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オリジナルの中世ファンタジー小説
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会話に夢中で忍び寄る足音に誰も気がつけなかったのか、あるいは、新手の敵の襲来か、はたまた国家の役人がもうかけつけたのか…
夜も更けた荒地にポツンと立つ見張り小屋の、扉を叩く音。それは静寂を不気味に打ち破る、不吉な音色であった。

「誰だ!」
威勢良く、サキィが扉に近づいていった。長剣の鞘を握り締めながら。
静々と扉は開かれた。
サキィは瞬時に切りかかっていけるように、柄を握って居合いの構えを取っている。マナもベッドから降りて魔術を放つ体勢を取っている。タイジは二人の後方で様子を窺っている。
「あ、いや、誰かいなさるのかな?灯りがついてるようだが…」
小屋のドアを叩いたのは、小柄な初老の男だった。
三人の緊迫した警戒心を、まるで省みずに男は呑気に部屋の中へと入ってきた。
「わ!ヤーマ先生じゃないですか」とマナが男の顔を見て大声を上げた。
ヤーマ先生と呼ばれた男は「おや、魔術学部のマナ君かい?こりゃビックリした。そうか、そうか、君達が卒業試験でこの辺りに来ていることは知っていたが、まさかはちあわせになるとは…。ん?この二人も学部の仲間だったかね?」
「あ、えと違う!」
マナは慌てて前へと飛び出した。
「ちょっと、ワケあって…あ、いや大したワケじゃないんですよ。ボク達はもう洞窟での試験はパスして、他の学生は街に戻ってるんです。で、あのほら…あ!そうそう、ボクは去年までこの国に住んでいたのはご存知ですよね?その頃の友達が彼らで、それで彼らも王宮の兵士に志願するみたいだから、実戦を経験したいとかでこの辺りまで一緒に来てたんです」
ところが「ほう、そうだったのか」マナの咄嗟の作り話は、老人のこのたった一つの相槌で処理された。
「なんであれ、試験をパスしたのは良いことだ。おめでとう。私はといえば、このあたりの異生物の研究をしていてね。夜は特にやつらの行動が活発になる。それにもまして最近、凶暴さに拍車が掛かってきているようなきらいもある。試験が終わっても気を抜くんじゃないよ」
「おい、ちょっと待て。あんた大学の教授なんじゃないのか?」
サキィはこんな朴訥とした老人が、異生物と戦えるわけは無いと踏んでいるようだ。
「あ、サキィ君。このヤーマ先生は、異生物の研究をしているの。魔術大学ってね、魔術だけをやってるんじゃなくて、生物学とかもあって異生物達の生態を調査したりもしてるんだ。ヤーマ先生はこう見えて超人なんだ。だから実際に異生物と接触することで、あいつらの実態を知ることが出来る人なんだよ。だからスゴイ人なんだよ。国からもたくさん勲章をもらってて、生物学部にもたくさんの援助金が支給されてるんだ」
マナは、さも自分のことのようにサキィに自慢をした。
「こらこらマナ君、やめなさい」とヤーマはにこやかにそれを制し、長剣を持つサキィを見上げて「ところで君は見たところ騎士のようだが、君も超人なのかね?」
「そうだ。あ、そうです。マナの友人でデニスといいます。デニス・サ・サキ・ピーター・ジュン。一応超人ではあります」
「ふむ」と戸口に立ったヤーマ氏は、目を細めてサキィを眺め、そしてその場を大学の教室か何かに見立てて藪から棒に講義を始めた。
超人異生物。我々には分からないことがまだまだ多くある。これらの超常的生命体が、我々人類の長い長い歴史の上に姿を現してから、まだ数十年しか経過していない。私は生物学を若い頃より専攻していたが、人間であれ、獣であれ、虫であれ、魚であれ、生物の歴史というものには、ちゃんときちんとした進化の道筋がある、と考えている。ちょうど大木の無数の枝葉のように、様々な分岐をしていながらも、ルーツは、みな同じ根っこに帰着する。生物の歴史には、理路整然とした『進化の流れ』があるべきなのだよ。