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オリジナルの中世ファンタジー小説
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タイジの自室は宿の従業員用区画の最奥、一階部分にあった。
今、窓の向こうには、疲弊した馬の姿が見え、そして血にまみれたマナがいる。
「タイジ、お願い、だから…。黙って、静かにボクの話を聞いてくれる?」
マナは開けた窓越しにタイジの手をとって話し始める。
タイジは流血によってか、馳せてここにやってきた為か、苦しそうな面持ちのマナが語り出す事柄を真剣に聞く姿勢を取る。
「結論から言うと、ボクたちは、あの洞窟で全滅したの。ボクの仲間の四人は洞窟内で…四人は、死んだ。そして、残りは今、地下道までの道にある見張り小屋に傷を負ったまま寝かしてあるの」
秋の虫の鳴く声が開けた窓から室内に入ってきた。
タイジは仲間の死を打ち明けた時のマナの、悲壮に満ちた硝子の如き表情を強く記憶した。
擦り傷を負っている彼女の手は彼の手と繋がれているが、それが今はただの愛情の戯れといった類の行為ではなく、誰かに手を繋いでいてもらわないとその身が維持できないでバラバラに千切れ去ってしまいそうな状態であることが、タイジには段々と分かってきた。
「仲間が死んだ?」
あの、タイジがしきりに顔を合わせようとしなかったマナの仲間達。
マナと親しいことを快くは思えず、内心疎ましく思っていた魔術大学の生徒達。
「うん、みんな…殺され…た」と言ってマナは唇を噛んで涙を必死に堪えていた。肩が震え、月光に照らされた髪の色が黒と緑の狭間を行き来している。
「その見張り小屋なら知ってる。ここから半刻もあれば、馬で行けるとこだ」
タイジが何か言葉を言わなければと思って出たのがそれだった。
「うん、そう」とマナは破けた外套の袖で顔を拭い、タイジに赤い血に塗られたその愛らしい顔を向け「生き残った三人はとても馬になんか乗れる状態じゃなくて。で、そこなら大丈夫だろうと思って、寝かしてある」
八人の魔術学生のうち、半数は死亡し、残りは重傷を負って倒れている。
すぐには実感の湧かない話だった。
だが、マナの顔を染めた赤い血が、それが偽りではないことを物語っていた。
「その…、言い訳をするつもりじゃないんだけど、ボクらを洞窟内で襲ったのが、ただの異生物じゃなくて、何か、こう組織された連中のようでもあって…ボクたちは完全に不意をつかれて…必死の応戦も…交戦も!抗戦も!光線も!」
「わかったよ、マナ。とにかくお前が無事で良かった。さ、早く…。とりあえず手当てしなくっちゃ。裏口を開けるから、そっから入ってこいよ」
「それがね」マナは、促がそうとするタイジの手を握り締めて「そうじゃなくて。タイジ、お願いだからボクのこれから言うことを、黙って聞いてくれる?」
「え?」
「タイジ、あんたは今から身支度をして、この窓から外に出て、それでボクと一緒に見張り小屋まで来て欲しいの。今すぐに!」
「な!」
タイジはさすがに面食らって「何を言ってるんだよ!意味わかんないよ、マナ。とりあえず、その傷を直して明日また出直すか、対策を練るとかさ、そういうことを考えるべきだろ!そうだ、お城に行って相談したり、超人を雇って小屋まで行って怪我人を…」
「ボクの立場は」とマナはタイジを遮って「全滅だなんて結果を本国に持ち帰ることは出来ない。なんとしてもこの試練を突破しなければならない。それにはタイジの力が必要なの。ワケは後で言うよ。とにかく、今すぐついてきて欲しい」
「日を改めろって!だ、だって、マナ、すごい怪我してるじゃないか!」
「明日になったら、ことが明るみになっちゃうでしょ?それじゃマズイんだよぉ」マナは傷だらけの顔でダダをこね始める。「ね!タイジ!今すぐ一緒に来て!」
「だから、意味がわかんないって言ってるんだよ!超人である魔術師がやられたんだぞ!僕なんかが行ったって役立たずなだけだよ!」
「そんなこと言わないで!もう、タイジしか頼れる人いないの」
「だからお門違いだって言ってるんだよ。凡人の僕に何が出来るんだよ」
タイジは己の不甲斐なさに憤りながらマナの申し出を拒んだ。
「ねぇ、タイジ」とマナはタイジの手を、今度は両手で握り「ボクはこのまま後には引けないの。それは絶対。今すぐリベンジするしか道は無いの。それともタイジはボクのことなんかどうでもいいの?このままボクがまた洞窟に行って、それで殺されちゃったり、試練を放棄してホウホウノテイでとんぼ返りして、中央のお役人さんに面子を潰されたと牢屋に入れられたり、拷問されたり、ギロチンに掛けられたり…」
「そそそ、そんなこといったって、第一、僕が言ったって同じ結果になっちゃうだけじゃないか!」
超人でもあり魔術のスペシャリストでもある魔術師学生が七人もやられたんだ。そんなところへただの人間が、しかも特別運動が得意なわけでも、戦略に長けているわけでもない自分が行って、何の意味があるって言うんだ?
