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オリジナルの中世ファンタジー小説
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旅籠は、険しい山脈に囲まれた大自然溢れる茫漠としたその土地に、まるで砂漠のオアシスを思わせるかのように、そこだけ一点、確固たる木造建築の存在、人の手による建造物の存在を誇示していた。
その一帯でどれだけ周囲を見渡しても、目に入るのは山や森ばかりで、町や集落の姿は窺うことは出来ない。
辺りには人間を容赦なく襲う異生物の群が跋扈している。大昔に旅人を悩ませた野盗やおいはぎなんかよりも、遥かに脅威となる存在である。おまけに、大都市部から離れた地域とあってか、その界隈には暗黒の地下道よりも更に手強い異生物が生息していた。
旅籠は、そんなのっぴきならない危険地帯にあって、決して倒壊しない頑丈な造りの建物と、完全自給自足を意味する田んぼと畑、馬小屋と納屋、それらを低い柵で囲って、異生物のはびこる広大なフィールドから慎ましやかな縄張りを確保していた。
「ここの主人が言うにはね。『ワシの方があいつらより先にここに住んどったんだ。この土地に関しちゃ、ワシの方が格上なんだよ』ってことらしいんですよ」宿にいた、年齢不詳の男はロビーでタイジたちに説明した。「あのバケモンたちのことはよくわからないけど、でも主人が言うには、もとは獣。獣は土地の先住者に礼と仁義を通すものだって。だからこの旅籠の柵も、お飾りみたいな程度でしょ。あれでも一度も異生物が襲ってきたことはないんですよ」
「そりゃスゲェな」サキィはいかにも自由人的ななりをした宿の先客に対して感嘆となって「やっぱ異生物のやつらも、わかってるんだろうな。その辺。先住民には頭を下げるっていうか」
「そんな分別のある連中に、僕には思えないんだけど…」タイジは子供の背丈ほどもないやわな柵で囲っただけで、あのおっかない異生物たちが襲撃してこないという話が、どうも信じられない。
「っていうか、お客さん、ボクが前に来たときもいましたよね?」
この旅籠屋に来るのが二度目のマナは、相変わらず客室にいた自由人のおじさん…?に向って言う。
「あははは、参ったな~。まあ僕は、この宿の常連みたいなものさ」
「はぁ…そうなんですか」
こんな人里離れたド田舎の宿屋の常連?一体、この人はどこに家があるんだろう…あ、ココがその家なんじゃない?
「僕はフリーの旅芸人!メインは叙事詩の朗詠」ここで小型のギターを取り出す「君は魔術アカデミーの学生さんかい?」
「おお、詩人だったのか、あんた!」
サキィは吟遊詩人が手にした弦楽器を目にして興味をそそられる。
「と、とりあえずボクは、今この身にまとわりついてる死亡フラグをなんとか振り落としたいから、先に部屋にいってるね!」
疲労困憊のマナは、サキィたちを残したまま宿の階段を上がろうとする。
「へ~、使い込んでるけど、良い音なるじゃねぇか」
獣人の剣士サキィは、詩人から楽器を取り上げて試奏をはじめてる。じゃかじゃん♪じゃかじゃん♪
「タイジー!いくよー!」マナは二階からタイジを呼んだ。
「え?あ、うん」
タイジは嬉々として楽器を演奏しているサキィの顔を見つめながら、マナに呼ばれるままに客室へ上がっていった。

夕食の段になって、ちょっとした事件があった。
「あ!」
「ええ?」
先に声を上げたのはマナ。その彼女を見て、まるで幽霊にでも出くわしたかのように、四人の若者たちが一斉に驚きの声を発した。
続いて宿の食堂に降りてきたサキィは、小さい円卓を囲んでいる四人の、一風変わった奇抜な衣装に身を包んだ旅人が、怪訝な表情で揃って自分たちを眼差しているのを見て「なんだ?お前ら?俺たちになんか用か?ガン飛ばしやがって、何モンだ、てめえら!え?何様のつもりだ!誰だ?」
「マナ……アンデン…」珍奇な風貌の一人が声を漏らした。
「ん?なんだ、マナ。知り合いか?」サキィは眉をひそめたままマナに尋ねる。
