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オリジナルの中世ファンタジー小説
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四半刻後。
タイジがひっそりと自室に戻ってくると、マナはベッドに腰掛けたままうたた寝をしていた。
「お待たせ」
静かに部屋の戸を閉めて、タイジは言った。
「それとも、やっぱり朝まで待ってからにした方が良いか?」
「あ、いや、ゴメン」とマナはすぐに目を覚まし「んんん、朝になるとおばさまや宿の人に見つかる。それじゃマズイから、さぁ。行こう」と素早く身を起こした。
少しの睡眠で、肉体はだいぶ楽になってきている。マナは傍らに置いた武具や道具袋をしっかり身に付け、再出発の姿勢を見せた。
「ん?あれ?
その頼れる助っ人君は?」
「交渉したら、武器を選んだり、装備を整えたりするから、後から直接見張り小屋に行くだと」
タイジは今しがた会ってきた、猫族の獣人であるからか真夜中でも機嫌一つ変えずにタイジを出迎え、手短に事情を話したらあっけなく了承し、その割には同行ではなく「任せろ!すぐに駆けつける」と意味深な気まぐれを見せた親友のことを想った。
「あいつは…ちょっと変わってるけど、何故だか僕の困ったときにはいつでも助けてくれる良い友達なんだ」
「見張り小屋に後から行くって、ホントに来てくれるのかな?」
「確かに変だけどな」とタイジもマナに続いて窓から抜け出し「でも、信じて大丈夫だ。嘘なんてつくやつじゃない。ちょっとばかしの準備が必要とか言ってたから」
「わかった」
マナは待機していた馬の手綱を引きながら「じゃあ、ボクも信じるよ」
「うん。きっとすぐに、来てくれるさ」僕の…ただ一人、この町で頼れる友人だから…
タイジ宿の馬小屋から大人しい一匹を連れてきた。調教が済んで間もないが、過不足無くよく働く若馬だ。
「…」
タイジは宿を離れる時、一度だけその大きな家屋を振り返った。何千もの夜をここで寝泊りしてきた、彼の生家。
東南国の王宮から特別の認可を下されている超人用の宿屋。
古めかしい造りの建物は、今も物言わずに、そこから旅立っていくタイジを黙って見下ろしている。
こんな家…嫌いだったんだ
ずっと、ここから抜け出してやりたいと思っていたんだ
だけど、そのきっかけ、理由が僕には見つからなかった。手に入らなかった。
でも…今は…
ぼんやりと、馬の背の上で背後を見つめたまま、離れていく忌まわしき実家を眺めている。
そう、この時のタイジには既に、もうここには帰ってこないだろうという、漠然とした予感が察知できていたのだ。
マナの不可解な申し出を引き受けた時点で、もう自分はここには戻ってはこないだろうという、漠然とした予感、
それが、タイジには備わっていた。
「タイジぃ~、どうしたの?」前方からマナの促がす声が聞こえる。「そんな後ろばっか見て…あ、忘れ物?」
「いや、違うよ」
タイジは前を向いた。しっかりと馬の手綱を握って。「忘れ物なんかないって」
「そんな名残惜しそうな顔しなくたって、万事うまくいけば、またここに戻ってくるんだから」
マナの言葉を、だがタイジは返さなかった。
ここには戻ってこない。きっと、戻ってこない。
それはタイジの信念ではなく、あくまで予感であった。
二人は真夜中に城下町を抜け出し、大いなる冒険へと旅立っていった。


夜を、走っていく。
ますはダンジョン手前の中継地点である見張り小屋に行き、負傷したマナの仲間三人の様子を窺う。そして、可能であれば、すぐにでもダンジョン攻略に再チャレンジする。
タイジは宿の調理場から、滋養のある肝や木の実といった食料を持って出かけた。
超人は僅かな食事でも、普通の人間の数倍の速度で体力と傷口を回復させることが出来る。
そこに睡眠が加われば、更に効果は倍増する。
助っ人を呼びに行っていた間にうたた寝をしていたマナの体は、塗り薬の効力もあってか傷口も塞がり、だいぶ軽くなっていた。
タイジは滅多には来ない郊外の、夜の草むらの中にその姿を覗かせている異形の生き物達、異生物を幾度も目視していた。
人間を襲い、命をも奪わんとしてくる忌むべき怪物たちの姿を目にして、全く恐れを抱かなかったといえば少々強がりになる。
しかし、それでも今はマナと共に旅立つ歓喜と期待、それに伴う勇気、決意、覚悟、それら感情の高ぶりが馬上の恐怖に打ち勝っていた。失っていた活力を取り戻した感じ。
また、マナと二人になれたんだ!駆け抜けていく二つの影を照らす月は物も言わずに、廻り始めた運命の車輪をただ見守っていた。今やマナもタイジも無言で馬を駆り、夜道を急いていた。


タイジの乗る馬は若かったが、乗り手のスキルに見合った走りをしてくれた。
さすがに、厩から一等の馬を拝借するわけにはいかなかった。
高等部時代に乗馬を習ったとはいえ、ここしばらくは御無沙汰だったので、出発当初にスピードを上げた時はさすがに手こずりもした。
マナが何も言わずに、ブランク空けのタイジが着いてこれる程度に、速度を落としてくれているのがわかる。