人間は猿から進化したものだ、というと、それを断固否定する者達もいるが、私に言わせれば、人間が猫や鳥から進化したものだなんてのは子供の空想もいいところだし、多くの人が考えるように、ヒトは初めからヒトだった、と考えられなくもないが、それは今の最先端の生物学では、いささか野蛮な考えなのだ。ましてや、根強く噂されている古代超文明の産物だとか、各国の法律で『共通して禁忌とされている絶対的存在』によって創造されたとか、精霊達の創作物だとかいう話なんてね。では、超人は、人間の次なる進化形態なのか?その判断は極めて難しい。例えば、ある動物が餌を捕食するのに適した形に、ある部位を発達させていったとかではなく、まったく突拍子もない、突然変異から進化が始まるという学説もあるが、私はその点において慎重である。もちろん解明されてない超人に関する膨大な謎をおもんぱかることも当然だが、どうも超人の生態にはひどく意図的で機能的と受け止められるような要素が多く見受けられる。私自身も超人であるからこんなことが云えるのだが、どうも何か、仕組まれて周到に組み込まれたような都合の良さを感じてしまうのだ。まるで誰かによって作られた機械仕掛けの人形のように、ね」サキィを再び正視し「君は亜人であるようだな。獣人や小人、魚人や鳥人、葉緑体を持った草人、角を持つ鬼人などの類は、例えば魚と爬虫類の相の子とされる両生類のような位置づけであるとするのが、現在の生物学の一般的な捉え方だが、超人とは違う。亜人の骨格上に、通常の人間と相違が見られる点があるとはいえ、死しても肉体が消えるわけではなく、ずば抜けた超能力があるわけでもない。つまり、進化の詳細な経緯を知ることは難しくとも、少なくとも一本の道筋上に通常の人間と亜人が点在しているということは確かなのだ。亜人は人間の肉体をベースに、それぞれの動物…生物の特徴をうまく取り込んでいる。いつ、このような生態が発生するようになったのかはまだ分らぬが、そこには現実的な融合の形が見られるのだ。ところが、超人ときたら、まるでそれこそ魔法のような、不可思議な要素が加わる。精霊の力のような、超常的な要素がね。そして、亜人が超人の力を得るようになる確率が、常人よりも高いことは顕著だ。君はどのようにしてそれになったのか?或いは生まれながらにして超人だったのですか?」と問うた。
サキィはやや身を硬くして「いえ。俺はもともとタダの人間だった。超人になったのは大切な人が目の前で殺されたときにです」と押し殺した低い声で答えた。
「なるほど。では、もともと普通の人間であったのに、そうした不幸を契機に超人に生まれ変わった、と。さて、昨日までなんでもなかったタダの人間だった者が、突然ある日、超人へと変質する、これが果たして進化といえるのだろうか。私は甚だ疑問の念を禁じ得ない。仮に進化だとしたら、いずれは総ての人間が超人に生まれ変わり、超人の子は超人しか生まれず、世界は超人によって形成されていくのか。そうなると人類の文化は大きく変貌を遂げることになるだろう。圧倒的な力を持った、特権的存在である超人が、全生態系の頂点に立つ世界。もしかしたら、数百年後にはそんな世界になっているのかも知れない。それは誰にも分からない。だが、もっと不可解なのは異生物たちだ。人が超人になるように、獣が超人化したものが異生物という存在なのであろうか。確かに共通点はある。超越的な身体能力と生命力。中には魔術を使う異生物もいる。そして死を迎えると消滅してしまう肉体。これらの点では非常に超人のそれと相似しているといえる。だが、やつらは人間を襲うとき、捕食を目的として襲っているだろうか?私にはそうは思えない。私が調査と研究の為に異生物と接触し、時に戦闘となる時、感じるのは捕食を目的とした攻撃ではないということだ。やつらは超人を含めた人間というものに対する、果てしない憎悪を抱いている。憎しみだ。憎しみを、私は感じるのだ。異生物が人間を襲うのは、人間に対する深い憎しみからだ。そんな生物など、他にいない。縄張り意識の強い生き物が、自分のテリトリーを侵したものに猛然と攻撃を仕掛けることがある。その圧倒的な敵意に似ている。ただ、そこにあるのは人間という存在への漠とした巨大な深い憎悪のみだ。異生物にとってはすべからく人間は領域侵害者なのか。わからないことが多すぎる」
