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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「もしかしてタイジの言ってた、幼馴染の魔術師って、この女のことか?」
サキィは小テーブルにどこから取り出したのか、ウィスキーのビンを置いて「俺はてっきり男のこと言ってたのかと…」ちびりちびりと少しずつ酒瓶を整った口に運んでいく。
「あ、ごめん」
タイジはサキィの前ですら、マナのことがうまく話せなかったのだ。
「うん。その魔術師ってのは、そいつのことだよ。マナって名前で…、えと、僕が中等んときにいっしょだったんだ。それが、最近、突然うちの宿に泊まりにきて…いや、ほら、うちの宿って国の認可得ていてデッカイだろ、無意味にさ。マナはなんでも今は隣の国の魔術師学校のエリートらしいんだ」
「ふぅん」
サキィはタイジの顔に顕著に表れている、ある種の感情の高揚、動揺の様相を知ってか知らずか、まるで意に介そうとせずに「そういや、この女、さっきタイジのことを超人だなんて言ってたな。それ本当か?」
「知らないよ」
タイジは今はすやすやとかび臭いベッドで寝息を立てているマナに視線を移した。
その顔を見た。なんて美しいのだろう!
タイジは素直に感動してしまった。そこにいつもの子供っぽい突っ張りの片意地が入り込める余地など、全くなかった。
マナの寝顔の美しさには名状しがたい、七色の虹彩が宿っていた。その愛らしい丸顔は、時に何も知らない無垢な幼女のように弾け、時に気に入った男を我が物にするために媚びと誘惑の術を操り、時にタイジの恋心を奔放に弄び、だが時に魔術という人智を超えた奥義を放つ際には凄腕の剣士の如き険しさをまとい、そして時に深い悲しみと苦悩に直面して涙の海に溺れ落ちる。
ずっと、このマナが好きだったんだ。離れていても…
だけど、今また一緒にいても、結局、僕はこいつに遊ばれるだけ。
マナは僕の力が必要だと言った。
だけど、僕は何も出来なかった。
僕は何も出来ない。
好きな女に気持ちを打ち明けることも出来なければ、その女の為に命を賭けることも出来ない。
そうだ。
ヒロインの危機を救ったのは、明日のヒーローになる主人公ではなく、主人公の親友だった。
ヒロインの心は当然、不甲斐ない名ばかりの主人公ではなく、その友人に傾いた。
「超人でもなんでもないよ」
タイジは眠るマナから、そしてサキィからも視線を逸らせて俯きながら言った。
「僕はなんも出来ないよ」
マナの寝顔を見続けることが、耐え難い苦痛に変わっていた。
すぐ側にあるマナの寝床、光輝くその一角は、永久に手の届かない宇宙の果てのように感ぜられた。
マナの光彩に照らされることで、タイジは己の卑しさや無力さ、無能さを感じていくばかりであった。どうしてマナは僕なんかを連れてきたんだろう?
「でも、こいつはお前が超人だって言ってたぜ。タイジ。そりゃ確かに超人の数はそんなに多くない。俺だってある日突然超人になった時はビックリしたもんだ。親父とか周りの連中は俺の変化にすぐには気付かなかったし、俺がちょっとキレて店の壁を殴ったら、壁が吹っ飛んで店が潰れかかったりしたことや、酔っ払って馬をすっ飛ばしてたとき、落っこちて足をバッキバキにやっちまったのに一晩寝たらすっかり元通りなってたり。それで城に行って検査みたいのしたら『お前は超人だ。申請を出して王宮兵舎に出頭するように』なんて言われちって」
十代の前半は救いようのない悪ガキだったと打ち明ける、悪名高い獣人サキィと一緒に城下町を歩いていると、強面の不良達や町の悪人達が、すれ違いざまに丁寧に挨拶をしていくことがあった。
つまり、真症の悪だったサキィが、更に超人になって無敵の力を手に入れたとあっては、どんな単細胞な悪党でも自分の命は惜しいものだから、触らぬサキィに祟りなしと、決してご機嫌を損ねないようにと気を配っていたのである。
「確かに、一般人に比べて便利なこともあったよ。大怪我しても平気だしな。でも、だからって王宮の騎士になれっつう話には賛成出来なかったな。あんな縦社会は俺には無理だし、俺は気の向いたときだけ街の外に行って剣を振るうだけさ」
自由人サキィ。
こいつは学校の授業なんて殆ど寝てるかサボっているかだったし、夜になれば酒場に行って酒を山ほど飲んだり、そのまま馬で走り回ったり。その奔放な姿は本物のヒョウみたい。
サキィの上半身は人の肌をしているが、実は腹から下は丸い斑点の浮かぶ黄色い毛皮に覆われている。
「それで、じゃあタイジは自分が超人だなんて自覚はあるの?」
「ないよ、そんなもん」
でも自覚ってなんだろう?