「そりゃ…友…達だし、マナの役には立ちたいと思うよ。でも超人でも魔術師でも無い僕に何が出来るって言うんだよ」
「タイジは超人だもん」
試すような、勇気を奮い立たせるような、自分を見つめる雄々しい二つの眼があった。
「なんだって?」
「タイジは、超人なの。んんん、正確にはもう少しで超人になるの。ボクは知っている」
マナはタイジの手を握る手に力を込めた。
突然の告白に頭が真っ白になるタイジ。
「そのアザ。それは大きな力が解放されるという印。解放されて超人へと生まれ変わる証」
タイジは思わず自分の脇腹に視線を移した。紫のアザはそうだと答えんばかりに、微熱を高めていっているようだ。
「ちょ、ちょっと待て。ムチャクチャなこと言わないでくれよ。確かにさ、このアザがなんなのかわかんないけど…」言いながらタイジは愕然としてきた。
そう、僕はあの日。
悪い夢から目覚めて出来ていたこのアザが、一体何なのかさっぱり分からない。だけど、マナは知っているという。
超人
人間とは似て非なる者。
人間を超えた力を持つ人間。
それに、僕も、なる、だって?
「で、でも…少なくとも今の僕は超人になんかなった覚えはないし、何も特別な力なんて持っていないんだぞ」
「それはこれからだよ」マナが笑った。「そのアザはフラグみたいなもん」
「フ、フラグ?」
なんと難解な表現を使うんだ、こいつ…さすが大学生。
「そう、タイジはもう超人になるフラグが立ってるの!あと、必要なのはきっかけだけ!そして、そのきっかけはこれからボクについてくればきっと起こるっ!間違いないんだよ!」
マナは上気してけしかけた。タイジについて来て欲しい。その気持ちはまるで夏の陽射しのように明々とタイジに照射されていた。
「待て待て待て」
タイジは分からないことだらけで、うまい具合に丸め込まれていっている自分の立場を立て直そうと「ちゃんと、説明してくれよ。このアザは超人になるっていう予言みたいなものってこと?」
「もうーめんどくさいなー」マナはまた外套で傷口を拭いてから早口で「あのね、前にそれと同じアザを持った子が大学にいたの。その子は魔術研究学科だったんだけど年下のカワイイ女の子である時そのアザの力が解放されてドヴァーって感じでそれでその子はボクのことをとても大好きで魔術師に超人になって一攫千金の一石二鳥が…」
「マナ、落ち着け、何を言ってるか誰にも分からないぞ!」
タイジもマナのあたふたした動作を見て、強張らせていた顔を少し柔らかくしてしまった。
「もー!とにかく、ボクと一緒に来れば、タイジも超人になれるし、ボクも国に帰って晒し首にならなくて済むの!さぁ、もう決まりでしょ!?行こうよ!」
冒険の始まりはこうして、ある意味無理矢理とも云える強引さによってもたらされる。
それは物語の装置に過ぎないのか。
いや、違う。
誰にでもチャンスはあるのだ。
不可思議なアザだなんて、有り触れた小道具に過ぎないかもしれないが、つまりそれだけきっかけはなんでも良いのである。何故なら冒険を始めるきっかけは誰にだって与えられているし、どこにだって用意されている。
手は、いつも差し伸べられているのだ。たとえ見えなくても。
マナの笑顔が、タイジの心を惹きつけた。
こいつと、冒険に出掛ける。
どんな恐ろしいことが待ち受けてるかも分からない。
だけど、今のマナはきっとそんな理由で、僕を見逃してはくれないのだろう。
僕が超人になるって?
