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オリジナルの中世ファンタジー小説
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「先日の件には、ほんと、びっくりしましたわよねぇ」
東南国城下町サボウルツ。うららかな昼下がり。たくさんのご婦人方が、新櫟公爵亭の大テーブルを囲んでお茶会をしている。
超人事業連盟に加入する城下の商会の組合人たちによる定例会議が終わり、あとはゆっくり歓談談笑井戸端会議というくだり。
超人用の宿屋を切り盛りするタイジの母は、横の椅子に座った小柄な猫族のご夫人、つまり名誉勘当をされたサキィの母親、サキ夫人に、持ち前のおばさん語りで話しかけた。
「ウチの子が駆け落ちまがいのことを…お宅のご子息からお話聞いた時は、この耳を疑いましたよ!あんなグータラのごくつぶしドラ息子が、中央国の魔術師学生さん方と一緒に旅をするだなんて!」
「ホントにすいません」サキィの母というからには、相応の齢を重ねているにも拘らず、この息子とは亜人の属性が一致しているだけで、他に似ている要素もない、まるでいつまでも枯れ朽ちることのない可憐な一輪の小花のように清楚でおっとりとした夫人は「うちの子が…きっと、また何か悪いことをしているんでしょう。本当に申し訳ありません」
「なーにを、おっしゃいますか!」タイジの母はガハハハと横柄な態度を取って「ウチのタイジの方が、きっと皆さんに迷惑かけているに違いありませんて!家を出て行くなら、ちゃんちゃんと面と向かってあたしに挨拶すりゃいいものを!人を伝書鳩みたいに使いおって…ええ、お宅の素晴しい剣士さん、ほんとに立派なご子息をお持ちになって…朝早くにウチの宿に来て、魔術師学生さんたちに言い渡されて荷物の整理と、あの馬鹿息子が戻らないことを、丁寧に私に説明してくれてねぇ。まさかあの子達と一緒だったってのは、最初ちょっと驚いたんだけど…でも、彼の剣の腕があれば正に恐いものなし!あたしゃぁ、よく知ってるからね!今までだって、ウチに泊まりにきてくれてたこともあったんですよ!多分、魔術学生の一座を取りまとめていたマナちゃん…あの子も、素晴しい女の子よ…それとウチの馬鹿からの繋がりで、助っ人を頼んだんだろうね。あのデニス君なら安心よ!私が『試練はどうだったの?』って聞いたら『無事に終わりました!そして俺たちはすぐに中央国へ向う必要があるんです』って言ってね。それで私が『少し休んでいったら?皆さんも疲れているでしょう?そんなに急ぎ足で大丈夫かぃ?』って留めようとしたんだけど『大丈夫だ、問題ない』って答えてね。ホントに、良い息子さんを、あなたは持ちましたよ!」
けたたましいタイジママの喋りに、しかしサキ夫人は口もとのささやかな弓なりをそのままに、あくまで清らかに楚々たる口調で答えた。
「あの子は、もうウチの家の子ではなくなりましてよ」
「あらっ!」一際やかましい驚嘆を発するタイジ母「そそそりゃぁ、また!なんでだい!?」
「主人が、あの子を勘当致しまして…いえ、そんなに大事ではありません。もともとあの子も家を出たがっていたし、家業を継ぐことを頑なに嫌がっていて…二十も半ばになっていつまでも職無し風来坊でしたし…そのことで主人と、しばしばいさかいを起こしていたのですが」猫人の夫人は芳しい香り立つお茶を、丹念に丹念に、ふーふーと冷ましてから、小さな獣の口にカップを触れさせ、ほんの一滴口に含み、下を潤してから「先日、二人はとうとう和解をして、正式に我が家から除名を致しましたの」
「あらあらぁ、そうだったの」
「主人は別れ際に、最高の一振りをあの子に渡したわ。世の為、人の為に生きろだなんて言って」くすりと笑う。まるで丁寧に設えた花壇の片隅で、風に揺れる壊れやすい花弁のように。
「でも、じゃあお家はどうするの?あの立派な鍛冶屋…」
