オリジナルの中世ファンタジー小説
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翌日から、タイジはマナと共に魔術大学に通学することになった。
彼が現存の魔術学理論を大きく揺るがす逸材となってしまったからだ。
「どうして、あなたがいるんですかぁ?」
小柄なメルヘンメンヘルガール、さる貴族の令嬢にしてマナに心酔する紫髪の少女アオイは、タイジに対しては徹底的に冷ややかな態度を取った。
「別にね、ここに僕は入学したわけじゃないんだ。ただ、新しい魔術だからってんで、大学側も僕に用があるらしい」
タイジが魔術大学の教授たちを前に披露した二つの全く新しい術式は、この古めかしく堅固な城塞の如き知恵の巨塔を震撼するに充分すぎる衝撃であった。
彼の存在は、各専門分野の研究者達に引く手数多であった。
先の大戦での不名誉からなんとか巻き返しをはかろうと躍起になっている、魔術の戦術的運用を模索している一派からは、雷を呼ぶその絶大な破壊力の分析を迫られ、魔術体系を主として扱っている専門家からは、既存の魔術の類似性を問われ、はたまたタイジが施した癒しの秘術には、特に医療関係の者たちの目を釘付けにする魅惑に溢れていた。
「ふ~ん」アオイは疑わしそうな目で、今や注目の的となったタイジを見やる。「じゃ、こんなところで何やってるんですかぁ?こんなところへお前を潜り込ませたのは、どう考えても無駄な気がするんですけど!」
こんなところとは、妖しげな精神病院ではなく、そこは魔術大学の大図書館だった。
「調べ物だよ。でも、それは主に僕個人の問題だ」
タイジは多忙な一日の中、僅かな時間を見つけて、大学の膨大な書物を漁ることに費やしていた。
目的があったのだ。
タイジは知りたかった。
一体、超人とは何物なのか。異生物とは何物なのか。人はどうしたら超人へと生まれ変わるのか。また、最大の謎は、超人が異生物に生まれ変わることがあるのだろうか。
それらは総て一本の筋となってあの場所に通ずる。
己が手で葬ったあの「七つの融合」に。
この謎を、なんとしても解き明かさねばならない。
歩き回るだけで陽が暮れてしまいそうなこの図書室に、手がかりは少しでもある筈だ。
時間はまだある、僕は、それを突き止めねばならない。突き止めなければ、なんだか気が済まない。
「ふ~ん」
尋ねておいてやけに無関心のアオイ。
なんなんだ、一体。
この少女から蜜蜂の針のような敵意を、僕は感じている。
「なんでもいいですけど、お姉さまの邪魔だけはしないでください。あなたは危険人物なんですよ?いくら偉い学者さんたちがあなたを褒めちぎったって、このアオイの目はごまかせませんよ!」と言い残すとアオイはさっさと走り去っていった。
数日後。
リナの姉を送り届けに行っていたサキィが戻ってきた。予定より一日早い帰宅であった。
サキィは初対面のマナの母親、ユナ・アンデンに丁重に挨拶をし、一部屋を間借りすることの礼を述べた。ユナも快く美貌の獣人を受け入れた。
その日の晩餐は、今までで一番の豪勢なものであった。
ユナおばさんは、マナの母親でありながら料理の腕はなかなかのものであったことから、旅の道中でマナが食事当番になった際に味わわされた、野生の素材を使っているとはいえ、とても食えたもんじゃない珍品を毎回作り出していた、致命的な料理の腕前の原因を、二人は他に探さなければならなかった。
ふんだんに高原野菜を用いたトマトのスープからは温かい湯気が上がり、精製した小麦粉で焼いた平たいパンの味は、高価なスパイスを使った豆の煮込み料理にとてもよく合い、芋と豚肉の炒め物は食欲を大いに湧きたてた。
特にサヴァイヴァル然とした平原の旅から戻ったばかりのサキィの胃袋には、ユナの手料理は王宮の御馳走にも匹敵する程の絶品で、我を忘れて貪り食った。
