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オリジナルの中世ファンタジー小説
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ハコザ教授の腹心、奇抜な風体の魔術師学生四人が、夜の山道を馬にまたがり疾走していく。
「ライドン、ホントにこれで良かったのかよ?」
「どういう意味だ、ヴィシャヴィシャス?」
「まさか、生きていたなんて思わなかったから…あの時、俺たちで、始末しといた方が良かったんじゃ」
「確かに。だが、マナ・アンデンは逃げ延びたのではなく、あのバケモノを倒したと言っていた。あいつ一人の力じゃないことは確かだろうが、あの一緒にいた、二人の男。マナ・アンデンと同じくらいか、それ以上の超人水準があると見えた」
「そういえば、お前に食ってかかってきた髪の長い獣人の男。ガッチリしてて戦い慣れしている感じがしたな」
「スティージョ、それだけじゃない。もう一人の、なんだか覇気のないヤサオトコの方。あいつはもしかしたら一番危険な奴かも知れない。何か…これは直感だが、 あいつには、一見、何も出来ない落ちこぼれみたいな振りしやがって、実はとてつもない魔力か何かを隠しているみたいな、そういう嫌な予感がしたんだ」
「そうですか?俺はそんなふうには思わなかったですけど」
「メシに毒の一つぐらい盛っておいたほうが良かったんじゃないか?」
「バカ!あの異生物を倒してしまった奴らに効果のある毒なんて、どうやって用意するんだ!とにかく、マナ・アンデンが生き残って、二人の超人の仲間と一緒に 魔術アカデミーまで戻ってこようとしている、そのことをいち早くハコザ様に伝えるんだ!その上で今後どうするかが決定されるだろう」
漆黒の夜の闇の中。
黒よりも黒い闇が蠢いている。夜の闇を以ってしても、その暗黒には勝ち得なかった。



「な、なんだってー!?」サキィの不参加表明を聞いたマナが盛大に驚く。
「いや、だから……俺は中央国まではいっしょに行けん。すまんが二人とはここでお別れだ」
「いや、あのサキィ…僕はまだ行くと決めたわk」
タイジの声を遮るようにマナが「なんでなんでなんでなんでなんで?なんでよ!なんでだYo!どうしてさ?」
「どうしてもこうしても、だ」サキィは腕組みをしたまま頑固な拒否顔をしてしまう。
「ええーー!ありえないよ、どうしてさ?天才剣士サキィくんともあろう人が…もしかして、中央国には海がないから?お魚食べられないから、とか?」
「ぅ…ウナギ食えないのはキツイ…」猫族との獣人サキィは思わず好物の名を上げてしまったが「と、とにかく、俺は中央国までは一緒に行けないからな!特に首都だなんて」
「ええええええーーー!!意味、わっかんない!」
タイジは黙したまま、様子を窺っていた。
確かに、勇猛果敢でチャレンジ精神旺盛なサキィが、中央国行きを拒絶するのは意外だった。いつもの血気盛んな彼なら、まだ見ぬ新敵と刃を交えてみたいと、むしろ率先して旅の同行を承諾しそうなものなのだが…。
何か、よっぽどの理由でもあるんだろうか。
東南国城下町サボウルツの名物鍛冶屋の息子サキィと魔術と古代ロマンの王国、中央皇国。果たして、何の因果が…
「もー!知らない!ボク、すっごく疑問!プンプン!」
ついにマナがキレた。
てっきり同行してくれると思っていた仲間二人、しかもいずれも男性二人が、揃って消極的な態度を取っているので、すっかりご立腹してしまった。
「信じらんなーい!ぷんぷん!ギモンギモンギモンギモン!ギモーーーン!だーーーいっ嫌い!みんなみんな、だーーーっい嫌い!もー!みやむー!もー、知ぃーらない!ケっ!」
マナは大声で怒りを撒き散らしながら、ベッドにつっぷしてしまった。
