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オリジナルの中世ファンタジー小説
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確か、あの日も雷雲だったと思う。
マナは瞬間、思い出す。初めての恋人のことを。
セイジさん。タイジのお兄ちゃん、あの時既に実家の宿屋を離れ、一流料理屋の下宿で一人暮らしをしていた。
何回も、そこへ行った。泊まらしてもらうことは出来なかったけど、何度もそこで大切な時間を過ごした。やっぱり子ども扱いされてるのかな?って思ってたけど、それでも大好きだったから、セイジさんのこと。とてもクールなあの瞳。
そのうち「夜は仕事が忙しいから会えない」って言われるようになった。だからボクは学校を抜け出してでも、セイジさんの部屋に押し掛けた。自分を止められなかった。
だんだん、ウザがられてるんじゃないかって、そんな気がしてた。セイジさんの部屋に行っても、することはいつも同じ。いつも、おんなじで、それでも、必要とされてるんだって思うだけで、愛されていると感じられていた。
あの夜。遠くで雷が鳴っていた。雨は降ってなかったけど、どうしてもセイジさんに会いたくって、夜は仕事で忙しいから、って言われてたけど、抑えられなくってセイジさんが働いてる料理屋のすぐ近くにある下宿に行った。どうしても、不安で、不安で、会いたかったんだ。
雷が鳴ってた。とても、夜の、遅い、時間。
料理屋はもう店仕舞いしてた。ボクは、セイジさんの部屋の前まで、足音立てないようにこっそり歩いた。階段が木の階段でさ、いつもは一段一段音が鳴るんだよね。下宿の他の部屋はもう灯りも消えていて、だってかなり夜遅くだったから…セイジさんの部屋も、灯りは消えていた。だけど、声はしてたんだ。
ボクは戸口に立って、そこでじっとしてた。ドアをノックすることが出来なかった。
遠くで雷の音がしてた。でも、雷の音はセイジさんの部屋の中から聞こえてくる女の子の声をかき消してはくれなかった。
「ス……ミレ…」
セイジさんの、女の人を呼ぶ声がした。


