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オリジナルの中世ファンタジー小説
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タイジは見た。
いや、見ることしか出来なかった
数刻前に会話を交わした親友のサキィが、美しい猫人の長身と長髪を閃かせて戸口から走り寄り、背の鞘からスラリと長い一振りの剣を抜き、三人目の怪物がこちらに目を向けるよりも先に、大上段から一気に剣を振り下ろし、相手を真っ二つにしてしまったところを!
失神寸前のマナをたった数秒で救った、その天上の音楽のような優雅な一連の流れを!
「キャニュゥヒアアアアァァミィィイイイイ!!」
空気を切り裂くようなサキィの懸声。
三体目の悲劇の怪人中空で消滅すると共に美しい音楽は鳴り止んだ。
マナは背中に纏わりついていた怪物から解放されて床に倒れた。
若く美しい獣人の剣士は、月光を浴びて光を放つ刃を右手に持ちながら、こちらを向き「タイジ、大丈夫だったか?怪我は!?」と、何故か、たった今自らが助けた少女の方ではなく、友人タイジの身の安否を先に問うた。
「サキィ!ああ、サキィ、よかった。ホントに良かった」
タイジは涙ぐみそうになりながら、サキィという愛称を持つ頼もしき親友に言葉を返した。
一方。
「ゴホ、ゴホ」
マナは床に片手をついた状態で、喉を押さえながら咳き込み、そして「あ、ありがとう…ございます」と上を見上げて言った。
見上げれられてはじめて、長身のサキィはやっとマナに視線を向けた。
入口のドアが開け放たれているお陰で、双方の姿はよく確認できた。
「キャ!」
マナは思わず黄色い声を上げてしまった!
危機にあった自分を救ってくれた剣士の姿。
長い剣を右手に構え、反対の腕には頑丈そうな革の盾を握り、鎧は着用していないが、それを必要だとは思わせないほど立派な筋肉を、はだけた胸のシャツの合間から覗かせている。
獣人といえど、その姿は限りなく人間に近い。
猫族特有の長いヒゲが目立ったが、長い髪は豊かな群青色で、細身で高身長、目鼻も鋭く研ぎ澄まされ整っている理想の青年の姿。長く伸ばした濃い青の髪に隠れがちだが、その二つの耳は頭部にではなく、人間と同じ位置に、だが三角形に近い尖り方をしている。
マナは下からじっくりと剣士の姿を見上げていく。
今まで何人もの美男子を物色してきはしたが、この人は中でも格別だ。肉体に過不足が無い。いや、獣の血が混じったその不完全な肉体こそ、魅惑の要素に溢れている。
不完全の美学、融合の美学。それは美のイコンであった。タイジとは大違いの均整の取れた戦う男の肉体。彫刻家が創り上げた美術品のような身姿。加えて、そこに混ざっている猫科動物の血が、彼をより一層幻想的で、容易に手の届かない高みに押し上げていた。
「はぅ」
剣士の股の後ろに可愛らしい尻尾が揺らめいているのを発見し、思わず心がとろけそうになる。
獣人自体は、この世界でそうそう珍しいものではない。
犬族から鳥類、爬虫類、魚類に至るまで、基本は人間をベースにしながらも、獣の特性を有した亜人は多く存在する。
亜人には他にも眼球が三つある者、極端に背丈が低いが腕力のある者、信じられない巨体を誇る者など、様々な種類がいた。
その総てが漏れなく超人ということではなかったが、亜人が同時に超人でもあるケースは多かった。
マナは先程まで生きるか死ぬかの瀬戸際にいたというのに、彼女の性格からか、それともほぐれた緊張の弾みでか、サキィに対する感想をあまりに露骨に言ってしまった。
「か、かっくいい…」
するとサキィと呼ばれた男は「タイジよ…」と友人の方を再度振り返ってこう言った。
「誰?このブタ?」
