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オリジナルの中世ファンタジー小説
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ここで、タイジ達一行が向っている中央国がどのような国家であるか、その紹介の一環として、かの国の王宮でのやりとりの一部を、ここに記述しておこうと思う。



ケヴィン・スィーゲル・ナミノ・ウォーカー皇子は、金銀細工と珍獣の毛皮とをふんだんに使用してあつらえた豪奢な玉座に、まだお若いその身を気だるそうに沈め、肘掛に右腕を乗せ、親指人差し指中指の三本指でこめかみの辺りを押さえつつ、家臣の言葉をお聞きなされていた。
「次回の会談で主題となっている超人職の件なのですが……」痘痕顔のヘンリー・パームは背に冷や汗の流れるのを感じながら、頭を深く垂れたまま若き主君に向って「我が国でも入念な調査をここ半月、徹底的に行ったのですが……」
「生憎この国にゃ、目ぼしいのは魔術師ぐらいしか見つからなかった……そう言いたいんだろ?」
ヘンリー・パームはそのお言葉に僅かに首の角度を上げ、主君の履いている鋭角的な革の靴をじっと見据えた。
「お、恐れながら!し、しかし、他にも腕の立つ剣士や、深き森の地を住処としている狩人の類も…」
「凡庸だ」皇子はうっちゃるように「超人の剣士狩人なんて、所詮基礎体力が違うだけで、一般の兵士や樵と変わらないだろ。魔術師だって、実戦で役立つほどの超人水準に達している奴は、ほんの一握り。それじゃ自慢にはならないよ。そんなんじゃなくて……例えば、ホラ、我が国の各地にある古代遺跡…異性物どもの住処となっているにも関わらず、熱心に探索している者がいると、以前魔術アカデミーの人間が言っていたぞ?なんでもそいつらは、ただの力押し馬鹿じゃなくて、探索に特化した妙技を使いこなすとか…」
「はっ!私どももその噂を聞き、手を尽くして探したのですが…」
不甲斐ない部下の語調に、ケヴィン皇子は苛立ちを募らせて「ハンッ、見つからないのも当然だ!遺跡荒しなど、盗賊の所業と同じようなもの。もし俺がその職の者だったら、自分の素性をバラすようなことは絶対にしない」
出鼻をくじかれ、報告者ヘンリーは悔しそうに下唇を噛んだ。
皇子は聡明だ。気性が激しいとはいえ、その頭脳は素早く回転し、抜かりがない。若くして王位を継ぎ、この中央国を支えてきただけのことはある。
「まったく!こんなんじゃまたあの女王に見下されちまうじゃないか」皇子はイライラと、指で肘掛をコツコツと叩き始めなさる「俺が年下だからって、いつもいつも、上から目線で……厚かましく話し掛けてきやがる、あのクソババァ!」
「!」
ケヴィン皇子の発せられた隣国の女王陛下に対する、あまりに無礼な侮蔑のお言葉に、場に居合わせた一堂は青くなってどよめき出す。
「少しでも、あいつより優位に立てる情報を集めろっていつも言ってるだろ!でっち上げでもいいから……いつまで魔術師だけを売りにしてやっていくつもりだ?もっと新しいネタを持って来いよ。使えないまやかし使いどもなど、もう用はないんだよ。クソ!こうなったらその遺跡荒らしどもをなんとでも捕まえて…いや、見つからないか。連中はかくれんぼのプロフェッショナルだ」
その時、皇子の仰られた『かくれんぼ』という言葉を聞いて、玉座の横に並んだ皇族の一人がクスリと笑いを漏らした。
彼は皇子がまだ幼い頃、遊び相手として連れてこられた貴族の子供たちとかくれんぼをした際、強引なルールで以って、皇子が彼らに過酷な罰ゲームを施していた風景を思い出したのである。
ギロッ!
ケヴィン皇子は笑いをこぼした血族の一人を睨みつけなされた。部下は素早く笑みを消した。
「いいか…とにかく、まだ時間はある。なんとしても、平凡でありきたりな魔術師とか剣使いとかじゃない、もっとあの女の鼻をあかすような職の者を、徹底的に調査してだな…」
すると横に立った先ほどの男…皇族にして財務長官のサイラスが、すっぱいものでも口に含んだかのような顔をして「殿下、我が中央国の国民の数には限りがございます。超人と呼ばれる者の数はその中でも極僅か。探しだすのも一苦労かと…」
その時、かしこまったままのヘンリー・パームは「あっ!」という短い壮年の男の悲鳴を耳にし、思わず顔を上げた。
ケヴィン・スィーゲル・ナミノ・ウォーカー皇子は玉座からお立ち上がりになり、片手に怪しくも力強さを感じる鞭を手にし、マントの背をこちらに向けて屹立していらっしゃる。そのやや剛毛ともいえる雄々しい頭髪の上に冠せられた金の王冠の位置は、少しも乱れてはいない。
対して、小さき鬼人のごとき威圧を放つケヴィン皇子の背の向こうには、片目を手で覆い、そこから赤い血を垂らしながらうずくまっている財務長官サイラスの姿も見えた。
「……」皇子は黙されたまま、片手に鞭を握り締め、微動だになさらない。
七年前の終戦以来、長年続いた王位継承を巡っての血生臭いお家騒動が尾を引いてか、不安定な国の情勢に、近年中央皇国を離れていく国民は後を絶たなかった。
国家とはいかに市民の信頼を得てかで、その大きさがはかられるもの。
そして、多くの移民者が移民先として希望するのは、豊かな国土と善政で知られる南の東南王国だ。
皇子は国民が自分の手の元を離れていってしまうことへの不安と焦慮を、口にこそなさらなかったが、心の内ではかなり気に病んでいらっしゃった。
故に、遠縁の身内とはいえ、財務長官は踏み込んではいけない茂みに無作法を施してしまったのだ。
ポタ…
床に血の一滴が零れ落ちた音が、緊迫した宮殿の一間にささやかに木霊した。
これが、唐突に転換したこの一場における、最初の音符であった。
つまり、ヘンリー・パームは主君が武具を抜き放った際の音を一切聞かなかったし、そのしなやかな凶器が、意図せず軽口を叩いてしまった財務長官の肉体を深く傷つけた際の音も聞き取れ得なかった。
皇子は超人である!
