オリジナルの中世ファンタジー小説
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タイジ、マナ、サキィの三人は黙々と洞窟を進んでいった。
地下道とは名ばかりで、それは地底に作られた複雑怪奇な大迷宮であり、何度か異生物の群にも襲われはしたが、マナの魔術とサキィの剣による抜群のコンビネーションでもってそれらを順調に殲滅し、遂に最下層である水晶のある間へと達していた。
だが、タイジは戦闘中も常に照明係を担当し、その顔に魂は宿らず、どんどん沈思していく一方であった。
凶悪な異生物を前にしても臆することなく立ち向かい、果敢にそれらを打ち倒していく二人の友を眺めているうちにどんどんと暗い気分になっていく一方の彼に、超人になる機会など訪れるはずもなく、自分の無力さにただただ悲観していくばかり。華やかな活躍をする目の前の二人を見てより一層。
「おい見ろ、この壁!」
サキィが鋭く言った。
「これ、もしかして、木の根っこぉ?」
「しかも超特大の巨木のな」
岩肌はいつしか堅く乾燥した大きな根茎に取って代わられていた。
「すごいよね。これ、何百年、いや、何千年ってとこかな?こんなにふっとい!ボク達が生まれるずーっとずっと昔っから生きていて、それで地下にこんな根を張ってさ。あ!明かりが見えてきたよ!」
マナは巨大な地下茎に彩られた通路を上機嫌で歩いていく。
「おぉ、ホントだ」
サキィが駆け出した。
根に囲まれた不思議な通路の先には開けた空間があった。洞窟の狭苦しさを解放せんとばかりに、地下都市の夢を思わせるような空間が広がっていた。光は遥か頭上から注いでいた。
「うっわ、すげぇ。なんか、なんつーか、ロマンチックじゃねぇか!?」
「わー、ホントだぁ。すっごい、お日様の光があんな上の方から注いでるよー」
マナもサキィにつられて上を見上げる。
木の根は高い高い天井から這ってきていて、その空間をドーム状に仕立て上げている。
天井の巨木は根の隙間から外の光をサキィ達の立っている地下の地面に注がせている。
天から注ぐ光。
そこは、数百年の歳月を思わせる巨大さを誇るであろう大木の根が土を掻き分けて、両腕を目一杯広げてもまだ足りないほどの太さを持つ根茎を思う様張り巡らせた、地下にぽっかり出来た半円球型の空洞だった。大樹の根の隙間を縫って差し込む太陽の光が、幾つもの斑を地に作って降り注いでいる。
「ねぇ、あれは何?」
タイジが突きつけるように指を指して言った。思えばタイジの声を聞くのも久方ぶりであった。
垂直に上を見上げていた二人は気付かされた、水平な地面の先に居たそいつを。
タイジの指し示す先には、奇妙な一本の木。
木の中に木が?
いや、違う。
動いているようだ。大樹の地下茎の中にいたのは、木の姿をした異生物!
「ほっほう、ボスバトルってわけか」
サキィが剣を抜いた。
今日び、ダンジョンの最奥にボス戦が待ち受けているのは、ロールプレイングゲームではすっかり御馴染みとなってしまったが、マナは不審に思った。
試練というぐらいだから、ゴール地点の水晶の間にこれまでの道のりでは決してお目にかからなかったような、いかにもタフそうな敵の一匹ぐらい、待ち構えていても少しも不思議ではないが、そんな情報はどこからも入っていなかった。
大体、国家管轄の試練の場所なら、その最深部で待ち構えているのは国営のボスキャラでなきゃおかしい。何人もの超人がここに潜り込んで証を立てに来ているなら、その度にサービス精神旺盛な異生物はよっこらしょと死と復活を繰り返していなければならない。
暗黒の地下道はそんなご都合主義ダンジョンではないし、異生物は少なくとも人間たちの喜びそうなことは一つもしてはくれない。
だから、ボスがいるだなんて、変な話なんだ!
「気をつけて!なんか、アレ、ヤバイ雰囲気がするよ」
マナは杖を構えた。
異生物はそびえ立っていた。
違う!木じゃない。顔が見える。
人間の背丈の二倍ぐらいの高さ。根の這う地面に同じような根を張って、そいつはそびえ立っていた!
根じゃない、触手だ。枝じゃない。あれは、腕?たくさんの腕が。そして、歪んだ顔、顔、顔、顔がたくさん!
