オリジナルの中世ファンタジー小説
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タイジとマナは目を覚ましていた。
どのくらい眠っていたのかはわからない。
やけに象徴的で強烈な夢を見たせいで、二人とも覚醒したにも拘らず、とても長い長い時間の旅をしてきたような気分になってしまっている。
きっと、実際に結構な時間、眠り続けていたのだろう。
そのおかげか、超人の特性の一つ、睡眠による心身の飛躍的な回復効果によって、二人の体はだいぶ軽くなっていた。そう、タイジは超人になったのだ!
「サキィくん……」
タイジは黙々と、生家の宿から持ってきたという軟膏薬を、サキィの痛々しい体の断面に施していた。その必死な後ろ姿を、マナは何も出来ずに、見守っていた。
誰かを傷つける魔術なんかより、誰かを癒してあげる魔術があればいいのに……
大学で教わった魔術はみな、攻撃に分類されるものばかりで、かなり有力な『回復の魔術が存在するらしい』という噂は、あるにはあったが、未だかつて、誰もそれを発見してはいなかった。噂は噂の域を出ていなかったのである。
「ねぇ、まだ死んでないよね?サキィくん…」
マナは懸命な治療を行っているタイジの背中に語りかける。
「死んだら…体…消えてるわけだし…まだ、大丈夫なんだよね?」
タイジからの返事は返ってこない。
今は、あまり余計なことを言わない方がいい。そう思える。
「大丈夫……だよね…」
ふと、マナはタイジの手の中にある、見慣れぬ種類の塗り薬を見て、サキィの遺体を前にしての悲愴感もさることながら、小首をかしげた。
いくつかの傷に効く薬草の類を知っているが、タイジの手にしているような『ビンに入った塗り薬』というものは、与り知らない。
とにかく、今、ボクに出来ることは、タイジの処方に効果が表れるように祈ること。それを邪魔しちゃいけない。うん、きっと大丈夫。サキィ君は死んでなんかない。そうだ、超人は死んだら肉体が消えてなくなるもの。だから、サキィ君はまだ無事ってこと!
「ボク、ちょっとその辺、探してくるね」
マナは何気なくその場を離れ、辺りを歩き出した。
サキィくんは絶対助かる!
そう、信じながら…
そう、祈りながら…
でも…
もし、死んでないなら、睡眠による体力の回復ルールは?どうして、あれから何時間も経ってるのに、ボクもタイジも、もう傷は回復してるのに…どうして?サキィくんだけ目を覚まさないの?その体の傷は癒されていないの?
んんん!考えたって駄目だ。今はタイジを信じよう。うん!タイジならちゃんと治してくれる。だって、タイジは昨日の晩、あんなにボロボロだったボクの傷をキレイに治してくれたんだもん。きっと、あの薬で…サキィくんだって…
半球型の地下空間を物思いに耽りながら彷徨う。やがて、今までは気付かなかった箇所を見つける。
「あ!」
落ち着かない心のまま、その円周をしばらく歩いて調べまわっていたところ、堅い地下茎の入り組んだ壁に、僅かに開いている穴が発見された。
そこだけ壁にめり込むように空洞が出来ていて、その奥を覗けば、果たして虹色に輝く光が、湧水のようになみなみと溢れていた。
「タイジー!ちょっと!こっち…きて!」
マナはタイジを呼んだ。
「ん!何さ?」タイジは首だけをこちらに向けている。
サキィくんの治療が今は一番大事。
そのことはボクにも分ってる。
でも、この発見と思い付きを、すぐに実行したい!
「んもう!いいから、こっち来てよ!」
マナの強引さが、この時ばかりは親友を救うために献身的な施術を行っていたタイジを動かした。
「なんだよ、マナ……」タイジが駆け寄ってくる。「今それどころじゃ……え?これって!」
タイジはマナの指差した、木の根に囲まれた穴の奥を覗いた。
「水晶?」
「そう、これが…」と言ってマナは腰に下げた革袋から、上質の羊皮紙を取り出し「手順は教わってるけど、大丈夫かな、ホントに…ちょっと待ってね」ぶつぶつ言いながら、手にした紙片を穴の奥の光に、火であぶるようにあてた。
木の根で出来たゆりかごの中、生まれたての赤ん坊のような穢れない光がかすかに揺らめいている。
水晶そのもの自体は木の根の先に隠れているのか、光源は確認できない。ただ、そこにこの世のものとは思えない幻想的な光のゆらめきが、確かにあった。
「よし」
しばし後にマナが紙を取り出すと、そこには美しい紋様が浮かび上がっていた。
水晶の光なのだろうか?紙に模様を残すほど、何かそれは特別な光であるようだ。
「うん、これでいいはずだ」
タイジはマナの持つ紙を横から覗き込んだ。
「キレイでしょ?」とマナ。
「いや、別に」大して関心の無いタイジ。「でも、なんか不思議だよ。光にあてただけでそんな模様が出来るなんて」不思議だ。とにかく不思議なことが多すぎる。
僕は落雷で気を失う前、信じられないような魔術を使って、あの怪物と戦っていた。
マナもサキィも歯が立たなかった相手を、倒してしまったんだ、この僕が!
