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オリジナルの中世ファンタジー小説
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戦場である大樹の根元の空間からおいとましようと歩き出していたタイジ。
異生物と二人の仲間に背を向けてトボトボと逃げ出していたタイジ。
声を聞いて歩みを止め、マナを見た。
血まみれになったマナの丸い背中があった。
「もう、一生タイジとは口きかないからね」
タイジはその言葉を聞いて、初めて自分の行為に疑問を感じた。
マナは立ち上がった。触手で裂かれた服の間から血が流れている。
ゆっくりとこちらを向く。
「タイジの馬鹿。タイジなんて大嫌いだよ。もしボクが死んだって、あの世でタイジを呪い殺してやるからね。そうして死んだって、あの世でも永遠に無視してやるから」
何故間違っている?
僕は間違っていたか?
いや、そんなことはないはずだ。
戦いの熟練者であるサキィがやられてしまった。マナの魔術も効かない。
「いいよ、早く、どこへでも行っちゃえばいいよ!タイジの馬鹿!いなくなっちゃえよ」
タイジは動けなくなった。
逃げるべきだ。絶対、このまま逃げるべきなんだ。
でも、何故だろう?そうは出来なくなった。どうしたらいいんだろう?
マナが死ぬ。
それだ。タイジの心を締め付けているのは…。
マナが、死ぬだって?どれだけ、一体どれだけ、こいつに会いたいと思って日々を過ごしていたんだ、僕は。マナが死ぬ?この世からいなくなる?超人の死は無残な消滅。そんなの絶対に嫌だ。
「いいよ!早く!いっちゃえよ!!」
マナが怒っている。僕を嫌悪している。何故だろう。今までの超人と異生物による凄まじい戦闘の実感はまるで掴めなかったのに、マナに嫌われているっていう感覚だけは手に取るようにはっきり解る。
異生物を背にしてこちらを向いている傷ついたマナの姿。その顔は憤怒の表情。タイジを非難する、見たくない顔。
red hot chili peppers!!!!!
だがそれはマナの詠唱ではなかった。
「え?」
マナの背後から輝く炎が迫りくる。
マナが得意とするレッドホット
無防備のところを焼かれ、豊満な少女の肉体は紅く燃え上がる。
タイジはそれらの流れをスローモーションで見ていた。仲間が傷つき、倒れていく。それでも、今一歩理解に乏しい。
たった一人の女の子に突っ撥ねられて冷たくされることは身にしみて痛いと感じるのに、この凄惨な戦闘の情景は未だにぼんやりとしたまま。
その女の子ですら、死地へと向っていくというのに。

「あああああ!あついっ!あつっ!」
タイジの現実味の無い視界の中で、マナは悲鳴を上げながら火炎の魔術に体を焼かれ、震えながらも背後を振り返り、異生物の方へ向かって何かを呟いた。
タイジでなくとも、マナの言葉には不可解な響きがあった筈だ。
「もう、やめてよ。みんな。これ以上、ヒドイことをしないで」
なんだって?「みんな」って?あの不気味な異生物に向って何を?
「ねぇ!もう…終わりにしようよぉ」
理性の無い異生物に向って命乞い?あまりの肉体的苦しみに口走ったのか?