異形の怪物。
異生物「七つの融合」は、それこそまるで一本の枯木のように、頭部は枝を広げたように腕のような触手が八方に分かれ、災厄を招く禍々しい呪いの柱のように不穏にそびえ立ち、足部は根と同じく地と一体化しているようにも見える。
そして全身の真ん中から上部にかけて七つの歪んだ顔が、低い呻き声を上げながら悶えるように蠢いている。その高さはマナの背丈なら二人分位はありそうで、体表は赤黒く部位によって紅であった。
「やぁってやるぜぇ!」とサキィの気合。
「ボクの魔術でイチコロさん!なんだからね!」とマナの気合。
戦闘は既に始まっていた。
タイジは最早、その様を外から眺めていた。
実はまだ戦闘に参加した事はない。
出来れば避けて通りたいと思っている。
マナは超人になるチャンスがあると言ったけど、僕は正直なところ、超人になんかなりたくない。面倒だし、傷つくのは嫌だ。まともな考えを持った人間ならそう思う筈だ。僕は戦いたくなんかない。そう願う彼にこれから残酷な運命が待ち受けていることも知らずに、曇った瞳でただ、自分とは無関係にすら感じてしまう戦況を見ていた。
「大そうなやつに見えるが…」
サキィは一歩、また一歩と近づいていく。
直立不動の「七つの融合」はその場からは動こうとしない。どうやら本当に足部にあたる触手は地面に接着しているようだ。
「こいつ、動かないみたいだぜ」
盾の取っ手部分を左腕に通し、剣を両手に持ちかえ「まさかその巨体がジャンプしたりとか…」サキィは獣の両足に力を込め、そして敵に向かって駆け出した!「しないよな!そっるっるぁあ!」
ああ、サキィが戦ってる。
剣で、あの木みたいな不気味な顔のいっぱいついた異生物を攻撃している。
そうさ、サキィの剣は誰よりも強い。サキィは強い。だから、あいつに任せておけば何も問題はないんだ。僕なんか何もしなくっても…
ィィイイイイイリィィイインング
サキィの斬りは異生物の顔の一つを見事に引き裂いた。
赤黒い液体が飛び散る。
ほら、あいつは天才だ。初めて会った敵に、あんなに簡単にダメージを与えてしまった。もはや、僕の出る幕は無いさ。これからもきっと。
だが、顔の一つを潰された七つの融合は不気味な嗚咽を上げたかと思うと、頭部の触手を揺らめかせ、それを鋭くサキィに振り下ろした。
「ぅわ!くっそ!」
サキィは咄嗟に上段からの切り下ろしに左腕の盾で防御する。弾かれて転倒するが、すぐに地を蹴って二つ目の顔に斬りかかる。
「ボクもー!」
マナの髪が翡翠色に変わる。
レッドホット!
炎の魔術を唱えた。
幻の炎が生まれて、あの異生物目掛けて飛んでいく。幻?まるで今僕が見ている景色がそれじゃないか?現実感無さ過ぎる…サキィはあんなに目にも留まらぬ動きで剣を振るっては敵を斬りつけていくし、マナは変な言葉を叫んでは炎や氷を手から発生させている。こんなの、現実だなんて思えないよ。
タイジは地下ドームの天井から差し込む光で、もう必要無くなった松明をだらりとぶら下げたまま、河岸の火事というか日常の地点から非日常の現象を、超人と異生物の戦いをすっかり冷めた目で傍観していたが、しかし、事態はそんなに容易なるものではなかった。
「なんでー?レッドホットがきかない?」
サキィの後方からマナが放った炎の魔術は、ヒットしたにも関わらず七つの融合の身を焼くことなく呆気なく鎮火してしまった。
マナのレッドホットは今までと何ら変わりなく、それが幻覚だとか催眠術だとか、そんな紛い物らしさを微塵も感じさせない、本物と寸分違わぬ炎でもって敵に向って撃ち込まれたが、全く効果が無かったのだ!
異生物に強迫効果は表れなかったということ!
そしてレッドホットを物ともしなかった異生物、七つの融合の無数の触手が、雨あられのように頭上から振りかざされ、サキィもまた防戦一方になっていた。
「それでもなんとかなるさ…」
タイジは戦いの繰り広げられている場から充分に距離を取った位置で、成り行きを見守っていた。二人は必死に戦っている。でも僕は戦わない。僕は所詮場違いな部外者であり、姑息な俯瞰者だ。超人の二人がおっかない異生物と戦っているのを、ここから眺めているだけ。だって、どうせ勝てるんだもん。あの二人は強いから。超人だから。無理矢理連れてこられた凡人の僕なんか…
最初にその幻想が崩れたのは、異生物の背筋も凍るような詠唱の声を聞いた時であった。
七つの顔を持った異生物の口が一斉に何かを唱え始める。
魔術!
old brown shoe!!!!!