タイジが後方に置き去りにしているサキィのことを考え始めた時、マナがタイジの手を握っていた。
「タイジ。タイジも立派に試練に合格したんだもんねー」
「え?」
マナの眩しい笑顔を前にして、サキィを救わなくちゃという想いも薄らぐほど、堅くなるタイジ。
「だからさ、だからさ、ちょっと、手をこの穴の中に突っ込んでみてよ。それで、あの光にあててみて!ボクの紙をそうしたみたいに」
マナは唐突な思い付きを、自信満々で訴える。
「て、手を?」
タイジは言われるがままに、木の根に守られた光溢るる空洞に自分の右手を差し入れた。
「コレ、ってなんか意味あるの?」
「いーから、いーから。わかんないけど、今、なんとなく、そうした方が良い気がしたんだ、カンだよ、カン」
シュパイイイィィンンと、一瞬、光がフラッシュし、タイジは思わず「うわ!」
「だいじょぶ?」
タイジは手を引っ込めた。
見ると、拳が淡い輝きを帯びている!
まるで木の幹の間に隠された精霊のごとき光が、タイジの手に乗り移ったかのよう。
「タ、タイジ、それ…」
マナは優しい光を帯びたタイジの掌を見て、思いの外効果が表れていることに我ながら驚き、興奮してしまっている。
「熱い?」
「いや……熱はあるみたいだけど、なんていうか。その…」
僕の右手。
あの魔術を使う時みたいに、ぼんやりと光っている。この不思議な光に触れたら、なんだかまた力が、今までに持ったことのない力が、手に入って自分のものになったような感覚。
「そうか!水晶の光…超人はここで生まれたんだ!あ、こ…言葉が…」
「え?何を言ってるの、タイジ?」
マナの真ん丸な瞳がタイジに釘付けになっている。
「言葉が、また浮かんできてる…」
さっきもそうだった。
そして、これも何でか分からないけど、自分がすべき事がなんとなく、わかるんだ。
タイジは壁から離れ、ゆっくりと歩き始めた。床に転がるサキィの死骸に向って。
死骸?
いや違う。
超人は死んだらその身が消滅する。つまり、死骸という概念はあり得ない。
「タイジ。もしかして…」その光で、直せるの?サキィくんを…
タイジは少し離れたサキィの側まで、片手に光を携えたまま、ゆっくりと戻っていった。
サキィはぐったりと倒れたままだった。
千切れた胴をなんとかくっつけて、その断面に溶接するように、宿から持ってきたありったけの特製塗り薬を塗っていた。
何故か石化呪文ブラウンシューで石になった筈の彼の下半身は、元の毛皮に戻っていた。
だから、くっつけようとするのに、それほど手間はかからなかったが、傷があまりに甚大すぎるのか、タイジの生家で代々受け継がれてきた秘伝の特効薬の効果は、大して表れていなかった。
小さい頃、宿に泊まりに来た超人の戦士の、痛々しい背中の切り傷に、母親に命令されてその薬を塗ったことがある。生傷によく効く、不思議な薬。タイジは酸っぱいような爽やかなような、その軟膏の匂いが少し好きだった。
ビンの蓋を開け、空気に触れると、すぐに変色する、せっかちな薬。
幾つもの希少な薬草類を調合させ、じっくりと熟成させて製造する、実家の宿屋の秘密兵器。
今、タイジはその蓋を外し、光り輝く指で、残りの軟膏をくまなく手におさめる。それを、サキィの傷口に塗っていく。
「すごい…光ってる」
マナは眼を丸くして、タイジの奇跡の手を凝視する。この瞬間瞬間を、またとはない、歴史的儀式の一瞬として記憶する。そうか!この為に、サキィくんの傷は……その損傷は、タイジの治療を待っていたんだ!この超人的治療の儀式を!興奮したマナの勝手な飛躍的解釈。そして…
「言葉が、また……来ている」
あの、水晶の光にこの手をかざしたことで。
「見てろよ、兄さん……僕だって…」
white light white heat!!!!!
