オリジナルの中世ファンタジー小説
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魔術大学内のミルクホールで時間を潰していた二人は、陽が暮れると、城塞のような国立魔術大学校舎の地下深く、第一訓練場へと向った。
タイジは俄かに学長のことをも疑っていた。
だが、自分の直属の教え子を騙し討ちにする必要などあるだろうか…そんなことを考えていたタイジは「うわ、騙された。なんだよ、この先生方は…」重大な公開講座でも始まるかのように、勢ぞろいして集まっていた教授達の姿を見て、一気に緊張し始める。
「まぁまぁ、それだけ関心が高いんだよ。あんまり気にしないでね」
タイジは正装した係の男に何某かの紙を渡され、そこにサインをするように命じられた。「なんのサイン?」とマナに聞く。
「ただの手続きのサインだよ。まー保険みたいなもんだね」
魔術の実技訓練は大変危険なので、おいそれとは行えない。
どんな種類の魔術であれ学内でそれを一発でも放つには、所属の各教授の拇印から、最高責任者の学長の認可までが必要とされる。
もし訓練中に思わぬ事故があった場合は一大事だからだ。特にブラウンシューで生徒の一人が石化してしまった事件が起こってからは、規則はより厳しくなっていた。
「ふーん」
タイジは使い込まれて繊維の先端がボサボサになっている羽ペンを受け取って、用紙の下の方にフルネームでサインをした。その上には既に学長のサインと副学部長のサインがなされていた。
係りの者はタイジの署名が済むとすぐに羊皮紙を持っていってしまった。
タイジは気がつくと、人々の注目が集まる訓練場の中央に立たされていた。
足元は乾いた砂と土。
天井は低く、四方は灰色のレンガで閉ざされている。窓は無い。処刑場や拷問場とも呼べなくもないひどく閉塞的な空間であった。そして目の前には檻が置かれていて、その中には肥えた鼠が三匹入っていた。
「タイジ君。準備はいいかね?さて、君の言う新魔術。まずは雷のそれであるパープルヘイズとやらを目の前にいる三匹のネズミに向って、一つ、放ってみてくれ」
学長が述べた。
「この、ネズミにですか?」タイジは実験の為に殺されるネズミのことを考えた。確かにモルモットを想うと、少なからず哀れな気持ちになるものである。だが、タイジとしては、こんな大勢の見知らぬお偉いさんにジロジロと見つめ続けられるよりは、さっさと役目を終えてこの場から立ち去りたかった。ネズミの小さな命を引き換えにしてでも「じゃ、じゃあいきます」
俄かに教授達の屏風がざわめき、そして静まった。
基本的に一般の生徒は立ち入り禁止らしく、アオイや、『はじめの旅籠』で出会った奇抜な魔術学生たちの姿は見受けられなかった。
「がんばれ、タイジっ」
マナの励ます声が、小さく聞こえたような気がした。
いつものように。いつものように。
タイジの手は汗でびっしょり濡れていた。
呼吸が荒くなる。
目の前には自由を奪われた三匹の実験体。お前たちも本当はもっと生きていたいんだろ。なんで、傲慢な人間の為に殺されなくちゃならないんだと、怒っている筈だ。井戸の底や家屋の床下で掴まっちまったのか?それとも生まれた時からその檻の中だったのか?残念だけど、僕はお前たちに死を与えることでしか救ってやることは出来ない。僕を恨まないでくれ。僕だって、こんなことしたくないんだ。でも、僕だっていつまでもこうしていたくないんだ。だから僕の都合の為に死んでくれ、ネズミよ。そう、お前たちが悪いんだから。人間の玩具にされてしまうような弱い存在に生れ落ちてしまったお前たちが悪いんだから。
purple haze all in my brain!!!!!
閉ざされた部屋に雷光が煌いた。
天井は塞がれているにも関わらず、まるでいと高き天から降り注いだように、稲妻は落ちた!
