オリジナルの中世ファンタジー小説
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サキィは重たい瞼を持ち上げた。
いつも、俺の側にいて俺を安心させてくれる親友。
俺の勢い任せのなりふりに文句をつけずに、黙って頷いてくれる友。
俺の剣と鍛えた肉体で、守ってみせるつもりだった。だが、俺は負けた。守るどころか、守られちまった。そんなんじゃダメなんだ。また、あの時のように、失ってしまう。
「大丈夫か…もう…」タイジがぎこちない気遣いで、サキィに声をかける。
サキィは仰向けのまま、その獣の口もとから小さな、小さな声で「夢を……見て、いた…また…あいつが……救えなかったのに……あいつは…俺を守ってくれて……」
「え?なんだって?」
「いや、なんでもない」サキィは肩肘をついて起き上がろうとする。「すまねぇ…けど、ありがと」握手を求める。
タイジはその手を、どうして良いか分からず、でも照れくさそうにしながら、黙ってしっかりと握り返した。
長身の獣人剣士の肉体は、まごうことなく正常な状態に戻っていた。
「わー」
マナはこの美しい友情の光景に見とれていた。
「よっと!」
サキィはふんぎるように、勢いよく起き上がった。立派な体躯は、まるでもぎとったばかりの根菜のごとき、健康そのものであった。
「サキィくん!よ、よかったよ~」
「おっと、待ちなっ」近づいてくるマナをサキィは素早く制し「試練は帰るまでが試練だ。いいか、この洞窟を抜け出るまでは、安心しちゃいけねぇ」歩きながら告げた。
「サキィ…」
タイジはいつも通りの親友の語調に、思わず顔を緩めてしまう。
サキィは床に放り出されていた己が剣を手に取ると「登るぞ」指を真上に指して言った。
「え?」
「登るって、ここを?」
「そうだ」
サキィははっきりと答えた。
まだ少し、頭がクラクラする。だが、いつまでもへたばってなんからんない!
「はっきり言うが、あんなこともあったし、また来た道を、異生物のお客さんをお相手しながら引き返すのは、ちょっと危険かもしれない。何より、俺の剣は、ホレ、この通り…」苦闘の末に打ち負かしたボス七つの融合に突き刺さっていた長剣。タイジが規格外で呼び寄せた雷を導き、その身に歴史的電撃を浴びた鋼鉄の剣。真っ黒に変色し、見事に破損してしまっている「ナマクラになっちまった。耐久性よりも使い慣れた方を選んで持ってきた結果がこれだよ!こんなんじゃ俺の剣技に耐え切れん!剣を使えない剣士なんて、嘴の取れたカラスみたいなもんだ。こりゃな、弱気を吐いてるんじゃない。生き残る為の賢明な判断をしたいんだ。いいか…俺たち三人が、無事にこの陰気なほら穴から這い出て、あったけぇ羽毛布団でオネンネする為にゃ、あそこから地上に出た方が良いんじゃないかって思うわけよ」と、サキィは右手を再度垂直に上げて、高い高い天井を指差した。
古い太い木の根が夥しく絡まりあってる地下のドームの、天辺からやや外れたところ、傘が破れたように穴がポッカリと空いている。
「あれ、たしか最初はあんなの無かったよね」
興奮気味だったマナも上を見上げて言った。
「あの穴って、じゃあタイジのパープルヘイズで空いたのかな?」
「な、なんだ?パープルヘイズって」タイジはマナに問うた。
「あ、タイジが使ってたカミナリさんの魔術。なんか、パープルヘイズって言ってるみたいに聞こえたから、ボクが勝手に命名」とマナはしなを作って、且つ、ひょうきんに言った。「学校に帰ったら、正式に魔術登録しなくちゃね!もっちろん、さっきの大回復魔術スペシャル呪文も!」
「あ、そ…そう」
タイジは勝手にしてくれといった風。