皇子自身が超人なのである!
「ぅぅ…ぐ」
顔面に激しい傷を負ったサイラス長官の、低く押し殺した呻き声だけが静かに王の間に響く。激痛を必死で我慢している時の、惨めな声だ。
通常、超人は異生物以外……特に一般の人間に向って、その超越的破壊力をもった力を行使することは禁じられている。中央皇国の法にもきちんと明記してあり、それを破った者には重い懲罰も用意されている。
だが、皇子は違う。
皇子は法の上に立つ存在!
サイラス財務長官の片目はもはや、決して開かれない。その傷は決して癒されることはない。
皇子は法に於いても人の上にいらっしゃられ、また力の上でも人を超えた位置にいらっしゃられる。
このことの意味は大きい。自身も超人であられる以上、超人に関わる件については真剣にならざるを得ない。
ケヴィン皇子は決して暗君などではない!幼少より謀略と愛憎の交差する複雑な血縁関係の最中におかれ、一時期は重い病にもかかり、お命も長くはないと見做され、それでも立ち直り、立派に王位を継承なされたお方。多くの苦難と逆境を乗り越えてこられたお方。
若くして逞しく肉付いてきたその両肩に、この中央皇国を背負っておられるお方。
この偉大にして絶大なるお力こそが、中央皇国の主たり得る所以。自分はこの若き主の為に、もっと努力をしなければならない!
「お話し中失礼……ケヴィン皇子、ご機嫌いかがかな?」
かしこまったままのヘンリー・パームが恐怖からではなく、半ば盲目的ともいえる情熱から、主君への忠誠心をより高めた矢先、呑気で牧歌的な壮年の声と、どかどかと大仰な足音が近づいてきた。
「おお、アーニー叔父貴、戻っていたか!」
ケヴィン皇子は後ろを振り返られ、帰還した大柄な男をお迎えなされた。
アーニーと呼ばれたでっぷり貪欲に太った中年の男は、身分の高いことを顕示するかのように豪奢で派手な服に身を包み、金のビーズをふちにまぶした絹の手巾で、汗をふきふき、なんとも滑稽な姿勢で、跪いたヘンリー・パームの横に立っている。
その傍らには護衛の兵士がキリッと顔を引き締めて直立している。
「ご苦労だった。西への旅は快適だったかな?」
ケヴィン皇子は先程の怒りをすっかり忘れたかのように、構えた鞭も手際よく腰に納め、再び玉座に腰を下ろすと、悠々尋ねられた。
「ええ、皇子。ヴェルトワール地方は何度訪れても、いやぁ実に素晴らしいところで……酒もうまけりゃ女も、びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ 」ふとっちょの皇族は下品に笑いながら、媚を売る入婿のように答えた。
「それは楽しそうだな。何より……ということは、今度こそ税の取り立てに成功したのだな?」
だが、皇子がさも当然といった風にお尋ねになると、彼の叔父は口元の笑みを消し、急に気まずそうな顔をした。
「皇子……それが……大変、申し上げにくいんですけど……」
「ヴェルトワール地方の領主、ヴェルディ卿は今回も税の支払いを拒否致しました」同行した横に立つ近衛兵が代弁した「長引く飢饉の為、収穫は不作続き。農民たちは明日をも知れぬ暮らしを強いられているとか。ヴェルディ卿は農奴からの奉納が激減していると主張し、我々の催促をものともせず、支払いを再延期する旨を殿下にお伝えせよと言い渡しました」
「加えて皇子……その…ヴェルトワール領にはこの頃、何やら腕の立つものが集まってきているとか、いないとか…」眉を八の字にして皇子のおじアーニーは添えた。
報告を聞き終えたケヴィン・スィーゲル・ナミノ・ウォーカー皇子は、まるで崖っぷちの独裁者が怒りを撒き散らす時のように、ぷるぷる震える手で額の王冠をお外しになり、それを肘掛横の小卓の上に置くと、沸点直前で抑制した声色で、こう告げられた。
「ナミノ皇家の血を引いている者だけ残れ、アンポンタン」
無言のまま、玉座に居合わせた家臣たち数名が退出していく。
自分の出番が終わってからも、ずっと平伏したままだったヘンリー・パームも、速やかに周りの者と連れ立って王の間を後にする。
部屋に残ったのは片目を潰されたサイラスとアーニー叔父貴らを含めて僅か四名の重臣。
兵士が扉を外側から堅く閉じるのを待ち、身内の者だけになったことを確認してから、ケヴィン皇子は例のアレをお始めなられた。
「命令したはずだ!今回こそ取り立ててこいと!これで何度目だと思っている!税の支払いは地方領主の義務だ!皇国の重要な財源なんだよ!バーカ!支払いをきちんとしないやつなんか大っ嫌いだ!」
「皇子、私も今回こそはお支払いくださいと、何遍も申し入れたのですが」
「結局取り立てられなかったじゃないか!」
「がんばったんですよ!これでも、がんばったんですよ!」
「いくら努力をしたからって結果は結果だ!今までと同じ!税を払わないってことは、王家への冒涜も同義!またしてもあのヴェルディ卿にコケにされたんだ!ちくしょーめ!」
ここで皇子はどこから取り出したのか、王族のみが使用することを許されている高価な羽ペンを手にとり、それを思いっきり投げつけなされた!