「え…?」
あちゃー、とタイジは僅かに離れた位置から、二人の初対面を目の当たりにしていた。
マナはサキィのことを知らない。
サキィ、その男。
鍛冶屋の跡取り息子にして、孤高の美男子であり獣人、美と力を併せ持つ完璧超人、一時期彼に惚れない女は女ではないという言い回しが流行ったほどの男。
高等学校時代、校門に一体何人の女子学生達が彼の下校を待ち伏せしていたことか分からない。
しかし、それもあってかサキィは、女に関しては他に類を見ないほど条件に厳しく、また先述の通りに救い難いほど口も悪い。
留年を繰り返していたサキィの、それ以前のことは知らないが、知り合って以来、常に行動を共にしていたタイジが記憶する限り、まともに彼の相手が出来た女は一人もいなかったのではないかと思われる。
「は?」
マナはそれを知らない。
彼に対する、いたずらな彼の容姿等への褒め言葉は、逆に仇となって、評した筈の女を深く傷つける手痛いしっぺ返しになる。
「ちょ、ちょっと、、何?」
「ま、とにかく」サキィは盾を外し、テーブルの上に置いてあった布で長剣を拭い「タイジがケガ一つなくってホント、良かったぜ」背中の鞘にそれを収めた。
マナのことは眼中に無いようだ。
穏やかでないのは当然のマナ。
「ちょっと!ちょっと、いくらなんでも、いきなり何よ?」
マナはスッと立ち上がって、サキィに食って掛かった。
こうして並んでみると二人の身長差は、頭一個分以上もある。
マナは髪を緑にし、怒り顔を上向きに「あのさ!そりゃ確かにちょっとボクはポッチャリむちむちかもしれないけど、家畜と一緒にするのはやめてくれるかなぁ!?助けてもらっておきながらこんなん言うのはなんだけど!」
「なんだお前?女のくせに自分のことボクだなんて言ってるのか?」サキィはまるで相手にしない風に「やめたほうがいいぜ。気持ち悪いよ、お前」
「な、なんだよう!ボクのこと、ボクっていうのは、ボクのお父さんがボクが小さい頃ボクが男の子だったらって言ったからで、じゃあボク男の子になるよってふざけてボクって言い始めて!つまりボクの小さいときからの癖なんだよー」
「あ、あのさ、マナ」と、やっとタイジは二人の間に割って入ろうとする。
「そいつが、僕が呼んだ助っ人のサキィ」
その言葉はこれ以上ないほど、見事に空虚に響いた。
「えと、僕達より年上で…じゃなくて、確かに口が悪いのは、保障付きっていうか、ご覧の通りってか」
タイジの喋る言葉は全く的を得ない。「いや、ちょとサキィは気性が荒いだけで、もちろん本心でそんなこと、言ったつもりじゃ…」
「俺はいつだって本心だぜ」とサキィはタイジの心遣いを物ともせず「タイジ、言っとくが、俺はこういう女が一番大っ嫌いだ!」
「いや、あのさ、サキィ。でもいきなりそんなこと言うなよ」
すっかりタイジは参ってしまっている。
「は?は?」
マナはもはや怒りのピークに達してしまっている。
「ふざけないでくれる?ちょっと顔が良くって、スラーっとしてて、ネコちゃんでカワイくって、ロンゲが決まってるからって…じゃなくって!簡単に人を見抜いたようなさ、そんな言い草するなんて、あんまりじゃない?自信過剰なんじゃないのぁ?」と大声を上げてサキィに抗い「それに、タイジ!」と怒りの矛先を、何も出来ずにへたり込んでいたタイジの方にも万遍無く向け「あんたさ!ボクが必死んなって、死に物狂いで戦ってた時、何やってたの?何さ?なんもしないでボケーっと見てただけ?それでもあんた男なの!!?」
こうなるとタイジは何も言い返せない。
昔からマナが髪の毛を眩しいほどの真緑にしてプッツンしてる時、タイジは何も言い返すことが出来なかった。
「タイジ!一体、そんな隅っこの方で何やってたんだよ!あんたホントにアレ付いてんのかよ?オカマなんじゃねぇの?」