タイジは詠唱した。またも新たな魔術を!
「す、すごい……」
マナは呆然とする。
ルルルゥゥゥウウリリリリィィィイイイ
白い閃光が辺りを包んだ。
タイジの右手からは太陽光のような明かりが放たれ、それがサキィの全身を覆っていく。
壊れていたものがまた元に戻っていく、仲直りの神秘。輝く朝の到来を思わせる、安らかで力強い癒しの閃光!
無残な切り口が、塞がってゆく。元通りになる!
異生物にダメージを与えた雷撃とは対称的な、それは愛に満ちた、再生の煌きであった。
細胞を超人的に活性化させる。サキィの傷だらけの体が再生していく。
タイジの魔術。
それは回復の魔術。
「これが…まさか、噂の」回復呪文!「タイジが、使っちゃうなんて…」
タイジはまだ無我夢中で超人の能力を行使していたが、それでも段々とかつてない心境に達し始めていた。
僕は、誰かの為に、何かをしている。仲間を助ける為に、何故か僕に身に付いた力『魔術』を使っている。
今まで、自分さえよければなんて、思っていた。
誰かの話を聞いたり、言いつけられたり、そんなことは本当に嫌だった。
でも、僕はマナやサキィの為に、何かをしている。
世界の人の為とか、お国の為とか、家の為とか、そんなもんはやっぱり関係ないと思っちゃう。
けれど、大好きな仲間達だけは、失いたくないと思うんだ。ただ、それだけ。
マナは後方からこの信じ難い光景を、ただ眺めていた。
アザがあったことから、タイジが何某かの魔術の力を秘めていることは察しがついていた。
けど、今まで魔術大学でだって一度も目にしたことのないような強力な魔術を、こうも呆気なく使えるようになってしまうなんて!
しかも、今また、もう一つの新魔術を使ってみせた。
タイジって、実は隠れ天才?やばい、ちょっと、本気になっちゃうかも??
「サキィ…起きろよ」
タイジが小さく呼びかけた。
サキィの長いヒゲがピクンと動いた。
「お前に、助け…られる…なん、て」
どのくらい眠っていたのかはわからない。
やけに象徴的で強烈な夢を見たせいで、二人とも覚醒したにも拘らず、とても長い長い時間の旅をしてきたような気分になってしまっている。
きっと、実際に結構な時間、眠り続けていたのだろう。
そのおかげか、超人の特性の一つ、睡眠による心身の飛躍的な回復効果によって、二人の体はだいぶ軽くなっていた。そう、タイジは超人になったのだ!
「サキィくん……」
タイジは黙々と、生家の宿から持ってきたという軟膏薬を、サキィの痛々しい体の断面に施していた。その必死な後ろ姿を、マナは何も出来ずに、見守っていた。
誰かを傷つける魔術なんかより、誰かを癒してあげる魔術があればいいのに……
大学で教わった魔術はみな、攻撃に分類されるものばかりで、かなり有力な『回復の魔術が存在するらしい』という噂は、あるにはあったが、未だかつて、誰もそれを発見してはいなかった。噂は噂の域を出ていなかったのである。
「ねぇ、まだ死んでないよね?サキィくん…」
マナは懸命な治療を行っているタイジの背中に語りかける。
「死んだら…体…消えてるわけだし…まだ、大丈夫なんだよね?」
タイジからの返事は返ってこない。
今は、あまり余計なことを言わない方がいい。そう思える。
「大丈夫……だよね…」
ふと、マナはタイジの手の中にある、見慣れぬ種類の塗り薬を見て、サキィの遺体を前にしての悲愴感もさることながら、小首をかしげた。
いくつかの傷に効く薬草の類を知っているが、タイジの手にしているような『ビンに入った塗り薬』というものは、与り知らない。
とにかく、今、ボクに出来ることは、タイジの処方に効果が表れるように祈ること。それを邪魔しちゃいけない。うん、きっと大丈夫。サキィ君は死んでなんかない。そうだ、超人は死んだら肉体が消えてなくなるもの。だから、サキィ君はまだ無事ってこと!
「ボク、ちょっとその辺、探してくるね」
マナは何気なくその場を離れ、辺りを歩き出した。
サキィくんは絶対助かる!