タイジは髪の色を真緑にしたマナを尻目に、腕組みをしてあぐらをかいているサキィの元へと近づいて、理由を聞きだそうとした。
「おい、サキィ、どうして断ったんだ?」
「ん?」
サキィはタイジに詰め寄られて、少し困ったような顔になる。
「何か…特別な事情でもあるのか?」
獣人の偉丈夫は親友に迫られて至極弱ったような表情をしている。尻から伸びた尻尾がくるくるくるくる可愛くさまよってる。
「実はな、俺、あの国じゃ、お尋ね者なんだ」
「お、お尋ね者?」捜索中の犯罪者、容疑者の意。「おいおい、何、しちゃったんだよ、サキィ…」彼の昔日の悪童ぶりを少しでも知っているタイジは、こっそり耳打ちするように言った。
「いや、たいしたことじゃないんだけど…」サキィは座ったままぽりぽりと長い青髪をかきあげ「それよりもタイジ、お前はホントにあいつと一緒に首都…中央皇国の皇都まで行くのか?」
サキィが末尾で言い直した件が一瞬気になったが「う~ん、僕だって、そんな急な話、聞いてなかったしさ」
「じゃあ、ここであいつを見捨てて家に帰るのか?」
サキィの特に口調を変えずに発せられた質問を、しかしタイジは発言者以上に重力を伴って、その言葉を咀嚼した。
マナを見捨てて、自分は家に帰る。
あの、なんにもない、退屈で、ぬるま湯のような家に?
うるさい母親と、嫌味な姉や兄たちの、腐敗の巣窟に?
マナを見捨てて?マナを…
「それは…」タイジは己が掌を見つめた。僕はこの手で奇跡を起こした。マナを救い、サキィを救い、恐ろしい異生物を撃破し、無事に洞窟から生還した。いいじゃないか、楽になりたいなら、もうこれで終わりにしても。もう、傷つくこともない、このまま大人しく実家に帰って、何事も無かったかのように、静かに暮らしていけばいいじゃないか。「僕は…」ふて腐れたカエルみたいに、どこにもいかずに、ずっと家の中で引き篭もったまま「いっしょに…」充分やった。自分の役目はもう終わった。あとは、この輝かしい思い出を人生における唯一の栄光の瞬間として、いつまでも大事にしたまま過ごしていけばいい。これ以上、厄介なことに首を突っ込む必要は無い。いつまでも記憶の中で生き続けていけば…
「マナといっしょに行くよ」
タイジは幾らか焦点の合わない目で、そう告げいていた。
自分でも信じられなかった。
面倒なことや、己が傷つきそうなことからは、とことん逃げ続けたいと願ってきた自分が、今だけは、その負の習性に抗っている。
マナといっしょに旅を続ける。
そうすれば、昨日のあいつなんかよりも、もっと恐ろしくて、おっかないやつと戦わなくちゃならなくなる。もっともっと、恐ろしい目にあわされる。そんな、嫌な予感がビンビンしている。だけど…
「マナをほっとけないよ」
その時、タイジの瞳はしっかりと前を見据え、両生類のような顔はしっかりと引き締まり、一抹の弱気を隠しながらも、堂々とした男の宣言を果たした。
「そうか」
サキィは学生時代からの友を見上げ、その友人の瞳の中に、今まで見たこともなかった煌きを発見し、やがて悟ったように、猫族との亜人であることをはっきりと示す口もとから、流暢な言い回しでこう言った。
「よくぞ言った、宿屋の息子、タイジよ。もうお前は立派な一人前となった。一人前の戦う男だ。さあ、俺の出番は終わった。俺はもはやお役御免!デニス・サ・サキ・ピーター・ジュンとはここでお別れだ」
マナのたてる寝息だけが、聞こえていた。



翌朝。
高原の瑞々しい澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこむ。太陽は空高く昇り、ときおり吹く風が、草や木々を優しくなびかせる。
タイジは柵の外にいる馬たちを眺める。