「これが…力?僕の…」
タイジは不細工な自分の両手を見つめながら、呆然としていた。
たった今、自分がしたこと。自分がなし得たこと。魔術を放った。マナではなく、もちろんあの異生物がでもなく、この僕が魔術を!
実物の雷が七つの融合に命中したわけではない。だが、被術した異生物にとって、紛れもなくそれは雷であった。
稲妻の電力は平均でおよそ九百ギガワット。並の人間ならば直撃したらまず生きていられないか、助かっても重傷である。並の人間ならば。
その直撃を受けた七つの融合は超電圧による感電に苦しみ悶え、もはや唱えかけていた氷雪呪文のことなどすっかり忘れ、ベビーベッドの中の赤子のような無防備さを晒している。巨体のあちこちに刺さったままのボウガンの矢、そして顔面の一つに突き刺さったサキィの長剣。
「僕の…力!」
タイジは徐々に湧き上がってくる喜びが、器に注ぐ水が表面張力を越えて零れ落ちていくように、抑えようとしても抑えきれなくなって、とうとう歓喜の奇声を上げた。
「うわっほい!やった!よっしゃー!よっしゃー!」それはとても不気味な光景であった。冷静さなんて微塵も残っていなかった。
今度はマナが呆れる番だった。
「タイジ、嬉しいのはボクもわかるけど…ちょっと落ち着いてよ」
「あーっはははは!もう勝ったも同然じゃないかぁ!」タイジは狂喜乱舞。完全に切れてしまっていた。「さんざん僕らを痛めつけやがって!終わりだ!終わりだ!終わりだ!」
purple haze all in my brain!!!!!
再び、タイジの唱えた雷撃呪文が怪物の肉体を感電させる。
金属的な衝撃音と焦げた匂いがあたりに立ち込める。
「ボクの魔術はどれも効果がなかったのに…それにあんなの初めて見る…雷さん?」
すっかり有頂天のタイジによって、異生物の体には幻とはいえ、信じがたい分量の電流が食らわされ、感電による痙攣で悶え苦しむこと以外の行動は完膚なきまでに抑制されてしまっていた。知覚神経を強襲する魔術が、その効果によって運動神経の機能を封殺していた。
「終わりだ!はーっはははああはああはあ」
タイジの絶叫。無敵となった瞬間に見える、あの何も遮るもののない無限の地平。インヴィシブル・ホライズン!
「うそ、勝て、ちゃうの…」
マナですら驚いていた。
タイジの魔術、あまりに強力すぎる。今まで見たことも聞いたこともない、全く未知の魔術。
「あ、あ…」
マナは見た。
今、まさにその呪われた命を全うし、消滅への一途を辿ろうとしている異生物の七つの顔、それが、はっきりと仲間の顔になった。マナの仲間達。共に大学で学び、魔術を習得し、国境を越えて、タイジの宿まで辿り付き、そしてこの洞窟での冒険で全滅してしまった仲間達、学友。七人の顔が、はっきりとマナには確認できた。
「みんな……」
みんないる。やっぱり、そうだったんだ。
一つの人柱にまとめ上げられてしまっていた七人の見習い魔術師達。一体、誰がこんな残忍なことをしたのか?何のために、こんな凄惨なことをしたのか?七つの顔、それがタイジの放つ雷撃に苦しみながらも、やっと与えられる、待ちに待った「死」を前にして、安らいでいるようにも窺えた。
「タイジ、待って!やめて!」
「消えろぉぉぉおおおおおお!!!」
総ては遅かった。
だが、予想外のことも起こった。
魔術は実在の現象を錯覚させることで、相手にダメージを与えるものである。従って、タイジやマナが幾ら炎や電気の魔術を唱えたとしても、何も無い空間から突然炎や雷が発生するわけではない。別の次元からお取り寄せするわけでもない。魔術は知覚に訴える技術だ。
しかし、どうしたわけか、例外が起こったのである。
タイジは覚醒した。
そして目覚めさせた。電気という存在を。
未知の存在。電気をその世界に!
それに呼応したのか、異生物の顔面の一つから伸びるサキィの長剣が避雷針の役割を果たしたのか、地下数十メートルの地底にまで届く、それはそれは凄まじい『本物の落雷』であった。太い木の根を突き破って、ここに空から雷が落ちてきた。
ピシャドドォォォオオオオオオオオンンン
真昼のような明るさが戦場に訪れた。落雷は凋落の異生物にトドメを指すのに充分だった。
だが、その衝撃はタイジやマナの意識をも吹飛ばした。
耳をつんざく轟音と、自然界の稲光。
タイジは急激に薄れていく感覚の最中、消滅する異生物の体から何かが飛び出してきたのを確認し、咄嗟にそれを右手で掴み取った。
しかし、それ以上は肉体が許さなかった。実物の落雷による強制シャットダウン。
「のわあああああああああああああ」