そして轟音と共に、檻の中の三匹のネズミは業火に焼かれたように全身くまなく焦がされ、絶命した。
集まった教授達は皆感嘆の溜め息を漏らした。そして、拍手が起こった。
黒焦げになって死んだ三匹のネズミ。拍手。息を切らすタイジ。額からは汗の雫。拍手。檻は壊れていない。中のネズミだけが死んだ。焦げた死骸が三つ。拍手。
「お見事!お見事!」
一際盛大な喝采を浴びせたのは、しかし学長ではなかった。
魔術を放ったばかりのタイジに両の手を打ち鳴らしながら近づいてきたのは、壮年の男。
角ばった顔立、やや長めの髪を後ろにすいた、年の割には洒落た身なりだが、その歩みに得体の知れぬ物々しさがあった。
なんだろう?この人は…
「タイジ君と言ったね?私は魔術学部の副学部長でもあるハコザというものだが」
この人が、ハコザ?
確か…あの奇怪なカッコウをしたいけすかない魔術師学生たちの先生とか…マナの話だと熱心なシンパも多数いると云われるカリスマッ!
確かに堂々とした立居振る舞いには他の教授たちには無い何かを感じる。
しかし、それは決して心が落ち着ける類のものではない。
あのヤーマ氏とは大違いだ。
自分の存在が危うくなっていくような、何か、そんな…「君の新魔術、こりゃビックリしたね。いやはやこれはお美事だよ。だが、君もそうだと思うが、せっかく我々のような魔術のスペシャリストに、取って置きのオリジナルを披露するというのに、相手がちっぽけなネズミなんかじゃ正直、物足りないとは思わないかね?」と、獲物を見つけた禿鷹のような視線で高圧的に告げた。
「いえ、そんなことは…」
タイジは色々反論したいことがあったが、ハコザの鋭い眼光がその身を金縛りにさせていた。
なんて、威丈高で冷たい目をしているんだ、この人は。
天災によって燃え上がる村落を、冷めた眼で見下ろすような、冷徹な眼差し。
「おや、そうか。自慢の魔術をたかだかネズミごときで試されるなど不服、そう感じているんじゃないかと思ったよ」威圧感。
「そんなことはないです」
「ふむ、そうか。だが、私としては、もっと多くの検証を行いたいと思っているのだよ。君のスペシャル魔術さ。なんせネズミを仕留めるぐらいなら覚えたてのレッドホットでも出来るからな。そこでだ。次は是非もうワンランクアップして頂きたい。充分出来るはずだと、私は踏んでいる」
「何を、すればいいんですか?」
タイジはハコザの言に逆らおうとはしなかった。押しかかる見えない圧力がそれを許さなかった。
「虎だよ」
「トラ?」
ハコザがパチンッと指鳴らしをすると、ガチャンガチャンという鉄のぶつかり合う音を響かせながら、先程とは比べ物にならない大きな檻が運ばれてきた。
そして、中には正しく虎がいた。
黄色に黒の混じった体毛。ピンと伸びた髭の下には牙をむいた野蛮な口。太い四肢には鋭い爪。虎であった。「どうかね?今度はこの虎を、君の新魔術でしとめて欲しいのだよ。ネズミ三匹じゃ、我々にとっても不十分なんでね。出来るかな?」
「この、虎をですか?」
「そうだ。君なら出来るだろう?」
タイジは虎を見た。その眼を見た。檻の中で、拘束され、人間の玩具にされている虎。肉食獣としての威厳は既に無く、彼を恐れて逃げ惑うことで彼に箔を着させる小さな獣達もここにはいない。牙を抜かれた虎とはこのことだ。その目には、怯えこそ無いものの、生態系ピラミッドの上層部に君臨し得る者にしてはあまりに薄弱すぎる凋落の光が宿っていた。
鼠の次は虎か…
「出してやってください」
「ん?なんだって?」
ハコザ教授はタイジの意外な発言を聞き返した。
「虎を、仕留めますので、檻から出してやってください」
タイジは念を押すように告げた。
「ふははははは!これはいい!君はトンチ坊主だったか。なるほど、檻に入れられていては虎にとって不利ということだね。よしよし、わかった」とハコザはタイジの肩に手を置いて「おい、檻を開けろ、虎を出してやれ」
辺りがどよめいた。