「この町で、馬車を借りようと思ったんだ」サキィはご機嫌にヒゲをピクつかせながら「王宮に頼んで護衛を雇うのに比べたら、馬車一台のレンタルなんて安いものよ。けどな、馬屋に行って事情を話したら、そこにいた若い奴に止められてよ。額に一本の角を生やした…鬼人っていうのか、でも痩せぎすの、その亜人の野郎が『やめときな。おとなしく護衛を雇った方が身のためだ。君らが異生物にやられてくたばって、商売道具をそのまま野っぱらに捨て置きされたんじゃ、たまったもんじゃない』って、そいつは喧嘩を売ってきたんだ」サキィは身振り手振り、演技も交えながら饒舌に「名乗らせればルロイとかいう超人の男でよ。この俺と同じ、亜人かつ超人てわけだ…野郎、俺が街の外に出てこっからミドゥーまで行くなんて不可能だなんて、言いやがる。くそったれ!俺は頭にきて『表へ出ろ!』って言ってやったんよ」
「うわぁ」タイジは嫌そうな顔をする。
「馬屋に置いてあった木棒で剣を交えることになった。身のこなしは達者だったが、それ以外は全然大したことはない。俺が少し痛い目にあってもらおうかと、伊達にするべく二の太刀を閃こうとした矢先、角男は『待った』と言ってな」サキィは掌をパーに開いて「どうやら俺の太刀筋に恐れ入ったようで…賢明な奴だ、今度は、俺たちに着いていくと言い出したんだ」
「え、それじゃあ…」
「そう。結局、リナ嬢は俺とその角野郎ルロイとで送っていったのさ。馬車にクライアントを乗せ、俺とルロイが馬を引いた。怪物どもは馬車の中にいて外からは隠れて見えないリナには目もくれなかったな。ほんとに…異生物とはよく言ったもんよ。お陰で俺ら二人は、か弱き依頼主に不意打ちがくる心配をすることなく、存分に敵襲を退けていったわけだ。ま、相棒は少々足手まといだったがな」食卓の中央に置いたランタンの灯が揺らめいた「けど、道中の異生物はそんなに問題なかったが、あいつの土地勘というか、旅慣れてやがったな。戦い以外のところじゃ、正直ルロイを連れて来てよかったぜ」
「へぇ~。それじゃリナ姉ちゃんはサキィくんと奥様劇場禁断の関係失楽園愛の逃避行魅惑の二人旅じゃなかったんだね」マナが葡萄酒をグラスに注ぎながら感想を漏らした。
「なんだそりゃ?俺は仕事はキッチリやる方だし、誰かさんみたいな色情狂じゃないぞ。それはタイジがよく知っている。依頼主はちゃんと五体満足に家まで届けてやったぞ」
タイジは黙って頷く。
サキィは女を狩る側ではない。彼は決してそんな浮ついた感情を見せない。彼に群がってくる女は数あれど、それをすべてかわして跳ね除けてしまうほどだ。
「まぁまぁ、なんにしても、あの子を無事送り届けてくれて、ありがとうね」リナの母親でもあるユナ・アンデンが礼を述べた「今、王宮はますます慌ただしくなってるからね。滅多なことは言えないけど…情勢が不安定らしく、護衛の兵を雇うのだって一苦労なんだから」
「ええ、そんなことを届け先でも言われて…ホラ、リナさんは学校で教えているだろ?だから、もし保護者の中で、領を跨ぐ必要のある人がいたら、またあなたに護衛を依頼するわって、俺の宣伝までしてくれたんだ。どうやら俺の初仕事は好評だった」
「わぉ、サキィくんたら商売上手!」
「へ、別にそんなんじゃないよ。ただ、食い扶持は稼がなならんからな。俺はもう実家の鍛冶屋とは縁が切れてる。角男のルロイも爽やかに、俺とだったらまた一緒に仕事をしようって言ったし…護衛でもお使いでも、これからは自分の腕でバリバリ稼がなきゃ!」ところが、サキィの放った逞しい言葉に、タイジが下を向いて暗い顔を見せたのを察知し「そ、それにホラ!野の怪物を退治しながらの旅は、俺の剣の腕の向上にも繋がるし!困っている人を助けるのは……悪くない」
「う~ん、やっぱり収入のある男は良いよね~」マナが呑気に無神経なことを言う。
サキィは正面に座ったタイジが俯いたまま黙っているのを気遣い「良いんだよ、タイジは。学生だろ?さっきも言ってたじゃないか。大学で、何か研究しなくっちゃいけないことがあるんだろ?学生は働かなくても、その時間を勉強に費やせば、さ」
「そうよ、タイジくん。ウチは別に困らないんだから」家主も稼ぎのない寄る辺ない少年を元気付ける「きちんとお勉強して、立派な功績を残してちょうだい」
「お…おばさん」タイジは僅かに救われたような表情を、己が肩に手をかけてくれたマナの母に向ける。
「あー、ボクも稼ぎのある頼れる旦那さんでももらって、養ってもらおっかな~」
