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オリジナルの中世ファンタジー小説
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その辺りはもともと人気のない土地で、噂ではある部族が細々と集落を作って暮らしているらしいとも云われていたが、東南国家は隣国との一応の国境線と定めながら も、自国の領土内には違いないが、危険地域に指定し、下手に干渉しないようにしていた。
険しい山脈の麓ということもあってか、気候が不安定で激しい風雨に晒されることもしばしばであった為、土地開墾の期待はほ とんど見込めず、そうした敬遠がいつからかこの地に、ある種の神聖さを与え始めていた。
わけても、異生物が世に蔓延るようになってからは、特に人々に近寄らないようにと念を押していた。そこに足を踏み入れることが許されていたのは、ある程度の戦闘力と生命力を備えた超人のみである。
そして、今は王国の徴兵制度の一環として使用されている魔の巣窟『暗黒の地下道』に、三人はやって来ていた。
地下道への入り口には、かがり火の台が幾つか立てられていたが当然火は灯されておらず、王家の紋章が物寂しく簡素に飾られていた。空が僅かに白み始めている。
「ここが、暗黒の地下道」
タイジは二人の後ろで呟いた。
タイジは文字通り、暗黒を覗かせるように岩場にぽっかりと口を開けた洞穴を前にして考える。
二人。
そう、この友人でもあり超人でもある二人には、既にこの洞窟に足を踏み入れた経験があるのだ。 その中で異生物との命を掛けた戦いを経験している。共に同じ時間を過ごしていた筈のマナ、サキィ、自分のあずかり知らぬところで別の人生を持っている。僕は一体なんだ?何も出来ない、したくないと実家の汚れた部屋でずーっとずっと眠っていただけ。戦い。戦い?何故、戦う?眠っていればいいじゃないか。戦 い、そんなものは面倒だ。恐ろしいことだ。僕は関わりたくない。でも、でもマナのクラスメイトが皆殺しにされた。サキィは必ずマナと僕を守ると誓った。僕は…僕は…
「タイジ。俺は、今、ほんのちょっとだがワクワクしてるぜ」
サキィはタイジの心の声を聞いたかのように、暗く陰鬱に開いた奈落への入り口を前にして、振り向かずに言葉を続けた。
「今まで俺は一人で気ままに異生物の相手をしたりしてた。つまり俺はいつも一人で剣をふるっていた。もちろん自己満足の為だ。まさか人を切っちまうわけにはいかないからな。だが、今これからこの洞窟に入って俺が振り回す剣は違う。俺が握る剣は守る為の剣だ。お前と、マナ。お前らの命を守る ため。俺は初めて仲間を持ち、仲間の為に武器を振るう。こんな嬉しいことはないぜ。だから俺は今、ドキドキしてるんだ。ハイってやつだ!」と、サキィは背 中の長剣を抜いて構えを取った。「さっきのセンコーが言ってたな。異生物は俺たち人間に、なんか知らんが恨みがあるから襲って来るんだと。つまり連中にはこちらの都合とか言い分はお構いなしってわけだ。上等だ!なら、こっちもお返しに容赦なくぶった切っていけるってわけだ。タイジを傷つけてみろ。そんなバケモンは、俺が元の姿もわからねぇぐらい滅多切りにしてやる。…まあ、殺したら消えちまうけどな。だから、安心して俺の後について来るんだ。お前が、本当は超人だとか、どうかなんて、分からねぇ。でもそんなの関係ねぇ。襲ってくるバカなうじ虫どもは、みんなこの俺があの世に送ってやっからな。マナ、お前もだ。お前ももう、魔術なんか使わなくたって、俺が キレイに全部片付けてやっからな」
タイジは見た。
長剣を構えている獣人サキィの長いヒゲに、微小な震えがあったのを。
それは武者震いだろうか?それとも恐れ?
「うん。未来の旦那さんのサキィ君に、今から守ってもらうなんて、ボク幸せ!」
マナはふざけた調子で言った。
サキィも最早笑みを浮かべて「てめぇはやっぱり死んでしまえ」勢いを付けて闇の中へと、突っ込んで行った。