ハコザに命じられて、普段から彼の言いなりになっているのだろう助教授達が虎の入っている鉄の檻の錠を開け、叱咤しながら猛獣を中から招き出した。
「さぁトンチ坊主。見せてもらおうか。それと、一応断っておくが、この虎は高度な魔術の実験用に育てていたやつで、間違っても異生物などではないから安心するように。ただの虎だ。危険はない。もっとも、危険がないのは、君が鉄格子の開錠を言い出す前までの話だったが」
そんなことじゃない。
タイジは再び意識を集中し始める。檻から這い出た虎と向かい合う。
虎よ、お前は今や自由の身になった筈だ。
お前を縛り付けていた鎖は外された。
さぁ、どこへなりとも向うがいい。虎よ、もはやお前は自由の身なんだ。
どうした?何故、逃げようとしない?
お前は狭い暗い鉄の檻から出れたんだ。何故、無限の大地に帰っていかない?さぁ、どうする。そうだ、顔を歪め、怒りを表す。そうだ、僕と同じだ。やがて、お前は抑えきれなくなる。堪え切れなくなる。憤りに、身をねじらす。何もかもを破壊してやりたい衝動に駆られだす。カオスの願望が始まる。そうだ、僕と一緒だ。お前は。狭い暗い檻の外、やっと出られたそこは、決して待ち望んだ世界では無かった事を、知る。嘆き、悲しみ、やがて狂いたくなる。吠えろ、さぁ、吠えろ。怒りで、総てを粉砕してやりたい、高貴なあの感情。それを湧き起こらせろ。僕に向って来い!戦え!そうだ、それでいい!戦うんだ!
purple haze all in my brain!!!!!
低い唸り声を徐々に高まらせながらタイジに飛び掛ろうとしていた一匹の虎は、しかしまたも天井から落下した幻の雷撃によって地に叩きつけられた。
ドサっという音がした。
再び、拍手の渦。
「すごーい、タイジぃ」
マナの声も聞こえた気がした。
「すばらしい、まったくすばらしい」
ハコザは殊更に愉快な笑みを見せびらかした。
彼の派閥に属さない教授たちにとっては、それは気味の悪い不吉の象徴であった。
ハコザの権力はもはや学内の勢力均衡を保ってはいなかった。
この野心家は明日にでも学長の座を蹴り飛ばして頂点に達してしまいそうな勢いを誇っていた。
ハコザを一躍要人へと伸し上げた『ハコザ理論』は国家方針の中心に据えられていて、「魔術と超人の力による進化と発展」は王宮のスローガンと化しつつあった。
対して彼に抗する穏健派の唯一の希望は魔術大学のシンボルでもある学長であった。
学長だけは彼の暴走を野放しにしようとはしない、正に最後の砦であった。
だが、学長は元来強硬な策を取ったり、手早い決断を下したりはしない人。ゆっくりと相手に問い詰めて自戒させていくタイプの人。
だから、今回もハコザ教授が、通常の鼠による実験だけで充分だとされていたところを、それが成功したら次は猛獣でも試してみたいと言い出した時、難色こそ示しはすれ、それを止めるには至らなかった。
こうした一つ一つの寛容がこの男をつけ上がらせていっている。
今回の新魔術の登場をもって、ハコザがより自分の地位と権力を高めていかなければいいのだが…。
「いやはや!今日は実に大きな収穫があったよ!タイジくん、君に礼を言うよ!このハコザが、君に」
「まだです」
タイジは呟くように言った。
静かに、地に倒れ伏した虎へと近づいていく。
傷ついた虎。
幻だというのに、強烈な雷撃をくらってすっかり伸びきっている。
だが、流石の生命力。まだ絶命はしていない。
タイジは虎の体に手を置いた。
視界の端でハコザが一歩だけ足を踏み出したのが見えたのを潮に目を閉じた。虎の、荒い息遣いが手を伝わってくる。
お前は、本当はこんなことを望んではいけないんだ。
誰かが、やって来て、ボロボロの自分を救ってくれるだなんて、そんな期待は。タイジの体が白く光り出す。
白い光…。
あの、七つの融合を撃破した後に見た夢の中で、何年も会っていない次兄のセイジ兄さんも、多分同じ力を使ったのだろうか…。
一体、なんなんだ、僕たちは!