「見えてきた!」
肌着を吸い寄せる汗が夜風で心地よく冷される頃、マナが声を発した。
地下道の中途にある見張り小屋は、堅固に積まれた石の塀に囲まれた、レンガ作り、一階建て、長方形の建物であった。
「静かだ」
タイジも馬を降りながら言った。
「うん。きっと三人とも死んだように眠りこけてるんだ。死んでなきゃ良いけど…」とマナはタイジが馬の手綱を木に繋いでるのを待ちながら言い「でも、火を消してしまうのはいくらなんでもよくないよ」と呟きながらレンガ小屋の扉を開けた。
ギィィィィ
「うわ、真っ暗だ。ランプはわかる?」
タイジはマナの後ろで言った。
「ちょっと待って!」とマナは鋭く言った。
窓から差し込む月明かりが僅かに青白く照らしている部位以外、部屋の中は何も見えない。
空気が変わった。
鈍重な殺気!
その時、マナが魔術を使った。
タイジは見た。
聞き取れない、何らかの言葉を呟いた、己の半歩前に立つ少女の手から光が、炎が、紅蓮の炎がやって来て辺りを照らし、みるみる緑色へと変わっていく髪の毛の様。そして…
「うわああぁああぁ!!!」
マナの作り出した幻の炎に、明るく照らされた室内に立っていた三つの影!
どす黒い赤に染まった肉体!
ベトベトと、汚泥のように体から液を滴らせながら二本の足で床に立ち、目は禍々しく赤く光り、口元は溶け出しながら裂けている!異形の人間!異生物
「悲劇の怪人」が三匹、あらわれた!
タイジは腰を抜かしてしまった。
先程まで、馬で草原を疾走していたときに見受けた草むらに隠れた怪物達ならまだしも、安心と思って訪れた小屋でこの光景を目にしてしまっては「あ、あわわ、ぁぁぁ」膝が半身を支えることを放棄した。
「チクショウ!」
マナは大声を出して胸の前で作り出した炎を一層たぎらせ「こんなことってあるか!クソ!」
両手を高く上げて炎を最高潮に熱して、怪人に向かって発射させた!
炎は真っ直ぐにその化け物に向かって飛んでいき、見事命中!
「ギュギュズウジュウジュ」と人の形をした魔物は呻き声を上げながら、赤黒い体を炎上させた。
そして、煙のように跡形もなく消え去った。
殺したってことか?
もはやタイジは、あたかも幻を見ているような気分だった。
あんな不気味な異生物、町の外でも見たこと無い!
異生物って言ったって、精々大きくたって人間よりもちょっと小さい獣みたいなやつぐらいしか知らない。人の形を保てなくて崩れていくこんなバケモノ、見たことない!
それ以上に、マナが使っている魔術?
あれが魔術っていうものなのか?なんだ、これは?
彼は床にだらしなく尻餅を付きながら、自分の日常から久遠に離れた世界の光景を眺めている。
ここはどこだ?一体、これは何が起こっているんだ?
それに、マナの魔術で一時明るく照らされた部屋を見渡しても、負傷した魔術師の仲間は見当たらなかった。
代わりにいたのが、こいつら異生物!?
「シャアアアアァアア」
怪物の一体がガラスを引っかくような不快な雄叫びを上げ、ドロドロに溶けている腕を振りかぶってマナに向かって突進してきた!
マナはそれを横様にかわし、再び何かを呟いて手のひらで炎を作り上げる。
髪はグリーンそのものになっている。
あのマナのカバンに入っていた、父親の肖像画と等しく。
「レッドホットー!」
怒声を上げて、マナは襲い掛かる二人目の怪人に至近距離で炎を打ち当てた!
またしても悲劇の怪人は耳をつんざくような断末魔を上げて、蒸発するように消え去った。
だが、タイジが震える口で「後ろ!」と叫んだときには、もう既に三人目の怪人に頭部を締め付けられていた。
「きゃあああ」
マナは悲鳴を上げる。
目の前にはマナの二発目の幻炎を受けて燃え上がり崩れ落ちる魔物。
しかし背後から別の一体がマナの頭に裂けた顎で噛み付き、両腕で首を絞めつけてきている!
「ク、くそぉお、この」
タイジは焦燥していた!
今こそ立ち上がってマナを助けなければ!
それは分かっている。
しかし、完全に腰が抜けてしまっていて、膝がガクガク、立ち上がれない。
「ハアアァアア」と怪人は笑っているのか、妙な声を発してマナを締め上げる。
マナの炎の灯りは消えたが、感覚の膨張の所為か、薄闇にすっかり慣れた目で、マナが襲われている様子を、ただ見つめることしか出来ない!
いきなり戦闘になって、それで、いきなりピンチだなんて!そんなんないよ!どうすりゃ良いってんだよ!
バタ!!
その時、戦場である部屋に一筋の光が差した!
ドアが開いて、長い細い影が!
そいつは威丈高に名乗りを上げた。
「俺の名はデニス・サ・サキ・ピーター・ジュン!助けに来た!ぶっ殺してやる!」
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