「大体、近頃の領主どもは調子に乗りすぎなんだよ!権力はすべてこの皇都ボンディに一点集中すべきものなのに!地方自治だの、恩貸地制上の明確な権利だの、人権の尊重だのとこざかしい理論を盾にして、言い逃れの免除、貢租の不払いを平然と言ってきやがる!お前ら、誰のお陰で隣接する各国からの脅威から守られてると思ってるんだ!」
皇子は狂気を孕んだ鬼のような目つきで、無言で立ち尽くしたままの家臣たちを見渡すと、おもむろに玉座に腰掛け、やや語調を緩めて続きをおやりになる。
「そりゃ、飢饉が続いていることは知っているよ。洪水、旱魃、そういう避けられない自然災害の報告は、こっちにだって届いている。俺だって、難聴やめしいじゃない」
家臣たちは黙したまま、お互いに目線を送りあう。
「でもよ、地代が払えないんだったら、せめてその女どもを寄越せよ!おっぱいぷるんぷる~ん!」
皇族とはいえ、こうした猥言はさすがに控えるべきであるものを、今の皇子のお怒りは、既に礼で抑制できる超自我の域を超えてしまっていた。
「女すら手土産に叔父貴に渡さなかったってことは、都には!この俺には何も差し出すものがないと!差し出すものがあるのに、あえて!差し出さない、拒否の意!俺を!この皇都を否定したということだ!」
それからしばし、玉座の間に沈黙が浸された。
ケヴィン皇子のお心に生まれた、闇の樹海が広がっていく。
俺を馬鹿にした…俺を否定した…俺に従わなかった…俺に歯向かった…俺を裏切る…あいつは、俺を裏切るつもりだ…
封建制社会において、王家の権力は決して万全とはいえない。
中世における中央集権はまだまだ未熟であり、王都は存在すれど、その国土のほとんどは、地方の領主、諸侯によって統治され、名目こそ『国家の土地』とされていたが、実質は領地は封建領主の持ち物であった。
封建の名の通り、領主は年貢で以って国家への忠義の意志を表していたが、国王と諸侯の間における契約は形式的になりがちで、国家は俗にいう『点と線の支配』を余儀なくされていた。
その理由の一つに、野にはびこる異生物たちが、人の行き来を極めて困難にさせていたという原因もある。
現中央国君主は、それを知っていながらも、尚、強硬な全体支配をお求めになられていた。
皇子が常に身につけ、愛用なさっている鞭のように、相手を縛り、掌握しておくことこそ、何よりも優先すべきことと考えておられたのだ。
やがて、皇子が口を開いた。
「ヴェルトワールにつわもの達が集まってるとかいってたな…」ケヴィン皇子は玉座にうなだれるように腰を沈めたままの姿勢で「叔父貴に持たせた俺からの書状には、きちんと『最後通告』と書いておいた」皇子の床を見る眼…その金色の瞳は、不安定に歪みゆく精神の度合いを示すように、病的で強迫的な色合いを帯びていき「討っていいのは、討たれる覚悟がある奴だけだ」
この歴史的名言の引用を以って、ナミノ家に属する中央皇国皇子の側近達は、その主君が下した命を、その意味を、瞬時に悟り、四人が一斉に蒼白な表情となった。あるいは、この時は、全員がそうした驚愕の表情を取っていた。
「兵を集め、軍を形成し、西へ進軍しろ」ケヴィン・スィーゲル・ナミノ・ウォーカー皇子は憤怒と落胆、半ば一方的な被害妄想、疑心暗鬼、それら強迫観念に駆られた暗澹たる瞳をこちらに向けられ「ヴェルトワール地方を焼き払い、ヴェルディ卿を抹殺しろ……街も、村も、田園も、すべてを荒地へと変えろ」
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