マナみたいに、得体の知れない魔術を使ったり、サキィのように剣で異生物を一刀両断したり?
「多分…僕は普通の人間だよ。サキィにもアザがあったんだろ?それで超人になったんだろ?」
「アザ?そんなもんねぇよ」サキィはまたウィスキーをあおり「俺にはそんなもんはなかった。俺が超人になったのは…」だがそこで一瞬顔を強張らせ、そして話題を変えようと寝ている美少女を指して「そもそも、こいつはタイジのなんなの?ガールフレンド?」
「ちょ、ちょっとサキィ!変なこと言わないでくれよ。マナはただの幼馴染で!」タイジは急に慌てふためく。「別にそれだけだよ!それにこいつは、誰彼構わず気に入った男を口説いていく、どうしょうもない女なんだぜ!」
すると、その言葉を聞いて「ちょっと、変なこと大声で言わないでくれる?」毛布にうずくまったマナが目を開けて喋った。
「あ、マナ!」
タイジは疲れて眠っていたマナを、自分の声で起こしてしまったことを気に掛ける。
「ご、ごめん。サキィが変なこと言うから…。っていうか、マナ、きちんと言っておくけど、僕は超人でもなんでもないんだぞ」
「違うもん」
マナは掛け布団を口元まで持ち上げ、眉間に皺を寄せ、意地悪そうな眼をこちらに向け「タイジはせっかくの超人になるチャンスをみすみす棒にふったんだよ。怖気づいて尻餅なんかついちゃってさ。もし一緒に戦ってくれてたら、なんかの弾みで、超人になれたのかも知れなかったのに…言ったでしょ、そのアザは超人に生まれ変わる前触れだって。それをさ、見逃しちゃうなんてね。せっかくフラグが立ってたのにね!」
「おい、待て、そんなん言ったって、いきなりの異生物との戦闘はビビっちまうもんだぜ」
サキィがすかさずタイジの肩入れをした。
「お前も魔術師だとかって言ってたけど、俺が到着してたときには手も足も出ない状態だったじゃないか?」
「だって敵が強すぎたんだもん」
「な!なんだそりゃ…そもそも、なんでタイジや俺の力を借りることになったのか、その辺をまだ俺達は聞かされてないぜ!確か小屋にはお前の仲間が待機してるとかって聞いてたが、いたのは見たこと無い悪趣味な異生物だけだったじゃないか?話が違うぞ、クライアントさんよ」
サキィが問い詰めるとマナは「うん、わかったよ」とベッドから半身を起こし、毛布をまるで何かの安心を手に入れんとするかのように体にきつく巻きつけながら話し始めた。「ちゃんと話すよ」
タイジもサキィも、黙ってマナの言葉を待つ。

「昨日の朝、ボクたちはタイジの宿を出てからピクニックみたいな気分で洞窟まで行って…なんせ途中にいたちっちゃい異生物とかは、襲ってきてもまるで相手にならないくらいだったし。そりゃ若くても、魔術使える優秀な超人が八人もいたら当たり前だけどね」
「まあな。俺も暇な時にこっちの方まで来て、あいつら相手に剣の鍛錬をしたりしてる。この辺のやつらは、そりゃ、街の中に入ってきたらちょっとは一大事かもしれないけど、超人水準的にはまったくのザコで、難なくぶっ殺せる程の弱さだ。でもよ、あの暗黒の地下道の中にいるバケモンたちだって、ここいらに比べてそんなに強いってわけでもないだろ?」
「え?サキィ、あの洞窟に入ったことあるの?」
「ヒマな時にな。何しろ強くなりすぎて、町の外ぐらいじゃ物足りなくってな」
サキィは、もしかしたら下手な王宮騎士よりも強いのかもしれない。
「あれだろ、あの洞窟を、城の超人兵の採用試験だかなんだかに使ってんだろ。なんでも、洞窟の最下層部に妙な光だか、光線だかを放ってる水晶があって、そのプリズムの型が珍しいからって、タトゥーみたいに体にその印をつけて帰ってこれるか、肝試しみたいに使ってるんだろ。で、俺は兵士になる気なんてさらっさら無いから、その水晶の光はともかくとして、洞窟にいるバケモンがどんぐらいの強さか腕試ししたかったから、夜中に一人でテンション上がってたときに、こっそり洞窟内を探検してみたんだ」