するとマナは、青い顔をしてこちらを見ている四人を顧みず「んもー!ビックリしたわよ!こんなところで会うなんて」
マナの大学の知り合いだろうか…後方のタイジは、見知らぬ男子に愛想をふりまいている幼馴染のくだけた態度を垣間見て、途端に嫌な気分になる。
「あ、サキィくんにタイジ、紹介するね!この方々はぁ、魔術アカデミーの魔術学部第二魔術学科の学生さんたちなの!つまりね、ちょっとややこしいけど、ボクの学科とは別の学科なのね。ボク達の第一魔術学科は実際の魔術師育成がメインだけど、第二魔術学科の彼らは魔術の研究を主にやってるの」マナは愛嬌たっぷりにタイジとサキィの眼を交互に見つめながら説明した。「彼らは、ハコザ教授っていう、うちの大学でも大そうな研究成果をもってる先生の教え子さんなんだよ」
「ハコザ…」
タイジは何とはなしにその名を呟いた。ハコザ…なんだろう。落ち着かない、嫌な響きだ…
「ふ~ん」
長身の獣人サキィは、改めて魔術師学生らしい四人を見定める。
魔術師の学生といっても、彼らはマナと共にタイジの宿に訪れた卒業見込みだった七人のそれとは違い、どこか鋭角的で反社会的な出で立ちをしていた。
短髪をカラフルな色に染め上げ、油でかためて尖らせたり、身につけている衣服も、過度に装飾的で、まるでどこか辺境の部族のごとき異様な風体である。
加えて拭い去りがたい、とても好戦的で喧嘩っ早い雰囲気を感じる。
サキィはまるで在りし日の自分、もしくは当時つるんでいた町の悪党どもを思い出したような気分で、しかしあえて「じゃあ、まあ知り合いってわけだ。だったら、どうだ?いっしょにメシでも…」魔術大学の別学科の学生四人を誘った。その誘い方には当然、威圧感がこめられていた。
「構わないぜ」
いっとう派手な格好をした若造がサキィの誘いに応えた。
「ライドン…」
「そーだよ、そーだよ!こんなところで出会ったのも、何かの縁だしさ!」マナだけは一人、和やかな仲良しムードを作ろうとしている。「食事は多い方が良いよね~。あ、すいませーん、ワインありますぅ?え?セルフサーヴィス?」
「で、なんでまた魔術大学の学生さんが、こんなところに?」
サキィが、四人が黙々と大テーブルに食器を配置しなおすのを待ってから尋ねた。
「もしかして、学長がボクたちの卒業試験の偵察に行って来いって…言ったとか?」マナは喋りながら、どんどん葡萄酒を注いでいく。
「そんなとこだ」
恐らく四人の中でリーダー格と思われる学生が答えた。マナよりも明るいグリーンの髪をしたド派手な風体の男。タイジは返事をしたそいつをシチューをすくったスプーンを口に向わせながら盗み見た。
なんとなく、気色が違う。うちの宿に泊まりに来たマナの仲間達は、馬鹿騒ぎしてたけど、全体的にはもう少し上品な感じがあった。
少なくとも、こいつらみたいに殺気立ってはいなかった。
おまけに便乗するようにサキィがさっきから喧嘩腰なのが気掛かりだ。なんかもう、嫌な予感しかしないんだけど…
「ああ、そっかー!じゃあヤーマ先生ともいっしょだったのかな?」
「ヤーマ教授とは途中から別行動になっていた」
「へぇ~、ほっかほっか」
マナは葡萄酒をあおりながら悪意のない顔で同大学の学生の話を聞いている。
「そんなことより、マナ・アンデンよ。試験はどうなったんだ?」
「そうだ、マナ・アンデン。他の連中はどうしたんだよ」
食卓に、唐突な冷たさが漂い始めた。
マナは酒やパンのカスで汚れた己の口もとをナプキンで一ふきすると、沈痛な面持ちで、自分以外の七人の学友が試験の最中に皆死んでしまったことを、四人に説明した。
洞窟に向ったら予想以上に手強い異生物がいたこと。仲間が次々と命を落とし、一度撤退を試みたが、その間にも生き残りの仲間が殺されてしまったこと。試験を放棄することは出来ぬからと、旧友であるタイジと、その友サキィの力を借りて、最深部目指して再び突入し、親玉ともいうべき怪物に、絶体絶命の瀬戸際まで追い詰められたが、なんとか撃破することに成功したこと。
話し終え、うつむいたまま唇を噛み締めているマナ。