マナだけは空気の読めない発言を自粛しようとはしなかった。
タイジは言われたとおり、どちらかといえば積極的な風情で魔術大学にマナと通い、マナとは別の学問の研究に没頭するようになった。
生家にいた時は怠惰の窮みであったが、もともと執着的な性格でもあったので、一度拘りだすと粘着質な集中力を維持する。
はじめの内は一日の半分以上を、客員としてあちらこちらの研究室に招かれ、その魔術の訓示を要求された。
タイジは緊張しながらも、自分に出来ることを一つ一つこなしていった。
決して乗り気ではない。けれど、あの中央国での死闘の最中に覚醒した己が力を、誰かが必要とするなら、分け与えてやらないこともない。
誰かの為に、出来ることをする。
少しずつ、自分の存在を愛せるような気がしていた。
「まぁだ、こんなところをウロウロしてたんですか?早くいなくなってくださいよ」
小柄な少女アオイは、いつでもタイジを邪険に扱った。
あの国境沿いのはじめの旅籠で卓を一緒にした奇抜な学生達とは、終ぞ再会し得なかったが、タイジはこのつむじを曲げた貴族の小娘には、図書館でよく遭遇した。
「そんなに本をいっぱい抱えて、勉強のフリしたって、駄目ですからね!」
「勉強のフリって…」タイジは書棚からかき集めてきた書物の山を机の上に築きながら「僕だって知りたいことがあるんだ」恐らく魔術大学の学生の手によるものだろう。膨大な文字量の紙面、ビッシリ写本されたそれらの知識の迷宮を、タイジは執念をもって読み解いていった。
超人のこと。異生物のこと。
少しでも時間があれば、彼は私的で閉鎖的な個人研究に専念した。精霊の礼拝堂を思わせる広大な図書館は、なんだかとても落ち着いた。邪魔者さえこなければ…
だが、タイジはやがて、図書館にすら足を運ぶ暇も失われていくことになる。
それは、彼が生家の宿屋で製造していた傷薬のことを、マナがある教授に漏らし、やがてその噂が瞬く間に広まり、そこから彼への、更なる関心が向けられてしまうからだ。
そんなことは、まだマナもアオイも想像すらしていなかった。
いずれタイジを筆頭とする医療研究チームが、大学内に設置されることになるなど、この時は、まだ……
彼が現存の魔術学理論を大きく揺るがす逸材となってしまったからだ。
「どうして、あなたがいるんですかぁ?」
小柄なメルヘンメンヘルガール、さる貴族の令嬢にしてマナに心酔する紫髪の少女アオイは、タイジに対しては徹底的に冷ややかな態度を取った。
「別にね、ここに僕は入学したわけじゃないんだ。ただ、新しい魔術だからってんで、大学側も僕に用があるらしい」
タイジが魔術大学の教授たちを前に披露した二つの全く新しい術式は、この古めかしく堅固な城塞の如き知恵の巨塔を震撼するに充分すぎる衝撃であった。
彼の存在は、各専門分野の研究者達に引く手数多であった。
先の大戦での不名誉からなんとか巻き返しをはかろうと躍起になっている、魔術の戦術的運用を模索している一派からは、雷を呼ぶその絶大な破壊力の分析を迫られ、魔術体系を主として扱っている専門家からは、既存の魔術の類似性を問われ、はたまたタイジが施した癒しの秘術には、特に医療関係の者たちの目を釘付けにする魅惑に溢れていた。
「ふ~ん」アオイは疑わしそうな目で、今や注目の的となったタイジを見やる。「じゃ、こんなところで何やってるんですかぁ?こんなところへお前を潜り込ませたのは、どう考えても無駄な気がするんですけど!」
こんなところとは、妖しげな精神病院ではなく、そこは魔術大学の大図書館だった。
「調べ物だよ。でも、それは主に僕個人の問題だ」
タイジは多忙な一日の中、僅かな時間を見つけて、大学の膨大な書物を漁ることに費やしていた。
目的があったのだ。
タイジは知りたかった。
一体、超人とは何物なのか。異生物とは何物なのか。人はどうしたら超人へと生まれ変わるのか。また、最大の謎は、超人が異生物に生まれ変わることがあるのだろうか。
それらは総て一本の筋となってあの場所に通ずる。
己が手で葬ったあの「七つの融合」に。
この謎を、なんとしても解き明かさねばならない。
歩き回るだけで陽が暮れてしまいそうなこの図書室に、手がかりは少しでもある筈だ。