マナはきっと狂ったんだ。
タイジはぼんやりそんなことを考えていた。上半身だけになったサキィはもう口を開かない。肉体は消え去ってはいないが、それは彼の超人的超人体力の最後の底力が為せるわざか。しかし、彼がもう再起不能であることは間違いなかった。
「みんな、ボクだよ。マナだよ、わかるでしょ?」
なんだろう?
敵が今度は催眠術でも使ってマナに幻覚を見せているのだろうか?それともマナの目にはもう天国が映っているのだろうか…。
でも、心なしか、あの忌まわしい異生物の動きが止まっているようにも見える。
「今まで、気付かなかった。確信が持てなかったから…でも、みんななんでしょ。わかるよ」
マナは武器である杖を収め、昂ぶる敵をなだめるように、ゆっくりとした口調で、一歩一歩七つの融合に近づきながら言葉を投げ掛けた。
「ずっと、一緒にいたもん。今まで、まさかって思ってたけど、あんな魔術、ただの異生物が使いこなせるわけない。何があって、こんなことになっちゃったのか、本当にもう分からないけど、でもボクと一緒に戦ったり笑い合ったりしてた…その事を思い出して!」
マナの声は震えを帯びていた。
それでもなだめるように禍々しい姿をした異生物に語りかけてるマナの後姿をタイジは見ながら、彼女が涙を流していることを知った。
どういうことだ?
今や、七つの顔をもつ柱状の異生物は当惑しているようでもあり、怒りと苦しみの中間ともいうべき名状しがたい表情を彷徨っている。七つ…。
待てよ!?七つだって?それじゃぁ…
「ボクがみんなを助けられなかったのは、本当に悔しいし、リーダーのくせして一人だけ生き残っちゃったし、どんなに謝っても許されないと思う。でも、みんなと過ごしていた毎日、大学でのなんやかやとか、いっぱい遊んだりしたよね。もしそうなら、復讐なのかな…これ以上、戦いたくないんだよ」
「魔術大学の生徒。マナの仲間たち…」
タイジは信じられないといった風に思わず独りごちた。
七つ
僕のうちの宿屋にやってきた卒業見込みの魔術学生は確かマナを含めて全部で八人だった。昨日の朝に宿を発って、洞窟内で分隊の四人が異生物にやられて死亡。
そしてマナに連れられて小屋に駆けつけた時には残りの三人も死亡済だった。
!!?
タイジは思わず息を詰まらせた。
一つの謎を解き明かさんとして思考の蔦を巡らせていたところ、それが思わぬ別の謎の茂みを探り当て、そしてその茂みから考えたくも無い残酷な推論が浮かび上がってきた。
「わかるよ。さっきまでは遠くにいたし、よく見えなかったからあれだったけど、こうして近くにいると、みんなの顔が…一番上にあるのが、ジンベさんだよね。すぐ側にゴル兄さんも…かっちゃんに、キクチョー…みんな、いるんだ…」
マナは穏やかに語りかける。
「もし、この七つの顔がマナのクラスメイトだったとしたら…」
タイジは一人驚愕の真実に接近していこうとする。
「人は異生物に生まれ変わることがあるってことか?人が、いや、超人か、超人がこんな醜い異生物に。そして、もしそれが事実なら、僕らが小屋で戦ったあの三体の怪人。ドロドロのあいつら…人の形をしてた…まるで腐った死骸みたいだった…熊に食われた兎の死体が何日も経って腐ったみたいな…三人は小屋に残してきた…異生物は三体いた…まさか!」
マナは子守唄を歌うような優しい口調で異生物に呼び掛けている。
ほとんど狂気といってもいい。先程までの戦闘の血生臭さを祓うかのように、緩やかに、優しさに溢れ、常軌を逸した愛を訴えている。
マナはおかしい。
やっぱり、この極限状態にあって気がどうかしちゃったんじゃないか?七つ顔があることなんて、ただの偶然だよ。そいつはマナの仲間なんかじゃない!
タイジは次第にはっきりとした意識が蘇ってくるのを自覚していた。
マナを呼び戻さなくっちゃ!
いつもみたいに暴走しちゃってるマナを!
あんなバケモノを仲間だと思って…勘違いして…仲間のところへ行こうとしているマナを!

「マナ!気をつけろ、それ以上近づくな」
マナはタイジに呼ばれて振り返った。
顔中を血のりと涙でぐしゃぐしゃにして、大好きな女の子はそこにいた。
救いを求めるような、どうしようもなく耐えられない悲しみを抱え、それでも必死で戦っている少女の顔があった。
タイジはマナの狂気を、少なくとも彼にとっては狂気だと思えたそれを見つめることで、自分の正気に目覚めていった。
そして、その確かな感覚は今まで萎えていた小さな勇気すら復刻させた。
「マナの仲間だったなんて証拠はないだろ?そう思い込んでるだけだよ!それより、サキィがやられたんだ、そいつに、だからこの場はにg」
クrッロロロサアアアァアァァアア
だが、異生物の攻撃。
速やかな攻撃だった。
まるで美味しいものをやると言われてひょこひょこついてきた子供が、裏切られたことを知って掌を返し、手痛い反撃を繰り出した時のように。

「タ…ぃ、ジ。ボ、ボクの代わり…に、友達をちゃ…んと、天国に送って…あげ、て、ね」
タイジはその場に固まった。
マナの腹部から触手が伸びていた。
最後にその愛しい顔は笑っていたようにも見えた。
マナはそのまま前向きに倒れた。
背中から腹へ貫通した異生物の触手はスルリと抜け、異生物は一時の油断を忘れ去るかのように、再び戦闘態勢に入る。タイジは駆け寄って受け止めることすら出来なかった。
「マナ!!マナ!マナぁぁぁぁっぁぁああ!」
マナのお腹から赤い血が流れている。
タイジは無心で走り出し、柔らかい体を抱き起こした。
「きっと…」
「え?なんだって?」
マナは聞き取れないぐらい小さく、かすれた声で言った。眼を閉じたまま、タイジの腕の中でぐったりと、前髪が汗でべっとりして乱れている。
「タイジ、勝ってね。でも、無理、だったら、ホント、ゴメン」
「ゴメンじゃないよ」
タイジは自分の声が震えているのに気が付いた。
体中の血が逆流するようだ。ぞわぞわする。震えている、僕が。
「いまさら、もうどうしようもないじゃないか。マナがこんななっちゃったら、もう逃げることだってできないじゃんか!」
抱きかかえているマナの体。優しくって意地悪。どうしようもなく性悪な奴なのに嫌いになれない。女の子。僕の、好きな…
「大丈…夫だよ。き、っ…と、勝てる…か、ら。ボ…クが、死んで、も…」
ボクが死んでも…かすれて耳に届いたその言葉は、冗談よりは遺言の方に近かった。それは紛れもなくリアルな響きであった。

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