粗暴ななりの四人も、さすがに言葉を失ったのか、マナの報告を受けて動揺しているように見えた。
ややあって「そうか。でも生き残ったってのは…」重たい空気の中、リーダー格の隣にいた男は淡々と話した。「ラッキーだったな。いや、マナ・アンデンの魔術力がずば抜けているってのは、前から聞いてた。死亡者が出ちまったのは残念だけど、試験の結果が全員不合格では無かったってことは大事なことだな」
「おい、ちょっと待て、お前!」
サキィがその言葉に反応した。
マズイ…タイジはスープから顔を上げずに、親友の導火線に火がついたことを察知した。
「今、なんてった?マナはな。目の前で仲間を異生物に殺されたんだぞ!それを、お前、試験の結果がどうのとか、そういった軽々しいことを言ってんじゃねぇぞ!」
うわ、始まった。
タイジは、いつもの如く、面倒なことはゴメンだと、傍観を決め込む腹でいた。
「お前こそ、何を言ってる?結果は結果だろ。確かに人命の損失はあった。けどよ、俺達は国の代表ってことでこの試験方法を採用し、試験を受ける奴もその覚悟で臨んでいたはずだ。わざわざ隣国の用地を選んだことからも、この結果は決して満足のいくものとはいえないだろ」
「ちょ、ちょっと待て、お前!」サキィがテーブルに身を乗り出した。「国だとか関係ねぇって言ってんだろ!マナはな、殺されたんだぞ!仲間を!」
「お前が誰か知らないが」男は鋭い視線を逆上するサキィに向けた。「俺ら魔術アカデミーの人間は、そんな軽い責任感で大学にいるんじゃねぇんだ。魔術大学は、今もっとも中央国が力を注いでる分野の、最先端を担っているんだ。いずれ、俺たちは伝説になるんだ。だから、こんなつまらん卒業試験ごときで死者を出してよ…しかも他国でくたばったなんて、良い恥さらしだって言ってんだよ」
「そうだ、ライドンのいう通りだ。できれば全員が無事に帰国して欲しかったもんだな、って言っているんだ」
「こ、このやろ…ッ」売り言葉に買い言葉である。「もっぺん言ってみろ、ゴルァ!」
皿の割れる音がした。グラスが傾き、床にワインの零れ落ちる音が聞こえた。
「やる気か?」
「おい、スティージョ、この猫野郎をしばくぞ!」
旅籠のめぼしい宿泊客は他にいなかったとはいえ、食堂は今や一触即発の緊迫状態である。
「ちょっと、ちょっと、何してんのよ、アンタタチ!」例の常連旅芸人が、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた。「やめなさいって、ホラ!」ケンカの仲裁に入ろうとする者特有の厚かましさ丸出しで。
タイジはほとほとウンザリしていた。
どうしてこういう連中は、初対面のくせに意気投合して口論を始めようとするのか。
なんで、こうも事を面倒な方向へ持っていこうとしたがるのだろうか。まったく…
「う、う、うぇえええん」
マナがテーブルに突っ伏して泣き始めた。
マナにとって、先ほど語ったこと…七人の仲間の死という事実は、あまりに悲痛な現実だった。「わぁぁっぁあんんん ん!!!」マナの泣き声は宿の隅々にまで響き渡った。
「マナ…」
「……チッ」
赤子のように泣きじゃくるマナを目の当たりしにて、周囲の血気盛んな単細胞男達も、自ずと 言葉の刀を鞘に納めた。

食後。
結局サキィと四人の魔術師学生は火花を散らしたまま、マナに免じて暗黙の休戦協定を結び、決着を先延ばしにすることになった。
奇抜な出で立ちの学生四人は夕食が終わると、中央国の首都へ一足先に出発してしまった。彼らはマナたち卒業見込み生の一行と、一日違いでこの旅籠に泊まりにきていたようだ。
「俺が朝までここで見張っていてやる。夜中に不意打ちで戻ってきたら、あいつら一人残らずとっちめてやる!」
サキィは意気揚々と、部屋の前の廊下にあぐらをかいて座り込んでいる。
「そんなことしなくっても、だいじょうぶだって~」マナはサキィの過剰に剥きだしの敵意をなだめようとする。