生物の命を奪ったり、救ったり。命を、操る、それは、人ではない、超越的な存在?なんだろう、それって…精霊じゃない、もっと大きな、漠然とした、途方も無くでっかい存在。
この世の総てを見渡せて、何でもこなしてしまうような…超越的存在。
分からない。けど、僕には縁の無いことだ。
ホラ、見せてやるよ、賢者ども。どうせ、これが見たくって集まってるんだろ。
white light white heat!!!
タイジの詠唱と共に、純白の閃光が溢れ、虎の体に出来た傷口が塞がっていく。ただれた表皮が蘇っていく。
「おおぉ」
「はぁ」
またも観客席からは、感嘆とも納得ともいえる溜め息が湧き上がる。
「以上です」とタイジは立ち上がって、一同に告げた。
ねぎらいの拍手が聞こえてきた。
マナが連続で二発の魔術を放って脱力していたタイジに近づいた。
「お疲れ、タイジ。カッコよかったよ!」
タイジの背に手をあてて彼を激励してやる。
「マナ、僕は謎を解いてみせる」
タイジはマナの耳元でそう呟いた。
「え?」
「戦いは、まだ終わってなんかいない」
タイジは俄かに学長のことをも疑っていた。
だが、自分の直属の教え子を騙し討ちにする必要などあるだろうか…そんなことを考えていたタイジは「うわ、騙された。なんだよ、この先生方は…」重大な公開講座でも始まるかのように、勢ぞろいして集まっていた教授達の姿を見て、一気に緊張し始める。
「まぁまぁ、それだけ関心が高いんだよ。あんまり気にしないでね」
タイジは正装した係の男に何某かの紙を渡され、そこにサインをするように命じられた。「なんのサイン?」とマナに聞く。
「ただの手続きのサインだよ。まー保険みたいなもんだね」
魔術の実技訓練は大変危険なので、おいそれとは行えない。
どんな種類の魔術であれ学内でそれを一発でも放つには、所属の各教授の拇印から、最高責任者の学長の認可までが必要とされる。
もし訓練中に思わぬ事故があった場合は一大事だからだ。特にブラウンシューで生徒の一人が石化してしまった事件が起こってからは、規則はより厳しくなっていた。
「ふーん」
タイジは使い込まれて繊維の先端がボサボサになっている羽ペンを受け取って、用紙の下の方にフルネームでサインをした。その上には既に学長のサインと副学部長のサインがなされていた。
係りの者はタイジの署名が済むとすぐに羊皮紙を持っていってしまった。
タイジは気がつくと、人々の注目が集まる訓練場の中央に立たされていた。
足元は乾いた砂と土。
天井は低く、四方は灰色のレンガで閉ざされている。窓は無い。処刑場や拷問場とも呼べなくもないひどく閉塞的な空間であった。そして目の前には檻が置かれていて、その中には肥えた鼠が三匹入っていた。
