オリジナルの中世ファンタジー小説
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中央皇国の首都。
東南国との国境沿い、はじめの旅籠からどんどんと北上し、長い旅路の果て、遂に三人は辿り着いた。
景色は山国然とした針葉樹林と岩肌のハーモニー。
幾つかの領地を跨ぎ、途上の町や村で宿を取ったり、時には星空の下で眠りにつくこともあった。
異生物はこの先に行くなと警鐘を鳴らすかのように、三人の若い旅人の前に容赦なく立ちはだかった。
無論、家を捨ててますますその剣の閃きに磨きをかけたサキィ・マチルヤが、悲哀を胸に抱きながらも決死の精神を絶やすことなく魔術を詠唱するマナ・アンデン、そして未だ柔らかな意識を包含しながらも、タイジは適確に『自分にできること』をこなしていった。即ち、二つの強力な新魔術の惜しみがちな活用。
そうして到達した皇都ボンディは、山脈の盆地とはいえ標高はかなりのもので、冬前の寒さは冷たく肌を突き刺したが、済んだ空気はとても清々しかった。
マナの自宅があるのは、王宮からは少し離れた居住区。
背の高いレンガ造りの建物が所狭しと肩を並べていて、街路はたくさんの人々で賑わい、雲一つ無い空に太陽はさんさんと輝いていた。
マナは帰ってきたのである。
「多分ね、今は誰もいないと思うんだ」
アパルトマンの階段を登る。402号室。
「こういうの、集合住宅っての?」
国土の豊かな東南国では殆どお目にかかれない。
あったとしても長屋程度で、階層が五階以上もある建物といったら王宮か、 貴族の館か、何かの役所と決まっていた。それがこの国では、一般市民が生活する場として当たり前の風景となっている。
山間の大都市とはいえ、人口はかなり密集しているらしく、人々は立ち並ぶ細長い建物に詰め込まれるようにして暮らしていた。
「あれ、鍵が…あれ?あれ?」マナは長旅で自分の家の鍵をどこかに紛失してしまったらしい。「ちょっと、え!?どこー??パンパースまだぁ!ほわああああああ」
「ちょっと、どうすんだよ」と、タイジ。
「なに、こんなドア一つ開けるの、わけないじゃんか」
サキィは鍵が見つからなかったらドアを破壊するつもりでいるようだ。
「こ、壊さないでよ!」マナは大きな荷物をひっくり返し、大騒ぎしながら廊下でお店を広げていた。「えー?マジ、鍵どこいっちゃったの??」
ガチャ
402号室のドアが開いた。
「何やってるの?」
「んあ、お姉ちゃん!」
タイジはお姉ちゃんと呼ばれたその人を見て驚いた。
マナとは似ても似つかない、真っ直ぐにスラリと立つ、背筋をピンと伸ばした姿。いかにも仕事が出来る要領の良い二十代女性といった感じ。
サキィと同じくらいの年齢だろうか。二人が姉妹とは、とても思えない!