自分が魔術を使えるようになるなんて夢にも思わなかった。
「それよりさ、あそこから外に出る気って…それ本気で言ってるの?ちょっと高くない?相当上でしょ。それに、外に出たって、どこに出るかわかんないよ」
天井の穴からは 赤い陽射しが差し込んでいる。もう夕刻なのであろうか。と、すると一体自分達は何時間、この地下茎のドームに留まっていたんだろう。
天を見ると、幾つもの根っこの隙間から光が差し込んでいる。
当初、木の根の隙間から外に出るには隙間がいささか込み入り過ぎていると思えてた。
だが、今は落雷によって穿たれた穴がある。あそこからなら無理なく脱出できるだろう。そこまで辿り着くまでが大変だが。
タイジは首を真上に傾けながら小さな声で「ちょっと、高すぎるよ。 途中で落ちたりしたらヤバイって」
「この辺りが良いな」
サキィとマナは既によじ登る気でいた。
「ボク、木登りとか実は好きなんだよねー」
「おい、本気で登るの?」
タイジも致し方なく壁に駆け寄っていく。大樹の根が作り上げた壁に。
もし神がいなかったら、世界はどんなになっているだろう。
或いは争いの無い平和な世界してるだろうか。
或いは心の拠り所なく彷徨う人々の世界してるだろうか。
何かを信じること。
人間にとって欠かせないこと。
誰かを信じ、誰かを愛し、誰かを裏切り、裏切られたと傷つき、またお互いに傷つけあい、それでも人は、人を信じようとする。
人は一人では生きていけない。信じれる者や物が無ければ、生きていこうとする活力が生まれないからだ。
何かを、誰かを信じようとすることで、明日を、未来を、歴史を築いてく。
人は奇跡に出会ったとき、神の存在を想い始める。
そして、それを信じ始める。
糧として、精神の拠り所にする。
信仰し、崇拝し、やがて服従する。
そして、自分がこんなにも大切に崇めている神を信じない他者に、敵意を抱く。相容れないものを排除、攻撃しようとする。
神が戦争を引き起こした。世界戦争は神の所為だ!
本当か?
神の所為になんか出来るのか?そもそも、はじめから神なんて存在していたのか?
妄想?
それは妄想?
では、神を禁じれば人々はどうなる?世界はどうなる?
「タイジ~」
頭の上からマナの声がした。太い木の根はザラザラしていて、うまく足場と掴むところを探さなければならない。
「な、なんだ~?」
タダでさえ、落ちたらどうなってしまうかハラハラしてるのに…
「ボクのパンティ、覗かないでよね」
「あ!」
タイジは木の根を掴む手をうっかり離してしまいそうになった。「アホ言うな、こんな時に!」
「あ、今、覗いたでしょ?やだー、タイジ、相変わらず変態~。あとで鑑賞料もらうからね!!」
「おい二人とも、喋って気を散らして、まっさかさまに落っこちたって知らないぞ?」先頭を行くサキィが叱咤した。
三人は重たい体をなんとか鞭打って、高い木の根の壁を登っていった。その高さはタイジの実家の宿屋のそれを、優に越えていた。
それでも、三人は登りきった。
三人には登りきるだけの気迫が残っていた。あの、凶悪無比な七つの融合を撃破したことへの自信があった。自分達の力を、信じていた。
外は夜だった。
「しっかし、すっげぇ木だな。樹齢、何千年ってとこか?」
サキィは巨木を見上げて感想を述べた。
巨大な木の根っ子の一部に、鋭く落雷の跡があった。その貫かれた穴から、三人は外に脱出したのだ。晩夏の夜風が、汗ばむ三人の衣服をはためかせる。
「というか、無事に外に出られて良かったよ。雷が空けた穴、意外と通りやすかったし」