「ええ、弟のサイモンが継ぐことになってしまいましたわね」サキィの弟サイモンは、兄よりも一回り年下で、まだ学生であった。「サイモンもね、兄のような奔放な生き方を望んでいるみたいだったんですが…どうも、あの子は旅に出ては行けないという強い占星術の結果が出ていて……小さい頃に縁あって高名なジプシー?と仰いますの?そのお方に占ってもらったんですけど、この城下町より離れること…特に北もしくは北西には致命的な凶星が出ているとかなんとかで……わたくし、占いのことはよくわかりませんが、とにかくそんなわけで、あの子も兄に言い渡されてね…家を継ぐように、と」
「まぁまぁ、そんなことが…」
「サイモンにとっては勝手な話かもしれませんが、あの子は昔から逆らいません。従順に、運命を受け入れるように、兄を見送りました」
二人の子を持つ女は、一時唇を結んだまま、静かに、いなくなった息子達のことを思った。
子はいずれ、親の元を離れる。
男の子はいつか、母親の手を離れていかねばならない。
母にさようなら、父にありがとう。
その時が来たのだと、二人の母はなんとはなしに己にこの訣別を浸透させた。まさか、本当にもう二度と戻らないとは知らずに…。



「……かし、やっぱ怪しかったかも」
黄昏の街路を歩き、タイジの母は宿へと帰ってきた。そこで、長男が休憩中の使用人相手に話をしているのを目にした。
「おいおい、何こんなところで油売ってるんだい?夕食の仕込みは済んだのかい?」
「ああ、おふくろ」長兄は主の帰宅に気付くと「いや実はね、おふくろが留守にしてる間に変な客が来たんだけど…」
「変な客?」タイジママは怪訝な顔をして聞き返す。
「変……ていうか、妙なっていうか…とにかく、旅装してたから多分、旅の輩だと思うんだけど。顔はすっぽりフードに隠れてよく見えなかった。子供みたいな背格好の従者を三人連れて…もしや盗賊の類かなって思ったんだけど、声は意外にもすっきりした女でさ」
「若旦那が言うには、気配も無くふらりと突然現れ、宿にも泊まらず、二三、調べまわるようなことをして去っていったそうで」使用人の一人が話を繋ぐ。
「調べまわる?」己が根城を探索されて不愉快といった風な顔をして「そいつら、何か盗んでいったのかい?あるいは産業スパイ…」タイジの母は問い詰めた。てっかりした顔が夕陽に染まっている。
「いや、しっかり見てたよ、俺が」と長男「格好は怪しいけど、そんな悪い集団にも思えなかった。ただ、何がしたかったのかは分らないな。宿のあちこちを案内されて、何かを探してる…う~ん、嗅ぎまわっているようでもあったけど」
「なんだい、そりゃ!あたしがいったらとっちめてやるところだったよ!」
「でも、特に何をしたってわけでもなかったな……そういや、セイジのことを聞いてきたな」
「セイジの?」母親は行方知れずになってからもう何年も経つ次男坊の名を聞き、俄かに驚いて「あの子の消息を尋ねるなんて…もしかして王宮の料理場の人間だったんじゃない?」
「いや、料理場の人間にしては気配が落ち着きすぎてた。あんな達観した雰囲気は包丁を生業とする人間にゃ出せないもんだよ」
するとタイジの母は、もうこの話は埒があかないと感じたのか「そこがあんたのまだまだ未熟なとこなんだよ。いいかい?一流の料理人は石清水のごとき静謐さを放っているもんなんだよ」切り上げるように「分ったら、さっさと厨房に戻って、あんたもあのいなくなった放蕩息子ぐらいの包丁さばきが出来るようなりなさい」
「ちょ、おふくろぉ」
こうして、タイジの生家には今まで通りの、凡庸たる日常の連続という幕が下り、繰り返される同じ日々の景色の中に舞台を還元していった。
この時、太陽の天女コハクは、また一つ手掛かりの可能性を潰されていたが、彼女の心が焦慮に駆られるようなことは終ぞ無かった。
時間はたっぷりあった。
彼女には、たっぷりと…たっぷりと…

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