「相変わらず騒々しいね、マナ、帰ってくるなら、ちゃんと伝書なりなんなりで、事前に教えておいてよね」かく言うマナの姉は影時計の時針のように、落ち着いた雰囲気の女性である。
「えへ、ごめん」マナは舌を出して愛嬌を振舞うと、すぐに「あ、タイジ、サキィ君、紹介するね!ボクのお姉ちゃんのリナだよ!リナ・アンデン」
「マナの友人のサキィ・マチルヤです」とサキィ。
少し遅れて「タイジです」
「サキィ君とタイジ君ね。ま、事情はよくわかんないけど、とにかく上がって、どうぞ。それとマナ、私は結婚したんだから、リナ・マージュ・アンデンよ」
「あ、そうだった」とマナはうっかりちゃんな顔をして「でも、リナ姉ちゃん、なんでうちにいたの?ひょっとして家出したとか?夫婦仲、うまくいってないの?」
マナは廊下に散らかした荷物を、乱雑に持ち抱えて玄関に雪崩れ込んだ。
「何言ってるの。あんたじゃないんだから」
リナという人は既婚者で、本来はこの家に住んでいるわけではないらしい。
室内は集合住宅の一室とはいえ、散らかっていつつもそこそこの広さがあり、リビングからは三つのドア、奥には食卓と台所が拝見できたことから所謂一つの3LDKであった。
「あんたがいない間、母さんの世話しなくっちゃならなかったんだから…」リナはさばさばとした風情で、マナの荷物を運ぶのを手伝った。
「おふくろさん、具合でも悪いのか?」サキィは心配して聞いた。
「違いますよ」とリナ。
「ママね、ちょっとお酒が好きでさ」
ああ、そういうことか。と、タイジは総てを悟ったような呆れた顔をした。
母親には会ったことがある気がする。
明るくて、ひょうきんで、それでいて若々しい人だった。恋する内気な男の子は、好きな女の子の親のことも忘れない。
「特に最近は荒れ気味でね。家はウチの人に任せて、私はここしばらくこっちに泊まって、夜遅くまで相手してたのよ」ウチの人というのはリナの夫のこと「母さん、わんわん泣いちゃってね。『あいつに先立たれ、今度は娘まで!』って、もうボロボロ泣きながら…だからあんたも、ちゃんと謝っておきなよ。放蕩は昔からでも、今度ばっかは本当に心配してたんだから」
「ご、ごめん」
姉はそこまで本気で叱りつけたという感じではなかったが、マナはそれに反して妙に静まり返って反省の色を見せた。
「あ!」
と、次の拍子には手に持った革の鞄を床に放り投げ、唐突に奥の部屋に走っていった。
「どうしたんですか?」
マナが奥の部屋に閉じこもってしまうと、タイジはリナに尋ねた。
「父さんに、ただいまを言ってるんだね」
リナは床に散乱しているマナの荷物を片付け始めた。さすが、マナの姉だ。面倒見が良い。
「お父さん?」でも、確かマナの父は亡くなられたんじゃ…
サキィは我関せずといった風に、部屋のあちこちを建物探訪よろしく興味を以って眺め回している。
「へぇ~、あ、ここがキッチン。おお、良い尺の取り方だな。うんうん、あ、ココに繋がってるんだ。は~、これは素晴しい」長い獣のヒゲをピクピクさせて、すっかり建築士を褒め称える人化している。
リナはマナの荷物を適当にまとめている。
タイジは気になって、今しがたマナが飛び込んだ部屋に近づいていった。
「パパ、ただいま!ボク、こうして帰ってきたよ。うん、元気だよ。うん、うん、結構いろんなことあったんだ!でもね、ボク、がんばって戦って、それで、うん、魔術の力もだいぶ強くなったと思うよ。今ならパパにも負けないかもね!そりゃないか、あはは」部屋からはマナの声が聞こえてくる。まるで会話をしているようだが…
タイジは気付かれないように、こっそりと部屋の戸を開けて盗み見た。
そこには大きな魂棚があった。
家具と肩を並べるようにして置かれた祭壇の中央にはマナの父親と思しき人の肖像画が飾られ、今灯したばかりの蜀台の火が両側で揺らめいている。仏教圏では「仏壇」とでも呼ぶべきか、まるで精霊信仰のように小さな祠が設えてあり、故人の魂を偲ぶ為の区画が建立されていた。
マナは膝立ちになって瞳を閉じ、熱心に現世にはいない父親に、帰郷の報告を行っていた。