「さすがタイジだな!俺なんかじゃ、いくらなんでもこんな芸当は出来ねぇ…ッチ!タイジがその、なんたらっていう魔術を使ったとこ、見てみたかったぜ」サキィは巨木を穿った天変地異の破壊力を察し、感嘆とする。穴は圧倒的な傷痕だった。恐らく、通常の天候悪化で雷が落ちたとしても、ここまでの破壊の跡を残すことはまず有り得ないだろう。特別な時空、特別な条件下、そして特別な場所と意味を伴って、あの落雷は起こったのだ。それをタイジが引き起こしたのだ。「こんなドッシリした木にこんな大穴空けちまうなんて…さぞ、凄まじかったんだろうな。この威力…なんかタイジにライバル心が燃えてきたぜ」猫族のヒゲをピクピクさせて、マナの方を向く。
「……。」
だが、マナは大樹を見上げたまま、黙り込んでいた。
サキィは、てっきり『そーなんだよ、もー!タイジったら、チョーカッコよかったんだって!』と陽気にはしゃいで返すと踏んでいた女魔術師が放心しているのを、不審に思う。
首を上に傾けたまま、ただ巨大な大樹を眺めている。
「どうしたんだよ、マナ。そんなに…すごい?」
「おじいちゃん…」
「え?」
暗黒の地下道の最深階に広がった地下茎ののドームも壮大だったが、そのドームを作った大樹の、夜空に突き刺さるように天高くそびえ立つ姿にも威厳があった。
葉は雄々しく茂り、たまの夜風にオーケストラの演奏のような雄大な音を立てる。
「まあ、確かにな!こんなにでっけぇんだから、きっとそこいらの木々に比べりゃ長老クラスだろう」サキィも今一度、大樹を見上げて、その雄々しさを褒め称える。
「そうじゃなくて…」マナはやんわりとした口調で否定の言葉を囁きながら、吸い寄せられるように、幹に触れる。両腕を広げ、大木を抱くように…祖父に抱かれるように「おじいちゃん……とっても、優しい気分になるんだよ」
タイジもサキィも黙っていた。
マナはここにやってくるまでに、とても沢山の出来事を体験してきた。友の死、絶体絶命の危機、逆転の奇跡、昏睡からの復活、試練の達成……今、はじめて、安らぎを得られるような状態にあるのかもしれない。夜風が吹く。とても優しい高原の風が、大樹に抱きついているマナの緑色の髪の毛を踊らせる。
「じいちゃんか…俺はなんていうか…うーん」サキィも努めて厳粛な気分になったふりをして、巨大な木を見上げ「お舅さん……ってとこかな」
「サキィ…」タイジは呆れ顔で友人のボケに返事をする。
マナはまだ木に抱擁されたままだった。眠ってしまったのだろうか。
「あ!」サキィが静寂を破るように声を上げた。「モクモクした煙が見えるぜ。モクモクしてるな~」
サキィの呼びかけにタイジは「どこだよ?」
たとえ超人になったとはいえ、タイジの視力は獣の瞳を持つサキィには遠く及ばない。
「集落かな……いや違う。違うな。集落はもっと、バーッとしてるもんな」
「僕も家に帰りたいよ。せめて、人里に」
「旅籠だよ」マナが振り向かずに答えた。「中央国から東南国に来る時に泊まった……あそこに行けば、食事も、馬もあると思う。武具屋は無かったけど、余っている武器なら貸してくれるかもしれない」
「よ~っし!そうと決まったら、出発しようぜ!宿まで着いちまえばこっちのもんだ!」サキィは体力回復地まであと一息だぞと、気合を入れる。
「うん。行こう……マナ」タイジはマナを促がす。「マナ、行くよ」
「どうしたんだよ、置いていくぞ!」
「う、うん」マナは名残惜しそうに、大樹から離れる。二人の仲間の後を追おうとする。足元は入り組んだ大樹の根で不安定だ。尻餅を付かないように、二人を追いかける。二人の、男の子の後を…
びゅうううぅぅぅぅ
風が吹いた。ザワ、ザワと何百枚もの葉が鳴った。
マナは、ふと木に呼ばれたような気がして、おもむろに振り向いた。
木と向かい合う。
「さよなら…ボク、もっと強くなるから……待っていて。行って来ます」