「タイジ君。準備はいいかね?さて、君の言う新魔術。まずは雷のそれであるパープルヘイズとやらを目の前にいる三匹のネズミに向って、一つ、放ってみてくれ」
学長が述べた。
「この、ネズミにですか?」タイジは実験の為に殺されるネズミのことを考えた。確かにモルモットを想うと、少なからず哀れな気持ちになるものである。だが、タイジとしては、こんな大勢の見知らぬお偉いさんにジロジロと見つめ続けられるよりは、さっさと役目を終えてこの場から立ち去りたかった。ネズミの小さな命を引き換えにしてでも「じゃ、じゃあいきます」
俄かに教授達の屏風がざわめき、そして静まった。
基本的に一般の生徒は立ち入り禁止らしく、アオイや、『はじめの旅籠』で出会った奇抜な魔術学生たちの姿は見受けられなかった。
「がんばれ、タイジっ」
マナの励ます声が、小さく聞こえたような気がした。
いつものように。いつものように。
タイジの手は汗でびっしょり濡れていた。
呼吸が荒くなる。
目の前には自由を奪われた三匹の実験体。お前たちも本当はもっと生きていたいんだろ。なんで、傲慢な人間の為に殺されなくちゃならないんだと、怒っている筈だ。井戸の底や家屋の床下で掴まっちまったのか?それとも生まれた時からその檻の中だったのか?残念だけど、僕はお前たちに死を与えることでしか救ってやることは出来ない。僕を恨まないでくれ。僕だって、こんなことしたくないんだ。でも、僕だっていつまでもこうしていたくないんだ。だから僕の都合の為に死んでくれ、ネズミよ。そう、お前たちが悪いんだから。人間の玩具にされてしまうような弱い存在に生れ落ちてしまったお前たちが悪いんだから。
purple haze all in my brain!!!!!
閉ざされた部屋に雷光が煌いた。
天井は塞がれているにも関わらず、まるでいと高き天から降り注いだように、稲妻は落ちた!
そして轟音と共に、檻の中の三匹のネズミは業火に焼かれたように全身くまなく焦がされ、絶命した。
集まった教授達は皆感嘆の溜め息を漏らした。そして、拍手が起こった。
黒焦げになって死んだ三匹のネズミ。拍手。息を切らすタイジ。額からは汗の雫。拍手。檻は壊れていない。中のネズミだけが死んだ。焦げた死骸が三つ。拍手。
「お見事!お見事!」
一際盛大な喝采を浴びせたのは、しかし学長ではなかった。
魔術を放ったばかりのタイジに両の手を打ち鳴らしながら近づいてきたのは、壮年の男。
角ばった顔立、やや長めの髪を後ろにすいた、年の割には洒落た身なりだが、その歩みに得体の知れぬ物々しさがあった。
なんだろう?この人は…
「タイジ君と言ったね?私は魔術学部の副学部長でもあるハコザというものだが」
この人が、ハコザ?
確か…あの奇怪なカッコウをしたいけすかない魔術師学生たちの先生とか…マナの話だと熱心なシンパも多数いると云われるカリスマッ!