タイジは興奮するマナに誘発されてヒートアップ気味の頭を、目まぐるしく逡巡させて、今、この現状で出来る最良の選択を導き出そうとした。
超人…僕が超人になる…冒険…マナ…超人のマナ…マナの頼み…マナは友達だから…友達?…超人の…人助け…僕が、超人…マナの言葉…友達…?
ん…待てよ。
「わ、わかった、マナ、ついていってやる。お前が僕の知らないところで勝手に死なれるのは嫌だ」
タイジが珍しく男らしい台詞を吐いた理由は、だが別にあった。
そうだ、僕には一人、たった一人だけ、こういう時に頼れる友がいた。『お前が困った時はいつでも力んなるから、遠慮なく言えよ!』そう言って高等学校に、退学届けを仲良く揃って提出した親友がいる!留年を繰り返していた獣人のあいつは、超人だ。
「ホント?」
マナは血で染まった顔を、きらきらきらきら精一杯輝かして喜んだ。
「その代わり、手当てだけはしてくぞ。半刻もかからない。薬と包帯と応急手当。さ、中に入って」
「わ、え。あ…ありがと」
タイジは窓越しにマナを招き入れ、ベッドに腰掛けさせ、皆が寝静まった真夜中の宿内から救急箱と秘伝の軟膏薬を取ってきて、マナの傷の手当てを施した。
顔の血のりをお湯で絞った布でふき取り、肉付きの良い二の腕やふくらはぎに鋭く走る擦過傷を煎じた薬で消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻いていく。その動作は自分でも不思議なくらい行き届いていて、頼もしいと感じられるものだった。マナと冒険に行くという、これからの期待と不安と大いなる予感に、タイジの中で何かが変わり始めていたのかもしれない。
「なんか、タイジって手際良いね。傷の手当てとか慣れてるの?こうしているとなんかボクたち恋人同士みたいやね」とマナは優しい声で言った。「タイジ、どさくさにまぎれて変なところとか触んないでよ」と思わずいつもの調子で言ってみる。
「ば、バカやろ!こんな時にふざけるな!」
マナの熟しきる寸前の果実のような体に触っていたのに、変な気分にならなかったタイジはその言葉で急に我に帰った。
「それと、一緒に行くって言ったのは」と包帯をハサミで切って「助っ人になってくれるかもしれない奴がいるからだ。一人、僕の知り合いで、協力してくれるかもしれないやつがいるから、今からそいつを呼びに言ってくる」
「へ?」今度はマナが驚く番。「そんな人いるの?男?ボクの知ってる人?こんな時間に…」
「大丈夫だ。気まぐれなやつだけど、いざって時は頼りになるやつなんだ」
「ほんとに力になってくれそう?その人?」
「この近くに住んでる。夜行性だし、呼べばすぐに駆けつけてくれる良いやつなんだ。これから呼びに行ってくるから、とりあえず大人しく待っててくれ。すぐ戻る」
タイジは立ち上がり「大丈夫。そいつは僕と違ってマナと同じ、れっきとした超人だよ」言い残して部屋を後にした。
この時、タイジの頭の中には幾らかの勝算があった。マナの強引な要請を引き受けたのも、うまくいくという可能性の自信が芽生えたからだ。それもこれも、これから援助を依頼しに行く獣人の親友の存在が為であった。それだけの信頼があったのだ。
「わわ、わかったよ、タイジたん。ボク、待ってるね。なるはやで帰ってきてね」
マナはタイジの唐突な頼もしさに半ば驚きながらも、部屋を抜け出ていく幼馴染の姿を優しく見送った。
大丈夫かな…
幼馴染の男の子の部屋で一人きりになると、そっとベッドに横たわった。瀕死の重傷を負いながら、ここまで馬を飛ばしてきた。さすがに、緊張の糸も切れ、今は押し留めていた疲労感が一気に襲い掛かってくる頃だ。少しぐらい、タイジの布団を使っても、文句はいわれないだろう。
「あ、いけない、いけない」すぐに出発するんだった!
マナは半身を起こし、ベッドに座ったまま瞳だけを閉じた。
ふと、タイジが塗ってくれた薬の香りが鼻に入った。今までにかいだことのない、新鮮な匂いだった。それは、どこか余所余所しいけれども落ち着く、優しい香りだった。






タイジ、ありがとうね。そして、ゴメンね。
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