いつも、俺の側にいて俺を安心させてくれる親友。
俺の勢い任せのなりふりに文句をつけずに、黙って頷いてくれる友。
俺の剣と鍛えた肉体で、守ってみせるつもりだった。だが、俺は負けた。守るどころか、守られちまった。そんなんじゃダメなんだ。また、あの時のように、失ってしまう。
「大丈夫か…もう…」タイジがぎこちない気遣いで、サキィに声をかける。
サキィは仰向けのまま、その獣の口もとから小さな、小さな声で「夢を……見て、いた…また…あいつが……救えなかったのに……あいつは…俺を守ってくれて……」
「え?なんだって?」
「いや、なんでもない」サキィは肩肘をついて起き上がろうとする。「すまねぇ…けど、ありがと」握手を求める。
タイジはその手を、どうして良いか分からず、でも照れくさそうにしながら、黙ってしっかりと握り返した。
長身の獣人剣士の肉体は、まごうことなく正常な状態に戻っていた。
「わー」
マナはこの美しい友情の光景に見とれていた。
「よっと!」
サキィはふんぎるように、勢いよく起き上がった。立派な体躯は、まるでもぎとったばかりの根菜のごとき、健康そのものであった。
「サキィくん!よ、よかったよ~」
「おっと、待ちなっ」近づいてくるマナをサキィは素早く制し「試練は帰るまでが試練だ。いいか、この洞窟を抜け出るまでは、安心しちゃいけねぇ」歩きながら告げた。
「サキィ…」
タイジはいつも通りの親友の語調に、思わず顔を緩めてしまう。
サキィは床に放り出されていた己が剣を手に取ると「登るぞ」指を真上に指して言った。
「え?」
「登るって、ここを?」
「そうだ」
サキィははっきりと答えた。
まだ少し、頭がクラクラする。だが、いつまでもへたばってなんからんない!
「はっきり言うが、あんなこともあったし、また来た道を、異生物のお客さんをお相手しながら引き返すのは、ちょっと危険かもしれない。何より、俺の剣は、ホレ、この通り…」苦闘の末に打ち負かしたボス七つの融合に突き刺さっていた長剣。タイジが規格外で呼び寄せた雷を導き、その身に歴史的電撃を浴びた鋼鉄の剣。真っ黒に変色し、見事に破損してしまっている「ナマクラになっちまった。耐久性よりも使い慣れた方を選んで持ってきた結果がこれだよ!こんなんじゃ俺の剣技に耐え切れん!剣を使えない剣士なんて、嘴の取れたカラスみたいなもんだ。こりゃな、弱気を吐いてるんじゃない。生き残る為の賢明な判断をしたいんだ。いいか…俺たち三人が、無事にこの陰気なほら穴から這い出て、あったけぇ羽毛布団でオネンネする為にゃ、あそこから地上に出た方が良いんじゃないかって思うわけよ」と、サキィは右手を再度垂直に上げて、高い高い天井を指差した。
古い太い木の根が夥しく絡まりあってる地下のドームの、天辺からやや外れたところ、傘が破れたように穴がポッカリと空いている。
「あれ、たしか最初はあんなの無かったよね」
興奮気味だったマナも上を見上げて言った。
「あの穴って、じゃあタイジのパープルヘイズで空いたのかな?」
「な、なんだ?パープルヘイズって」タイジはマナに問うた。
「あ、タイジが使ってたカミナリさんの魔術。なんか、パープルヘイズって言ってるみたいに聞こえたから、ボクが勝手に命名」とマナはしなを作って、且つ、ひょうきんに言った。「学校に帰ったら、正式に魔術登録しなくちゃね!もっちろん、さっきの大回復魔術スペシャル呪文も!」
「あ、そ…そう」
タイジは勝手にしてくれといった風。
自分が魔術を使えるようになるなんて夢にも思わなかった。
「それよりさ、あそこから外に出る気って…それ本気で言ってるの?ちょっと高くない?相当上でしょ。それに、外に出たって、どこに出るかわかんないよ」