砂塵と共に石つぶてが出現する!
次の一太刀を繰り出すことに躍起になっていたサキィは、突如襲い掛かってきた岩石の群れを見て、一瞬呆気に取られた。
そしてすぐにその大量の岩々に押し流され、後方へと吹き飛んだ!
崖崩れの土砂を万遍無く喰らったような感覚。体にごつごつとした堅い無機質な痛みが走り、口の中まで土っぽくなった。
「あ、あ、あれは…」
マナがそれを見て愕然となる。
「あの魔術は、そんな、まさか…」マナはサキィを呼んだ。「サキィ君!すぐにこっちに来て!」
サキィは最初、マナのその言葉を、自分の手傷を心配して治療をするから呼んだのだと思った。
だから「うるせぇ!ちょっと石っころをくらっただけだ!お前は後ろからこいつの気が散るように援護を…」
「そうじゃなくって!ねぇ、足を!」
マナは凍りついた。
やはり!間違いない。
さっき、あの異生物が使った魔術はブラウンシュー!土の魔術!
「足を!」
「足?」
サキィは下を向いた。
俺の肉体。
亜人として、猫族の能力を併せ持った自慢の肉体。
今、俺の体は炎と燃え上がっている。痛みが何だ!傷が何だ! そうだ、俺は…
タイジは恐怖した。
サキィのズボンの尻に空いた穴から飛び出している尻尾…色素を失い「石に…、なってる!」
「ああ…ああ、どうしよう…」
マナが頭に両手をやって困り果てている。
「ちょ、なんだこりゃ?足が動かねえじゃんか」
サキィはすぐには状況が呑みこめない。
だが、遠くから傍観していたタイジには分かった。
サキィの足は黄金の色を失い、絶望した灰色に変わっている。
履いているズボンに変わりはない。しかし、ズボンの破れ目や足首から覗く部位は石になってしまっているのが確認出来る!
「おい!なんだよこれ?」
サキィは手を後ろに回して尻尾を掴んだ。
妙に堅い。
鋭い爪の先で引っかいてみる。コツコツ…「コツコツって、おい!これじゃ石になったみたいじゃんか!」
そう、石化呪文、ブラウンシューである。
「どうしよう…まさかあの禁じられた魔術を使う奴が異生物でいたなんて…」
地下道とは名ばかりで、それは地底に作られた複雑怪奇な大迷宮であり、何度か異生物の群にも襲われはしたが、マナの魔術とサキィの剣による抜群のコンビネーションでもってそれらを順調に殲滅し、遂に最下層である水晶のある間へと達していた。
だが、タイジは戦闘中も常に照明係を担当し、その顔に魂は宿らず、どんどん沈思していく一方であった。
凶悪な異生物を前にしても臆することなく立ち向かい、果敢にそれらを打ち倒していく二人の友を眺めているうちにどんどんと暗い気分になっていく一方の彼に、超人になる機会など訪れるはずもなく、自分の無力さにただただ悲観していくばかり。華やかな活躍をする目の前の二人を見てより一層。
「おい見ろ、この壁!」
サキィが鋭く言った。
「これ、もしかして、木の根っこぉ?」
「しかも超特大の巨木のな」
岩肌はいつしか堅く乾燥した大きな根茎に取って代わられていた。
「すごいよね。これ、何百年、いや、何千年ってとこかな?こんなにふっとい!ボク達が生まれるずーっとずっと昔っから生きていて、それで地下にこんな根を張ってさ。あ!明かりが見えてきたよ!」
マナは巨大な地下茎に彩られた通路を上機嫌で歩いていく。
「おぉ、ホントだ」
サキィが駆け出した。
根に囲まれた不思議な通路の先には開けた空間があった。洞窟の狭苦しさを解放せんとばかりに、地下都市の夢を思わせるような空間が広がっていた。光は遥か頭上から注いでいた。
「うっわ、すげぇ。なんか、なんつーか、ロマンチックじゃねぇか!?」
「わー、ホントだぁ。すっごい、お日様の光があんな上の方から注いでるよー」
マナもサキィにつられて上を見上げる。
木の根は高い高い天井から這ってきていて、その空間をドーム状に仕立て上げている。
天井の巨木は根の隙間から外の光をサキィ達の立っている地下の地面に注がせている。
天から注ぐ光。
そこは、数百年の歳月を思わせる巨大さを誇るであろう大木の根が土を掻き分けて、両腕を目一杯広げてもまだ足りないほどの太さを持つ根茎を思う様張り巡らせた、地下にぽっかり出来た半円球型の空洞だった。大樹の根の隙間を縫って差し込む太陽の光が、幾つもの斑を地に作って降り注いでいる。
「ねぇ、あれは何?」
タイジが突きつけるように指を指して言った。思えばタイジの声を聞くのも久方ぶりであった。
垂直に上を見上げていた二人は気付かされた、水平な地面の先に居たそいつを。
タイジの指し示す先には、奇妙な一本の木。
木の中に木が?