サキィの口調はいつでも豪快で野性的だ。まるで巨大な出刃包丁で分厚い豚バラ肉をぶった切っていくかのように。覗かせている獣の牙がより勇ましさを装飾している。
「でもよ、中は意外と込み入ってて、結構深かったからあんまり探索してないけど…襲ってきたのは確かに、外の草原の奴らよりかはマシな強さだったけど、学生魔術師が全滅するような程でもなかったぜ」
「そう。そこなんだよ、サキィ君」
マナは指をピンと立てる仕草をし「ボク達も、最初は『大したことないじゃ~ん』って言ってたんだ。別に初歩的な魔術の一撃でもくらわせればあっけなく退治できちゃうし、ゲル…EP補給液も随分あったし、なんも問題はなかったの」
「EP補給液?何、EPって?」
タイジは専門用語に疑問を抱く。
「あー、魔術を使うために必要な燃料みたいなもんだよ。ほら、かまどの火を起こすのにも薪が必要でしょ?」とマナの説明。「でも、ホント、あの洞窟の異生物は大したことなかったんだよ」
「まぁな。苦戦するもんじゃないよな」
「うん。で、それで皆でわいわいお喋りしながら進んでたら、張り合いも無いし二手に別れて、目的地点まで競争しようって話になって、うまいこと四人ずつに別れて、ボクたち分かれ道で別々の方に進んだんだよね」
「つまり余裕しゃくしゃくってわけだったのね」と、そんな物騒なほら穴に潜ったことのないタイジは、簡潔に要点だけを確認した。
「うん。で、どれぐらい時間たってたのかなぁ?相変わらず暗がりから出てくるのは、原始的な石の武器を持った小人の異生物とか、もじゃもじゃした空飛ぶ変なやつとか、まぁとにかくボク達の敵じゃなかったんだよ。四人でふざけ合いながら歩いてて、暗がりだから何かしよっか?とかボクも言ったりして」
「そんな話は聞いてないって」
タイジはツッコミを丁寧に返し、サキィは無視を決め込んだ。
「そしたらさ、突然、洞窟全体に響き渡るんじゃないかっていう程の、叫び声が聞こえて…『ギャーーー!』って」とマナは再現するように急に奇声を発した。
「それで、ボク達、顔を見合わせて、こんな楽勝なとこで、あいつらきっとふざけてるんだろ、って言って、後の四人のこと、最初はそう思ったんだ。でもそう言ったとたんに、また悲鳴が聞こえて。魔術唱える声も聞こえてきたし。それでボク達、これは本当に何かあったんじゃないかって、声が聞こえた方に向かったわけ。で、結構あったのね、距離が。やっぱりイタズラだったんじゃないの?って皆が思い始めた辺りで」と、マナは唾を飲み込んで「さっき、この小屋にいたドロドロの人型異生物がいたんだ。ボクがしんがりだったんだけど、先頭を走ってった子は飛び掛られて頭を噛み砕かれて、それを見てボクはすぐ炎の魔術を撃ったんだけど、待ち伏せてたかのように別の角度からもドロ人間が出てきて、おまけにそいつらの他にも今まで見たことなかった異生物が一緒になって襲ってきて…地を這う巨大な蛇みたいなのに足を噛み千切られたり、猫とゴリラを合わせたみたいな凶暴なケダモノに肉を食いちぎられたり、そうかと思うとドロドロが首を絞めてきたり…。ボクらは必死になって戦った。でもそいつら、強さが桁違いで、一人、また一人地面に倒れこみ、血が飛び散って、叫び声が上がり、まさに死闘だった。みんなそれまで余裕こいてたから、あまりに突然でパニックになってたし、何かを考えてるヒマなんてなかった。ボクはリーダーだったけど、退却できるような感じでもなかったから、とにかく必死になって怪物たちを葬ってった。死ぬかと思った。仲間が目の前で」喋りながらマナの髪と瞳の様子が徐々に変わっていく、その変化が蝋燭の光に照らされてありありと窺えた。「目の前でどんどん倒れてって、それでもなんとかボクが最後の一匹にトドメを指して、それでここで何があったかを悟ったんだ。分かれ道を進んだ四人はこいつらにやられたんだと。戦闘が終わってからボクは、そこから少し離れた地面に四人の身につけていた法衣や装飾品や他の持ち物が転がっていたのを発見した