自由気ままに、ふさふさとしたその毛を揺らしながら、足下の草を頬張っている。
「あのバケモンたちゃ、わっしら人間だけを襲うからな」頑強な旅籠の主人が、タイジの後ろに立って言った。「見ての通り、この柵で囲まれた内側がワシらのテリトリー。その外側に出るのを許されてるんは、あの馬どもだけよ」
「この柵から出たら、僕達はまた戦わなくちゃならない」
タイジは山の風に子供っぽい黒髪をかき乱されながら、呟くように告げた。
「それが超人の仕事よ。お前さんたちの……ワシは、あいつらバケモンがこの世に出てきおった前から、ここで旅籠屋稼業を営んでいた。この商売を、ばけもんごときに、そうやすやすと明け渡しはせんよ」
「長いんですね」タイジは宿の主人に背を向けたまま返した。彼は自ずと、同じ宿屋業界の人間として、この老人に薄っすらとした親近感と敬意を抱いていた「今までにも、たくさんの超人の人を、泊めてきたんでしょう?」
「そりゃあな」大柄な宿の主人は、土をすり潰しすような低い声でタイジに答える。「ここは国境沿い。貿易商は年々減りつつあるが、今も王宮の要人なんかが何人もの衛兵を引き連れて度々やってくる。何人もの超人を、ワシは見てきた。わしゃぁ超人じゃないから、やっこさん方がどんな旅をしているのか、そこまでは知らん。ワシに出来ることは、連中に温かいメシを作ってもてなし、寝台を提供し、ほんのひと時の休息を与えるだけだ。路銀を頂いてな。金があれば、旅の商人から物を買ったり、気前のいい旅人に町までお使いを頼んだり出来る。ワシは一歩もこの柵を出ない」
「昨日のごはんはとてもおいしかったです」タイジは宿の主人の方を振り返って礼を言った。「僕の仲間が、とんだ失礼をしてしまったことを、お詫びします」
「そん時、ワシはもう寝てたからな」老齢であるにも関わらず、逞しい筋肉に恵まれたいかにも山男といった風情の主人は「それで、どいつにするか、決めたか?」
「手前の二頭にします」タイジはむしゃむしゃと草を食べている馬の方を指差し「まだ若いかもしれませんが、あの二頭は仲が良さそうだ」
二頭…そう。もうサキィはここにはいない。彼は既に行ってしまった。
僕も、行かなければならない。あいつとは反対の方向に…北に!
「悪くない選択だ。特別に二つで一頭分の値段にしておこう」
タイジは出発の時が来たと、目礼をして主人の側を離れようとした。宿の中にいるマナを呼びに行こうとする。
「あれはもう、三十年ぐらい前になるかの」
「?」
年老いてもなお、不屈の大岩のように立派な体躯をした主人は、ふいに語り出した。
「小僧が一人、傷ついた体で、この旅籠に辿り着いた。とても恐ろしいものに出会ったと、小僧は震えながら言っていた。ワシはとにかく、そいつをこの宿で休ませてやった。ベッドに寝かせ、粥を作って食べさせてやった。当時はまだ元気だったワシの女房が、包帯を巻いて傷の手当てをしてやった。小僧はひどく衰弱してて、熊にでも襲われたのかと、当時のわっしらは思ったもんだ。だが、翌日になってみると、小僧の傷はすっかり癒え、ケロッと元気になっていやがった」
「え……」
「小僧は家出してきたとか言って、故郷に帰ることを頑なに拒んだ。特に、激しく父親のことを憎んでいたな。世界で最も醜い存在だ、とか言って……どれぐらいだったか、小僧はしばらくこの旅籠に入り浸っていた。今のあの旅芸人のあいつみたいにな。でも、ある日、何も言わずにぷつりと行方をくらました。それからしばらくして、異生物とかいうやつらがこの辺りに溢れかえり出し、ワシの女房が襲われ、結果的にそれが原因でくたばっちまった。そして、旅人達はいつしかこの旅籠のことを『はじめの旅籠』と呼ぶようになった」
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