「あの子は本当に父さん子でね」と小さな声で背後から姉のリナが言う。「小さい時から、もうべったり、パパが大好きでね。パパの手を離そうとしないマナを 無理矢理引き剥がそうとしたら、嫌だ嫌だって泣き出すことなんかしょっちゅうだった。父さんも忙しくて、家にはあまりいなかったから、マナは父が帰ってくると、自分の部屋から飛び出してきて、いつもしがみついてお帰りのキスをしてたの」マナが常に男の優しさを欲しがるのはそれが所以か?タイジは密かに邪推する。「『ねぇ、パパ、魔術を使ってよ』って、ヒマさえあれば甘えてばかりいたわ。魔術がどんなものかも知りもしなかったくせに、自分の父親は世界で一番の英雄か何かだと思っていたんだね」
タイジは邪魔してはならぬと、扉をゆっくりと閉じた。マナの髪の緑色はこれまでにないくらいの度合いで、それは最早輝きに近かった。
東南国との国境沿い、はじめの旅籠からどんどんと北上し、長い旅路の果て、遂に三人は辿り着いた。
景色は山国然とした針葉樹林と岩肌のハーモニー。
幾つかの領地を跨ぎ、途上の町や村で宿を取ったり、時には星空の下で眠りにつくこともあった。
異生物はこの先に行くなと警鐘を鳴らすかのように、三人の若い旅人の前に容赦なく立ちはだかった。
無論、家を捨ててますますその剣の閃きに磨きをかけたサキィ・マチルヤが、悲哀を胸に抱きながらも決死の精神を絶やすことなく魔術を詠唱するマナ・アンデン、そして未だ柔らかな意識を包含しながらも、タイジは適確に『自分にできること』をこなしていった。即ち、二つの強力な新魔術の惜しみがちな活用。
そうして到達した皇都ボンディは、山脈の盆地とはいえ標高はかなりのもので、冬前の寒さは冷たく肌を突き刺したが、済んだ空気はとても清々しかった。
マナの自宅があるのは、王宮からは少し離れた居住区。
背の高いレンガ造りの建物が所狭しと肩を並べていて、街路はたくさんの人々で賑わい、雲一つ無い空に太陽はさんさんと輝いていた。
マナは帰ってきたのである。
「多分ね、今は誰もいないと思うんだ」
アパルトマンの階段を登る。402号室。
「こういうの、集合住宅っての?」
国土の豊かな東南国では殆どお目にかかれない。
あったとしても長屋程度で、階層が五階以上もある建物といったら王宮か、 貴族の館か、何かの役所と決まっていた。それがこの国では、一般市民が生活する場として当たり前の風景となっている。
山間の大都市とはいえ、人口はかなり密集しているらしく、人々は立ち並ぶ細長い建物に詰め込まれるようにして暮らしていた。
「あれ、鍵が…あれ?あれ?」マナは長旅で自分の家の鍵をどこかに紛失してしまったらしい。「ちょっと、え!?どこー??パンパースまだぁ!ほわああああああ」
「ちょっと、どうすんだよ」と、タイジ。
「なに、こんなドア一つ開けるの、わけないじゃんか」
サキィは鍵が見つからなかったらドアを破壊するつもりでいるようだ。
「こ、壊さないでよ!」マナは大きな荷物をひっくり返し、大騒ぎしながら廊下でお店を広げていた。「えー?マジ、鍵どこいっちゃったの??」
ガチャ
402号室のドアが開いた。
「何やってるの?」
「んあ、お姉ちゃん!」
タイジはお姉ちゃんと呼ばれたその人を見て驚いた。
マナとは似ても似つかない、真っ直ぐにスラリと立つ、背筋をピンと伸ばした姿。いかにも仕事が出来る要領の良い二十代女性といった感じ。
サキィと同じくらいの年齢だろうか。二人が姉妹とは、とても思えない!
「相変わらず騒々しいね、マナ、帰ってくるなら、ちゃんと伝書なりなんなりで、事前に教えておいてよね」かく言うマナの姉は影時計の時針のように、落ち着いた雰囲気の女性である。
「えへ、ごめん」マナは舌を出して愛嬌を振舞うと、すぐに「あ、タイジ、サキィ君、紹介するね!ボクのお姉ちゃんのリナだよ!リナ・アンデン」
「マナの友人のサキィ・マチルヤです」とサキィ。
少し遅れて「タイジです」
「サキィ君とタイジ君ね。ま、事情はよくわかんないけど、とにかく上がって、どうぞ。それとマナ、私は結婚したんだから、リナ・マージュ・アンデンよ」
「あ、そうだった」とマナはうっかりちゃんな顔をして「でも、リナ姉ちゃん、なんでうちにいたの?ひょっとして家出したとか?夫婦仲、うまくいってないの?」
マナは廊下に散らかした荷物を、乱雑に持ち抱えて玄関に雪崩れ込んだ。