白い、そこは白い空間だった。
マナは歩いているのか、泳いでいるのか、宙を浮いているのか、どれとも分からない夢独特の浮遊感覚で、そこを彷徨っていた。
少しずつ、話し声が聞こえてくる。
「マナ、いっしょに帰ろうぜ」
「ははは、今日は私との先約があるんだよ」
「え、なんだよ、俺んち来てくれるんじゃなかったの?」
友達が、ずっと一緒だった、魔術大学のクラスのみんな。
「本当に、天才だよね。どうしてそうポンポン魔術が使えるの?」
「魔術の申し子…魔術の精霊というか」
白い、空間、仲間達もマナの両隣を漂っている。どこへ向かってるの、ねえ、ボクたち、どこへ向かってるの?この先に何があるの?
「なんか、こんな感じでダラダラしちゃってたけど、本当は俺、マナのこと…」
「ずっと、一緒だ。離れたりなど…」
白い、空間。マナとその級友達。進んでいく、どこかへ向かって。
前方の明るさが煩わしくなってきた。真っ白な光が迫ってくる。何もかもが解けて、骨一つ残らないぐらいキレイに消えて無くなってしまいそうな、真っ白な光。
「ちょっと、待って、ボク…ボクにはまだやらなきゃならないことが、あるんだ」
人は死というものを考える。死んだらどうなるのだろうと考える。死後の世界があるんじゃないかと考える。天国の存在を想像する。そしていつしか神の存在に辿り着く。我々の次元を超えた場所にいるであろう、超越的存在、神。奇跡を起こし、願いを叶え、天罰をお与えになる。神なる存在。
だが、神はいなかった。
何故か。
何故だろう。この世界において神の存在は禁じられていたのだ。大陸各地に残された謎の一枚岩に書かれた文字によって。そして、神の不在のせめてもの代替として精霊信仰があった。絶対神は存在しない、石版がそれを冷然と告げていた。
当然、その言い伝えを残したものこそが神自身だといった反論は予想される。
だが、言い伝えは神の教えではない。但し書きは周到に付されていた。人々は誰が残したとも分からない伝承のままに絶対神の想像/創造を禁じられていた。
白い世界を歩くマナ。神なんて知らないマナ。仲間達が次々と、向こうへ行こうとする。
「あのさ、ボク、多分まだそっち行くんじゃないと思う」
マナは胸が苦しくなる。どうしようもなく悲しい気分になってくる。涙がこみ上げてくる。きっと、今ボクの髪は緑色になってる筈だ。お父さんと同じ。
「!!?」
光の先に、死別した父の姿が浮かび上がった。
マナは父の身姿に涙が溢れ出す。
「お父さん!お父さん!」
「どうした、マナ」マナは父の声を聞いた。「また、泣いたりなんかして。本当にお前は泣き虫なんだから。大好きな男の子に、またふられたのか?」
「パパ、パパ、会いたかったよ、パパ」
大好きな父が、そこにいる。十六の夏に死んでしまった父が、そこにいる。そっちへ行けば、お父さんとまた一緒に暮らせる。同じクラスの皆もそっちにいる。でも、でも、
「僕は、それはちがうと思う」タイジの声がした。
いつしか、光の中の父親はタイジになっていた。
「タイジ…ねぇ、ダメ?ボク、会いたい人がいるんだ?ダメ、そっちにいっちゃ?」
「ダメだね」

タイジではなかった。タイジによく似ていたが、その声はタイジではなかった。
「ウザイんだよ、悪いんだけどさ」
「セ…セイジさん。なんで?」
タイジの兄、マナの初恋人、セイジがいた。
彼は、光のずっと先の先の世界にいるようで、そして、自分を拒絶していた。
「セイジさん……お父さんも…みんな、どうして…ボクを…」
続いていた心地よい感覚が、急激に冷めていく。
真冬の雨に打たれるように、冷たい悲しみがやってくる。
大好きな人が、自分の手を離れていく。耐え難いほどの、悲しみ。
「安心していいのよ」
「え?」
女の人の声。今まで、聞いたことのない…
優しくて、母性的で、心の底から安らいだ気分になれるような……一体、誰?

*hi*e**l**m!!!
白い光の中、セイジの立っていた位置から、更に眩い光が放射された。
光に押し流されるように、誰の姿も、見えなくなった。
次の瞬間、マナは抗えない引力で体中を引っ張られ、真っ白な空間から強制的に引き離されていった。落下していくようでもあり、高く高く跳躍していくようでもある、どちらともいえない夢特有の感覚。
ボクは、まだダメなんだね。
白い世界が消えていく。父の姿ももうどこにもない。七人の友人達もいなくなった。
「ありがとう。呼んでいたんだね、タイジが、ボクを…あの時」マナは次第に安らぎに包まれていった。「ありがとう、タイジ」



眼鏡を掛けた総白髪の老看護婦が、窓の外の景色をじっと眺めながら、椅子に座っている。
所々染みの付いた看護服を身にまとい、整えられているとは云い難い灰色の髪は、首と耳を覆い隠すぐらいの長さで、やや大きめの質素な眼鏡の縁で、迷惑そうに跳ねている。長身というほどでも無いのだろうが、背筋をピンと伸ばして椅子に腰掛けていて、老齢でありながら、肌のはりや女性としての膨らみの衰えは、まだ見られない。
その老女が見つめている窓の外。
澄み切った晴天の遥か彼方。俄かに黒いものが集束しつつある。
雲が流れていく。まるで街にやって来た旅芸人の賑やかさにつられて人々が何だろうと家から顔を出し、次第に彼らの元に群がっていくかのように。
遠くの空で何かが光ったような気がした。
すると「わかりました。時が、来た、ということ…」お婆さんの独り言が一つ。
???
総白髪の老婆の声は、異様に若々しい響きがした。
老婆ではない!
人生の終焉を目前に控えたような絶望色の光を瞳に宿してはいるが、それは、まだ若い女であった。


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