時間はまだある、僕は、それを突き止めねばならない。突き止めなければ、なんだか気が済まない。
「ふ~ん」
尋ねておいてやけに無関心のアオイ。
なんなんだ、一体。
この少女から蜜蜂の針のような敵意を、僕は感じている。
「なんでもいいですけど、お姉さまの邪魔だけはしないでください。あなたは危険人物なんですよ?いくら偉い学者さんたちがあなたを褒めちぎったって、このアオイの目はごまかせませんよ!」と言い残すとアオイはさっさと走り去っていった。
数日後。
リナの姉を送り届けに行っていたサキィが戻ってきた。予定より一日早い帰宅であった。
サキィは初対面のマナの母親、ユナ・アンデンに丁重に挨拶をし、一部屋を間借りすることの礼を述べた。ユナも快く美貌の獣人を受け入れた。
その日の晩餐は、今までで一番の豪勢なものであった。
ユナおばさんは、マナの母親でありながら料理の腕はなかなかのものであったことから、旅の道中でマナが食事当番になった際に味わわされた、野生の素材を使っているとはいえ、とても食えたもんじゃない珍品を毎回作り出していた、致命的な料理の腕前の原因を、二人は他に探さなければならなかった。
ふんだんに高原野菜を用いたトマトのスープからは温かい湯気が上がり、精製した小麦粉で焼いた平たいパンの味は、高価なスパイスを使った豆の煮込み料理にとてもよく合い、芋と豚肉の炒め物は食欲を大いに湧きたてた。
特にサヴァイヴァル然とした平原の旅から戻ったばかりのサキィの胃袋には、ユナの手料理は王宮の御馳走にも匹敵する程の絶品で、我を忘れて貪り食った。
「この町で、馬車を借りようと思ったんだ」サキィはご機嫌にヒゲをピクつかせながら「王宮に頼んで護衛を雇うのに比べたら、馬車一台のレンタルなんて安いものよ。けどな、馬屋に行って事情を話したら、そこにいた若い奴に止められてよ。額に一本の角を生やした…鬼人っていうのか、でも痩せぎすの、その亜人の野郎が『やめときな。おとなしく護衛を雇った方が身のためだ。君らが異生物にやられてくたばって、商売道具をそのまま野っぱらに捨て置きされたんじゃ、たまったもんじゃない』って、そいつは喧嘩を売ってきたんだ」サキィは身振り手振り、演技も交えながら饒舌に「名乗らせればルロイとかいう超人の男でよ。この俺と同じ、亜人かつ超人てわけだ…野郎、俺が街の外に出てこっからミドゥーまで行くなんて不可能だなんて、言いやがる。くそったれ!俺は頭にきて『表へ出ろ!』って言ってやったんよ」
「うわぁ」タイジは嫌そうな顔をする。
「馬屋に置いてあった木棒で剣を交えることになった。身のこなしは達者だったが、それ以外は全然大したことはない。俺が少し痛い目にあってもらおうかと、伊達にするべく二の太刀を閃こうとした矢先、角男は『待った』と言ってな」サキィは掌をパーに開いて「どうやら俺の太刀筋に恐れ入ったようで…賢明な奴だ、今度は、俺たちに着いていくと言い出したんだ」
「え、それじゃあ…」
「そう。結局、リナ嬢は俺とその角野郎ルロイとで送っていったのさ。馬車にクライアントを乗せ、俺とルロイが馬を引いた。怪物どもは馬車の中にいて外からは隠れて見えないリナには目もくれなかったな。ほんとに…異生物とはよく言ったもんよ。お陰で俺ら二人は、か弱き依頼主に不意打ちがくる心配をすることなく、存分に敵襲を退けていったわけだ。ま、相棒は少々足手まといだったがな」食卓の中央に置いたランタンの灯が揺らめいた「けど、道中の異生物はそんなに問題なかったが、あいつの土地勘というか、旅慣れてやがったな。戦い以外のところじゃ、正直ルロイを連れて来てよかったぜ」
「へぇ~。それじゃリナ姉ちゃんはサキィくんと奥様劇場禁断の関係失楽園愛の逃避行魅惑の二人旅じゃなかったんだね」マナが葡萄酒をグラスに注ぎながら感想を漏らした。
「なんだそりゃ?俺は仕事はキッチリやる方だし、誰かさんみたいな色情狂じゃないぞ。それはタイジがよく知っている。依頼主はちゃんと五体満足に家まで届けてやったぞ」
タイジは黙って頷く。
サキィは女を狩る側ではない。彼は決してそんな浮ついた感情を見せない。彼に群がってくる女は数あれど、それをすべてかわして跳ね除けてしまうほどだ。