「俺もそれは気になっていた。どうも、あのバケモン達は普通の獣とかと違う。なんか人間を襲うことがまるで仕事みたいに、無条件で歯向かってくるんだよな。でも、知能がないとかって感じでもないんだよ。そりゃバケモンの種類によるけど」
「ふむ。デニスさんと言ったね。君はなかなか実戦の経験が豊富のように見受けられる。一応私は忠告だけ残して、急いで本国の研究室へ帰らねばならない。至急まとめたいことがあってね」
「あれ?先生もう行っちゃうんですか?っていうか何しに来たんですか?」と驚きのマナ。
「異生物の調査に決まってるじゃないか」とヤーマ博士はとぼけた仕草でドアノブに手をかけ「それと実は君達のことを学長に頼まれて…じゃ。また」と尻切れトンボに言うと呆気なく小屋を後にした。
入ってきたときと同じように、ヤーマという男は唐突に去っていった。
戸口の閉まる音が、妙な静けさをそこに招いた。
「なんだったんだ、あの人?大学の教授ってのはあんな感じなのか?」
真っ先に口を開いたのはサキィ。「見守りに来たんならちゃんとそう言えば良いのに。しかも役に立ってないし…」
「あ、うん。でも、ヤーマ先生は特に変わってる人かもしれない。教授で超人の人ってそんなにたくさんはいないんだけど、なんかヤーマ先生は、教授たちん中でも落ち着いた位置にいる人って感じ…あ!そうじゃないよ、どうしよう。とっさに嘘言ったけど、教授が学長とかにボク達のこと報告しちゃうかも。すぐに帰るとかって言ってたよね」
不安を募らすマナを尻目に「なーに!問題ねぇだろ。要はさっさと地下道の試練をクリアすりゃ良いんだ。そんなの楽勝だぜ」とサキィが力づけた。
タイジは初めにこの小屋にマナと二人で入ったときのことを思い出していた。
マナはすぐに仲間がやられたことを悟って戦闘の態勢に入っていた。
つまり、あの時点で小屋にはやられた仲間の死骸も何も残っていなかったということか。
そしてマナとサキィが倒した三体の異生物は、影も形も残さず消え去った。
完全なる…消滅…
そんなことを逡巡していると「ほれ!」とサキィが何かを手渡そうと、タイジに声を掛けた。
「タイジ。マナの説明じゃいまいち分かんなかったけど、お前も超人だったら、この武器を渡しておくぜ」
サキィが持ってきたのはボウガンだった。
「お前に合う武器っていったら何かな、って考えたんだけど、やっぱり弓矢が得意だったから、そいつを持ってきたんだ。いつかに狩に行ったとき使ったよな」
「あ、ありがと」
タイジはサキィから受け取った中型のボウガンをしげしげと精査した。
「すまん、サキィ、わざわざ持ってきてもらって。そうそう、これ、僕がサキィに借りて使ってたやつじゃないか。なかなか使いやすくって気に入ってたんだよ」
「こいつね、こう見えて射撃の腕はなかなかなんだぜ」と、サキィはにやにやしながらマナに言った。「あとは投げナイフも…ナイフは、持ってきているのか」
「あ、うん…護身用の、小さいやつなら」
刃は所持していた。だけど、先ほどの戦闘で、その存在を思い出すことすら出来ずに、僕は震え上がっていた。
今、僕の手の中にはサキィから受け取ったボウガンがある。これを…僕は、この弓を…引くことが出来るだろうか…あんな恐ろしい連中を前にして…

「へー、知らなかった!タイジにも得意なことがあったんだね!じゃあボクが危なくなったらそいつでムカツク敵をぶっ殺してちょうだいね。タイジが撃つの得意だなんて想像できないよ。ボクにはちっとも外れてばっかなのにね。あ、まだ撃ってきてもないか」
マナが明るい冗談声でタイジを励ます。
「おい、そんなアホなこと言ってないで、時間が勿体無いぞ!さぁ、もう充分休んだんだろ」
サキィは二人を促がした。
「さぁ、行こうぜ!」

三人は馬に跨り、真夜中の荒野を北上して行った。
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