タイジはマナから受け取った特殊加工された松明で辺りを照らし、サキィは右手で剣の柄を握り左手で盾を備え、マナは杖をしっかと両手で掴みながら、暗い暗い迷宮を進んでいた。
「この洞窟さ…」
先頭を行くサキィが口を開いた。「自然に出来たってより、なんか掘られた感じしない?」
「あ、それ、ボクも気になってたー。確かに、自然に出来たにしちゃ入り組み過ぎだよね」
「うん。人が掘ったっていう確かな痕跡があるわけじゃないけど、なんか自然現象って感じはしないね。でもさ、なんでそんなこと言うんだい?」とタイジ。
「おう、タイジ、よく聞いてくれた」
サキィは歩みを止めて、数秒その場に棒立ちになってから「実は、迷ったかも…」
タイジが手にした松明の炎が三つの影を揺らめかせている。
岩肌は乾燥していて天井は低い。特製の松脂が使われている松明の火は、明々と光を三人の目に提供していたが、洞窟の闇は当然それ以上だから、数歩先までしか照らせられなかった。道は何度も枝分かれを繰り返していたし、右に曲がったり左に曲がったり、なだらかな坂道や若干の段差も頻繁にあった。
「サキィ、僕はてっきり道を知ってて進んでるのかと思ったよ」
タイジは落胆の声を漏らした。
マナがやれやれといった風に「じゃあやっぱり、一番記憶の新しいボクが道案内するよ。今んとこ堂々巡りにはなってないかな?あと、水晶のあるのは最深部だから…」
「待て!」とサキィがマナの発言を制した。
「何か聞こえないか?」
「え?」とタイジは言われて耳を澄ました。
何か聞こえる?
洞窟は静けさだけを返す。マナの顔を見る。マナもきょとんとしている。
「とうとう現れやがったな、ゴミどもめ!」
獣人のサキィはタイジやマナよりも、数倍、音に敏感である。故に、敵襲に真っ先に気がついた。
サキィは剣を鞘から抜いて、鮮やかに構えを取った。
半猫半人の長髪騎士、サキィが、戦闘の姿勢を取る。
やがて、タイジの照らす明るさの中に、標的がやって来る。
ドリィィムrrライイイィツ!
奇妙な叫び声。
二匹の、最初はただのドブ鼠だと思った。
だが、違う。臼歯が血で染まったように禍々しく赤い。そして体躯が異様にでかい。
異生物!鮮血の臼歯、それが二体、道を塞いでいる。
鮮血の臼歯があらわれた!
鮮血の臼歯があらわれた!
タイジは思い出した。
馬で街から小屋へ、小屋からこの洞窟へとやって来る途中で、草むらの陰でうごめいていた異生物たち。その中に今、サキィと対峙している巨大な化けネズミと類似した姿があったことを。
だが、あの赤い臼歯には見覚えがない。目の前の異生物達は、血塗られたように不気味にぬらめく牙にも似た前歯を湛えている。
「せやぁ!」
まずサキィは気合だけを放った。
これが孤高の剣士、デニス・サ・サキ・ピーター・ジュンの戦い方であった。
本来自分達が襲うべき人間に、逆に威嚇された鮮血の臼歯は一瞬たじろぎ、やがて左手の一体が跳躍してきた。それをサキィは自慢の長剣で一閃!巨大鼠の脳天から尾っぽに掛けて鮮魚をさばくように、パックリと両断してしまった。そして間髪を入れずに、隣のもう一体に斬りかかり、首を横一文字に切断した!
「ネズ公ごときが、気高きヒョウの血を引くこの俺に、傷の一つでもつけられると思ったか!」サキィは高潮のまま、捨て台詞を吐く。「夢の国で一生、惨めな死と戯れていな!」
サキィが剣を柄に仕舞うと同時に、地に転がった鮮血の臼歯の屍体が、例の如く蒸発するかのように消滅した。
異生物の死、それは消滅。超人の死もまた同じ…
「とまぁ、こんなもんよ」
鮮血の臼歯たちをやっつけた!
「すっごぉ~~~~いッ!」
マナが歓声を上げた。
「サキィ君、天才じゃない?ボクが魔術の詠唱を始めるヒマなんてないくらい、あっという間だったね!うわー、強いんだね」
「なに、まだまだ軽い準備運動だ。あんまり大騒ぎするなって」
タイジは改めてサキィの戦いぶりを目の当たりにして、呆然としながらも「さっきみたいな奴が幾ら出てきても、これじゃあ余裕って感じだな」
「ま、そんなとこだな」
サキィはなんだか嬉しそうにしている。
とまれ、こうして暗黒の地下道での最初のエンカウントバトルは呆気なく終了した。
「そういえば、マナ、この先の道だけど…」
タイジはふいに、どこかしら戦いの余韻を払うかのように聞いた。

するとサキィも「んお!?っていうか、マナ、お前、魔術師なんだろ?魔術師だったら、道を全部把握できる魔法とか、洞窟を明るくしたり、ゴール地点の水晶のあるとこまでまっすぐ向かったり出来る魔法とかできないの?」ぶっきら棒に尋ねる。
「あのねぇ」
マナは腰に手を当てる仕草をして「魔術っていっても、絵本の中の魔法使いとは違うんだからねー」といたずらっぽく言った。
「マナ、僕にも教えてくれないか?そもそも魔術って一体、なんなのさ」
「おっほん」とマナは上機嫌な様子で「では国立魔術大学魔術学部なにげに主席のこのマナちゃんが、二人の生徒さんに特別に魔術講座をしちゃうよ」
「それはいいけど、歩きながらな」
サキィはマナの背を押した。

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