠くから近づいてきた。
虎は匂いで察した。
合成的な、自然界の掟を侮辱するようなこの薫香。
あの、いつもの嫌な奴だ!

「お前のようなものを見ると、ホントに生きてて良かったなと思えるよ」そこに現れたのはハコザ「その、無様な姿。とても、快感だ。私が、上昇するからな」ハコザは独り言にしてはあまりに大きい、もはや言語を解さぬ獣に向って語りかけているとしか思えない声量で「なるほど、傷の癒えはさすがだ。さすがの新魔術、こうかはばつぐんだ!」虎の入っている牢の扉を開いていく。
「グゥルァオ!?」
ハコザは腰にさした細見の剣を高速で抜き、それを虎の口の中に真っ直ぐにあてがい、もう一方の手を虎の口に突っ込んだ。
そして、一気に引き裂いた。
鮮血が舞う。
床にどす黒い血の水溜りが広がる。
剣と手刀の両方で、虎の肉を掻っ捌いていく!
バビリヴァビリヴィリビリリ
恐るべし、超人ハコザ。
虎は叫び声を上げる間もなく、幸せの突然の中断と共に、暗い折の中で呆気なく息絶えた。
「ふふふ、くくく、しゃしゃしゃ」
ハコザは何かを虎の体内から取り出していた。
それは金に光る環のようであった。
「私の道具として人生を全う出来たことを、光栄に思わなくっちゃね」
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