「おい、てめぇ、タイジを責めるなって」と、サキィはタイジに加勢し出す。
「こいつは超人でもなんでもねぇんだよ。バケモンとやりあうのは俺ら超人の仕事だ。タイジは悪くない!」
「違うもん!」とマナは頭をぶんぶんと振った。
短い髪が揺れる。
「タイジは…、違うもん!タイジ、良い?あんたは立派な超人なの!言ったじゃない!なんで、一緒に戦ってくれなかったの?ボク一人じゃ死んじゃってたかもしれないじゃない!みんなみたいに…」
「そんな言われても…」
だが。
マナは自分で口にした言葉の意味に気づき、徐々に続く声を小さくしていき、火口から溢れるマグマのような剣幕も見る見る静まらせ「みんな…」と次第に声を震わせながら「みんな、死んじゃった」
そう。
マナは、今までに起こった出来柄を反芻することで初めて事の事態を冷静に、一つ一つ狂いなく把握していったのだ。
散らばったままになっていた、目を覆いたくなるような現実を、噛み締めるように受け入れていく。
急速な激しい怒りが退き、代わりに深い深い井戸の底から湧き上がって来る漆黒の悲しみがマナを襲う。
「どうしよう」
そしてその瞳は、夏の夕立の如き速度で潤いを帯びていき「ど、どうしよう…みんな、死んじゃった」
「マ、ナ」とタイジはマナの感情の豹変に戸惑い、サキィは何も言わずに虚空を見つめている。
そうか、この部屋にさっきの怪物がいたってことは、残っていた三人の学生は既に…
マナは耐え切れなくなった。
無残な現実が、彼女を容赦なく強襲する。
「えええええええええんんん!!!」
マナは遂に両目から止め処なく涙を流しながら、盛大に泣き始めた。
「なんで!あう、う、うううう、なんでだよぅう!えええええんん、みんな、死んじゃったぁぁぁあ!」
マナが泣いている。
タイジはそれを見る。
マナが泣いている。事情は今ひとつ不明瞭だが、その愛らしい身を震わせながら声を限りに、嗚咽と、涙と、悲しみに打ちひしがれている。
タイジは彼女に対して何もしてやれなかった自分の不甲斐なさを、再び呪いだす。
呪いながら、それでもなお、マナに対して何をすれば良いのか分からず、戸惑ってばかりいた。
だが…
「お前のせいじゃない」
素早くマナの肩を抱いたのは、なんとサキィだった。
サキィがマナの肩を抱いている。先ほどの悪口の残滓を微塵も見せずに。
そしてタイジは即座に思い出した。
世の女性にとって、高嶺の更にいと高きにある花、雲上の貴公子サキィという男に有効な、たった一つの攻略法を。
サキィ様の前で泣け!
これが高等学校の女子学生たちによってまことしやかに囁かれた、極秘の裏情報だった。
「お前は何も悪くない。俺が、もう少し早く駆けつけてやれなかった、そのことを謝りたい。さぁ、もうお前を襲う怪物は俺がキレイにきっちり片付けた。今は気が済むまで泣けばいい」と、サキィは先程ブタ呼ばわりした女を、今度はまるで恋人のように両腕で背中を抱いて、頑強な胸板に彼女の熱っぽい頭部を触れさせ、最大限の優しさを以ってマナを包み込んでやっていた。
マナの涙で濡れた視界のすぐ側に、あの猫のような尖った耳が映っていた。
タイジはこの親友の、あまりに破天荒な様変わりを唖然として眺めていた。
彼は眺めてばかりいた。
マナはサキィの、堅実な安定と逞しさに満ちた大いなる父性の中で、失った仲間達の事を想い、涙を流しながら、しかしまるで見当違いの誤解をし始めていた。
嬉しい。やっぱりこの人、ボクのこと好きなんだ…
そんな幸せな誤解に安堵し、そのままサキィの腕の中で寝息を立て始めた。
少し年上の彼の体温は、マナに懐かしき恋人セイジのことを思いださせた。
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