そう、信じながら…
そう、祈りながら…
でも…
もし、死んでないなら、睡眠による体力の回復ルールは?どうして、あれから何時間も経ってるのに、ボクもタイジも、もう傷は回復してるのに…どうして?サキィくんだけ目を覚まさないの?その体の傷は癒されていないの?
んんん!考えたって駄目だ。今はタイジを信じよう。うん!タイジならちゃんと治してくれる。だって、タイジは昨日の晩、あんなにボロボロだったボクの傷をキレイに治してくれたんだもん。きっと、あの薬で…サキィくんだって…
半球型の地下空間を物思いに耽りながら彷徨う。やがて、今までは気付かなかった箇所を見つける。
「あ!」
落ち着かない心のまま、その円周をしばらく歩いて調べまわっていたところ、堅い地下茎の入り組んだ壁に、僅かに開いている穴が発見された。
そこだけ壁にめり込むように空洞が出来ていて、その奥を覗けば、果たして虹色に輝く光が、湧水のようになみなみと溢れていた。
「タイジー!ちょっと!こっち…きて!」
マナはタイジを呼んだ。
「ん!何さ?」タイジは首だけをこちらに向けている。
サキィくんの治療が今は一番大事。
そのことはボクにも分ってる。
でも、この発見と思い付きを、すぐに実行したい!
「んもう!いいから、こっち来てよ!」
マナの強引さが、この時ばかりは親友を救うために献身的な施術を行っていたタイジを動かした。
「なんだよ、マナ……」タイジが駆け寄ってくる。「今それどころじゃ……え?これって!」
タイジはマナの指差した、木の根に囲まれた穴の奥を覗いた。
「水晶?」
「そう、これが…」と言ってマナは腰に下げた革袋から、上質の羊皮紙を取り出し「手順は教わってるけど、大丈夫かな、ホントに…ちょっと待ってね」ぶつぶつ言いながら、手にした紙片を穴の奥の光に、火であぶるようにあてた。
木の根で出来たゆりかごの中、生まれたての赤ん坊のような穢れない光がかすかに揺らめいている。
水晶そのもの自体は木の根の先に隠れているのか、光源は確認できない。ただ、そこにこの世のものとは思えない幻想的な光のゆらめきが、確かにあった。
「よし」
しばし後にマナが紙を取り出すと、そこには美しい紋様が浮かび上がっていた。
水晶の光なのだろうか?紙に模様を残すほど、何かそれは特別な光であるようだ。
「うん、これでいいはずだ」
タイジはマナの持つ紙を横から覗き込んだ。
「キレイでしょ?」とマナ。
「いや、別に」大して関心の無いタイジ。「でも、なんか不思議だよ。光にあてただけでそんな模様が出来るなんて」不思議だ。とにかく不思議なことが多すぎる。
僕は落雷で気を失う前、信じられないような魔術を使って、あの怪物と戦っていた。
マナもサキィも歯が立たなかった相手を、倒してしまったんだ、この僕が!
タイジが後方に置き去りにしているサキィのことを考え始めた時、マナがタイジの手を握っていた。
「タイジ。タイジも立派に試練に合格したんだもんねー」
「え?」
マナの眩しい笑顔を前にして、サキィを救わなくちゃという想いも薄らぐほど、堅くなるタイジ。
「だからさ、だからさ、ちょっと、手をこの穴の中に突っ込んでみてよ。それで、あの光にあててみて!ボクの紙をそうしたみたいに」
マナは唐突な思い付きを、自信満々で訴える。
「て、手を?」
タイジは言われるがままに、木の根に守られた光溢るる空洞に自分の右手を差し入れた。
「コレ、ってなんか意味あるの?」
「いーから、いーから。わかんないけど、今、なんとなく、そうした方が良い気がしたんだ、カンだよ、カン」
シュパイイイィィンンと、一瞬、光がフラッシュし、タイジは思わず「うわ!」
「だいじょぶ?」
タイジは手を引っ込めた。
見ると、拳が淡い輝きを帯びている!