天井の穴からは 赤い陽射しが差し込んでいる。もう夕刻なのであろうか。と、すると一体自分達は何時間、この地下茎のドームに留まっていたんだろう。
天を見ると、幾つもの根っこの隙間から光が差し込んでいる。
当初、木の根の隙間から外に出るには隙間がいささか込み入り過ぎていると思えてた。
だが、今は落雷によって穿たれた穴がある。あそこからなら無理なく脱出できるだろう。そこまで辿り着くまでが大変だが。
タイジは首を真上に傾けながら小さな声で「ちょっと、高すぎるよ。 途中で落ちたりしたらヤバイって」
「この辺りが良いな」
サキィとマナは既によじ登る気でいた。
「ボク、木登りとか実は好きなんだよねー」
「おい、本気で登るの?」
タイジも致し方なく壁に駆け寄っていく。大樹の根が作り上げた壁に。
もし神がいなかったら、世界はどんなになっているだろう。
或いは争いの無い平和な世界してるだろうか。
或いは心の拠り所なく彷徨う人々の世界してるだろうか。
何かを信じること。
人間にとって欠かせないこと。
誰かを信じ、誰かを愛し、誰かを裏切り、裏切られたと傷つき、またお互いに傷つけあい、それでも人は、人を信じようとする。
人は一人では生きていけない。信じれる者や物が無ければ、生きていこうとする活力が生まれないからだ。
何かを、誰かを信じようとすることで、明日を、未来を、歴史を築いてく。
人は奇跡に出会ったとき、神の存在を想い始める。
そして、それを信じ始める。
糧として、精神の拠り所にする。
信仰し、崇拝し、やがて服従する。
そして、自分がこんなにも大切に崇めている神を信じない他者に、敵意を抱く。相容れないものを排除、攻撃しようとする。
神が戦争を引き起こした。世界戦争は神の所為だ!
本当か?
神の所為になんか出来るのか?そもそも、はじめから神なんて存在していたのか?
妄想?
それは妄想?
では、神を禁じれば人々はどうなる?世界はどうなる?
「タイジ~」
頭の上からマナの声がした。太い木の根はザラザラしていて、うまく足場と掴むところを探さなければならない。
「な、なんだ~?」
タダでさえ、落ちたらどうなってしまうかハラハラしてるのに…
「ボクのパンティ、覗かないでよね」
「あ!」
タイジは木の根を掴む手をうっかり離してしまいそうになった。「アホ言うな、こんな時に!」
「あ、今、覗いたでしょ?やだー、タイジ、相変わらず変態~。あとで鑑賞料もらうからね!!」
「おい二人とも、喋って気を散らして、まっさかさまに落っこちたって知らないぞ?」先頭を行くサキィが叱咤した。
三人は重たい体をなんとか鞭打って、高い木の根の壁を登っていった。その高さはタイジの実家の宿屋のそれを、優に越えていた。
それでも、三人は登りきった。
三人には登りきるだけの気迫が残っていた。あの、凶悪無比な七つの融合を撃破したことへの自信があった。自分達の力を、信じていた。
外は夜だった。
「しっかし、すっげぇ木だな。樹齢、何千年ってとこか?」
サキィは巨木を見上げて感想を述べた。
巨大な木の根っ子の一部に、鋭く落雷の跡があった。その貫かれた穴から、三人は外に脱出したのだ。晩夏の夜風が、汗ばむ三人の衣服をはためかせる。
「というか、無事に外に出られて良かったよ。雷が空けた穴、意外と通りやすかったし」