いや、違う。
動いているようだ。大樹の地下茎の中にいたのは、木の姿をした異生物!
「ほっほう、ボスバトルってわけか」
サキィが剣を抜いた。
今日び、ダンジョンの最奥にボス戦が待ち受けているのは、ロールプレイングゲームではすっかり御馴染みとなってしまったが、マナは不審に思った。
試練というぐらいだから、ゴール地点の水晶の間にこれまでの道のりでは決してお目にかからなかったような、いかにもタフそうな敵の一匹ぐらい、待ち構えていても少しも不思議ではないが、そんな情報はどこからも入っていなかった。
大体、国家管轄の試練の場所なら、その最深部で待ち構えているのは国営のボスキャラでなきゃおかしい。何人もの超人がここに潜り込んで証を立てに来ているなら、その度にサービス精神旺盛な異生物はよっこらしょと死と復活を繰り返していなければならない。
暗黒の地下道はそんなご都合主義ダンジョンではないし、異生物は少なくとも人間たちの喜びそうなことは一つもしてはくれない。
だから、ボスがいるだなんて、変な話なんだ!
「気をつけて!なんか、アレ、ヤバイ雰囲気がするよ」
マナは杖を構えた。
異生物はそびえ立っていた。
違う!木じゃない。顔が見える。
人間の背丈の二倍ぐらいの高さ。根の這う地面に同じような根を張って、そいつはそびえ立っていた!
根じゃない、触手だ。枝じゃない。あれは、腕?たくさんの腕が。そして、歪んだ顔、顔、顔、顔がたくさん!
異形の怪物。
異生物「七つの融合」は、それこそまるで一本の枯木のように、頭部は枝を広げたように腕のような触手が八方に分かれ、災厄を招く禍々しい呪いの柱のように不穏にそびえ立ち、足部は根と同じく地と一体化しているようにも見える。
そして全身の真ん中から上部にかけて七つの歪んだ顔が、低い呻き声を上げながら悶えるように蠢いている。その高さはマナの背丈なら二人分位はありそうで、体表は赤黒く部位によって紅であった。
「やぁってやるぜぇ!」とサキィの気合。
「ボクの魔術でイチコロさん!なんだからね!」とマナの気合。
戦闘は既に始まっていた。
タイジは最早、その様を外から眺めていた。
実はまだ戦闘に参加した事はない。
出来れば避けて通りたいと思っている。
マナは超人になるチャンスがあると言ったけど、僕は正直なところ、超人になんかなりたくない。面倒だし、傷つくのは嫌だ。まともな考えを持った人間ならそう思う筈だ。僕は戦いたくなんかない。そう願う彼にこれから残酷な運命が待ち受けていることも知らずに、曇った瞳でただ、自分とは無関係にすら感じてしまう戦況を見ていた。
「大そうなやつに見えるが…」
サキィは一歩、また一歩と近づいていく。
直立不動の「七つの融合」はその場からは動こうとしない。どうやら本当に足部にあたる触手は地面に接着しているようだ。
「こいつ、動かないみたいだぜ」
盾の取っ手部分を左腕に通し、剣を両手に持ちかえ「まさかその巨体がジャンプしたりとか…」サキィは獣の両足に力を込め、そして敵に向かって駆け出した!「しないよな!そっるっるぁあ!」
ああ、サキィが戦ってる。
剣で、あの木みたいな不気味な顔のいっぱいついた異生物を攻撃している。
そうさ、サキィの剣は誰よりも強い。サキィは強い。だから、あいつに任せておけば何も問題はないんだ。僕なんか何もしなくっても…
ィィイイイイイリィィイインング
サキィの斬りは異生物の顔の一つを見事に引き裂いた。
赤黒い液体が飛び散る。
ほら、あいつは天才だ。初めて会った敵に、あんなに簡単にダメージを与えてしまった。もはや、僕の出る幕は無いさ。これからもきっと。
だが、顔の一つを潰された七つの融合は不気味な嗚咽を上げたかと思うと、頭部の触手を揺らめかせ、それを鋭くサキィに振り下ろした。
「ぅわ!くっそ!」
サキィは咄嗟に上段からの切り下ろしに左腕の盾で防御する。弾かれて転倒するが、すぐに地を蹴って二つ目の顔に斬りかかる。
「ボクもー!」
マナの髪が翡翠色に変わる。
レッドホット!