「何言ってるの。あんたじゃないんだから」
リナという人は既婚者で、本来はこの家に住んでいるわけではないらしい。
室内は集合住宅の一室とはいえ、散らかっていつつもそこそこの広さがあり、リビングからは三つのドア、奥には食卓と台所が拝見できたことから所謂一つの3LDKであった。
「あんたがいない間、母さんの世話しなくっちゃならなかったんだから…」リナはさばさばとした風情で、マナの荷物を運ぶのを手伝った。
「おふくろさん、具合でも悪いのか?」サキィは心配して聞いた。
「違いますよ」とリナ。
「ママね、ちょっとお酒が好きでさ」
ああ、そういうことか。と、タイジは総てを悟ったような呆れた顔をした。
母親には会ったことがある気がする。
明るくて、ひょうきんで、それでいて若々しい人だった。恋する内気な男の子は、好きな女の子の親のことも忘れない。
「特に最近は荒れ気味でね。家はウチの人に任せて、私はここしばらくこっちに泊まって、夜遅くまで相手してたのよ」ウチの人というのはリナの夫のこと「母さん、わんわん泣いちゃってね。『あいつに先立たれ、今度は娘まで!』って、もうボロボロ泣きながら…だからあんたも、ちゃんと謝っておきなよ。放蕩は昔からでも、今度ばっかは本当に心配してたんだから」
「ご、ごめん」
姉はそこまで本気で叱りつけたという感じではなかったが、マナはそれに反して妙に静まり返って反省の色を見せた。
「あ!」
と、次の拍子には手に持った革の鞄を床に放り投げ、唐突に奥の部屋に走っていった。
「どうしたんですか?」
マナが奥の部屋に閉じこもってしまうと、タイジはリナに尋ねた。
「父さんに、ただいまを言ってるんだね」
リナは床に散乱しているマナの荷物を片付け始めた。さすが、マナの姉だ。面倒見が良い。
「お父さん?」でも、確かマナの父は亡くなられたんじゃ…
サキィは我関せずといった風に、部屋のあちこちを建物探訪よろしく興味を以って眺め回している。
「へぇ~、あ、ここがキッチン。おお、良い尺の取り方だな。うんうん、あ、ココに繋がってるんだ。は~、これは素晴しい」長い獣のヒゲをピクピクさせて、すっかり建築士を褒め称える人化している。
リナはマナの荷物を適当にまとめている。
タイジは気になって、今しがたマナが飛び込んだ部屋に近づいていった。
「パパ、ただいま!ボク、こうして帰ってきたよ。うん、元気だよ。うん、うん、結構いろんなことあったんだ!でもね、ボク、がんばって戦って、それで、うん、魔術の力もだいぶ強くなったと思うよ。今ならパパにも負けないかもね!そりゃないか、あはは」部屋からはマナの声が聞こえてくる。まるで会話をしているようだが…
タイジは気付かれないように、こっそりと部屋の戸を開けて盗み見た。
そこには大きな魂棚があった。
家具と肩を並べるようにして置かれた祭壇の中央にはマナの父親と思しき人の肖像画が飾られ、今灯したばかりの蜀台の火が両側で揺らめいている。仏教圏では「仏壇」とでも呼ぶべきか、まるで精霊信仰のように小さな祠が設えてあり、故人の魂を偲ぶ為の区画が建立されていた。
マナは膝立ちになって瞳を閉じ、熱心に現世にはいない父親に、帰郷の報告を行っていた。
「あの子は本当に父さん子でね」と小さな声で背後から姉のリナが言う。「小さい時から、もうべったり、パパが大好きでね。パパの手を離そうとしないマナを 無理矢理引き剥がそうとしたら、嫌だ嫌だって泣き出すことなんかしょっちゅうだった。父さんも忙しくて、家にはあまりいなかったから、マナは父が帰ってくると、自分の部屋から飛び出してきて、いつもしがみついてお帰りのキスをしてたの」マナが常に男の優しさを欲しがるのはそれが所以か?タイジは密かに邪推する。「『ねぇ、パパ、魔術を使ってよ』って、ヒマさえあれば甘えてばかりいたわ。魔術がどんなものかも知りもしなかったくせに、自分の父親は世界で一番の英雄か何かだと思っていたんだね」
タイジは邪魔してはならぬと、扉をゆっくりと閉じた。マナの髪の緑色はこれまでにないくらいの度合いで、それは最早輝きに近かった。
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