「さすがタイジだな!俺なんかじゃ、いくらなんでもこんな芸当は出来ねぇ…ッチ!タイジがその、なんたらっていう魔術を使ったとこ、見てみたかったぜ」サキィは巨木を穿った天変地異の破壊力を察し、感嘆とする。穴は圧倒的な傷痕だった。恐らく、通常の天候悪化で雷が落ちたとしても、ここまでの破壊の跡を残すことはまず有り得ないだろう。特別な時空、特別な条件下、そして特別な場所と意味を伴って、あの落雷は起こったのだ。それをタイジが引き起こしたのだ。「こんなドッシリした木にこんな大穴空けちまうなんて…さぞ、凄まじかったんだろうな。この威力…なんかタイジにライバル心が燃えてきたぜ」猫族のヒゲをピクピクさせて、マナの方を向く。
「……。」
だが、マナは大樹を見上げたまま、黙り込んでいた。
サキィは、てっきり『そーなんだよ、もー!タイジったら、チョーカッコよかったんだって!』と陽気にはしゃいで返すと踏んでいた女魔術師が放心しているのを、不審に思う。
首を上に傾けたまま、ただ巨大な大樹を眺めている。
「どうしたんだよ、マナ。そんなに…すごい?」
「おじいちゃん…」
「え?」
暗黒の地下道の最深階に広がった地下茎ののドームも壮大だったが、そのドームを作った大樹の、夜空に突き刺さるように天高くそびえ立つ姿にも威厳があった。
葉は雄々しく茂り、たまの夜風にオーケストラの演奏のような雄大な音を立てる。
「まあ、確かにな!こんなにでっけぇんだから、きっとそこいらの木々に比べりゃ長老クラスだろう」サキィも今一度、大樹を見上げて、その雄々しさを褒め称える。
「そうじゃなくて…」マナはやんわりとした口調で否定の言葉を囁きながら、吸い寄せられるように、幹に触れる。両腕を広げ、大木を抱くように…祖父に抱かれるように「おじいちゃん……とっても、優しい気分になるんだよ」
タイジもサキィも黙っていた。
マナはここにやってくるまでに、とても沢山の出来事を体験してきた。友の死、絶体絶命の危機、逆転の奇跡、昏睡からの復活、試練の達成……今、はじめて、安らぎを得られるような状態にあるのかもしれない。夜風が吹く。とても優しい高原の風が、大樹に抱きついているマナの緑色の髪の毛を踊らせる。
「じいちゃんか…俺はなんていうか…うーん」サキィも努めて厳粛な気分になったふりをして、巨大な木を見上げ「お舅さん……ってとこかな」
「サキィ…」タイジは呆れ顔で友人のボケに返事をする。
マナはまだ木に抱擁されたままだった。眠ってしまったのだろうか。
「あ!」サキィが静寂を破るように声を上げた。「モクモクした煙が見えるぜ。モクモクしてるな~」
サキィの呼びかけにタイジは「どこだよ?」
たとえ超人になったとはいえ、タイジの視力は獣の瞳を持つサキィには遠く及ばない。
「集落かな……いや違う。違うな。集落はもっと、バーッとしてるもんな」
「僕も家に帰りたいよ。せめて、人里に」
「旅籠だよ」マナが振り向かずに答えた。「中央国から東南国に来る時に泊まった……あそこに行けば、食事も、馬もあると思う。武具屋は無かったけど、余っている武器なら貸してくれるかもしれない」
「よ~っし!そうと決まったら、出発しようぜ!宿まで着いちまえばこっちのもんだ!」サキィは体力回復地まであと一息だぞと、気合を入れる。
「うん。行こう……マナ」タイジはマナを促がす。「マナ、行くよ」
「どうしたんだよ、置いていくぞ!」
「う、うん」マナは名残惜しそうに、大樹から離れる。二人の仲間の後を追おうとする。足元は入り組んだ大樹の根で不安定だ。尻餅を付かないように、二人を追いかける。二人の、男の子の後を…
びゅうううぅぅぅぅ
風が吹いた。ザワ、ザワと何百枚もの葉が鳴った。
マナは、ふと木に呼ばれたような気がして、おもむろに振り向いた。
木と向かい合う。
「さよなら…ボク、もっと強くなるから……待っていて。行って来ます」
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