まるで木の幹の間に隠された精霊のごとき光が、タイジの手に乗り移ったかのよう。
「タ、タイジ、それ…」
マナは優しい光を帯びたタイジの掌を見て、思いの外効果が表れていることに我ながら驚き、興奮してしまっている。
「熱い?」
「いや……熱はあるみたいだけど、なんていうか。その…」
僕の右手。
あの魔術を使う時みたいに、ぼんやりと光っている。この不思議な光に触れたら、なんだかまた力が、今までに持ったことのない力が、手に入って自分のものになったような感覚。
「そうか!水晶の光…超人はここで生まれたんだ!あ、こ…言葉が…」
「え?何を言ってるの、タイジ?」
マナの真ん丸な瞳がタイジに釘付けになっている。
「言葉が、また浮かんできてる…」
さっきもそうだった。
そして、これも何でか分からないけど、自分がすべき事がなんとなく、わかるんだ。
タイジは壁から離れ、ゆっくりと歩き始めた。床に転がるサキィの死骸に向って。
死骸?
いや違う。
超人は死んだらその身が消滅する。つまり、死骸という概念はあり得ない。
「タイジ。もしかして…」その光で、直せるの?サキィくんを…
タイジは少し離れたサキィの側まで、片手に光を携えたまま、ゆっくりと戻っていった。
サキィはぐったりと倒れたままだった。
千切れた胴をなんとかくっつけて、その断面に溶接するように、宿から持ってきたありったけの特製塗り薬を塗っていた。
何故か石化呪文ブラウンシューで石になった筈の彼の下半身は、元の毛皮に戻っていた。
だから、くっつけようとするのに、それほど手間はかからなかったが、傷があまりに甚大すぎるのか、タイジの生家で代々受け継がれてきた秘伝の特効薬の効果は、大して表れていなかった。
小さい頃、宿に泊まりに来た超人の戦士の、痛々しい背中の切り傷に、母親に命令されてその薬を塗ったことがある。生傷によく効く、不思議な薬。タイジは酸っぱいような爽やかなような、その軟膏の匂いが少し好きだった。
ビンの蓋を開け、空気に触れると、すぐに変色する、せっかちな薬。
幾つもの希少な薬草類を調合させ、じっくりと熟成させて製造する、実家の宿屋の秘密兵器。
今、タイジはその蓋を外し、光り輝く指で、残りの軟膏をくまなく手におさめる。それを、サキィの傷口に塗っていく。
「すごい…光ってる」
マナは眼を丸くして、タイジの奇跡の手を凝視する。この瞬間瞬間を、またとはない、歴史的儀式の一瞬として記憶する。そうか!この為に、サキィくんの傷は……その損傷は、タイジの治療を待っていたんだ!この超人的治療の儀式を!興奮したマナの勝手な飛躍的解釈。そして…
「言葉が、また……来ている」
あの、水晶の光にこの手をかざしたことで。
「見てろよ、兄さん……僕だって…」
white light white heat!!!!!
タイジは詠唱した。またも新たな魔術を!
「す、すごい……」
マナは呆然とする。
ルルルゥゥゥウウリリリリィィィイイイ
白い閃光が辺りを包んだ。
タイジの右手からは太陽光のような明かりが放たれ、それがサキィの全身を覆っていく。
壊れていたものがまた元に戻っていく、仲直りの神秘。輝く朝の到来を思わせる、安らかで力強い癒しの閃光!
無残な切り口が、塞がってゆく。元通りになる!
異生物にダメージを与えた雷撃とは対称的な、それは愛に満ちた、再生の煌きであった。
細胞を超人的に活性化させる。サキィの傷だらけの体が再生していく。
タイジの魔術。
それは回復の魔術。
「これが…まさか、噂の」回復呪文!「タイジが、使っちゃうなんて…」
タイジはまだ無我夢中で超人の能力を行使していたが、それでも段々とかつてない心境に達し始めていた。
僕は、誰かの為に、何かをしている。仲間を助ける為に、何故か僕に身に付いた力『魔術』を使っている。
今まで、自分さえよければなんて、思っていた。
誰かの話を聞いたり、言いつけられたり、そんなことは本当に嫌だった。
でも、僕はマナやサキィの為に、何かをしている。
世界の人の為とか、お国の為とか、家の為とか、そんなもんはやっぱり関係ないと思っちゃう。
けれど、大好きな仲間達だけは、失いたくないと思うんだ。ただ、それだけ。
マナは後方からこの信じ難い光景を、ただ眺めていた。
アザがあったことから、タイジが何某かの魔術の力を秘めていることは察しがついていた。
けど、今まで魔術大学でだって一度も目にしたことのないような強力な魔術を、こうも呆気なく使えるようになってしまうなんて!
しかも、今また、もう一つの新魔術を使ってみせた。
タイジって、実は隠れ天才?やばい、ちょっと、本気になっちゃうかも??
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タイジが小さく呼びかけた。
サキィの長いヒゲがピクンと動いた。
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