「まぁまぁ、なんにしても、あの子を無事送り届けてくれて、ありがとうね」リナの母親でもあるユナ・アンデンが礼を述べた「今、王宮はますます慌ただしくなってるからね。滅多なことは言えないけど…情勢が不安定らしく、護衛の兵を雇うのだって一苦労なんだから」
「ええ、そんなことを届け先でも言われて…ホラ、リナさんは学校で教えているだろ?だから、もし保護者の中で、領を跨ぐ必要のある人がいたら、またあなたに護衛を依頼するわって、俺の宣伝までしてくれたんだ。どうやら俺の初仕事は好評だった」
「わぉ、サキィくんたら商売上手!」
「へ、別にそんなんじゃないよ。ただ、食い扶持は稼がなならんからな。俺はもう実家の鍛冶屋とは縁が切れてる。角男のルロイも爽やかに、俺とだったらまた一緒に仕事をしようって言ったし…護衛でもお使いでも、これからは自分の腕でバリバリ稼がなきゃ!」ところが、サキィの放った逞しい言葉に、タイジが下を向いて暗い顔を見せたのを察知し「そ、それにホラ!野の怪物を退治しながらの旅は、俺の剣の腕の向上にも繋がるし!困っている人を助けるのは……悪くない」
「う~ん、やっぱり収入のある男は良いよね~」マナが呑気に無神経なことを言う。
サキィは正面に座ったタイジが俯いたまま黙っているのを気遣い「良いんだよ、タイジは。学生だろ?さっきも言ってたじゃないか。大学で、何か研究しなくっちゃいけないことがあるんだろ?学生は働かなくても、その時間を勉強に費やせば、さ」
「そうよ、タイジくん。ウチは別に困らないんだから」家主も稼ぎのない寄る辺ない少年を元気付ける「きちんとお勉強して、立派な功績を残してちょうだい」
「お…おばさん」タイジは僅かに救われたような表情を、己が肩に手をかけてくれたマナの母に向ける。
「あー、ボクも稼ぎのある頼れる旦那さんでももらって、養ってもらおっかな~」
マナだけは空気の読めない発言を自粛しようとはしなかった。
タイジは言われたとおり、どちらかといえば積極的な風情で魔術大学にマナと通い、マナとは別の学問の研究に没頭するようになった。
生家にいた時は怠惰の窮みであったが、もともと執着的な性格でもあったので、一度拘りだすと粘着質な集中力を維持する。
はじめの内は一日の半分以上を、客員としてあちらこちらの研究室に招かれ、その魔術の訓示を要求された。
タイジは緊張しながらも、自分に出来ることを一つ一つこなしていった。
決して乗り気ではない。けれど、あの中央国での死闘の最中に覚醒した己が力を、誰かが必要とするなら、分け与えてやらないこともない。
誰かの為に、出来ることをする。
少しずつ、自分の存在を愛せるような気がしていた。
「まぁだ、こんなところをウロウロしてたんですか?早くいなくなってくださいよ」
小柄な少女アオイは、いつでもタイジを邪険に扱った。
あの国境沿いのはじめの旅籠で卓を一緒にした奇抜な学生達とは、終ぞ再会し得なかったが、タイジはこのつむじを曲げた貴族の小娘には、図書館でよく遭遇した。
「そんなに本をいっぱい抱えて、勉強のフリしたって、駄目ですからね!」
「勉強のフリって…」タイジは書棚からかき集めてきた書物の山を机の上に築きながら「僕だって知りたいことがあるんだ」恐らく魔術大学の学生の手によるものだろう。膨大な文字量の紙面、ビッシリ写本されたそれらの知識の迷宮を、タイジは執念をもって読み解いていった。
超人のこと。異生物のこと。
少しでも時間があれば、彼は私的で閉鎖的な個人研究に専念した。精霊の礼拝堂を思わせる広大な図書館は、なんだかとても落ち着いた。邪魔者さえこなければ…
だが、タイジはやがて、図書館にすら足を運ぶ暇も失われていくことになる。
それは、彼が生家の宿屋で製造していた傷薬のことを、マナがある教授に漏らし、やがてその噂が瞬く間に広まり、そこから彼への、更なる関心が向けられてしまうからだ。
そんなことは、まだマナもアオイも想像すらしていなかった。
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