確かに堂々とした立居振る舞いには他の教授たちには無い何かを感じる。
しかし、それは決して心が落ち着ける類のものではない。
あのヤーマ氏とは大違いだ。
自分の存在が危うくなっていくような、何か、そんな…「君の新魔術、こりゃビックリしたね。いやはやこれはお美事だよ。だが、君もそうだと思うが、せっかく我々のような魔術のスペシャリストに、取って置きのオリジナルを披露するというのに、相手がちっぽけなネズミなんかじゃ正直、物足りないとは思わないかね?」と、獲物を見つけた禿鷹のような視線で高圧的に告げた。
「いえ、そんなことは…」
タイジは色々反論したいことがあったが、ハコザの鋭い眼光がその身を金縛りにさせていた。
なんて、威丈高で冷たい目をしているんだ、この人は。
天災によって燃え上がる村落を、冷めた眼で見下ろすような、冷徹な眼差し。
「おや、そうか。自慢の魔術をたかだかネズミごときで試されるなど不服、そう感じているんじゃないかと思ったよ」威圧感。
「そんなことはないです」
「ふむ、そうか。だが、私としては、もっと多くの検証を行いたいと思っているのだよ。君のスペシャル魔術さ。なんせネズミを仕留めるぐらいなら覚えたてのレッドホットでも出来るからな。そこでだ。次は是非もうワンランクアップして頂きたい。充分出来るはずだと、私は踏んでいる」
「何を、すればいいんですか?」
タイジはハコザの言に逆らおうとはしなかった。押しかかる見えない圧力がそれを許さなかった。
「虎だよ」
「トラ?」
ハコザがパチンッと指鳴らしをすると、ガチャンガチャンという鉄のぶつかり合う音を響かせながら、先程とは比べ物にならない大きな檻が運ばれてきた。
そして、中には正しく虎がいた。
黄色に黒の混じった体毛。ピンと伸びた髭の下には牙をむいた野蛮な口。太い四肢には鋭い爪。虎であった。「どうかね?今度はこの虎を、君の新魔術でしとめて欲しいのだよ。ネズミ三匹じゃ、我々にとっても不十分なんでね。出来るかな?」
「この、虎をですか?」
「そうだ。君なら出来るだろう?」
タイジは虎を見た。その眼を見た。檻の中で、拘束され、人間の玩具にされている虎。肉食獣としての威厳は既に無く、彼を恐れて逃げ惑うことで彼に箔を着させる小さな獣達もここにはいない。牙を抜かれた虎とはこのことだ。その目には、怯えこそ無いものの、生態系ピラミッドの上層部に君臨し得る者にしてはあまりに薄弱すぎる凋落の光が宿っていた。
鼠の次は虎か…
「出してやってください」
「ん?なんだって?」
ハコザ教授はタイジの意外な発言を聞き返した。
「虎を、仕留めますので、檻から出してやってください」
タイジは念を押すように告げた。
「ふははははは!これはいい!君はトンチ坊主だったか。なるほど、檻に入れられていては虎にとって不利ということだね。よしよし、わかった」とハコザはタイジの肩に手を置いて「おい、檻を開けろ、虎を出してやれ」
辺りがどよめいた。
ハコザに命じられて、普段から彼の言いなりになっているのだろう助教授達が虎の入っている鉄の檻の錠を開け、叱咤しながら猛獣を中から招き出した。
「さぁトンチ坊主。見せてもらおうか。それと、一応断っておくが、この虎は高度な魔術の実験用に育てていたやつで、間違っても異生物などではないから安心するように。ただの虎だ。危険はない。もっとも、危険がないのは、君が鉄格子の開錠を言い出す前までの話だったが」
そんなことじゃない。
タイジは再び意識を集中し始める。檻から這い出た虎と向かい合う。
虎よ、お前は今や自由の身になった筈だ。
お前を縛り付けていた鎖は外された。
さぁ、どこへなりとも向うがいい。虎よ、もはやお前は自由の身なんだ。
どうした?何故、逃げようとしない?
お前は狭い暗い鉄の檻から出れたんだ。何故、無限の大地に帰っていかない?さぁ、どうする。そうだ、顔を歪め、怒りを表す。そうだ、僕と同じだ。やがて、お前は抑えきれなくなる。堪え切れなくなる。憤りに、身をねじらす。何もかもを破壊してやりたい衝動に駆られだす。カオスの願望が始まる。そうだ、僕と一緒だ。お前は。狭い暗い檻の外、やっと出られたそこは、決して待ち望んだ世界では無かった事を、知る。嘆き、悲しみ、やがて狂いたくなる。吠えろ、さぁ、吠えろ。怒りで、総てを粉砕してやりたい、高貴なあの感情。それを湧き起こらせろ。僕に向って来い!戦え!そうだ、それでいい!戦うんだ!
purple haze all in my brain!!!!!