「え!服と荷物が転がってた?それはどういうこと?」とタイジが問うた。
「そうか、タイジは知らないのか」
するとサキィが「超人は、人間を超えた力を発揮することが出来る。生命力も並の人間の比じゃない。滅多に死なない。しかし、もし超人が死んだら、誰もそいつの墓を立てることが出来ない
「墓を立てれない?どういうことだよ、サキィ?」
タイジは、サキィのいささか気取った謎めいた言い方に疑問符を打った。
「超人はその命が尽きると、肉体が自動的に消滅する。丁度バケモノ、つまり異生物か…、あのクソどもをぶっ殺したときと同じように、空中に消滅して後には何も残らなくなるのさ。遺体も遺骨もな。後に残るのは着ていた服と装備していた武器ぐらいだ」
「そうなんだよ、タイジ。ボクは四人がさっきの格段に強い異生物の群れに殺されたことにショックだったけど、でも、とにかく負傷した三人と地上へ脱出することにした。完全な全滅は避けなきゃ。国の威信に関わるから。それにどう考えても戻るべきだったんだ」マナは段々と早口になりながら「地上へは来た道を引き返さなければいけない。用意していたアイテムも底をつき、パンも弟切草も無くなっちゃった。ボクともう一人はなんとか歩けたけど、後の二人は意識がない気絶状態だったから、二人を背負って、なんとか出口を目指したんだ。けど洞窟を進むときにはなんでもなかったチビっこい奴らが、今度は執拗に襲ってきたりして、道も複雑で何度も堂々巡りしたし、次に襲われたらアウトってとこでなんとか脱出できた。外に出て馬に意識不明の二人を乗せ、なんとかこの小屋まで辿りついたのが真夜中。草原の異生物にも何度か襲われた。気絶していないもう一人はもう息も絶え絶えで、だから三人を小屋に残してタイジを呼びに行ったんだ。後は知っての通り。結局ボクがタイジを呼びに行っている間に生き残っていた仲間も追ってきたドロドロに殺されちゃった」
マナはそこまで話すと毛布に顔を埋めてしまった。
「うーむ。ザコだったはずの洞窟内で、急に格段上の敵が出てきた。これは、罠の匂いがするな」
サキィは猫ヒゲをピクピクさせながら独り言のように感想を述べた。
だが、タイジは別の事が気に掛かっていた。
超人はその命が尽きるとき、肉体が消滅する。
「マナが死んだらマナは消滅する。サキィが死んだらサキィは消滅する」
さっき、マナやサキィがほふった異生物が、煙のようにパッと消え去った様を思い出した。
あんな感じに、二人も、もしやられたら消えてしまうんだろうか…
「と、いうことは、この小屋に残っていた他の学生も、さっきの異生物に襲われて、やられてしまってたっていうこと?」
「うん」
マナは小さくうなずいてみせた。「きっと服だけ転がってるはず…」
なんという悲劇だろう。
マナが顔を押し付けている毛布から泣き声が漏れ始める。
するとサキィは立ち上がって「心配するな!俺が死ぬまでお前らは死なない。俺が命に掛けて守ってみせる。絶対だ。マナ、もう泣くんじゃない。タイジ」そしてタイジを振り返り「お前はこれから戦うことになるが、心配するな。俺が守る!安心しろ、俺より先にお前が死ぬことはないさ」と高らかに宣言した。
サキィの尾がピンと立っていた。
その勇ましい声を聞くと「ありがとうサキィくん」とマナは顔を上げ、鼻を毛布でこすった。
その時。
ドンドンドン
小屋の戸を叩く音がした。
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