「いんや!あいつら、一目見たときからどうも気にくわなかったんだ。たいした技能もないくせに、口だけ、見かけ達者な…よくいるんだよ、ああいう粋がった奴は、姑息で、きっと俺らの寝込みを襲うために、この宿に戻ってくるに違いない。第一、俺は中央国のやつらが気にくわねぇ!あんにゃろーども、年下の分際で、何様のつもりだ!」
タイジはサキィのいつものイライラを見て、やれやれと溜め息をもらした。「中央国か……どんなところなんだろう…」
「そんなに変わらないよ」二つの国に住んだことのあるマナが、タイジに向って答える「国が違ったって、言葉や通過はいっしょだし……あ、でも、中央国の方が、精霊信仰が熱心かな?もともと魔術アカデミーもそうだけど、魔術とか霊的なこととかに長けた国家だからね。遺跡や謎の文献なんかも多く残されているし…まあ、行ってみればわかるよ」
「そうだな…」タイジはなんとなく「って、え?」
「ボクらも早めに出た方が良いと思うんだ。だから、明日にはもう出発しよう!馬はここのおじさんに頼んで調達すれば良いし、首都のボンディまでは何日かかかるけど、途中に町もいくつかあるし、今のタイジとサキィくんなら、道中の異生物も大丈夫だと思うんだよね」
「ちょ、ちょと待て、マナ…ぼ、僕も中央国に行くのか?」聞いてないぞ!
「っていうか、正確にはもう中央国の領土内なんだけどさ」この旅籠は中央国と東南国との国境線にあたる山脈の一角にあり、領域的には中央国側だ。
「そ、そうじゃなくって!」そんな急に…「だって、首都まで行くったら、結構な長旅になるだろ?そんな準備してきてないし…」
「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ」マナは眼を閉じて人差し指をふりふり、問題ないといった仕草で「のたれ死ぬようなこたぁないから!それに、タイジがボクといっしょに着いてくるのは、もう決定済みだから。タイジの修得した二つの新魔術、あれは絶対に大学の先生たちに見せなくっちゃいけないもん。それもすぐに!」
「そんな…勝手なこと、言うなよ」タイジは小声になって抵抗を試みる。
するとマナは「タイジはボクといっしょに旅をするのが嫌なの?」と潤んだ上目遣いと猫撫で声で、タイジの柔らかいハートをなでまわすように「約束、してくれたよね?いっしょに、来てくれるんだよね?」抜群の蠱惑ヴォイスで迫ってきた。
タイジは敵わない。タジタジになって、否応なしに屈服させられそう。
「そ…そんな、k…」
マナはタイジが陥落したとわかると、すぐに振り返って「ねぇねぇ!サキィくんも来てくれるよね!」
「うおっ。なんだ?」サキィは部屋の扉の前であぐらをかいたまま、うたた寝をしていたところを起こされた。
「タイジがさぁ、ボクといっしょに中央国の首都まで行くの、渋ってんだけどさ、有り得ないよね~。もちろん、サキィくんは、いっしょに着いてきてくれるよね!」
「うおっ、もちろん!」サキィはまだよくわからないまま、勢いだけで答えてしまった。
「そんな、サキィ!」タイジが駆け寄ってくる。「急すぎだよ。一旦、サボウルツに戻ってさ、家の人にも何か言った方がいいし、馬だって洞窟の前に置いてきたままだし」
「んもう!そんな悠長なことしてるヒマはありません!」マナが反論する「一旦戻るったってさ、あの木の根っ子をまた通りたくないでしょ?そうしたら、この山合いの道をぐるっと迂回して関所まで行かなくちゃいけないの!で、関所に着いたら着いたで、また面倒な手続きなんかあったら、また時間かかっちゃうし、城下町まで戻るのだって、そんなすぐじゃないし。乗り捨ててきた馬は繋いでなかったから平気だって!」
「でも…」
「でもじゃないでしょ!」マナは先輩の風紀委員が新人の子に説教をする時のように「今は一刻も早く魔術アカデミーに戻らなくっちゃいけないの!サキィくんも来るって言ってくれてるんだし!」
「中央国…中央……」サキィはぼんやりとその名を繰り返し呟き、やがて「中央…国…!」ふいにあることを思い出し、ハッとなって、こう言った。
「す、すまん!マナ、タイジ。俺は中央国には行けねぇや」
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