低い唸り声を徐々に高まらせながらタイジに飛び掛ろうとしていた一匹の虎は、しかしまたも天井から落下した幻の雷撃によって地に叩きつけられた。
ドサっという音がした。
再び、拍手の渦。
「すごーい、タイジぃ」
マナの声も聞こえた気がした。
「すばらしい、まったくすばらしい」
ハコザは殊更に愉快な笑みを見せびらかした。
彼の派閥に属さない教授たちにとっては、それは気味の悪い不吉の象徴であった。
ハコザの権力はもはや学内の勢力均衡を保ってはいなかった。
この野心家は明日にでも学長の座を蹴り飛ばして頂点に達してしまいそうな勢いを誇っていた。
ハコザを一躍要人へと伸し上げた『ハコザ理論』は国家方針の中心に据えられていて、「魔術と超人の力による進化と発展」は王宮のスローガンと化しつつあった。
対して彼に抗する穏健派の唯一の希望は魔術大学のシンボルでもある学長であった。
学長だけは彼の暴走を野放しにしようとはしない、正に最後の砦であった。
だが、学長は元来強硬な策を取ったり、手早い決断を下したりはしない人。ゆっくりと相手に問い詰めて自戒させていくタイプの人。
だから、今回もハコザ教授が、通常の鼠による実験だけで充分だとされていたところを、それが成功したら次は猛獣でも試してみたいと言い出した時、難色こそ示しはすれ、それを止めるには至らなかった。
こうした一つ一つの寛容がこの男をつけ上がらせていっている。
今回の新魔術の登場をもって、ハコザがより自分の地位と権力を高めていかなければいいのだが…。
「いやはや!今日は実に大きな収穫があったよ!タイジくん、君に礼を言うよ!このハコザが、君に」
「まだです」
タイジは呟くように言った。
静かに、地に倒れ伏した虎へと近づいていく。
傷ついた虎。
幻だというのに、強烈な雷撃をくらってすっかり伸びきっている。
だが、流石の生命力。まだ絶命はしていない。
タイジは虎の体に手を置いた。
視界の端でハコザが一歩だけ足を踏み出したのが見えたのを潮に目を閉じた。虎の、荒い息遣いが手を伝わってくる。
お前は、本当はこんなことを望んではいけないんだ。
誰かが、やって来て、ボロボロの自分を救ってくれるだなんて、そんな期待は。タイジの体が白く光り出す。
白い光…。
あの、七つの融合を撃破した後に見た夢の中で、何年も会っていない次兄のセイジ兄さんも、多分同じ力を使ったのだろうか…。
一体、なんなんだ、僕たちは!
生物の命を奪ったり、救ったり。命を、操る、それは、人ではない、超越的な存在?なんだろう、それって…精霊じゃない、もっと大きな、漠然とした、途方も無くでっかい存在。
この世の総てを見渡せて、何でもこなしてしまうような…超越的存在。
分からない。けど、僕には縁の無いことだ。
ホラ、見せてやるよ、賢者ども。どうせ、これが見たくって集まってるんだろ。
white light white heat!!!
タイジの詠唱と共に、純白の閃光が溢れ、虎の体に出来た傷口が塞がっていく。ただれた表皮が蘇っていく。
「おおぉ」
「はぁ」
またも観客席からは、感嘆とも納得ともいえる溜め息が湧き上がる。
「以上です」とタイジは立ち上がって、一同に告げた。
ねぎらいの拍手が聞こえてきた。
マナが連続で二発の魔術を放って脱力していたタイジに近づいた。
「お疲れ、タイジ。カッコよかったよ!」
タイジの背に手をあてて彼を激励してやる。
「マナ、僕は謎を解いてみせる」
タイジはマナの耳元でそう呟いた。
「え?」
「戦いは、まだ終わってなんかいない」
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