炎の魔術を唱えた。
幻の炎が生まれて、あの異生物目掛けて飛んでいく。幻?まるで今僕が見ている景色がそれじゃないか?現実感無さ過ぎる…サキィはあんなに目にも留まらぬ動きで剣を振るっては敵を斬りつけていくし、マナは変な言葉を叫んでは炎や氷を手から発生させている。こんなの、現実だなんて思えないよ。
タイジは地下ドームの天井から差し込む光で、もう必要無くなった松明をだらりとぶら下げたまま、河岸の火事というか日常の地点から非日常の現象を、超人と異生物の戦いをすっかり冷めた目で傍観していたが、しかし、事態はそんなに容易なるものではなかった。
「なんでー?レッドホットがきかない?」
サキィの後方からマナが放った炎の魔術は、ヒットしたにも関わらず七つの融合の身を焼くことなく呆気なく鎮火してしまった。
マナのレッドホットは今までと何ら変わりなく、それが幻覚だとか催眠術だとか、そんな紛い物らしさを微塵も感じさせない、本物と寸分違わぬ炎でもって敵に向って撃ち込まれたが、全く効果が無かったのだ!
異生物に強迫効果は表れなかったということ!
そしてレッドホットを物ともしなかった異生物、七つの融合の無数の触手が、雨あられのように頭上から振りかざされ、サキィもまた防戦一方になっていた。
「それでもなんとかなるさ…」
タイジは戦いの繰り広げられている場から充分に距離を取った位置で、成り行きを見守っていた。二人は必死に戦っている。でも僕は戦わない。僕は所詮場違いな部外者であり、姑息な俯瞰者だ。超人の二人がおっかない異生物と戦っているのを、ここから眺めているだけ。だって、どうせ勝てるんだもん。あの二人は強いから。超人だから。無理矢理連れてこられた凡人の僕なんか…
最初にその幻想が崩れたのは、異生物の背筋も凍るような詠唱の声を聞いた時であった。
七つの顔を持った異生物の口が一斉に何かを唱え始める。
魔術!
old brown shoe!!!!!
砂塵と共に石つぶてが出現する!
次の一太刀を繰り出すことに躍起になっていたサキィは、突如襲い掛かってきた岩石の群れを見て、一瞬呆気に取られた。
そしてすぐにその大量の岩々に押し流され、後方へと吹き飛んだ!
崖崩れの土砂を万遍無く喰らったような感覚。体にごつごつとした堅い無機質な痛みが走り、口の中まで土っぽくなった。
「あ、あ、あれは…」
マナがそれを見て愕然となる。
「あの魔術は、そんな、まさか…」マナはサキィを呼んだ。「サキィ君!すぐにこっちに来て!」
サキィは最初、マナのその言葉を、自分の手傷を心配して治療をするから呼んだのだと思った。
だから「うるせぇ!ちょっと石っころをくらっただけだ!お前は後ろからこいつの気が散るように援護を…」
「そうじゃなくって!ねぇ、足を!」
マナは凍りついた。
やはり!間違いない。
さっき、あの異生物が使った魔術はブラウンシュー!土の魔術!
「足を!」
「足?」
サキィは下を向いた。
俺の肉体。
亜人として、猫族の能力を併せ持った自慢の肉体。
今、俺の体は炎と燃え上がっている。痛みが何だ!傷が何だ! そうだ、俺は…
タイジは恐怖した。
サキィのズボンの尻に空いた穴から飛び出している尻尾…色素を失い「石に…、なってる!」
「ああ…ああ、どうしよう…」
マナが頭に両手をやって困り果てている。
「ちょ、なんだこりゃ?足が動かねえじゃんか」
サキィはすぐには状況が呑みこめない。
だが、遠くから傍観していたタイジには分かった。
サキィの足は黄金の色を失い、絶望した灰色に変わっている。
履いているズボンに変わりはない。しかし、ズボンの破れ目や足首から覗く部位は石になってしまっているのが確認出来る!
「おい!なんだよこれ?」
サキィは手を後ろに回して尻尾を掴んだ。
妙に堅い。
鋭い爪の先で引っかいてみる。コツコツ…「コツコツって、おい!これじゃ石になったみたいじゃんか!」
そう、石化呪文、ブラウンシューである。
「どうしよう…まさかあの禁じられた魔術を使う奴が異生物でいたなんて…」
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